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女形の姫様転生記  作者: 新島 隆治
44/49

南方街道へ

新型コロナは収まらねど、超絶多忙中につきひっそり更新。

 四月を迎えると同時にロヴァーニを発ったアスカは、現在精強な護衛たちに囲まれて辺境街道を東に向かっている。

 海辺の集落への街道整備は魔術師と町の住民が頑張っているおかげで、今月中旬には完成が見込まれていた。道中二箇所に設けられる休憩所も同様で、簡素な大型タープのようなものが仮に作られている。


 大型冷凍・冷蔵倉庫用の敷地は、他の魔術師たちが街道整備をしている最中に整えられた。海抜ニ、三テメル(メートル)の場所で、浜からも十五テメルほどだが硬い岩盤の上に設置する予定になっている。

 急な潮位の上昇があった場合に備えて防潮堤も築かれ、荷揚げ用の木製クレーンも夏までに設置されることになっていた。倉庫の外側には荷車が数台横付けして停められるスペースもあるので、重宝するはずである。


 地図の作製も道中に金属杭を打ちながら行っており、大雑把な地図は出来上がっていた。アスカの不在の間は文官たちが詳細な測量を行い、街道、畑、水車、風車の位置などを記録しているはずである。


 海への街道はラッサーリから南部ペルキオマキ方面への街道整備が終わり次第、ライヒアラ王国の使節との面会の間に仕上げる予定だ。少なくとも女子棟の工房にいれば時間をやりくりできるので問題はない。

 他の魔術具の作製は錬金術師に任せているので、問題が無ければ今後の冷凍・冷蔵倉庫用の魔術具は彼らに任せられる。




 昨年のうちに整備された簡易宿泊所や道路を補修し、測量の基準となる金属杭を打ちながら街道を進むこと五日、これまでかかっていた日数よりも早く辺境の東端の町ラッサーリに到着する。

 早くなった原因は道路と客車・荷車の改良だ。ロヴァーニに近い部分は極力段差がないよう石畳が敷かれ、まだ石畳が敷かれていない部分には細かな砕石を詰めて叩き締めている。


 ロヴァーニを出てから徒歩で三日半ほどの距離までは既に砕石が詰められているが、そこから先は魔術で簡単に押し固められただけの土の道だ。

 それでも以前より歩きやすくなっているのか、すれ違った者たちの顔は明るい。


 辺境街道から枝分かれする部分を各村落が費用を負担し整備する計画もあるようで、現在はロヴァーニの協議会と計画を詰めているらしい。

 主要街道が整備されるだけでも周辺の町や村には多大な恩恵がある。ロヴァーニの財政にも限りがあるため、そこから先の整備は任せてしまうそうだ。


 アスカたちは街道を拡幅しながら途中で四泊し、午後比較的早い時間にラッサーリの外門へ到着する。

 そこに待ち受けていたのは駐留する各傭兵団の混成部隊だった。


 装備こそ個々人でまちまちだが、赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)は鎧や肩当てなどの一部に赤い獅子と交差する槍という団の紋章が入っている。

 ハルキン兄弟団は緑の戦槌と槍、暁の鷹(ヴァリエタ・ハウッカ)は脚に矢を掴み茶色の羽を広げたオレンジ色の瞳の大鷹、ノルドマン傭兵団は白い円形の盾に交差した三叉の槍と剣、という紋章を刻んでいる。


 これらはそれぞれの傭兵団の出自に関わるもので、ハルキン兄弟団は純粋な戦士や傭兵から、暁の鷹は狩人から、ノルドマン傭兵団は武装農民と戦争奴隷、その解放者から成り上がったことを意味していた。


 だが現在は共にロヴァーニと辺境街道を根城に周辺を守る集団であり、辺境一帯を脅かす野盗やエロマー子爵といった共通の敵を抱く集団でもある。

 故に所属する傭兵団こそ違えど結束し、本拠地であるロヴァーニへ富を(もたら)してくれるアスカ姫に対しての感謝もしている。


「ラッサーリには初めて来ましたが――随分歓迎されているのですね」


 窓から見える門の様子に目を見張ったアスカが思わず声を漏らす。

 道中、魔術具で入る光を一方通行にしていたガラスは、現在双方向に光を通すようになっている。例えて言えば、マジックミラーのオンとオフが客車内の魔術具で簡単に切り替えられるのだ。

 夜はさらにカーテンを閉じるため、客車内で寝泊まりすることもできる。


 駐留していた傭兵団の者たちは町の門前で整列しており、その最前線に出てきていた赤獅子の槍の団員とハルキン兄弟団の団員の二人が一行を差配するスヴェンに頭を下げている。

 アスカの護衛の中で一番階級が上ということもあるが、あと半月もしないうちにロヴァーニへやってくるだろう実家の関係者に対応するため、今回団長のランヴァルドは辺境街道南方の開発整備の護衛から外されたのだ。


「この後、エルサとクァトリが客車のドアを開いて姫様をエスコートいたします。レーアとハンネが後方で警護をしますので、姫様は傭兵団の者にお言葉をかけていただけますようお願いします。

 終わりましたら町長との面会と団員を招いての食事会、終わり次第ラッサーリの駐留者から報告を受けて近辺の状況を確認し、湯浴みを済ませ、明日からの工事に備えてお休み頂く予定です」


「面会と報告が山積みですね。副長は早々にお酒を飲んでしまうでしょうから、已むを得ないのは分かっていますけど」


 王女としての仕事だ、と分かってはいるが、理不尽さを感じないわけではない。

 本来であればロヴァーニでも有数の傭兵団副長であるスヴェンが全ての矢面(やおもて)に立つべきなのだろうが、酒の誘惑に勝てるはずがないことも十二分に理解している。


 観光などが出来るのは辺境の治安がある程度回復し、エロマー子爵のような敵対的勢力の影響を完全に退けてからになるだろう。

 リージュール魔法王国という祖国の影響の大きさからも、アスカ姫として自由に動き回れないだろうことは自覚していた。


「やるべきことはたくさんあると分かっています。大変なことも分かりますけど、一つ一つ終わらせて行きましょう。

 駐留部隊と周辺の治安、ラッサーリ近辺の獣の出没情報などはエルサとレーアに集めてもらいます。町長以外の個別の面会依頼はユリアナとマイサが相談して調整してください。薬師は駐留部隊へ薬品の補充後、余った分でラッサーリの民の診察と治療に当たってもらいます」


 開いたドアからは微かに湿った風の匂いが感じられる。明け方に軽く雨が降ったらしく、土の道は乾いているものの道端の草叢(くさむら)には湿気が感じられた。


「姫様、お待ちしておりやした!」


 一際大きく張り上げた銅鑼(どら)声が客車から降り立ったアスカに届く。

 まだきちんとした敬語にはなっていないためユリアナが僅かに顔を(しか)めるが、敬意は感じられるため黙っているようだ。

 声の主は昨秋赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)に合流した、元中規模傭兵団の団長を務めていたユッシである。


 ユッシは新しく任命された第二部隊長で、独立した傭兵団の稼ぎだけでは維持が難しく、傘下に商会や工房を抱えている赤獅子の槍へ全員で鞍替えしたらしい。

 三十二名の傭兵のうち七名は事務方と料理担当、薬師で、現在はそれぞれの分野で研修を受けつつ頑張っていると聞く。


 ここにいるのは主に護衛や対人戦闘を担当する生粋の傭兵で、ランヴァルドに命じられてラッサーリ近辺の露払いを担当している。

 暁の鷹やハルキン兄弟団、ノルドマン傭兵団とも以前から付き合いがあり、遊撃部隊として峠道の向こう側にも遠征しているようだ。


「歓迎ありがとう。明日には街道南方の整備に向かうのでこちらの滞在は一晩だけになりますが、ロヴァーニから補給も持ってきているので後ほど届けますね。

 防塁の設置や周辺の見回りなど大変でしょうが、この辺境街道の安全は貴方たちの活躍によって守られています。交代要員も数日中にやってくると思いますが、月内にはライヒアラ王国からの使節が訪問する予定のため、緊張と負担が今まで以上に増えるはずです。

 峠道の向こう側で良からぬ動きをする者たちもいるようですが、貴方たちの守る仲間や家族があることを、帰りを待つ者がいることを忘れないでください」


 普段よりも声を大きくし、魔術で音量を増幅もする。

 アスカの位置から傭兵たちが並んだ列の後ろまで五テメルもないが、開けた場所では聞き取りにくいこともあるかも知れない。

 それに女性の声と男性の声では届き方が違うのだ。


(わたくし)は南方へ向かうので持ってきた数は少ないですが、夜には感謝と慰労の気持ちも込めて酒樽を二つ、宿営地に届けさせます。任務を終えた者から味わってください。後続の荷車にも補給物資と一緒にお酒が数樽届けられるはずです」


 アスカが作ったものではなく、市場に出ていた酒を錬金術師と魔術師が多少手を加えたものだが、料理長のダニエとランヴァルドが合格点を与えたものである。

 冬の商談で大商会を相手に使ったヴィダ酒より数段落ちるが、普段彼らが飲んでいるものに比べれば銀貨で一枚から二枚は値段が張るものだ。


 リージュールの王族の手前静かに話を聞いていた彼らだが、(みは)った目は爛々と輝きを増し、後列の方の者たちは静かに拳を握りしめている。


「この後、各傭兵団の隊長には南方の状況や情報を聞き取りしたいので少し残っていただきます。協議会宛ての週報は私も読んでいますので、前回の週報以降に変化があれば合わせて教えて下さい」


 ロヴァーニから同道した傭兵たちが魔術師と一緒に門外へ簡易テントを建て、木枠に丈夫な布を張った椅子を用意していた。

 聞き取りはそちらで行うようだ。


 背板のない脚と座面だけの折りたたみ椅子は、冬の間に給仕長イェンナの伯父が構えているマウヌ工房に女子棟と本部新館の建築協力の報奨として設計図を渡し、製作を許諾したものだ。

 飛鳥が学園の中等部時代に技術家庭科で習ったのと同じ、比較的(ゆが)みにくく硬い木材と丈夫な帆布を使ったもの。


 接合部のネジは鍛冶工房と水車の力で実現させており、切削部分のみ他の金属鉱石に混じって納品されていたタングステンを集め、団の鍛冶工房と商工組合の工房に一本ずつ提供した。


 工具や設備の使用料として毎月大銀貨がニ枚払われるが、メンテナンス費用込みなので職人たちにとってもお得と言えるだろう。

 少なくともこの大陸でネジは使われていないため、間違いなく独占技術と言えるのだから。製品価格も抑えることで普及を優先させているけれど、現状交代制で夜を徹して生産しないと供給が追いつかない状態らしい。


「早速ですが、ラッサーリの状況を伺いたいです。ランヴァルド様に出発直前までの報告書は見せていただいていましたが、前回報告書を送ってから今日までの間に大きな変化や動きはありましたか?」


「こちらに明日送る予定の報告書の下書きがあります。姫様が来られた際に見るはずだと思い用意させていました。

 簡単に口頭でまとめるとエロマー子爵の私兵どもは様子見の斥候が数名、峠道の向こう側で数日おきに現れる程度です。早朝か午後遅めに現れて野獣を避けているせいか、罠などの設置は今のところ確認されていません」


 まず答えたのは赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)の小隊長だ。

 副長のスヴェンは護衛としてアスカの隣りに座っているけれど、こういった席ではお飾りになることを部下たちも分かっているのか、特に気にした様子もない。


「街道の南方は週に一度くらいの頻度(ひんど)ですが、姫様が来られるとのことでしたので斥候を巡回させていました。二日ほどのところにレィマの群れがいくつか確認できたようですが、子供を連れていたので遠くから確認するだけにしています。

 子供が独り立ちするまでは気が荒いと思いますのでご注意ください」


「危険なのですか?」


「半月ほど禁酒させられてる時の副長より危険でしょうね。大抵は(つがい)で歩いていますし、角犀馬(サルヴィヘスト)よりも体重があります」


 ああ、と席に着いた一同の視線がスヴェンに向かう。


 昨年末自業自得で禁酒させられた時、アスカの前では自重していたようだが部下への当たりはストレスに応じて強かったようだ。物に当たって壊すことはなかったらしいが、多少情緒不安定な様子も見せていたと聞く。

 当の本人は自分の名前が出たことでテント内に視線を向けたが、護衛対象であるアスカや自分に敵意が向けられた訳でもないため、すぐに腕組みをしたまま天井を仰ぎ目を(つむ)っている。


「――遊牧民の間では夏以降、子供がある程度大きくなって気性が穏やかになった頃に野生のレィマから乳を分けてもらうことがあるそうです。

 ライヒアラ王国だと北部の草原地帯に自生していますが、岩塩や奴らが好きな草を与えてやりながら桶に素早く搾り取るとか」


「遊牧民が乳を絞って使っているということは、飲んだり食用に使うのは問題ないということですね?

 その話、詳しく調べられるようであれば続報をお願いします。いずれ飼い()らせるようなら、情報はあなたや調査した班の功績として報奨の対象にしますから」


 冬の間に聞き取った話では、レィマは牛のような野獣らしい。

 草原や荒野で生活し、寒冷地では長い白色の毛を生やし、温暖な地域では薄茶色や薄緑の毛になる。


 これまで辺境では(たま)に見られる程度で一般的な獣ではなかったが、昨年から食べられてこなかった食材などを探す過程で狩人や移住者、商人などに話を聞き続け、伝聞も含めた情報が集まってきている。


 それらの成果は団の文官や直営商会、ユリアナたちによってまとめられ、図書室に本として収められていく。

 まだ手書きでまとめられているだけだが、その量はかなりのものだ。


 団や直営商会以外の者でも許可があれば閲覧できるけれど、汚損に備えた保証金や月毎(つきごと)の保証金が必要となるため、今のところは大商会の代表や他の傭兵団の幹部、協議会に参加する文官や組合の代表などに公開範囲が限られている。


「それと(わたくし)からも一つ。出発直前にランヴァルド様から注意喚起がありましたが、ライヒアラの第三王子とやらがエロマー子爵領方面を抜けて辺境へ向かってくるそうです。団長のご実家から連絡があったと聞きました。

 同時期に整備する予定の南方からライヒアラの使者も到着するそうです。

 負担をかけてしまいますが使者が最初に立ち寄るラッサーリの情勢が慌ただしくなってしまいますので、峠と荒野の両方に気を配ってください」


 第三王子、と聞いた団員や他の傭兵たちの顔が一斉に曇る。露骨に顔を(しか)めている者もいるくらいだ。


「――どういうことでしょう?」


 斜め後ろに控えているユリアナに尋ねると、彼女も柳眉(りゅうび)(ひそ)めている。ユリアナだけではない。ライラやマイサ、お茶の手配をしているネリアも同様だ。


「他国の王族について姫様に申し上げるのはどうかと思うのですが……ライヒアラの第三王子は貴族だけでなく、平民の間でも扱いに困る事柄なのです。

 出発前にランヴァルド様も説明されていましたが、王都で貴族を巻き込んだ派閥争いをしている者たちが面倒な上、現在四人いる王子たちのうち第二王子と第四王子は利権争いをしています。

 既に第一王子イェレミアス様が王太子として立たれているので、他の王子はいずれ臣下となって仕えるか、他国との政略結婚の駒として使われる程度なのですが。その意味では、第三王子は特に酷い評価が与えられていました。取り巻きの者たちも含め、平民ですら忌避しているくらいです。

 ランヴァルド様からロヴァーニへ着任した際に教えていただいていますが、赤獅子の槍や他の団にもその被害を被って辺境に逃れた方が複数いらっしゃるそうです」


 眉根を指先で揉みながら答えたユリアナは、改めて生まれ育った王国の恥を晒すのが辛いのか、あるいは実際に面識があるだけに本当の意味で頭が痛いのか、言葉を選びながら主の問いに答えている。


「第三王子は――言葉を飾れば『我慢も出来ず思慮の足りない何でも欲しがる我儘(わがまま)な子供が、そのまま図体(ずうたい)だけ大きくなった』感じですね。

 私の実家は直接の接点がなかったため無事でしたが、王都の商人や下級貴族たちはかなり迷惑を(こうむ)っていたと聞きます」


「貴族家出身の貴女が、言葉を飾ってその評価ですか……?」


「はい。実際、取り巻きだった貴族の子弟や商人の子息も含めた貴族学院時代の評価がそんな感じでした。成人しているとは到底思えないほどです」


 深い溜め息と共に吐き出された言葉には実感が籠もっていた。

 他の側仕えや傭兵たちが否定せず、それどころか何度も大きく頷いている者がいるくらいだから事実なのだろう。

 良い評価は伝わりにくいが、悪い評価は病よりも早く伝播(でんぱ)する。


「イェレミアス様が王位を継がれたら東部か南東部の辺境伯に婿(むこ)入りさせることで落ち着かせると見られていましたが、学院時代の行状や能力を見る限りではかなり疑問視されています。

 (わたくし)の実家は長年外交を担当しておりますが、国の守りを任せられるかという点ではかなり怪しいですから。もし独自の兵を預けようものなら、食料が足りないという理由だけで国境を侵し、隣国の領地で略奪を始めかねません」


 昨春まで王都にいたユリアナたちの評価でもかなりの問題児らしい。


 話半分で聞くにしても、およそ王族に連なるとは思えない人物である。

 同じく王族として在るアスカとしては呆れ果ててしまうことだが。


「ランヴァルド様から姫様に王宮内の事情を伝えられていましたが、私の知る貴族や平民の情報もお伝えしておきます。

 第三王子の取り巻きの貴族子息は四人。王太子イェレミアス様や陛下の派閥に入れず、また長年勢力争いを続けている第二王子と第四王子いずれの派閥にも加われなかった中級・下級貴族の係累です。

 当主や継嗣(けいし)たちも主流の王派閥に入れない程度なので、ライヒアラの貴族としては泡沫(ほうまつ)ですけれど」


「ランヴァルド様のご実家は、確か王派閥でしたか?」


「先代様はそうですね。貴族学院時代から陛下のご親友だったと聞いています。

 ご長男は家督を継ぐと同時にそれまで(くみ)していた第二王子と少し距離を置いていますが、未だ三男が第二王子派、次男と四男が第四王子に近いとされています。

 シネルヴォ家は軍閥出身ですから、いずれも情報収集が中心のようなので、派閥にどっぷりと浸かって組み込まれることが無いよう注意しているようですけど」


 貴族の派閥は、大抵利権と血縁、人間関係の(しがらみ)で出来ている。

 主に基礎学院から貴族学院までの同級生であったり先輩・後輩の関係であるが、職場の上下関係や階級ごとの派閥、閨閥(けいばつ)という影響も無視はできない。


 ユリアナを始めとする側仕えたちの実家でも、親兄弟や姉妹で支持する派閥が違うことなどざらだ。

 それでもまだ宗教的な派閥が絡まないだけ平穏なのかも知れない。


 この世界は比較的緩い精霊・祖霊信仰が中心で、偏執的な一神教のようなものは存在していない。アスカの記憶を辿(たど)った時、日本に似た文化に安心した覚えがある。


 宗教は毒にも薬にもなる存在で、盲信し過ぎても人や世の中によろしくない影響を与えてしまう。大抵は「(おのれ)の内心で何ものかを信じる自由」を他者に強制し排斥(はいせき)することから生まれる軋轢(あつれき)こそが問題なのだ。

 その圧力が極限まで来ると宗教戦争や国同士の戦争へと発展する。


 アスカたちの住む世界では実際に精霊が存在し、それらを元に世界の全てが構成されているので、宗教を原因とした争いが起きようはずもない。

 国々の頂点に位置するリージュールが精霊の教えと双月の恵みを広め、精霊への感謝を人々が抱いているからこそだ。


「正当に継ぐ者が決まっている状態で下の者が派閥争いをしても、というのが正直な感想ですけど、素行がよろしくないだけの者でしたら対応もできるでしょう。

 まあ――万が一の時は不敬に問うても構わないでしょうし」


 リージュールの直系王族と属国・認可国の統治者、その継嗣以下では文字通り天と地ほどの差が存在する。

 王太子となった第一王子イェレミアスであればアスカに対して普通に(へりくだ)るだけで済むが、後継者として指名されてもいない王子や王女では、謁見の間の壇上と臣下列の最後尾ほどに立場が違う。


 ライヒアラ王国の版図から外れて独立している辺境では、リージュール王家以外の王族が権威を振りかざすことなど出来ないし、許されもしない。

 もし万が一出会ったのがより上位の立場の者であれば、国同士の戦端が開かれてもおかしくないのだ。死罪程度で済むなら軽い方だろう。


「ユリアナたちの評価通りの者であれば、辺境に入ったところで何かしら騒ぎを起こすことになるのでしょうけど、(わたくし)がやるべきは南方街道の整備とラッサーリより南の地図の作成です。

 砕石を敷き詰めるのは後の課題として、道路の下地と排水部分だけは作っていかねばなりません。

 貴方たちには使者の件とエロマー子爵領からの防衛、王子への警戒と負担をかけてしまいますが、よろしくお願いしますね」


 アスカが向かいの席で神妙な顔をしている傭兵たちに微笑む。

 それだけで陰鬱としていた空気は霧散していた。








 朝、山の()が明るくなり始めると同時に天幕を畳み、荷車に積んでいく。

 作業自体は護衛の団員と魔術師、側仕えが総出で行っているため、半刻もかからずに終わるだろう。その間にアスカとスヴェン、アニエラ、ユリアナたちは町長からの挨拶を受け、駐屯している者たちから川沿いの防塁を案内されている。


 駐留している傭兵団の魔術師が二名ずつ、朝夕半刻程度の時間で防塁を作り続けてきたおかげで、ラッサーリから四百テメルほど先の河原に沿ってアスカの肩ほどの高さで壁が出来ていた。

 厚みも五十テセほどで、巨体を誇る角犀馬(サルヴィヘスト)の突進には耐えられそうにもないが、人間相手であれば十分に足を止められる。


 馬防柵のように頑丈で尖った杭を防塁の前に組めば、角犀馬を始めとする騎獣対策にはなろう。体重を利用した突進力さえ潰してしまえば騎獣も怖くはない。

 飛び越えてくることも考えられないではないが、河原側から防塁を飛び越えるには高さと距離が足りないだろう。


「雪解けから一月ほどでよくここまで頑張ってくれましたね。子爵領の私兵は峠道に阻まれてこちらまでやってきてはいないでしょうから、魔術師の皆さんに大きな怪我はないと思いますが。

 ただし魔術で作ったとはいえ、ところどころ手作業の部分もあるようですから気をつけてください。石を積んだ箇所は隙間に小石や砂を詰めて、木槌などで叩いて固めておく方が安心できるでしょう」


 川の流れに沿って破線(はせん)を描くように短い切れ目があるのは、その部分からの人の出入りを考えているのだろう。二重、あるいは三重に重ねられた壁の一部はそれだけでは脆い。

 自分たちが通る時は安全に、敵が通る時は(わず)かな高低差を設けたり罠を仕掛けて足止めを行うなど、幾重にも安全策を用意するのが常だ。


「火矢に備えて事前に川の水を掛けても良いでしょうね。砂が水を含めばそれだけ重量と耐久性も増して頑丈になります。その辺りは斥候の報告を受けて、駐留する団員と町長の間で話し合うようにしてください。

 (わたくし)は護衛の傭兵と魔術師の大半を連れて、本日よりペルキオマキへと続く荒野に入ります。他にも予定があるので今回は半月ほどですが、夏の終わり頃にもう一度来る必要があるでしょうね」


「しかしよ、姫さん。この草ぼうぼうの荒野を抜けて、王国南部の直轄領ペルキオマキまでは早くて一月半かかるって言われてるぜ? 途中にゃ細い川も三本くらい流れてるし、丘や窪地も無数にあるんだが」


 大きな拳を防塁の壁に叩きつけて頑丈さを確かめていたスヴェンが呟く。


 実は今回、武力偏重と思われているスヴェンが同行した理由はそこにある。


 赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)は辺境一帯を中心に活動しているが、主な稼ぎ口として討伐の他に行商や商隊の護衛がある。

 そうした中には王国北方や南方の領地へ向かう依頼もあり、エロマー子爵領から逃げてきた商人たちはほぼ漏れなく子爵領を急ぎ足で通過するか、わざわざ領地を避けて取引を行うのだ。


 スヴェンはそうした護衛任務を何度か受けており、一昨々年(さきおととし)と一昨年、ペルキオマキまでの護衛を経験している。

 つまり、土地勘とまでは言えないものの複数回荒野を訪れた経験があるのだ。


 大規模な討伐や商会との契約の都合で本部を離れられないランヴァルドよりも、副長であるスヴェンの方が適任だろう、という唯一の理由がそれである。

 一応は貴族家出身ということもあって、王国から派遣された使節への対処も期待されてのことではあるが。


 決して荒野での狩りや、アスカ姫の指導で作られる食事が主目的だったわけではない――と思いたい。


「よほど大きな谷や幅の広い川でない限り、道と一緒に橋の基礎なども作ってしまいます。地盤が不安定な場所でなければそう時間はかかりませんし」


「ならいいが……峠道の方は?」


「出発まで時間がありませんから、こちらに残る魔術師と斥候にお任せするつもりです。リージュールの騎士たちによく知られている罠を二種類と、その運用方法を教えておきましたので、辺境に侵入しようとしてもあしらってくれるでしょう。

 力技で対処しようとすればそれなりの負傷を負いますし、怪我を負わずに通ろうとするなら数日は時間を稼いでくれるはずです」


「冬に部隊長と斥候の班を集めて教えてたアレか? しかし姫さんは色んなことを知ってんなぁ。王族ってのはそんなことまで教わるのか?」


 足元の石を数度踏み固めながらスヴェンが顔を上げて尋ねる。


 彼にしてみれば専属の斥候や軍の中で秘される機密に近い情報だ。一国の王族、それも直系の第一子でも無ければ他国に嫁ぐのが当然とされる王女なら、通常は習い得ない内容である。

 アスカは知られうる限りリージュール王家正統の第一子であり、他の王族の消息は知らされていないので、継承順位が確定するまでの間に教育を受けていたとしてもおかしくはないのだが。


「私は祖国の一件で避難をするため、王妃である母やその侍女たち、護衛の騎士と長い間旅をしていましたから――」


 表情に陰りが差す。

 もう一年が過ぎたとはいえ、護衛と従者を一度に亡くしたのだ。


「道連れに同い年の友人がいるわけでもなく、また侍女や怪我を負って一行を離れた者たちもいました。そうした者たちから道中の遊び代わりに聞き覚えたり、食料を得るために使う知識として習ったのです。

 じいや――私の教育係を務めていたセヴェルの荷物が無事であれば、魔術教本や政治、軍事、法律、博物学などの本も残っていたと思うのですが」


「団長にも聞いてたアレか……あの事件で得た革袋や鞄の形をしたものをもう一度全部調べて直していると聞いたが」


 こくり、と頷いたアスカは出発前、再度遺品の捜索と確認を依頼している。


 一年前に生命と貞操の危機から救われ、アスカを護って身罷(みまか)った従者たちの遺体を回収したのがスヴェンの部下たちだ。正確にはスヴェンの子飼いの部下と当時から所属していた若手魔術師、現在の輸送班所属の新人傭兵たちである。


 遺体と遺品の回収や、狂信者や野盗たちの遺体を集めて焼却処分するのも彼らの仕事だった。既に原型を留めず骨だけになっていたものも含めればその数数十。

 荷の分類は本部付きの文官たちも手伝ったけれど、アスカ一行の他にも襲われた商隊が複数あったし、遺品や奪われた荷箱の分別はそれなりに困難があった。


 アスカたちリージュール出身の者が身につけていたものは比較的少ない。

 武器と身を守る防具、お仕着せ、鞄や革袋の他には木箱が二十ほどである。祖国から十年以上に渡る長旅を重ねてきたにしては、驚くほど荷物が少ないのだ。


 特にアスカ姫の教育に使われたという数々の王立図書館所蔵の書物や魔術具の現物などは、諸国が国家予算の大半を注ぎ込んでも手を伸ばしたくなるものばかり。

 まさに諸国の頭脳を越えた叡智(えいち)の結晶なのである。


 木箱の中身は品質が良いけれど衣料や生活に使われる物がほとんどで、侍女や騎士たちの私物も多かった。

 入っていた物が一般的な衣料品や旅の道具、予備の武具などだったせいか、賊たちの扱いもぞんざいだったらしい。


 アスカ姫が使っていた衣類や筆記具、旅の途中で(あつら)えたらしい式典用のドレスや装飾具も二箱残っており、こちらは貴族相手に高く換金できると踏んだのか中身には手がつけられていなかった。

 リージュールの王妃が一人娘のために仕上げた装飾品などは、一品物であることと製作者が既に病没していること、素材の質とデザインの良さから古参貴族でも家を傾けるほどの金額になるだろう。


 今は女子棟三階の小部屋にひっそりと仕舞われているけれど、将来祖国の地を踏むことがあれば持ち帰りたい品物である。


「革袋や鞄自体はそう大きくないものでしたし、表面と閉じ口の縁に焼印と簡単な刺繍が入っているものでした。鞄の縁は山の民の作った精霊銀を極細い糸のようにして刺繍していましたね。革袋には森の民に分けてもらった青と黄色の糸で、鍵を掛けていた晶石の周りに花を(くわ)えた小鳥を刺繍してあります。

 八歳になって侍女たちに刺繍を習い始めた時、じいや――セヴェルにお願いして練習に使わせてもらったのです」


「結構しっかり特徴が分かってるんだな。それだけ特徴があるのに、商隊の荷物や遺品の中で見落とすってのもよく分からんのだが。お前ら、見覚えあるか?」


 スヴェンが出発準備を整えて角犀馬(サルヴィヘスト)の背に(またが)った団員に話を向ける。忙しそうに動き回る彼らだが、一様に首を横に振っていた。しっかりとこちらの話にも耳を傾けていたらしい。


「特徴の話はもう一度文官にも連絡を送らせる。団長の使い魔(ヴェカント)経由でもな。

 よし、それじゃ遅くならないうちに出発するぞ。予定じゃ南方街道の途中までとはいえ、結構な距離があるからなぁ」


 腰掛けていた防塁から降りたスヴェンがよく響く声を上げ、準備を促す。

 ここで交代要員の魔術師を三人残し、アスカたちは南方街道への分岐を進むことになる。川沿いの道を少し戻ってから河岸段丘の(ふち)を通り、灌木(かんぼく)が生える丘を抜けるのだ。

 その先が本当の意味での荒野になる。


「地図を作りながらになるのでそうたくさんは進めないと思いますが、角犀馬(サルヴィヘスト)たちには強化加速(キーヒトヴィース)の魔術を掛けておきます。

 (わたくし)自身、長い道路を作るのは初めての経験ですから。周辺への警戒は団の皆さんに、休憩の手配はユリアナを筆頭に準備をお願いしますね」


「承知いたしました、姫様」


 クァトリの手を借りて客車に乗り込み、前方の扉を開けて御者台の脇から顔を見せる。そこにはエルサが手綱を取っており、脇には角犀馬に跨ったクァトリとレーアが出発の号令を待っていた。


「街道の入口に着いたら、まず最初に魔術を使います。索敵の魔術を使ってラッサーリ周辺の地図を書きますから、待つ時間の方が多くなるかも知れません。

 それと道中の地面の様子も分かりませんから、移動に時間がかかると思います。角犀馬たちにも移動用の魔術を使いますね」


「分かりました。これだけ護衛の傭兵がいますから、多少の群れなら野獣の襲撃も十分対処できると思います。むしろ夕飯に肉が増えて喜ぶかも知れませんよ」


「話だけ聞くと副長が一番最初に突っ込んでいきそうですね……パウラたちの手綱は任せます。休憩は多く取るつもりですが、疲れたら遠慮なく言ってください」


「ありがとうございます、姫様」


 ランヴァルドに習ったらしい騎士流の敬礼を見せ、エルサが日に焼けた健康的な笑顔を見せる。護衛のためアスカや側仕えと一緒に風呂に入ることもあり、美白クリームなどを使っているせいか、昨春出会った頃よりも褐色の肌が薄くなった気がしている。

 角犀馬で並走する準備をしたクァトリやレーアも同様だ。


「パウラ、今日は走ったり止まって休憩したりが多くなるけどよろしくね。野営の時はマッサージとブラッシングをしてあげますから」


 客車に戻る直前に言葉が聞こえたのか、パウラの短い(いなな)きと地面を踏みしめる音が辺りに響く。二頭引きで繋がれたエルサの角犀馬も抗議するように短く泣き、それをエルサが(なだ)めているようだ。


 二頭の騒ぎを余所(よそ)にスヴェンの出発を告げる声が響き渡り、隊列が動き始める。

 こうして辺境から南方の荒野を貫く通称『南方街道』の開発は始まった。






「んで、この進度は一体何なんだろうなぁ……」


 遠い目で荒野の先を見つめるスヴェンがため息と共に呟く。


 彼の後方、ラッサーリからやってきた方向には幅十二テメル(メートル)、深さ二テメルほどの広く深い溝が掘られ、うち一テメル半強までが大きさの違う石で隙間なく埋め尽くされている。

 底の方には子供の頭ほどの大きさがある石を八段重ねて並べ、地表に近づくにつれて大人の(こぶし)大から爪先ほどの大きさまで順に積み上げられていた。

 両脇は片側二テメル幅で平らな場所が作られ、さながら歩道のようである。


 地球の現代社会のように舗装用のアスファルトが豊富にあるわけでもないため、比較的豊富に存在する岩や砂を使ったのだ。

 飛鳥の友人や大叔父から聞いたことのある知識に、粒の違う砕石だけを詰めて舗装した道路があることを思い出して作ってみたのである。最終的には表面を石材の板で敷き詰め覆ってもらうため、落差はもう少し縮まるだろう。


 街道全体の起伏は激しくならないよう、大きく窪んだ場所は道幅に沿う部分が隆起させて橋のようになっている。先住生物の往来を妨げないよう、隆起させた場所の下部に幅二テメル、高さ一テメル半ほどの横穴も数ヶ所通されていた。

 道が大きく左右に曲がりくねっていないのは、地形全体を上空から俯瞰して見ているせいだろう。


 リージュール王家に伝えられていた索敵の魔術でおおよその地形を把握し、荒野のどこを通れば騎獣や人の負担が少ないか、高低差が少なそうか、水を得られるかといった情報を得て判断し淡々と道を作る。

 問題はその速度だった。


「ラッサーリを出て今日で四日だが、進んだ距離が大体の計算で二百五十ミール(キロ)以上とか。こんな大魔術、古代王国の伝承くらいでしか聞いたことねぇよ」


「じいやの話では、リージュールの一般的な魔術師でも一日に三十ミールは道路を作れたそうですよ? 回復薬を飲みながらの交代制だそうですが、儀式を行う魔術よりも消耗は少なかったそうです」


「いや、回復薬をそんなことに使えるのはリージュールの魔術師くらいだろ」


 人同士や国同士の戦乱に明け暮れ、魔獣から身を守る生活を送っていた彼らにとって回復薬は命綱である。傷を癒やすものであれば騎士や戦士たちの、魔力を癒やすものであれば魔術師たちの必需品であり、効き目が高いほど高価だ。

 リージュールの騎士たちが普段使っていた回復薬でも他国では上級回復薬と呼ばれており、貴族たちが使っていたものであれば王族や筆頭魔術師を癒やすには十分過ぎる効果を持っている。

 当然その値段は国の年間予算の何割かを費やすような破格の代物であった。


 薬の基本的なレシピは各国を回る『浮船』に同乗した薬師から(もたら)されていたが、材料や詳しい製法を知っている者もある程度限られており、市井(しせい)に出回る回復薬は気休め程度のものとされている。

 それでも体内の魔力を賦活(ふかつ)化させ、小さな切り傷や打ち身程度なら十分治せるのだ。それ以上の効果は「戦う」ことや「魔力で何かを行う」ことを生業(なりわい)としていなければ必要がない。


 そうした背景から、扱える人間を選んでいるとはいえ、平民に至るまで各種回復薬へ比較的簡単に手が届くロヴァーニの現状が異常なことだというのはスヴェンでも理解できた。

 病気には効かないけれど、簡単な解毒や傷の治癒、魔力回復の薬程度であれば治療所にも薬瓶が数十本単位で保管されている。

 王都ロセリアドでも――国を守る軍や王族の住まう王城ですら――そんな措置が行われたことはなかったのだから。


「道の整備だけならもう少し進められると思いますが、付近の地図を作りながら休憩場所の整備もしていますし、騎獣たちへ強化加速(キーヒトヴィース)も使っています。

 ユリアナに止められていなければ一日に百ミール弱は進めると思いますけど」


 長い銀髪を風になびかせ、遠出の際に着るようになった膝丈のキュロットとブラウスにローブを着た姿で振り返る。


 止められているのは単純にアスカの体調を気遣われているのと、先行して目印の杭を打ちに行っている斥候の負担とを考慮に入れた結果だ。

 初日の朝からスヴェンたちの想定を大幅に超えて百五十ミールもの距離を整えてしまったために、現在は午前と午後に二十ミールの道を作り、途中十ミールごとに休憩所を設け、四交替で斥候兼杭打ちの小隊を先行させる体制になっている。


 同行するハンネやアニエラたちが休憩所を整える間にアスカが索敵の魔術で付近の地図を描き、団員が護衛と周辺での狩りを担当する。


 当初はアスカたち一行が滞在する規模の倍程度を想定していた広さは、スヴェンの判断で一辺五十テメルほどの広い敷地を整えることになってしまった。

 いずれ往来の荷車が増えればさらに拡張することも匂わされた上で。


「実際にやってみた印象ですけど、まだ魔力には余裕があります。一日に百ミールくらいでしたら問題なさそうですね」


「魔力に余裕が無くなるくらいならどこまで行けるんだ?」


「そうですね――地形も確認せず杭などの目印もない状態で、かつ道を作るその先に何があっても問題ないのでしたら、一日四百ミールくらいであれば負担にはならないと思いますよ。その程度なら(わたくし)の魔力全体の一割くらいしか使いませんし」


 アスカの何気ない回答に、スヴェンの目がさらに遠くを見つめている。


 この世界の宗主国であるリージュールの姫を使い倒すような真似は当然出来ないが、やろうと思えば過去に自分が一月半を掛けた長い道のりをたった三日ほどで(なら)してしまえるのだ。保有魔力の一割ほどを使い、余力を大量に残して。


 しかも水捌けをある程度考慮し、窪地や丘、小さな谷や川を安全に通れる形で整えるという恩恵付きである。後で板状に切り出した石を敷き詰めていく手間があるとはいえ、その程度の作業なら路床(ろしょう)から積み上げていく手間を考えたら些細なものであろう。


「やべぇ、リージュール王族の本気が想像もつかねぇ……」


「じいやに習ったことですけど、過去の王族は国の主要街道を二月ほどで整備したそうです。大陸全土ですからそれくらいかかったのでしょうけど」


「それって、魔法王国のある大陸のことだよな……?」


「ええ。途中で二箇所ほど未発見の鉱山を見つけてしまって、迂回するために当初の計画を大幅に変更しなければならなくなったそうですけど」


 アスカ姫の祖国のある大陸は現在の地より離れた場所にあるが、その規模はライヒアラ王国を含むこの大陸の数倍あると知られている。

 その主要街道の整備がたった二月で、と聞いた魔術師たちは感心しきりだが、護衛の傭兵やスヴェン、ユリアナたちには衝撃だ。


 宗主国たるリージュールにその意志がないとしても、やろうと思えば軍団を最高速度で移動させ、相手の準備が整う前に包囲・壊滅させられる。

 万が一攻められたとしても瞬く間に防衛陣地が構築され、攻め手が現地で軍議に時間を費やそうものなら決議までの間に難攻不落の要塞が出来上がってしまう。

 平地での会戦のはずが急峻な山岳戦に変わったり、精霊たちの力を借りた極地戦に変わらないとも限らない。


 彼の国にこれ以上の領土的な野心が無いため周辺国との関係も安定しているけれど、歯向かった時点で破滅への片道切符という運命が決まってしまうのだから。


「そこまでやっちまうと、さすがに通行料がとんでもないことになるだろうなぁ。精霊の力を借りているにしても魔力はタダじゃねぇんだし、宿泊地を作らねぇと俺たちはともかく商人が荒野の真ん中で適当に野宿するはめになって獣に襲われる。

 石を敷き詰める作業が終わる前に仕事もなくなっちまうから、食いっぱぐれる連中も大勢出るだろうしな。働き口が無くなったらロヴァーニの治安が荒れるぞ」


「それは分かっています。今でも作業を進め過ぎなのでしょうけれど、周辺の街道整備を進めておかないとロヴァーニに人が集まりすぎます。

 昨年まではせいぜい二千人くらいの規模でしたが、お金や食料、仕事もある町に他所(よそ)から大勢の住人が流入すれば――」


「傭兵団や自警団がいくつあっても足りねぇよな。移住してくる傭兵連中の働き口は確保できるかも知れねぇが。ロヴァーニはあくまでも市場であったり文化の中心であり、住む場所は辺境の他の場所でも構わねぇ、と」


 希望を言えばロヴァーニへの人口流入を少し減らして、辺境周辺の集落に住人を住まわせたい。昨年からの街道整備に伴って多少の増加はあるようだけれど、それでもロヴァーニの増加のスピードには到底追いつかないのだ。

 現状のまま放置すれば、他の集落で十人増える間にロヴァーニでは数百人単位で人口が増えてしまう。


「ロヴァーニの協議会は夏以降の移住希望者に対して砦外の居住地へ斡旋を勧めるそうですが、農業や畜産で使う面積を考えると数年で限界を迎えるでしょう。

 ラッサ―リやロンポロー、ナスコなどに移住して辺境全体が賑わってくれた方が後々助かるのですけど。あとはやはり、街道沿いの宿場町の形成でしょうか?」


「街道沿いに宿があれば傭兵や商隊も頻繁に使うし儲かるだろうな。人数や規模を考えたら十五ミールか二十ミールに一つは欲しいところだが。

 立ち寄ったり泊まる人間が多くなれば、それを支える畑なども必要だろう」


「姫様、辺境の各町に宿場町を作らせて入植させれば多少は整備が早まるのではないでしょうか? ロヴァーニとラッサーリの間は比較的安全ですし、あまり我々に好意的ではないとされるニエミやペレーに近い場所を避ければ親ロヴァーニの町として既成事実を積み上げられます。

 既存の各集落をそのまま拡張して行けるのなら、ロヴァーニや商会からの支援額も抑えられると思いますわ」


「その辺りの検討は協議会にお任せするしかないでしょうね。この街道の宿場も、いずれは商会や傭兵団にお任せした方が収入や安全を維持できるでしょう。

 赤獅子の槍(レイオーネ・ケイハス)で委託費なり分譲費なりを受け取って団の運営に回せば、収入の柱の一つになってくれるでしょうから」


 スヴェンとユリアナの言葉に答えたアスカが描き込んでいた街道の地図をライラに渡し、次の地図を受け取りながら背伸びをする。ずっと俯いていた首を左右に傾けると、コキコキと小さく骨が鳴った。


 工事前の街道の原図、街道を敷設した後の原図、周辺の地形まで詳細に描き込んだ原図の三種類を常に更新するため、魔術で道路を整備し次の宿営地を作る場所へ移動するまで待ち時間が発生する。

 その間に同行している魔術師たちは忙しく土地を整備し、側仕えたちはお茶(テノ)や食事の手配をし、傭兵たちが狩りや斥候に向かっているのだ。


 騎獣の休憩と食事もこの待ち時間を利用しており、荷車や客車を()く騎獣の交替も行われている。


「お言葉ですが姫様、収入の大半が入るのは赤獅子の槍ではなく姫様に対してだと思います。南方街道の整備の大半は姫様の魔力に()るものですし、赤獅子の槍やロヴァーニの各商会は宿営地の利権だけでも十分に食べていけると思いますよ?

 巡回する警備の費用に宿泊設備の利用料、周辺で整備するだろう農地などの権利を考えたら、新しい町を作るのと変わらない利権がありますから」


 薄っすらと汗の滲んだ額をハンカチで拭いながらユリアナが街道の先を見遣る。


「先程姫様は街道の利用料について何も触れられませんでしたが、ここまで設備の整ったものはライヒアラ王国でも存在しません。私たちが昨年ロヴァーニへ来るために通った街道も、貴族領によっては泥濘(ぬかるみ)がそのままだったり大きな穴が空いたまま放置されているところもありました。

 近隣の各国で一般的に考えられているよりも安価な料金で通行できるようになれば、恩恵を受ける者たちから姫様の名前を冠した街道名が贈られるか、この大陸風にプリンセル(王女)の名前が付けられるかも知れません。あるいはリージュール風の読み方に寄せて『プリンゼッサ・アスクァ』街道でしょうか?」


 口にしたユリアナは大真面目で、隣で控えるマイサやネリア、リスティナたちも深く頷いていた。王族であるアスカは『エルクライン』という王族領を名前の一部に持っているのでそれほど不思議なことではないが、飛鳥としての意識もあるため気恥ずかしさの方が先に立ってしまう。

 頬が熱くなっているのは気のせいではないだろう。


「からかうのは止めてください! もしそんな事になったら、街道沿いの宿場町に貴女たち側仕えや側近、内弟子の名前を一つずつ付けていきますからね?

 足りなくなったらランヴァルド様や商会主の名前でも構いませんけど」


 普段は抜けるように真っ白な肌はもちろん、耳まで羞恥で真っ赤に染めたアスカが叫ぶ。領地持ちの貴族でも時折家族の名前を冠したり功臣の名前を道や町、集落に付けることはあるけれど、それらは相応の功績を上げたことに依るものだ。


 その意味では、辺境からライヒアラ南方へと広がる荒野を貫く街道を造ることは十分過ぎるほどの功績に当たる。

 けれどもアスカにはその意識が薄く、これまでの旅の中でも土地への名付けなどは経験が無かったため、恥ずかしさしか感じていないのだ。


「まあ名前は諦めた方が良いと思うぞ、姫さん。通称は今まで通り南方街道になっても、おそらく協議会は満場一致で正式な街道名に姫さんの名前を入れるだろう。

 そこはリージュールの王族として諦めてもらうしかねぇな」


 (とど)めを刺すように呟いたスヴェンが荷車の御者台で冷たいお茶を(あお)る。

 さすがに移動中や待機中は部下の監視の目があるため、酒ではないようだ。


「辺境は王国の版図ではないから、俺はリージュール風の名前になるんじゃねぇかと思ってるけどな。昨夜団員の連中とも酒を呑みながら話したが、姫さんの名前が街道に付くってぇのは九対一でほぼ決まりだろう」


「なんですか、その九対一っていうのは?」


 赤い顔のまま薄っすらと涙を滲ませた目で睨む。そんな表情で睨んでも愛らしさだけが際立つだけなのだが、アスカ自身は気づいていない。


「ああ、団員と直営商会、協議会の下馬評だな。辺境の詳しい成り立ちは俺もよく知らねぇが、ライヒアラ王国に伝わってる歴史じゃ三百年以上に渡って流刑地やら国を捨てた人間が集まる土地とされて、王国の政治とは切り離されていたんだ。

 それが姫さんがやって来た一年あまりで急速に発展し、新しい仕事も増えて飢えや(かわ)き、干魃(かんばつ)や極端な不作・凶作からも解放されつつある。

 騎獣と人の足で踏み固められてただけの辺境街道はロヴァーニから順に整えられて、今年の秋には辺境街道の半分くらい、来年にはさらにラッサーリとの半分まで整備が進む見込みだ。整備の仕方を教えて、工事の資金源まで作り出した姫さんの名前が付けられないはずがねぇ、ってのが十人のうち九人だな。

 最後の一人も『姫さんの意見を聞いてから』って前提だが、方針は同じだぜ」


 得意満面に答えるスヴェンだが、そこにアスカの意思は微塵も存在しない。

 しかも決定までの段階に意見を述べる機会も一度しかなく、それすら方針がほぼ決定された状態から「最終確認のために参考として聞かれる」程度らしい。


 何とも言えないもやもやした気持ちを胸のうちに抱えたまま、記入を終えた地図を画板ごとマイサに預ける。

 街道敷設後の地図は、魔術の行使前後で大きな地形変化がなければ敷設前の原図を複製魔術でコピーして描き加えるくらいのため、所要時間は短めだ。


 通常周辺地形を含めた詳細図は、索敵の魔術で見たものを街道の位置と目印の杭ごと紙に転写し、その日の最後の宿営地でA倍ほどの大きな紙に写していく。


 この地図作成があるからこそ、今回は直営商会ですら帯同が許されていない。

 帯同が許されているのは団の客車・荷車と団員の乗る騎獣だけである。


 ラッサ―リまでは通常の商隊も二十輌ほど相当な距離をおいて同行していたが、宿営地で行われる表敬訪問は機密保持の都合で全てお断りしている。


「――名付けが避けられないのは何となく理解しましたけど、仰々しいものは止めて下さいね。リージュール魔法王国の外で王族の名を冠する場合、本来であれば父王や王妃の許可がいるのですから。

 王妃であった母が亡くなり、父王の安否が不明な今は建前でしかありませんが」


 羞恥七割、拗ね三割の比で項垂(うなだ)れたアスカが白い毛玉(ルミ)を胸に抱き、鬱憤(うっぷん)を晴らすように体内の魔力を練り上げていく。


 索敵の魔術は並行励起したままなので、まだ未整備の(・・・・・・)道の先も見通すことができる。今はちょうど三十ミール程先を斥候の小隊が進んでおり、目印となる杭を打ち付けているところだ。

 鞍に(くく)りつけた予備の杭も数本あるので、本隊に戻らずこのまま進んでもらった方が良いだろう。


『アスカです。今からその付近も含めて道を整備してしまいます。一旦その付近を離れて待機して下さい。道が出来てもこちらに戻らず、十ミールごとに手持ちの杭を打っていき、使い果たすまで進んで下さい』


 任意の場所の空気を震わせる『伝声の魔術(アーネンシエルト)』で斥候たちに声を届け、その姿が街道の幅から()れたところで練り上げていた魔力を開放する。

 御者台でぼんやり作業を見ていたスヴェンの目の前で軽い地響きを立てながら道が陥没し、生み出された(れき)や小石で埋められ、ものの数秒で先が見えなくなっていった。

 伝声の魔術自体は秘匿魔術でも軍事技術でもないが、ピンポイントで連絡対象を絞るには魔力制御の技術が必要なため、多用されていないだけである。

 空気を震わせて任意の場所に声を届けるための魔術で、やろうと思えば数百ミール先に声を届けることだって可能だ。もちろん、相応の魔力を必要とするが。


 地響きはその後もしばらく留まっていた場所に届いていたが、百ミールほど先で唐突に止まる。そこから先は数ミールに渡って泥濘(ぬかるみ)が続き、(あし)のような背の高い草が沼の縁に生い茂る湿地帯だ。

 湿地帯には荷車一台ほどの幅で細い砂地が通っており、人通りが少なくともここが街道であることを教えてくれる。


「今のはなんだ、姫さん……?」


「おしゃべりをする時間があるようでしたから、先に湿地帯の手前まで道を作っておきました。斥候の方たちには目印の杭を打って先に進むよう指示を出していますので、ここの宿営地を整えたら進みましょう。

 それと湿地帯の近くに小さく動くものが見えました。おそらく動物だと思いますが、斥候の小隊だけでは対処ができないかも知れませんので準備をお願いします」


 道の名付けで――スヴェンやユリアナたちは至極真面目だったのだが――からかわれて意趣返しのつもりで仕事を増やしたアスカに、周囲は慌て始める。


 まだ昼なので日没まで十分な余裕はあるけれど、予定のさらに倍以上を工事されてしまったのだ。先行している斥候たちも万が一に備えて携帯食料を一日分余裕に持っているけれど、後詰めがいない状態では何があるか分からない。


 野生動物や魔獣、野盗の襲撃があれば多勢に無勢ということもあり得る。


 今この場で動いているのは護衛の一部と下働き、調達班の団員が中心で、スヴェンの言葉に対してアスカが声を大きくしたことを知っている者は多い。

 故に、非難の視線はスヴェンへと向けられている。日頃の言動が原因だろう。


「先行する増援の小隊は私の客車の横に来て下さい。強化加速(キーヒトヴィース)を重ね掛けしますので、普段の四倍から五倍の速さで走れるはずです。

 体力も消耗するでしょうから、こちらも持久力(ケスタヴューデン)回復術(パラウタミネン)を使っておきます。後で合流した時に反動を押さえる回復魔術を使いますが、四十ミール先と七十八ミール先に動物の親子らしいものが見えていました。街道に上がってくることはないと思いますが気をつけて」


 アスカの声に従って騎獣を寄せてきた団員たちは、騎獣と一緒に強化の魔術を受けていく。騎獣のみ強化を行ってしまうと、乗っている者が風圧や振動に耐えられず脱落してしまうからだ。最悪、鞍と(あぶみ)から離れられずに背中へ叩きつけられ、重篤な打撲や骨折、酷い擦過傷を負うことになる。

 怪我を負っても治癒魔術で治せないことはない。

 しかし治癒されるまでの痛みは軽減できないし、肉体の傷は治せても痛みの記憶を完全に取り去ることができないこともある。


「この強化魔術は週に一度が限度です。それ以上の使用は騎獣と騎乗者の身体への反動が大きくなりすぎて、回復に二週間(十二日)前後かかることもあります。

 道をただ走っていくだけなら消耗は最低限で済むと思いますが、戦いになったら動きについていけなくなるかもしれません」


 注意を口にし、準備の出来た者から街道の先へと送り出す。

 実際に野獣などと遭遇しても、チーターのように足の速い獣でもない限りは振り切ってしまえるはずだ。野盗については身を隠す藪があっても、住むには難しい湿地だから警戒するほどのものでもない。


 それ以上に、獣の姿の先に見えた人工物――人の乗った覆い付きの荷車のようなものの方が気になっていた。




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年内にあと2~3話更新できたらいいなぁ……。

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