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292 恐怖の対象

二百九十二



 召喚術を侮辱するような言葉を吐いていた青年に対し、ミラより先に声を上げた戦士風の男。実に逞しいガタイをした彼は言葉を発すると同時に立ち上がり、そのまま青年の席の前まで歩み寄っていった。きっと眼前にしたその男の迫力は、相当なもののはずだ。更に、体格も雰囲気も、何から何まで戦士風の男が勝っている。

 とはいえ青年の方もまた、粋がりたい盛りである。その口を閉じろと言われたところで素直に黙るはずもなく、ゆっくりと立ち上がり、「ああ? なんだよおっさん」と、喧嘩腰で言い返していた。実にわかり易い反応だ。

 しかしおっさんは、そんな青年に対して目くじらを立てる事などなく、「まあ、落ち着け」と、柔らかい口調で告げた。それでいて、右手一本で青年を制し、そのまま席に着かせるなどという確かな実力の程を垣間見せる。


(おお、あの者、なかなかやりおるわい)


 その男の登場によって一先ず怒気を収めたミラは、観戦モードに移行して、二人のやり取りを見守る構えをとった。


「な、なんだよ」


 実力差を思い知ったようで、言い返す青年の声が少し弱くなる。だが余計なプライドがそうさせるのか、その目は、まだまだ反抗的なままだ。だが戦士風の男は、そんな事など一切気にした様子はなく、真剣な目を真っ直ぐ青年に向けていた。


「いいか。少なくとも今、この街にいるうちは、召喚術士の事を悪く言うのは控えておけ。これは、お前のために言っている事だ」


 青年の視線を軽く受け流しながら、男はまるで諭すように静かな口調でそう忠告した。そして同時に、僅かな恐怖をその顔に浮かべる。


「なんだ、それ? なんだってそんな」


 喧嘩腰な怒鳴り声ではなく、むしろ優しさすら垣間見えるその言葉に、青年は気勢を削がれたようだ。これまでの気張ったような若くトゲトゲしい態度は鳴りを潜める。とはいえ理由が不明であるため、そこが気になったのだろう。青年は、少し丸くなった目で男を見上げた。

 すると男は、ちらりと周囲を見回してから言葉を続ける。「簡単な事だ。今この街には、塔所属の召喚術士がいるんだよ」と。

 その言葉と同時に、周辺が俄かにざわめき始める。また、その内容にミラもまた反応していた。


(なんじゃと?)


 塔所属で術士といえば、それは銀の連塔の研究員を指す言葉だ。もしや、自分の存在がばれていたのか。一瞬そう考えたミラであったが、どうにもそうではないらしい。男の説明が進むにつれて、ざわめきは恐怖の交じった驚愕に変化していった。

 男は言う。術士達の聖地、大陸最大の術研究機関である銀の連塔に所属する研究員達は、だいたい常識が飛んでいると。それでいて、術士としての実力は大陸最高峰。加えて、術に関する事に夢中で周りが見えない者が多い。そんな術こそ至高な連中に、術の悪口を聞かれたらどうなるか。


「最悪、実験台にされた挙句に消されるぞ……と、どうも俺もまた結構な事を言っちまった気がするな……」


 話を終えた直後、ぶるりと震えた男は、恐る恐るといった様子で今一度辺りを見回し始めた。すると偶然か必然か、ミラと男の視線が交わる。

 その瞬間、男の顔に戦慄が走った。どうやら有名な上級冒険者について、それなりに把握しているようだ。ミラが、かの精霊女王と特徴が一致している事に気付いた様子である。また、その立ち位置からして会話を聞かれていた事も察したらしく、顔には緊張の色も表れてきた。


(まあ、周りが見えなくなる者が多いというのは、同感じゃな。しかし、じゃからといって、消すなどとは人聞きの悪い。少々灸を据える程度の話じゃろうに)


 訂正してやりたい部分もあるとはいえ、あれから三十年である。絶対ないとは言い切れないミラは、どこか探るような目をしている男に対して、どうぞ続けてと言わんばかりに微笑み返した。

 直後、それを赦しと感じたのだろう、男は安堵の表情を浮かべ目を伏せると青年の方に向き直る。


「まあ、そういう訳でな。お前が知らないだけで、いるところにはいるものだ。下手な事は言わない方がいい。目を付けられたら、どうなるかわからんからな」


 塔の召喚術士然り、真後ろ然りと忠告した男は、最近の召喚術は凄い勢いで盛り返してきているぞと、よいしょするように続けた。


「あんたが警戒している理由は理解した。けどよ、あの召喚術だろ? 盛り返してきているって言われてもなぁ。二人ほど見た事あるんだが……どうにもピンとこねぇ」


 会得条件の厳しさからか、召喚術士への門は狭く、それでいて自身と召喚の二つを鍛える必要があるために道もまた険しい。ゆえに若い召喚術士は極めて少ない。

 とはいえ、現時点でも優秀な召喚術士はいる。だが、ただでさえ少ない召喚術士の更に極少数だ。出会える方が奇跡というのも、また事実である。青年が見たという二人は、まともな教えを受ける事の出来なかった者だったのだろう。

 だからこそ青年は、召喚術をその程度のものと判断してしまったわけだ。


(むぅ……。もどかしいのぅ……)


 最近はアルカイト学園やミラの活躍もあり、かつての絶望的なイメージは払拭されつつある。だが、その影響によって召喚術士となった者達が世に出てくるのは、まだ暫く先の事であろう。ミラは、今の現在の状態に肩を落とすばかりだ。


「まあ、確かに余り知られていないからこそ、基準っていうのは、わかりにくいな」


 そもそも塔の術士の実力とは、どの程度のものなのか。それがわからなければ判断もし辛いだろうと、男は知っているそれを話し始めた。


「では、簡単に話すぞ。まず、塔に入る条件だが、これは系統関係なく一律だといわれている。つまり、どの術の塔でも所属する術士は一定以上の実力を持っているって事だ。で、その実力ってのがどの程度かというと──お前は、『雷鎚戦斧』と呼ばれる魔術士を知っているか?」


「知っているもなにも、超有名人じゃねぇか。こないだAランクの上位に入ったって聞いたからな。冒険者やってるなら誰だって知ってるさ」


 男が確認するように問うと、青年は当然といった顔で答えた。『雷鎚戦斧』。どうやら冒険者界隈では有名な二つ名のようだ。しかし、ランクAの冒険者であるはずのミラは、これまた当然といった顔で「知らんのぅ……」と呟いていた。


「知っているなら話は早い。噂によると、かつて雷鎚戦斧は塔の試験に落ちたって話だ」


「まじかよ……」


 男が言わんとしている事に気付いたのか、青年は驚きを露わにした。

 冒険者総合組合には、厳格なランク判定基準が設けられている。そのため、Aランクの上位ともなれば、それはもう誰から見ても凄腕といえる実力者だ。

 銀の連塔には、そんな人材が落ちるような試験を抜けた者達ばかりがいるというわけである。青年は、そのわかりやすい判断基準によって、ようやく自身の失言に気付き凍り付いた。


「ああ、まじだ。今では冒険者として有名だが、当時もまた天才魔術士として有名だった奴が弾かれるような場所なんだよ。つまり銀の連塔って所には、雷鎚戦斧のような術士が当たり前のようにいるって事だ。若いお前じゃ想像すら出来んだろうが、あのクラスの召喚術士ってのは、どいつもこいつも、とんでもない化け物を召喚する。だから、もう一度言っておくぞ。悪い事は言わん。最低でもこの街では、召喚術を悪く言うのはやめておけ」


 よく言い聞かせるような口調で、男はそう説明を締め括った。


「ああ、わかった。忠告、感謝するよ」


「わかればいいんだ。邪魔したな」


 どれだけ危険な事だったのか理解したようだ。青年が素直に答えると、男はそれでいいと頷き、その肩をぽんと叩く。そして、ちらりと窺うようにミラの方へ視線を向ける。対してミラが無言で頷き返すと、安堵したように小さく会釈して席に戻っていった。


「あんな強ぇ奴に、あそこまで言わせるなんて、とんでもねぇんだな」


 青年は改心したようだ。仲間達と有名な冒険者についての話で盛り上がり始めた。もう、召喚術の悪口は出てこなさそうである。

 とはいえ、彼にはもう一つ犯していた罪があった。そう、女性を侮辱した件だ。

 男の説教が済んだ後、青年は女性店員と店の女将さんに囲まれていた。そしてその手によって、こっぴどい仕置きを受ける。塔の術士もだが、女性もまた恐ろしい。青年は、この短時間で大切な事を二つも学べたのだった。




(しかしまあ、随分な印象じゃったな)


 男の説教と女の仕置き。その一部始終を見ていたミラは、女性達の逞しさに震えると同時、趣味に没頭して時折暴走している者達が、腕の良さそうな冒険者にそこまで言わせるなんてと驚いていた。

 ミラからしてみると、塔にいるのは研究馬鹿ばっかりである。だが外部からしてみれば、誰もがAランク冒険者に比肩するだけの実力者であり、畏怖すら混じるほどの存在だったようだ。

 と、そうして思わぬところで塔の外聞を知る事になったミラは、同時に、その話にあった召喚術士に興味を抱いた。

 先程の男の話が本当ならば、この街に塔所属の召喚術士、つまりは部下にあたる人物がいるという事になる。

 ミラがまだ、ダンブルフだった頃。召喚術の塔も、他に負けず劣らず賑わっていたものだ。しかし今、塔に研究者は三人しか残ってはおらず、非常に寂しい事となっていた。

 トップがダンブルフだった事もあってか、召喚術の塔の研究者は高齢な術士が多いという特徴があった。ルミナリアが良く「銀の連塔の名が最もふさわしいな」などと笑っていたものだ。

 そんな事情もあってか、クレオスの話によると研究員の半分以上は老齢でいなくなったとの事だ。そこに加えて、新人の不足である。もはや現状は必然といっても過言ではないだろう。

 ただ、クレオスはこうも言っていた。残っている研究員の内、幾らかは大陸のあちらこちらに散っていると。

 その者達は、召喚術の武者修行と同時に、召喚術を教え広めるための活動にも力を入れているそうだ。現在、盛り上がり始めたアルカイト学園の召喚術科も、そんな彼らが大陸各地で有能な人材を生徒にとスカウトしていたからである。そうクレオスは言っていた。

 つまり、ここにいるという召喚術士は、その一人であるわけだ。

 その者はミラにとって、志を共にする同志である。是非とも会ってみたい。そう思ったミラは、何か知っていそうな人物に直接訊いてみる事にした。


「のぅのぅ、ちと良いじゃろうか」


 ミラはその人物、先程の男に優しい口調で声をかけた。青年に説教した後、ゆっくりと飲み直していた男は「ん、なんだ?」と、ほろ酔い気分で振り返る。


「──っ!? ど、どういたしましたか?」


 直後、ミラの姿を目にした男は慌てたように居住まいを正して向き直った。すると先程の事もあってか、畏まる男の様子が悪目立ちしたのだろう。中には、そこにいるミラが精霊女王であると気付いた者もいたようで、自然と周囲に緊張が走る。

 塔の術士の話をしていた事で先入観が生まれたようだ。周囲がざわりとし始めた。特に失言した青年は仕置きの傷も癒えぬまま、大いに狼狽えていた。まさか、忠告してくれた者がAランクに絡まれてしまうなんて、と。

 とはいえ、それらは全て杞憂というものだ。


「いやなに、さっき話しておった、塔の召喚術士とやらの事を訊きたいと思うてな」


 そう前置きしたミラは、その者に興味があるので、居場所を知っているならば教えてほしいと頼んだ。一切の害意はなく、ただ純粋な興味だけを浮かべて。

 するとどうだろう、そんなミラの様子に周囲の空気が一変した。先入観が払拭されたのだ。そうなればもう、残るは今話題になっている、美少女召喚術士という噂だけだ。


「そういう事でしたら、幾らでもお答えしましょう」


 あれが本物のと盛り上がり始める中、男は快くそう返し、塔の召喚術士が泊っていると聞いた宿があると、その場所を教えてくれた。




 ミラが去っていった後の店内では、必然と精霊女王の話題で盛り上がった。

 きっかけは、先程の美少女こそが正真正銘の精霊女王であると断言する者がいた事だ。その者は、キメラクローゼンとの決戦が行われた日に、丁度セントポリーの街に滞在しており、空に映るミラの姿をしかと確認したと話していた。そして当然、精霊王の姿もだ。

 初めてAランクに出会えたと喜ぶ冒険者が幾らか。可愛かったなと下心を覗かせる者や、精霊王とはどのくらい凄いのか訊く者など、ミラの事を起点として、話が回る。

 そんな中、ミラと直接話した男は、複雑な感情をその顔に浮かべていた。


「なんとなく、塔の術士と同じような気配がしたんだがな……」


 それは偶然か、それとも直感か。男はミラの奥底にある気配を感じとっていたようだ。しかしそれが確信に変わる事はなく、やがて霧散していく。ただ、彼が一人の青年を救ったという事実だけは、そこに残った確かな功績だった。







定番になっている商品というのは安定して美味しいですよね。

この間、久しぶりにシュガーロールというパンを買いました。

あの、クロワッサンっぽい形をしたパンに白い砂糖の線が入ったやつです。


いやぁ、やっぱり美味しいですね! 定番になるのも頷けます。

ただ、最高に美味しい状態の期間が短いのがアレですよね……。

買ってから3日もすると、パンは硬くなり砂糖もなんだかべったりな感じに……。


難しいものです。

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― 新着の感想 ―
表向きがダンブルフの弟子だから、本人であったとしても、塔の正式な職員ではないのです。 精霊王を召喚できる時点で、世間的には“塔の候補”でしょうけど。 ミラは、師匠の資格を借りて塔に出入りしているという…
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