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シルヴィは帝都ローゲから自国領ナルフィに戻った。
帰ってから一週間ほど経ったある日、ローゲにいるラザールから手紙が届いた。
普段は筆不精で手紙など滅多によこさないくせに、今回に限っては、ラザールはさっそくシルヴィがニコラスと出かけるべきパーティーについての詳細を書いた手紙を送ってきたのだ。
自室で兄からの手紙を読み終えた後、シルヴィはベッドに倒れ込み、抱き枕を何度も叩きつけた。
悔しい、悔しいっ、悔しい~!!
ニコラスとの勝負に負けてしまったし、そのせいで彼と踊らなければならない。
だが、負けたのは事実だし、自分を負かすような強い男となら踊ると言ってきたのは他ならぬ自分だ。自分の言葉は守らなければ。
そう思いながらも、シルヴィはやはり負けず嫌いだった。
きっと兄もニコラスも将来の義兄スヴェンも、シルヴィがじゃじゃ馬だと思っているに違いない。
だったら完璧な淑女として振る舞って、何とかして兄たちの鼻を明かしてやりたい。
シルヴィは近くに置いてあったベルを鳴らし、彼女付きの女官を呼んだ。
「すぐにダンスの先生を呼んでちょうだい!」
こうしてシルヴィは女官が連れてきたダンスの教師との初対面を果たした。
今まで剣にしか興味を示さなかったシルヴィは、この日以来ダンスや礼儀作法にも真剣に取り組むようになった。
それを周りは
「とうとうお嬢様が改心なさった」
「やっとお嬢様がその気になって下さった」
と泣いて喜んだ。
姉のイヴェットはシルヴィの急な方針転換に驚き、二人の妹たちテレーズとソレーヌは一体何がシルヴィの心を変えたのか知りたくて、遠慮のない好奇のまなざしをシルヴィに向けた。
パーティーに出なければならないことやこんな時だけしっかりと用意周到な長兄ラザール、そして自分をからかうような妹たちの態度にシルヴィはいらいらしてしまったのだが、彼女にとっての悲劇はまだ始まったばかりだった。
ラザールは父ユーリにも事の顛末を記した手紙を送ったらしく、夕食の時に家族が顔を合わせると、上機嫌だった父はローゲにいる長兄ラザールをのぞく家族全員を前にして、シルヴィが皇宮のパーティーに参加することを高らかに宣言したのだ。
父のせいで、シルヴィはよきライバルでもあり一番の親友でもあるすぐ上の兄ビセンテにまで自分が信念を曲げて夜会に出ようとしていることを知られてしまった。距離が近いゆえに何だか気恥ずかしくて、ビセンテにはなるべくなら知られたくなかったというのに。
父ユーリは彼の子供たち全員にシルヴィに協力するよう命じた。
食事中ずっと、
「イヴェット、シルヴィの気が変わらないうちに、さっそくドレスを作らせるんだ! お前も立ち会ってやっておくれ」
だの、
「ビセンテ、お前がシルヴィのダンスの練習相手になってやりなさい」
だの、
「テレーズとソレーヌもいい機会だから、シルヴィと一緒に学ぶように」
だの、とにかく思いついたことをあれこれと口に出した。
シルヴィ以外の娘たちは従順だったこともあり、ナルフィ大公ユーリは娘たちの中でただ一人、剣にばかり興味を示してダンスや礼儀作法を全く習おうとしなかったシルヴィをどう扱ったものか、今までずっとやきもきしてきた。
そんなシルヴィがとうとう皇宮の夜会に顔を出すことになったのだ。
ユーリは安堵と感激のあまり、ついついいつもより飲みすぎてしまった。
彼はべろべろに酔った末に、末娘のソレーヌを出産した時に亡くなってしまった最愛の妻であり子供たちの母親でもあるマリエルの名前を何度も呼び、
「マリエル、マリエル、シルヴィがとうとう社交界に出るのだ……!! あのシルヴィが……!!」
と涙ぐんだ。
「父上、シルヴィがパーティーに行くのがよっぽど嬉しいみたいだね」
とビセンテがシルヴィに小声で話しかけた。
シルヴィは少し居心地が悪くなった。自分がそんなに父を心配させていたことを、彼女は今まで知らなかったのだ。
「まぁまぁ、お父様ったら」
幸せそうに微笑して今にも寝入ってしまいそうなユーリの穏やかな表情を見ながら、イヴェットが苦笑した。
「ビセンテ、お父様をお部屋まで送って差し上げて」
「はい、姉上」
イヴェットに頼まれたビセンテはすっと立ち上がり、ユーリの肩を支えながら食堂から出ていった。
残された四姉妹の中で一番の年長者であるイヴェットが
「さあ、私たちも休みましょう? 明日から忙しくなるから、今夜は早めに寝ましょうね」
と優しく言った。
それを合図に四人は解散し、各自自分の部屋へと戻った。