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シルヴィが裏山に着いた時、彼女の兄ラザールはすでにそこにいた。


兄の隣には二人の青年がいた。


シルヴィは直感的に、彼らがティティス帝国の西にある小国スコルの第二王子ニコラスと、ティティスの東に位置するアンテ王国の王太子スヴェンだと思った。


この二人の異国の王子が親友だとラザール本人からも聞いていたし、兄を加えた三人の貴公子は今一番都をにぎわせている存在だからだ。この三人に関する噂は、シルヴィが普段住むナルフィまで聞こえてきた。


何より、スヴェン王子はシルヴィの姉イヴェットの婚約者なのだ、シルヴィはこれまでに彼に会ったことはなかったが。


シルヴィはニコラス、スヴェンと何やら談笑している兄の姿を認めると、馬に乗ったまま


「兄上!!!」


と叫んだ。


自分の声に気づいて顔をこちらに向けたラザールに対してシルヴィがぶんぶんと元気よく手を振ったところ、兄は軽く手を挙げて応えた。


自分の横で馬を止め、軽い身のこなしで馬から下りたシルヴィに、ラザールは呆れたように顔をしかめた。


「お前、一人で来たのか?」


「そうよ。悪い?」


シルヴィは少しも悪びれることなくあっけらかんと肯定した。するとラザールはやれやれと肩をすくめた。


「ナルフィ家の大公女ともあろう者が供の一人もつけないなんて……」


お説教が長引くのを避けたかったから、シルヴィはさっと踵を持ち上げ、背伸びをして兄の頬にキスをした。


「兄上、お友達を紹介して下さらないの?」


シルヴィの思惑どおり、ラザールの意識は説教ではなく親友に向いたらしい。


ラザールは真面目であるがゆえに、複数のことを同時に考えることができない不器用人間なのだ。


それが兄の欠点だと知っていたシルヴィは、兄上の思考回路が単純でよかった、と心の中でぺろっと舌を出した。


「ああ、そうだな。彼がアンテの王子スヴェンで、それから彼がスコルのニコラス王子だ」


二人の名を以前何度も聞いたことがあったシルヴィは、順に二人に目を向けて礼をした。


「シルヴィです。どうぞよろしく」


シルヴィは倒した上半身を元に戻してから兄の親友の二人の王子を見上げた。


まばゆく輝く金髪のスヴェンと艶のある黒髪を持つニコラス。二人に会うのはこれが初めてだったが、なるほど噂に違わず二人ともなかなかの美男子だ。背も高いし、何より王子という身分。これでは都の女性たちの間で人気が高いのもうなずける。


とはいえ、シルヴィの周りには容姿に恵まれた人物が多い。一応兄ラザールもそのうちの一人だ。


だから彼女は二人の王子の見目のよさに心奪われるようなことはなかった。


淡々と彼らの魅力を認めたシルヴィの関心はすぐに別のものに移る。すなわち、兄との剣の稽古だ。


二人の王子への挨拶をすませたシルヴィは、さっそくラザールに向き直った。


「ねぇ、兄上、剣の相手をして」


仕方ないなぁ、などと言いつつも、ラザールはいつもシルヴィの剣の稽古に付き合ってくれた。


だから、兄は今日も剣の相手をしてくれるものだとばかり思っていたシルヴィは、ラザールの


「嫌だ」


という拒絶に驚いて声を荒らげた。


「どうして!?」


ラザールはため息をつき、諭すようにシルヴィに


「どうしてって……。あのなぁ、シルヴィ。お前はもう14歳なんだぞ? 誰かと婚約していてもおかしくない年齢だ。なのにお前ときたら、男勝りだわ、『パーティーでは自分より強い男としか踊らない』とか言うわ、このままじゃ嫁のもらい手がなくなる。少しはイヴェットを見習ったらどうだ?」


と言った。


シルヴィの姉イヴェットは、このティティス帝国で理想とされる女性の鑑のような人だった。優しく、淑やかで、自分を犠牲にしてでも周囲への気遣いを忘れない。


シルヴィはイヴェットが大好きだし、尊敬もしている。


けれどそれはシルヴィが望む生き方ではなかった。


シルヴィは不満をあらわにしてラザールに食ってかかる。


「それのどこがいけないのよ!? 私は自分より弱い男と踊るなんて絶対に嫌!!」


シルヴィはふんっと鼻息を荒くさせながら腕を組んだ。


「父上も城の皆もお前のわがままにほとほと困ってるんだ。それを知っているのにお前の剣の相手をするなんて、できないんだよ。皆にお前のわがままを助長させているように思われてしまう」


どうも兄の決意は固いようだ。シルヴィも父ユーリもそうなのだが、ナルフィ家の人間は一度決めるとよほどのことがない限り意見を覆さない。ナルフィ大公一家だけがそうなのではなく、ナルフィ大公国領に住む民たちにも共通する領民性だった。


それを知っているシルヴィは、兄に稽古をつけてもらうことを諦めなければならないことを悟った。


だが、納得したわけではないため、シルヴィは頬を膨らませて


「兄上のけちっ!!」


とラザールを責めた。


子供のように振る舞うシルヴィに、ラザールは呆れながらこめかみを押さえた。


「けちって、お前なぁ……。何と言われようが、とにかくだめなものはだめだ。俺はお前の剣の相手はしない」


ラザールが再びはっきり宣言すると、今まで口を挟まずにナルフィ兄妹の会話を聞いていたスヴェンが割り込んだ。


「じゃあ、ニコラスに相手をさせたらどうだ?」


スヴェンの提案に、突然名前を呼ばれたニコラスが思いっきり顔をしかめた。


「は? そこで何で俺が出てくるんだ?」


「俺がシルヴィ殿の相手をしてやってもいいが、それだとさすがに結果は見えているだろう?」


やる前からスヴェンが勝ちシルヴィが負けると言外に言われ、シルヴィは一瞬むっとした。


けれど、スヴェンが言ったことももっともだ。


シルヴィは今の時点で兄にかなわない。その兄が以前、自分と互角にやりあえる相手として名前を挙げていたのがスヴェンだったので、シルヴィが彼にかなうわけがないのだ、残念ながら。


でも、ニコラス王子相手なら、勝算はあるかもしれないわ。


まだ若いゆえになかなか自分の実力を客観的に見ることができないシルヴィは、大胆にもそう判断した。


「シルヴィ殿、もしニコラス相手に勝ったら、ラザールの代わりに俺が剣を教えてやろう。どうだ? やってみるか?」


挑発するような口調でスヴェンに訊かれたシルヴィは、目をきらきらと輝かせて


「もちろんですっ!!」


と即答した。


ニコラスは慌てて


「おい、スヴェン、勝手に決めるな」


と文句を言ったのだが、スヴェンは


「いいじゃないか。減るもんじゃないし。対戦してやれよ」


とさらりと答え、彼が持っていた練習用の剣をニコラスに押しつけた。


「だったらお前が相手になってやればいいじゃないか」


などと不満を述べつつも、結局ニコラスはスヴェンに押しつけられた剣を仕方なく受け取った。


どうやらニコラスはシルヴィとの対戦を引き受けてくれたらしい。シルヴィは安堵するとともに胸が高鳴るのを感じた。


ニコラス王子に勝って、絶対にスヴェン王子に剣を教えてもらうんだから!!


シルヴィは腰元に差していた自分の剣の柄を無意識のうちにぎゅっと握りしめた。


「お前が負けたらな」


スヴェンは強めの力でニコラスの背中をぐいっと押した。


「どうかよろしくお願いします」


相手への敬意を込めて、シルヴィは頭を下げた。


自国領ナルフィで見習い騎士たちに交じって剣の稽古をする時、シルヴィに剣を教えてくれている師ロイクに毎回言われるのだ、『まず相手への敬意を示すことが騎士としての第一の礼節である』と。


「うーん、俺は剣は苦手なんだがなぁ……」


他でもないニコラス自身が剣への苦手意識をはっきりと口にしたから、それを真に受けたシルヴィは自分の勝利を確信した。


自分には兄ほどの実力はないけれど、ティティス帝国皇帝に忠誠を誓う誇り高いナルフィ大公家の血を引いているのだ。


剣が苦手だと公言したニコラス相手なら、自分にだって勝ち目はあるはずだ。シルヴィは頑なにそう信じていた。


ニコラスに勝てば、兄と肩を並べる実力者スヴェンに剣の相手をしてもらえるのだ。


想像するだけでシルヴィの胸が躍った。


彼女の意識は目の前の対戦相手であるニコラスを通り越して、スヴェンに向かっていた。まさに、取らぬ狸の皮算用である。


「おいおい、スヴェン、ニコラスも、これ以上妹を甘やかすのはやめてくれ」


ラザールが妹とニコラスの対戦に反対しようとしたが、シルヴィはキッと鋭い目つきで兄を睨んだ。


「兄上は口出ししないで!!」


「…………………………………」


ラザールは何度目か知れないため息を吐いて腕組みした。


スヴェンが


「まぁ、いいじゃないか。ナルフィの姫のお手並みを拝見しよう」


とラザールをなだめ、シルヴィとニコラスの間に立ち、


「二人とも、準備はいいか? 始めるぞ」


と二人を交互に見やった。


シルヴィは腰に差していた自分の剣を鞘から抜き、構えた。


ニコラスも鉄製の剣を鞘から抜いた後、ラザールに向かって鞘を投げた。


「始め!!」


スヴェンのかけ声とともにシルヴィは素早い動きでニコラスめがけて剣を振り上げた。


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