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公爵領騎士団に顔を出したオスカーは、公爵領の団長に連れられて別室に向かった。一見して明らかに内装の違う特別な部屋だと分かる。
「お連れしました」
公爵領の団長の緊張した声にはっと前を向いたオスカーは、昨日海で出会ったフレデリックが座っていたのに気づいた。
「グラシアール国南辺境騎士団のオスカーと申します」
「不死鳥騎士団団長のフレデリックだ。座りたまえ」
「はっ」
鍛えられた身体は実戦を経験している証拠。フレデリックは、団長だからと後ろで部下が戦うのを見ているような人物ではなさそうだ。
「ロジャー団長からの手紙に、クレアのことを知っていれば教えてほしいとあった。クレアという女性は、確かにこちらで保護している。君はクレアとどういう関係があるのか?」
フレデリックの言い方に険がある。オスカーは1つ1つ丁寧に説明した。
クレアの家族がクレアをどんなふうに虐げていたか。
夜中に帰るクレアを、業務として送り、クレアが好きになって一度も他の騎士に譲らなかったこと。
クレアの笑顔を守りたくて求婚したこと。
クレアの妹スカーレットに横恋慕されたこと。
スカーレット親子がクレアを脅して惚れ薬を作らせ、騙してオスカーに飲ませたこと。
「証拠というようなものでもないのですが、クレアと一緒に結婚指輪を作りました。これです」
オスカーは自分が填めていた指輪と、ポーチの中から出した指輪を差し出した。同じデザインでサイズ違い。内側には「O to C」「C to O」の文字が彫られている。フレデリックの顔が、ますます不機嫌になる。
「俺とクレアは同じような緑の瞳をしています。そのエメラルドの色が俺たちと同じだって、そう言って選んで数日後に、俺は薬を飲まされてしまいました」
「クレアはその後、どうして川に流されるようなことになったんだ?」
オスカーは自分自身の記憶が曖昧で上司たちから聞いた話であると断った上で、家族からの暴行、入院中の陰口、増水した川に架かる橋の上で出会ったこと、そして驚いて立ち去ろうとしたクレアがバランスを崩して、川に転落したことを話した。
「つまりオスカー、君自身が何かしたというよりも、君はクレアの家族の問題に巻き込まれた被害者というように聞こえるが」
「ロジャー団長とジュリア医務部長にもそう言われました。ですが薬の影響下にあったと言え、クレアを忘れ、スカーレットの傍にいたことは間違いありません」
「本心が出るタイプの薬だったという可能性は?」
「解毒してくれたジュリア部長によると、幻覚系だそうです」
「そんな惚れ薬が?」
「クレアの師匠は魔女の弟子で、クレア自身が魔女から直接教えてもらった薬もあるんです。普通の作り方もできますが、それでもクレアの薬だけはクレアが作ったとすぐ分かります」
「ん?」
「レモンの香りがするんです。何を作っても、必ず同じレモンの香りです。同じ材料で作っても、他の人が作った薬からはレモンの香りがしない。俺が飲まされた薬をクレアが作ったと断言できたのも、飲んだ時にレモンの香りがしたからです」
「レモンの香り……」
フレデリックは、スタリオンの工作員による襲撃の少し前に、クレアがレモンの花から精油を取るのだとうれしそうに言い、レモンとクレアを結びつけて考える同僚が多かったと話してくれたことを思い出した。
「確かに、レモンとクレアはセットなんだな」
フレデリックのつぶやきに、オスカーが頷いた。
「香りは記憶と結びつきやすいそうです。だから女性は香水に拘るようなのですが、どうしても好きになれません。クレアのレモンの香りはあんなにいい香りなのに」
オスカーの切なげな顔は、フレデリックでさえぞっとするほど美しく艶っぽい。
(クレアは、この男の顔が好きだったのだろうか?)
余計なことを思わず考えてしまうほど、今のフレデリックには余裕がない。
「なるほど。君の話とクレアの話には共通点が確かにある。だが、本当に君がクレアに害を為さないという確信が持てない」
フレデリックは自分を見上げたオスカーの顔をじっと見た。確かめたい。この男が本当に被害者というだけの男で、クレアを虐げる側ではないということを。
「外で君を試したい」
「殿下!」
公爵領の騎士団長の言葉に、オスカーがはっとした表情でフレデリックを見る。
「殿下?」
「ああ、一応この国の王弟だ。だが、身分など関係ない。君と戦って、クレアに会わせてもよいかどうか判断する」
「分かりました」
「ついてこい」
フレデリックが部屋を出る。待機していたデニスが、やはり駄目だったかとため息をつく。
「殿下、お願いですから、ほどほどに」
「分かっている」
フレデリックはオスカーと共に馬を走らせた。事前にデニスから伝えられた広い野原だ。
「人家は近くにないから、全力でかかってこい。但し命のやりとりはしない。クレアを泣かせたくないからな」
「そうですね。殿下の胸を借ります」
2人は構えた。戦いの火蓋が切られた。
・・・・・・・・・・
思った以上に手強い相手に、フレデリックの口角が上がる。久しぶりに本気で戦える相手だ。ゾクゾクと背中に走るものがある。恐怖と紙一重の喜びが、そこにあった。一方のオスカーも、全力を出し切らねば負ける相手というのは氷狼以来である。こんなに精一杯戦っているのに、勝てそうな気がしない。流石は国の騎士団長というところか。ロジャー団長も強いが、その強さとはレベルが違う。
2人が間合いを取る。フレデリックは突然炎の翼を出した。
(何だ、これは?)
驚愕するオスカーに、フレデリックが静かに言った。
「俺は火魔法を使う魔法騎士だなんだ。ロターニャは不死鳥を神獣とする国。ごく稀に、不死鳥に選ばれた者があらわれ、その証として炎の翼を持つ。俺はその『不死鳥の騎士』になった……クレアのおかげでな」
炎の翼を羽ばたかせて、フレデリックが語る。オスカーは息を呑んだ。
「他国に行くと刺激があると聞きましたが、本当でした。グラシアールでは絶対に見られませんね。ですが、俺にも隠しているものがあるんですよ」
オスカーは、氷狼の牙の剣を取り出した。
「これ、グラシアールの神獣である氷狼からいただいたものです。氷狼からは『氷狼の騎士』を名乗っても良いと言われました。クレアを守りたくて、必死になって……俺が『氷狼の騎士』になれたのも、クレアのおかげなんです」
「そうか。では、お互いに一撃、やり合ってみないか?」
「いいでしょう」
間合いを取る。互いが頷く。息が合う。次の瞬間、炎の翼が大きくはためいて爆風がオスカーを襲う。同時にオスカーが氷狼の剣を振り抜くと、氷の刃が吹雪のように大量に吹き出す。大量の炎と氷がぶつかりあって、大爆発が起きた。遠巻きに見ていた公爵領騎士団長や公爵代理のデニスたちにも爆風が襲いかかる。風の通り道にいた一部の騎士は、数十メートル飛ばされたようだ。
爆風が過ぎ去ったあと、フレデリックとオスカーはお互いに無傷で立っていた。
「お前、やるな」
「いえ、殿下の胸をお借りしました」
フレデリックは思った。オスカーは、クレアが愛したのも納得の、清廉潔白で一途な男だと。
オスカーは思った。フレデリックは、クレアが心を開くのも納得の、おごることのない謙虚で真面目な男だと。
2人はどちらからともなく歩み寄って、握手した。
「オスカー、クレアに会わせてやろう」
「ありがとうございます、殿下」
「お前は特別にデリックと呼んでもいいぞ」
「では、お言葉に甘えて。デリック、一刻も早くクレアに会わせてください!」
2人の前にデニスが立ちはだかった。
「お2人とも、お風呂に入って着替えてから、クレアさんのところに行きましょうね」
叱られた子どものように、2人の騎士がデニスの後ろについて行った。
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