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読みに来てくださってありがとうございます。
あの方が亡くなります。ご承知置きください。
よろしくお願いいたします。
スタリオンからの突然の宣戦布告に、ロターニャ王宮は天地をひっくり返すような騒ぎとなった。宣戦布告と同時に、スタリオンとの国境を守る辺境伯領騎士団からスタリオン侵入の知らせも届いている。辺境伯領から王都まで、ハヤブサ便でも丸一日かかる。辺境伯領が苦境にあることは十分に想像できた。
「不死鳥騎士団に、出撃を命じる」
とうとう、王命が出てしまった。フレデリックは王から、周辺の領の騎士団にも鳥便で出撃命令を出してあると伝えられた。
「『不死鳥の騎士』として、何としてもこのロターニャの国を守れ」
(そういうあんたは、いつでも後ろの安全なところで大声を出しているだけだよな)
フレデリックは苦々しい気持ちで出撃準備を整えた。方向が違うので、クレアの顔を見て行くことができない。
「一日も早く終わらせて、みんなで休暇を取ろう!」
あまり聞かない檄の飛ばし方ではあったが、不死鳥騎士団の団員はみんな知っている・・・団長、クレアさんの傍にいたいだけだな、と。
一方、グラシアールでもスタリオンからの宣戦布告に対応すべく、周辺の辺境領騎士団へも招集が掛けられた。オスカーには、グラシアール王直々の手紙によって出動命令が伝えられた。
「『氷狼の騎士』様も大変だな」
ロジャーが茶化すと、オスカーはいいんです、と言った。
「クレアを守りたいから強くなりましたが、国が亡くなったらクレアが帰って来られないでしょう?」
「オスカー・・・」
オスカーは、ロジャーたちよりも先に出発した。それも、国王のからの命令だった。
・・・・・・・・・・
魔術師の国スタリオンは、魔力が高い者どうしの結婚を通じて魔力の高い人材を育て上げ、様々な魔術研究を行ってきた国である。国王は代々筆頭魔術師が務め、世襲はない。いうなれば、魔術師しかいない魔術師のための国家と言える。国王を選ぶための魔術戦が毎年行われ、勝ち抜いた者が王の座に座る。研究型の魔術師というよりも、戦闘型魔術師が国を支配していることもあって血気盛んな者が多く、争いは基本的に魔術の戦いに勝った方の意向が通る。弱肉強食、魔力のないものは人間扱いされない、そういう国家だ。だからこそ、スタリオンから魔力のない者、少ない者が自由を求めて亡命し、ロターニャに難民キャンプも作られたのだった。
3日掛けて辺境伯領にたどり着くはずだった。だが、2日目にスタリオン軍と衝突した。辺境伯領騎士団はほぼ全滅し、伝令やごく一部の逃げ出した者だけが、不死鳥騎士団に合流して状況を説明した。
「・・・つまり、遠隔からの一斉魔法攻撃により、なすすべもなくなぎ払われていったということか」
「はい。我が国には魔術師が少なく、何が起きているのか初め分かりませんでした。伝令が戦場から遠く離れてから振り返って、何が起きているのか知った位です」
「辺境伯は?」
「部下を守って、直接攻撃を受けてしまいました。一瞬にして黒焦げになってしまわれたのですが、おそらく電撃系の魔術を受けたのだと思われます」
「そうか。まずゆっくり休め」
「はい、失礼いたします」
クレアがいたら、何か相談できただろうか?
フレデリックはそんなことを思った。だが、あの優しいクレアが、人を殺すようなことを考えるとは思わないし、戦場に連れてくるのも嫌だ。安全な所で、しっかり守られていてほしい。
グラシアールでは、オスカーが戦っているのだろうか?
ふとそんなことが頭を過った。グランシアールも魔術師がたくさんいる国で、魔法騎士もそれなりの人数いる。だが、ロターニャにはあまり生まれない。恵まれた環境の土地柄なのだろうか。オスカーと組めたらそれなりに進むと思うが・・・。
「オスカーと連絡を取ろう」
そう考えた矢先、グラシアールからの手紙が届いた。オスカーだった。グラシアールとスタリオンが衝突している箇所は、ロターニャの国境とも近い。今いる場所がどこか分からないが、二対一になってスタリオンをやっつけないか? そんな誘いだった。
「いいだろう、オスカー。行ってやるぞ」
フレデリックは周辺の領騎士団の騎士たちに塹壕を掘らせると、ゲリラ戦で戦うようにと指示を出した。
「不死鳥騎士団は作戦のため、3国の国境地帯ソリドールへと向かう。そこで奴らを叩けば、グラシアールの騎士団をこちらに連れてくることができる。それまで耐えてくれ」
フレデリックたちは馬を飛ばし、ソリドールへと向かった。そして、オスカーに飛ばした鳥からの連絡を受けたグラシアールの氷狼騎士団と合流した。
「状況は?」
「良くないが、何とか。スタリオンの青龍騎士団長は、水魔法を使う。ただ、気になることがある」
「何だ?」
「青龍が付いてきている。さらに、その気配がおかしい」
「オスカー、お前そんなことも分かるのか?」
「氷と水は温度の違いだけだから、似ているんだ。氷狼と一緒にいた時、氷狼の気配は崇高なものだった。だが、青龍の側を探ろうとすると、なぜか黒いものに阻まれる。邪竜化したか、させられたか、どちらかかもしれないとグラシアールの団長は考えている」
「邪竜化?」
「グラシアールには、竜が邪竜化する伝説が多く残っている。どれも氷狼がやっつけるんだが、伝説の中には真実が隠されていることが多い。俺たちは、その伝説に奴らを叩くヒントを見つけた」
「どうするんだ?」
「本当は魔女か氷狼がいるといいんだが、とりあえず俺が青龍の前に出て囮になる。各国の神獣は何もない時は手を取り合うが、守護する人が争う時には自国の民を守ろうとする。俺の力でそれなりに圧力を掛ければ、青龍が出てくるだろう。青龍が邪竜化しているか判断し、その上でどう戦うか最終的に決めることになる」
「オスカー、お前怖くないのか?」
「クレアが目覚めた時に、お前が寝ている間に戦争があったんだぜ、って笑って話したいし、なにより眠っているクレアを守れるのは、俺たちだけだろう、デリック」
「そうだな」
オスカーがこんなに頼りになる男だと思わなかった。こういう男だからこそ、クレアも守ってもらえると信じることができたのだろう。フレデリックは、クレアが目覚めてオスカーとグラシアールに帰りたいと言われたらどうしよう、なんて悩んでいた自分が馬鹿らしく思えた。クレアが選べばいい。それだけのことだ。オスカーになら、俺も負けたと納得できる。
「作戦は、今日の1400に決行する。物理攻撃に関してはロターニャの方が強いから、援護してくれると助かる」
「分かったとグラシアールの団長に伝えてくれるか?」
「かしこまりました、殿下」
「殿下は止めろよ」
「ははは」
オスカーが笑いながら離れていった。何故か追いかけたい気がしたが、フレデリックも作戦を伝えなければならない。もう一度だけ、オスカーを振り返った。もう、騎士団の中に入って見えなかった。
・・・・・・・・・・
作戦開始時刻30分前に、グラシアールとロターニャの中央騎士団が集結した。グラシアールの氷狼騎士団長は、フレデリックと握手をすると、お互いの健闘を祈る、と言って配置についた。フレデリックも、不死鳥騎士団の騎士たちと配備に付く。オスカーが前に出た。フレデリックから贈られたあの軍馬に跨がって。数歩出た。
「出撃します!」
緊張感をはらんだオスカーの声が響くと、オスカーは馬の腹を蹴った。馬は勢いよくスタリオンの騎士団に向かって掛けだした。遙か遠くに、青い鎧の男が見えた。手には槍を持っている。オスカーが近づくと、青い鎧の男は槍を構えた。見る間に槍は大きく膨らみ、竜の姿に変わった。
「神獣そのものが武器化した?」
青い鎧の男は、青龍を槍のように掲げてオスカー目がけて投げた。オスカーは氷狼の剣で弾き飛ばした。弾き飛ばされた槍、否竜は一声大きく咆哮すると、自ら進む方向を変えてオスカーに最接近した。後ろから追われる形になったオスカーを見て、フレデリックが叫んだ。
「挟まれたぞ! 援護しろ!」
フレデリックは炎の翼を広げて飛び立った。そして、上空から竜の槍をはたき落とそうと羽ばたいて熱くない爆風を起こした。竜の槍は吹き飛んだが、オスカーと馬も風にあおられてバランスを崩し、転倒してしまった。馬が骨折したのか、苦しんでいる。オスカーは慌てて馬に駆け寄った。
「大丈夫か!?」
オスカーは、竜の槍がどこに行ったのかを見失っていた。そして、青い鎧の騎士がその好機を逃すはずがなかった。青い鎧の騎士が指笛を吹くと、竜の鎧は上空に舞い上がった。そして、勢いを付けて落下し・・・
「オスカー!」
フレデリックが叫んだ時には、オスカーの胸は竜の槍に貫かれていた。
「オスカー! しっかりしろ!」
馬共々串刺しにされたオスカーから竜の槍を抜く。槍は身をよじって逃げようとする。オスカーは火魔法で炎の箱を作ると、その中に槍を投げ込んだ。槍は箱から出られず、熱さに身もだえしている。フレデリックはオスカーを助け起こそうとした。
「すぐにグラシアールの陣に戻って、魔法薬をもらおう。そうすれば」
「クレアを、……お願いします……」
「駄目だ、諦めるな!」
「無理です……クレアに、会いたい……」
オスカーの力が抜けていく。急いでオスカーをグラシアールの陣に連れて行き、魔法薬を、と叫ぶ。だが、グラシアールの団長は首を横に振った。
「もう、オスカーは……」
担いできたオスカーを地面に下ろす。だらりと下がった腕には、そして力なく開いた目には、既に生気がなかった。
「今はオスカーを後方にやりましょう。奴らが来ます」
グラシアールの団長の声に、フレデリックが立ち上がった。そして、まるで先ほどの竜の槍のように大きな声で何か叫んだ。フレデリックの身体から炎の翼が再び出現したが、炎の翼が赤から青く、そしてより大きなものへと変化していく。初めて見る現象だ。不死鳥騎士団の騎士たちまでもが、畏怖の余りフレデリックに近づけない。
「スタリオン、お前たち、竜を、神獣を魔術で武器化するなど、許されないことをしたな! 地獄に落ちてしまえ!」
怒りにまかせたフレデリックから放たれた爆風は、先ほどと違って超高温のものだ。触れた地面が焼け焦げ、草花は一瞬にして炭化した。爆風に飲み込まれた人間も、逃げる間もなく炭化していく。先頭に立っていた青い鎧の男が、まず炭化した。次々に炭化する騎士を見た魔術師たちが必死に結界を張ろうとしたが、結界ごと吹き飛ばされながら炭化していく。一瞬にして戦場は焼き尽くされた。あの竜の槍も燃やしてしまった。
黒焦げになった草原を見下ろすと、フレデリックは上空から墜落した。身体が地面にたたきつけられる。オスカーも、このくらい痛かったのだろうか。クレアに会いたい。そんなことを思いながら、フレデリックは意識を失った。
・・・・・・・・・・
ごめんね、という声が聞こえる。懐かしい人の声だ。でも、声だけ。姿は見えない。
「ごめんね、クレア。許してくれないかもしれないけれど、俺が好きだったのはクレア1人だよ」
この声・・・オスカー様?
「最後に、もう一度会いたかったな。会って、クレアに謝りたかった」
「オスカー様? 解毒、できたの?」
「ジュリア部長がね、頑張ってくれた。だから、元通りだ」
「オスカー様、私こそごめんなさい。あんな薬をスカーレットに渡したせいで・・・」
「いいんだ。クレアは、大切な本と、俺からのプレゼントを守ろうとしたんだろう?」
「だけど・・・・」
「大丈夫。もう俺がいなくても、クレアを大切にしてくれる人がいるから」
「オスカー様? どういうこと?」
「起きたら、左手の小指を見て。俺からの、最後のプレゼントだから」
「最後って、オスカー様? オスカー様!」
はっとしてクレアが目を開けた。クレアの髪を梳っていたクロリスと視線が合って驚く。
「クレア! 目が覚めたのかい?」
「クロリス、さん?」
クレアの知っているクロリスは、もっと恰幅のよい、肝っ玉母ちゃんみたいな人だったはず。こんな筋肉質の人では・・・。
「クロリスだよ。別棟にいた時は、太っているように変装していただけ。これが本当のあたしだよ」
「クロリスさん、私、どのくらい眠っていたんですか?」
「1年と少し。何か食べたいものはあるかい?」
「いえ、あの、私が寝ている間に、何かありましたか?」
クロリスが押し黙った。
「クロリス、教えてあげなよ」
いつの間にかジルいた。気づかなかっただけかもしれない。
「その前に、左手、見てやって」
そういえば、オスカー様も左手の小指を見てって言っていた。左手を掛け布の中から出して見る。
「これって」
「オスカーがクレアを探しに来た。あいつ、歩いてグラシアールから来たんだ。ドニャソル川の川沿いの町を全部、1つ1つ尋ねて回った。この町について、偶然アンジェラとパットに出会って、クレアが生きているって知って・・・団長と手合わせして、仲良くなって、クレアが起きた時に自分がいられるか分からないから、来た証拠にって言って、はめていったよ」
オスカー様。私はエメラルドの指輪をそっと撫でた。そして、右手の小指にも、シンプルな金の指輪が填められているのに気づいた。
「これは……?」
「そっちは、団長から」
「……団長は、無事に回復されたんですね」
「あんたが無茶するから、団長を宥めるの、大変だったんだよ」
「そうでしたか……。あの、オスカー様も団長も、どうしていらっしゃるのでしょう?」
「……オスカーは、死んだよ」
「死んだ?」
ジルが何を言っているのか、分からない。
「クレアが眠っている間に、スタリオンがロターニャとグラシアールの2国に攻めてきた。団長と、オスカーたち氷狼騎士団と合同で戦った時、オスカーが囮役になって、スタリオンの魔術騎士が神獣を閉じ込めて作った半生体の槍に貫かれた。最期の言葉は、『クレアに会いたい』だったそうだよ」
オスカー様が、死んだ。どうして、囮役になんてなったの?
「オスカーはね、身体が回復してから、何とか君を探し出して、今度こそ守りたいと思っていたんだって。それで、雪山で神獣の氷狼に鍛えられて、『氷狼の騎士』になったんだ。氷狼や不死鳥に、スタリオンの青龍が反応すると考えてオスカーが出たんだ。
読みは当たったが、スタリオンがあんな武器を使ってくるとは思わなかったし、それに、団長からもらった馬を守ろうとして、逃げられなかったっていうのもあるんだ。何よりも、クレアが目覚めた時までに戦争を終わらせたいって……あいつ、自分の人生全てクレアのために捧げていたんだね」
クレアの目から、涙がポトリポトリと落ちる。
「泣けばいいよ。いや、泣かなきゃ駄目だ。ちゃんと泣いて、オスカーを送ってやろうよ」
オスカー様は、最後の力で私を起こしに来てくれたのだろう。自分の分も生きろと言いたかったのだろう。だが、こんな形で聞くのは嫌だ。せめて最後にお別れはしたかった。ボロボロと涙がこぼれる。クロリスは思わずクレアを抱きしめた。クロリスに縋り付いたクレアは、声を押し殺して泣き続けた。ジルはそっと部屋の外に出た。クレアがオスカーを偲ぶ時間を、他の誰にも邪魔されないように。
読んでくださってありがとうございました。
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