暖かな獄炎
「ふっ、ちょうどさ~? 暴れたりなかったんだよね。いっつも運転係ばっかだからさ。……リーダーをぶっ殺してくれたあの野郎の首に縄を掛けて引きずり回さなきゃいけないでしょ?」
ルサールカは尾を燃やし揺らして、両手剣の切っ先を次元門に向けた。紫紺の光輝を反射して、刃先が鈍色に煌めいていく。
「死ぬつもりか?」
「ルーディオ、私は死ぬつもりなんてないよ? ただ後悔したくないだけ。私にとって、リーダーも、レーニャも、ディストも、すっごく大事なの。まぁ、あんた達のこともそれなりにね。……上手くいかなくても、皆なら私の、あつあつな炎を継いでもっと喧しく燃え上がってくれるでしょ?」
それだけ言って、ルサールカはポータルへ身を投じようとしたが、直前で手を掴まれ、引き戻された。
「ッ、それなりに覚悟してるのに。引き留められると鈍るからやめてくれないかなぁ?」
金色の眼差しでルーディオを睨み見上げる。彼には表情も、目も存在しなかったが、視線が噛み合うのは理解できた。
「……戻ってきた二人に説明する役がいるだろう」
「いらないよ。炎を通じて全部理解してくれるでしょ? そもそも二人が説明すればいいじゃん? 私がどんな風に格好良くて、眩しい炎だったかをさ」
「そういう器用なことはルサールカ、お前の役目だろう」
ルサールカは険しい表情で牙を軋ませた。眉間に刻まれる深い皺。鋭い睥睨を向けると、金の虹彩が炎を帯びて煮え立つようだった。
深紅の髪がわずかに逆立ち、周囲の空気が熱で揺らいだ。額に浮かんだ細かな汗は、蒸気のように霧散していく。
「だからオレが行くとでも言いたいわけ? ミルシャの気持ちを考えてよ! クソボケ色男っ!! わかってんだろ!? 気づかないフリして死に急ぐ気!?」
冷静でいたかったのに、飄々として格好つけていたかったのに、涙が溢れそうになった。
歯を剥き出した口元には言葉以上の激情がにじみ、汗は蒸気となって弾けていく。周囲の床は赤熱し、足元から熱気が立ち昇り空気を歪めた。
「……野郎が、女を先に置いていこうとするなよ」
込み上げるものを力任せに押さえ込むように、肩が震えた。怒りに任せて叫んだのは久々だった。
自分は感情的になるべきじゃないと、ブレーキかサスペンションに徹するべきだと理解していたのに。リーダーの姿が重なって堪えきれなかった。
激情を呑み込もうとした末に唇がきつく歪む。
「……ふふ、ミルシャが不甲斐ないばかりにお二人を険悪にさせてしまいましたね」
ミルシャは一歩、踏み出した。重く、火の粉と電光が舞った。
掠れ、上擦った声だったが。瞳にはとっくに迷いなどなかった。端から決然としていた。眼光は鋭く、まっすぐに二人を射抜いていた。
「そうですね。……ミルシャはルーディオさんが好きです。レーニャ隊長みたいにイチャイチャはできませんけど……。それでも好きですね。だからミルシャは――ルーディオさんに後悔してほしくはないです。ミルシャのせいで、思い留まらないでほしいです」
制服の裾が静かに揺れた。細い腕が震えることはなかった。
……もう一歩前に出た。隣より、少し前へ。
その背筋は真っすぐで、臆病さは消えていた。華奢な手がそっと、ルーディオの手首を掴んだ。
小さな指に込められた力が驚くほど強くて、ルーディオは気圧されるようにたじろいだ。
「ルーディオさん。ミルシャも銀雲急便です。貴方の同僚です。ミルシャだって、後悔したくはないんです。もちろん、死にたくなんてないですけど。ここで行かないルーディオさんはルーディオさんじゃないですし。……しかたがないので、一緒に地獄でも行きましょうか」
ルーディオの手首を掴んだまま、ミルシャはその手を離さなかった。じとりと湿度を帯びた視線でルーディオの相貌を覗き込んで、初めて自分に動揺した彼を見て妖しく微笑んだ。
「……これなら、ルサールカさんも納得してくれますよね」
「……ッはあ!? もう、ほんっとに皆バカだなぁ……!!」
低く、吐き捨てるような声音で呆れてやったのに熱が籠る。
ルサールカは顔を俯けると尾をばちんと振って火花を撒き散らした。
「…………ルーディオ、ルーディオは女の子に告らせておいてだんまりな訳? 情けない男だなぁ」
「HA! HA! HA! オレだってご尊顔が残ってりゃ抱きかかえてキスしてたね。けど生憎、抱きしめる腕も金属だし、口もねーよ」
ルーディオは惜しむように自嘲した。蒸気を漏らして自分の姿に憤慨していると、ミルシャにクイクイと腕を引かれた。
「……なら、屈んでください。ミルシャの背が届くぐらいに…………。それとも攻められるのは恥ずかしいですか……?」
蠱惑的な囁きを前に、ただひたすらに見上げてくるミルシャの眼差しを前にしてルーディオはフリーズした。
「………………」
内部機構がエラーを吐くみたいに沈黙した。
いつもなら軽口で誤魔化せたはずだが、できなかった。
小柄な体に似合わぬ気迫と端々に滲む妙な色に圧倒されるように沈黙した。
何より――その瞳が、真っ直ぐで、怖いほど真剣で。
喉奥で、圧縮蒸気のバルブが軋む。
そしてルーディオは僅かに肩を落とした。重たい機械の身体を屈め、騎士のように地面に膝を着いた。
「……オレからすれば【銀炎】よりレディーのほうが恐ろしいよ」
死地を前にして仲間に白旗をあげた。
ミルシャはふんと鼻で笑ってから、小さな手で鉄鋼の相貌を撫でていく。長年慣れ親しんだ武器に触れるような、確かな動き。
そしてミルシャは、わずかに顔を近づけ――キスをした。
金属の肌に柔らかな唇をそっと当てた。
釣り合わない質感が交錯する一瞬。
ミルシャの睫毛がわずかに震え、目を閉じた頬に赤みが差した。
ルーディオは動けなかった。
何も言わず、何も返せず、ただその瞬間を記憶に焼き付けるしかなかった。
唇が離れる。……離れた。
ミルシャはゆっくりと目を開けて満足げに微笑んだ。頬に残った感触を指でなぞっていく。静かな儀式のようだった。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
「こんなことされたら連れて行けねーだろ……」
「そしたら置いてっちゃいますよ。……ルーディオ」
「……嗚呼、それだけは困る」
ルーディオは力なくぼやいて立ち上がると脈動する次元門へと向かっていく。ミルシャも迷いなく歩調を合わせた。
門へと踏み入れる直前――背後から、激しく風を割ってルサールカは二人に飛びついて抱き寄せた。金属と人肌の体にぶつかって響く鈍い衝撃音。
「バカしかいないよ……! バカバッカ! だから私が、冷静になんなきゃいけないの……! 私が一番損じゃんかよぉ……!」
ぶんぶんと尾を振って、顔を見られないように必死に俯いて、ミルシャの細い背を、ルーディオの機械の腰部を、強く強く抱きしめて放そうとしなかった。
「戻ってきてよ……! じゃないとさぁ……! レーニャ達になんて言えばいいんだよ。ほんとに……さぁッ!!」
張り上げた声の奥で、嗚咽が混じる。涙を堪えようとすると声が引き攣る。
「いい女共に惚れられたなぁ。オレは」
「……炎、温かいです」
ミルシャはゆっくりと震える手を握った。
ルーディオは無骨な義手でルサールカの頭を撫でた。
「…………あーくそ、勝手に行ってこいな? 全部、伝えてあげるからさー。……これ以上、二人の火に触れていたら足引きちぎってでも止めたくなっちゃうじゃん」
ルサールカはバンと強く背を叩いて手を振った。次元門の輝きが増していくなか、二人は振り返らずにその光の向こうへと消えた。
「……私達が見る空は、世界一綺麗だろうね」
独り言のように、祈りの言葉を吐き捨てる。
――熱を帯びた誓い。誇りそのものの口上。
涙は熱に焼けて落ちることなく消えた。




