031. どうしてっ、こんなことにぃ……!!
――それから、どれくらい経っただろう。何度かの休憩を挟んだ長い道のりの末、馬車はようやく停車した。荷台をすり抜け外に出ると、見上げた空には大きく丸い月が浮かんでいる。
そして正面には、崩れかけた石造りの城が静かに佇んでいた。城壁は穴だらけで、大部分がツタに覆われてしまっている。人気もなくどこか寂しげで、不気味な雰囲気を纏って見えた。
「遅かったですね、待ちくたびれましたよ」
出迎えるように現れたのは、これぞ貴族といった派手なジャケットを着た、なんだか怪しげな雰囲気のおっさん。口調は丁寧だが、その笑顔が妙に胡散臭い。
「もしや逃げ出してしまったのではないかと、不安で居ても立ってもいられませんでしたよ」
荷台から降りたアミュレットさんに対し、男はムカつくニヤケ面でそう言った。
……なんかわかんないけど、クローディウスってたぶんこっちだろ、すげえ黒幕臭がするし……。
「さて、あなたが本当に任務を達成することができたのか……念のため、確認させてもらいましょうか」
そして男が荷台へと乗り込んだのを見て、俺も慌てて飛び込んだ。
中ではアリアさんが、長旅で疲れてしまったんだろう、拘束されたまま眠ってしまっていた。
――そんな彼女の顔を確認しようとしてか、男はよりによって、足先で乱暴に転がしやがった。
「むぐっ……! んむぅ……!?」
衝撃で目を覚まし、呻き声を上げたアリアさんを見て、男は顔をしかめた。
「……私は、無力化しておけと命じたはずですが……?」
「そ、それは……!」
外ではアミュレットさんが、慌てた様子で視線を逸らしている。
……無力化ってなんだよ、気絶でもさせろってのか? そんなことしたらかわいそうだろうがよ……!
「……王女に戦闘能力が無いことは知っているだろう。それに、眠らせた相手を起こすには私がもう一度触れる必要がある。だからむしろ、お前の手を煩わせないために、そうしたんだ」
……え? 何の話? そういう魔法とかがあるってこと……?
「……まあ、いいでしょう」
男は不機嫌そうに呟くと、すぐにまた気味の悪い笑顔を見せた。
「ごきげんようアリア王女、お待ちしていましたよぉ……? あなたの『これから』について……二人きりでじっくり、お話をしましょうねぇ……」
その気色悪さに、アリアさんは怯えて声も出せないようだ。青ざめた顔で、彼女は男を見つめていた。
「それでは、また後ほど……」
そう言って、男は荷台を降りた、
「ラーティーズ! 念のため見張っておきなさい!」
「はっ!」
どうやらこのマッチョ剣士は、ラーティーズというらしい。ということはやっぱり、このキモ貴族が……。
「クローディウス! 貴様の命令は、全て完璧にこなした! いい加減、弟を解放しろ……!」
「完璧……? まあ、疑問符は付きますが……いいでしょう」
ため息混じりに、クローディウスは呟いた。
「では行きましょうか……。あなたの愛する弟が、懐かしの場所で待っていますよ……」
そう言って廃城のほうへ向かったクローディウスのあとを、アミュレットさんは追いかけていった。俺も追いかけようかと思ったが、アリアさんと繋がっている謎の紐が邪魔で、ここから離れられそうにない。
(まあ、ついてったってどうすることもできないし……大人しくアリアさんの様子でも見とくか……)
近くの瓦礫に腰かけたラーティーズを横目に見ながら、俺は荷台の中へ戻った。
「んっぐ……! むむんぅ……! んむぅ……!」
(あ、アリアさん……!?)
荷台の中で彼女は体をよじり、必死に床へ顔をこすり付けていた。
(ま、まさか……猿轡を外そうと……!?)
頬がこすれて赤くなるのも厭わず、彼女はぐりぐりと顔を動かし続ける。その頑張りが実り、口元に噛まされていた部分がズレた。
「んむぐっ……!? ぷえっ! おええぇ……!!」
――と同時に、彼女は口から、丸めた布のようなものを吐き出した。ずいぶん入念に黙らされていたようだ……。
「げほっ、おえっ……! はあっ、うっ……うぐうぅぅ……!!」
何度かえずいたあと、彼女はまた泣き出してしまった。
「ひぐっ……!! どうしてっ、こんなことにぃ……!! わたくしはっ、ふぐっ……!! いったい、どうしたら……!!」
涙も涎も鼻水も、拭うこともできずぐしゃぐしゃになってしまった顔で、彼女はただただ嗚咽を漏らす。
「エイトさまぁ……!! ぐすっ……!! たすけてくださいましぃ……!! もはやわたくしひとりではっ、えぐっ……!! なにもっ、なにもできませんわぁ……!!」
(あぁ、クソッ……!! なんでこんなときに……!!)
小さな子供が目の前で必死に助けを求めているっていうのに、どうしてやることもできない。その歯痒さに苛立ち、頭がどうにかなりそうだ。
「ひっぐ……! いえ……泣いてたって、なにも解決しませんわ……! ぐすっ……! どうすればいいか、自分で考えるのです……!」
――けれども彼女は、こんな絶望的な状況においても意外な意志の強さを見せ、自ら立ち直ろうとしている。……がんばれ、アリアさん……!
「このっ、手足の拘束さえ外せられれば、逃げられますのに……!」
両足の縄はまだしも、後ろ手に縛られてしまっているせいで、立ち上がることすら難しいようだ。
「……エイト様に教わった今なら、魔法も……いえ、こんな狭い場所で使っても、自滅してしまうだけですわ……。エイト様のように上手く調節する方法を、まだ教わっておりませんもの……」
調節……なるほど、『火の弾丸』を『有声詠唱』して、出力を極限まで絞ることで、縄を焼くつもりだったのか。……いやいや、それでも火傷は免れないって……。
「ぐすっ、エイト様ぁ……! どうしてっ、いなくなってしまわれたんですのぉ……! どうか、戻ってきてっ……ふえっ……?」
また泣きべそをかきはじめたかと思いきや、不意に彼女は、何かを思いついたように目を見開いた。
「……エイト様がいなくなったきっかけは……そう、アミュレットの『スキル』ですわ……!」
(……え、そうなの?)
「アミュレットはたしか……自分のスキルでエイト様の魂が、強制的に眠りについたことによって、わたくしが表に出てこられるようになったのだと……そう分析しておりましたわ……」
(あ、そうなの……???)
「であれば……今度はわたくしが眠ることで、エイト様を起こすことができるのでは……!?」
(そ、そうなんだ……)
初耳なんですけど……? いったいいつの間にそんな話が……ん? 強制的な眠り? それならなんとかなるんじゃね……!?
「あぁでもっ……! そのためにはアミュレットに、スキルを使ってもらいませんと……」
(違う違う! その必要はないよ! アリアさん、気付いて!)
「……あっ!」
そんな俺の祈りが通じたのか、彼女はまた目を見開いた。
「さっきエイト様に教わった、あの魔法なら……! なんとかなるかもしれませんわ……!」
(そうそれ! いいぞ、よく思い出した!)
「呪文も……! しっかり覚えておりますわ……!」
(マジ!!? すげーよアリアさん!! 天才だよ!!)
「……魔法陣の形が、思い出せませんわぁ……!」
(おぅふ……)
――あの魔法は呪文もさることながら、魔法陣の形状も相当複雑だ。一朝一夕で身に付くようなものではない、か……。
「や、やっぱりわたくしのような落ちこぼれには、無理なのでしょうか……」
そしてまた、彼女の表情が暗く沈んでいく。
「……いえ、ダメですわ……! エイト様に怒られたばかりでしょう? 自分のことを、卑下し過ぎるなと……! やる前から諦めていては、なにも始まりはしませんわ……!」
――しかしその目から、光が失われることはなかった。……あぁ、なんて偉いんだ君は……!
「すぅ……ふぅ……! 意識を……集中して……!」
(がんばれ……!! アリアさん……!!)
深呼吸を繰り返す彼女に向けて、俺は精一杯の応援を送った。
「――『凪ぐ意識』!」
目をつぶったまま、彼女は魔法を唱えた。……が、残念なことに何も起こらず。
「し、失敗してしまいましたわぁ……!」
彼女の嘆きが荷台に響いた。
――魔法とはイメージの世界だ。どれだけ正しく呪文を思い浮かべられるか。どれだけ正確に魔法陣を思い描けるか。全てが自分の頭の中で完結するからこそ、容赦なく才能を炙り出してしまう。夢のように語られるくせに、実態はひどく残酷だ。
「……でも、諦めるわけにはいきませんわ……! エイト様が言ってくださったはずです……! わたくしは、大器晩成なだけなのだと……! 成功するまで、何度でもやり直せばいいだけですわ……!」
それでも彼女は、俺が贈った言葉を糧に、もう一度立ち上がろうとしている。その健気さに、胸がいっぱいになってしまった。
(がんばれアリアさん……!! 君ならできる……!!)
溢れそうになった涙をなんとかこらえながら、俺は応援し続ける。
「『凪ぐ意識』! ……また、不発……」
しかしなにもおこらない。やはりダメなのだろうか……アリアさんはこんなに頑張っているというのに……。
「……形状は、思い出せましたわ……。今のは呪文の順序を間違えただけ……。今度こそ……」
そう呟く彼女の表情は、いつになく真剣だった。
それを見ただけで、俺にはもう結果がわかっていた。
「――『凪ぐ意識』」
余計な力の抜けた、自然な詠唱。いつのまにか、彼女の頭の上に魔法陣が展開されていた。
「や、やった……!! やりましたわぁ……!!」
(すごい……!! ひっぐ……!! すごいよアリアさん……!! 君は天才だぁ……!!)
アリアさんの成長に思わず涙ぐんでいると、なんだか自分の体が、彼女のほうへと引っ張られているのに気付いた。胸元から伸びた謎の糸も、ピンと張りつめたままゆっくり短くなっていく。どうやら彼女の計画は、完璧に上手くいったようだ。
「これならきっと、エイトさまもめをさまして……?」
そしてアリアさんの呂律が、どんどん怪しくなっていく。
「え、えいろさまぁ……あとは、よろひく……おねひゃい……ぐぅ……」
(よっしゃ!! 任せろアリアさん!!! 俺が全部!!!! まるっと解決してやるぜ!!!!!)
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