050. アッ、スマセン……
「……ふあぁっ、んぅ……」
ヘッドボードに背を預けたまま、大きくあくびをした。この体になってから、夜になると途端に眠くなってしょうがない。……たぶんアリアさん、成長期なんだろうな。
「――ですので明日はお戻り次第、衣装のご試着をお願いいたします」
いつもどおり、アミュレットさんが明日の予定の確認をしてくれているが……どうやら聞き逃してしまったようだ。
「えーっと……なんの衣装っすか?」
そう聞き返すと、アミュレットさんはひどく冷ややかな目で俺を睨み付けた。
「……来週の、『建国記念式典』の衣装だ。そんなに眠いなら、私が直接、寝かしつけてやろうか?」
「アッ、スマセン……」
……そんな怒らなくてもいいじゃないっすか……。
『あ、アミュレット……! エイト様に冷たくするのは、やめてくださいまし……!』
「お言葉ですがお嬢様……こいつは私が、こうして逐一手綱を締めあげておかないと、途端に怠けるであろうということが目に見えておりますので……」
「そ、そんなことは! ………………ないっすよ」
『え、エイト様ぁ……! そこは即答してくださいまし……!』
そしてアミュレットさんは、ひとつため息をついた。
「さて……私からは以上でございます。どうぞごゆっくり――」
『あっ、アミュレット! ひとつ、お願いが……』
「お願い……なんでしょう、お嬢様?」
そう言って、アミュレットさんは軽く首を傾げる。
『その、学園までの送迎に関してなのですが……途中で降ろしていただくことは、可能でしょうか……? ちょうど、正門の辺りで……』
――王宮からほど近いところにある、王立魔導院。そこに併設されている学園は、王宮と同じ小高い丘の上に建っている。普段は学園入り口のすぐそばにある『中門』の目の前まで、馬車で送り迎えしてもらっている形だ。
アリアさんの言った『正門』は、そこから少し坂を下りたところにある。
「それは、どうしてでしょう?」
『その……クラスの皆様は、そこで降りて待ち合わせて、ご一緒に上がってこられるそうなのです……』
……そういえば今朝、そんなような話をしていた気がするな。たしかギャルの子たちが、『坂のぼってこなくていいとかズルくな~い?』と、ブーたれてたのを覚えている。
『それを聞いて、その……! すごく……素敵だなと、思いまして……!』
「なるほど……しかしお気持ちはわかりますが、セキュリティ的に少々問題が……」
『だ、ダメなのですか……?』
「正門からですと、学舎までは徒歩で五分ほどかかりますし……その間に、万が一のことが無いとも限りませんので……」
「たしかに~? また誰かに誘拐とかされたら、ヤバいですもんね~~~?」
「うぐっ……!? き、貴様ぁ……!」
『わわっ……! け、喧嘩はやめてくださいましぃ……!』
さっきのお返しとばかりに、ウザさマシマシで放った言葉が、どうやらクリーンヒットしたようだ。アミュレットさんは絵にかいたようなぐぬぬ顔で、俺を睨み返した。……へへっ、いい気味だぜ!
「……ってか、仮に誰か襲ってきたとして、俺がぶっ飛ばせばいいんじゃないっすか?」
『まあ! ふふっ、頼もしいですわ!』
「それは……! いや、そうか……。それでいいのか……」
……むしろ誰でもいいから襲って来てくれりゃ、上級魔法の試し打ちとかもできてラッキーなんだが……。
『――あっ、その……! 歩く距離が増えてしまう以上、エイト様にご負担をおかけしてしまうのですが、よろしいでしょうか……?』
「いいよいいよ! 気にしないで!」
……それに、運動不足のこの体には、ちょうどいいだろうし。
「……かしこまりました。では今後の送迎は、正門までとさせていただきますわ」
『ありがとうございます! エイト様も、よろしくお願いいたしますわね?』
「あいよー」
……友達と一緒に登校したいだなんて、可愛らしいお願いじゃあないか。むしろ丘の上から下まで、何往復でもしてやるさ。
『……クラスの皆様と一緒に登校……! 楽しみですわぁ……!』
アリアさんは声に期待を滲ませ、そう言った。
そんな俺のことを、アミュレットさんは困ったような微笑みを浮かべながら見つめ、そして目を伏せた。
『あ、アミュレット……? どうかしましたの……?』
「――あっ、いえ……! 申し訳ございません……少し、考え事を……」
『……はっ!? まさかまたっ、誰かに脅されて……!?』
「なっ……!? なぜそうなるのですか……!」
わずかに顔を赤らめ、アミュレットさんは恥ずかしそうに唇を噛む。……しばらくはこのネタで遊べそうだな……。
「……その、昨日の夕食でのお話を、思い出しまして……」
軽く目を伏せたまま、彼女は言った。
「あの後、弟は学園への憧れを口にしました。そしてそこには、魔法というものへの憧れも含まれておりました。……私も姉として、彼の望むようにさせてやりたい――そういった思いは、もちろんございます……」
そう話す彼女の表情が、どんどん曇っていく。
「……ですが、その……うぅ……!」
そして彼女は、なぜか両手で顔を覆って呻き声を上げた。
『あっ、アミュレット……!? どういたしましたの……!?』
「――わっ、私は……! 弟が……私の目の届かないところに行ってしまうのが……ひどく、心配なのでございます……」
「あー……まあ、そうか……」
……あんなことがあった以上、そう思ってしまうのは仕方ないかもしれない……。
『それは……たしかにそうですわね……』
「はい……。ただでさえ無理やり当番を固定し、教育係として目を離さないようにしているのに、何時間も学園に行ってしまうだなんて……私には、耐えられそうになく……」
「……ん?」
なんか変な単語聞こえたけど……。
「今こうして、お嬢様の就寝準備をさせていただいているときですら、『寂しくて泣いてはいないだろうか』と不安で……居ても立っても居られないのでございます……」
「えぇ……」
『そ、そこまでですの……?』
……これアレだな、ただブラコンなだけだなこの人……。
「ってか、そもそも無理らしいっすよ。なんか、マジ貴族じゃないと信用できないから入学は認められないって、学園長が言ってたんで」
「そ、そうなのか……! それは、残念だな……!」
と言いつつ、彼女はかすかに、ほっとしたような笑みを浮かべている。……メイド長、本心漏れてますよ……。
『あの、チャームはやはり、魔法に興味が……?』
「え、ええ……そのようでございます……。その……たまに、あのときのエイトの真似をしているのを、見かけますので……」
「え、マジ?」
『まあ! そうなのですね!』
――あのときドラゴンを貫いた俺の『魔力収束砲』は、チャームくんの感性をも貫いたようだ。……素晴らしい。やはり男子たるもの、手からビームを出すことに憧れてこそ健全というもの。……それに、憧れられるのも悪くない……。
「……非常に、癪ですが」
「なんだとぉ!?」
『ふえぇっ!? どっ、どうしてそんなっ、すぐに喧嘩になってしまうんですのぉ……!?』
余計な一言で俺を煽るアミュレットさんと、バチバチに睨み合いの喧嘩を……もとい、軽くプロレスをしてじゃれる。
「……申し訳ございません、心の声が漏れてしまいました。それで、弟がどうかいたしましたか?」
『あぁ、えと……! 学園に通うのは、難しいかもしれませんが……魔法を習うだけでしたら、できるのではないかと思いまして……』
「と、言いますと?」
『わたくしがいつもエイト様に見ていただいている、魔法のお勉強……あれに、チャームも一緒に参加すれば……』
「おー。しかもまだ初等部の内容やってるし、ちょうどいいね」
……アリアさんの覚えの悪さが、まさかいい方向に転がるとは。
「そ、それは……! ですがっ、チャームにはメイドとして、教育せねばならないことがまだまだ……!」
「……弟離れ、したほうがいいっすよ?」
「うぐっ……!!」
どうやらブラコンな自覚はあったらしい。往生際悪く粘るアミュレットさんにトドメを刺すと、彼女は悔しそうに歯を食いしばっていた。
『よければアミュレットから、チャームに声をかけてあげてくれませんか?』
「……か、かしこまりました……。本人に、伝えておきます……」
そしてアミュレットさんはガックリと肩を落とし、そのままとぼとぼと、ドアのほうへと向かった。
「ではお嬢様……ごゆっくり……お休みくださいませ……」
『え、ええ……おやすみなさい……?』
「おやすみなさーい」
パチンと部屋が暗くなる。廊下からの明かりに照らされたアミュレットさんの顔は……見るからに、しょんぼりとしていた。
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