迫る炎
〚ここで暴れて不要な損失を出されてもお互いに困るだけでしょう。こちらへどうぞ。ぜひ依頼内容をお聞かせください〛
【黒機】が手を振るうと紫電が迸り、空間に穴が開いていく。
これが罠ならば入れば最期だ。逃げ出しようがないだろう。
ディストは確認を取るようにレーニャを一瞥した。
「どのみち、他に手立てはない。……ワタシ達を殺そうとしていたフェンリル社など信用できないが――」
〚結構ひどいこと言われても許容している今のワタシを見て信じてほしいところですね〛
【黒機】が淡々とぼやくと、レーニャは黒の色付きを恐れる様子もなく、険しく睨み据えた。
「……口を挟むな。信じていないわけではない」
大胆な物言いに、オルトロスの職員達が冷や汗を垂らし絶句していた。【正義】でさえも呆れた様子でぽかんとしていた。
「言いたいことがあったんだ。……フェンリル社など信じなくてもいいが、この選択をしたワタシのことを信じろ」
余計な言葉のせいでどこか格好つかなかったが、それでもレーニャはリーダーの背を追うように、彼の言葉を借りて断言した。
翡翠の瞳で仲間を真摯に見つめた。
眉根を寄せ、緊張するように唇を引き結ぶ。
「ふっ……フハ……! フハハハハハ!! ……レーニャ、今更そんな言葉がオレ達に必要だと思うか?」
レーニャからすれば真剣そのものだったはずだが、ルーディオは遠慮なく馬鹿にして笑い、そして敬礼した。
「ミルシャはさっき、覚悟できたと言ったはずです。それともミルシャ達も、……ふふ、格好つけたほうがいいですか?」
「レーニャ顔真っ赤ぁ~! 写真撮ってディストに送ってあげるね」
小馬鹿にしながらミルシャ、ルサールカの二人も笑みを浮かべ、誇らしげに敬礼した。
険しい表情を浮かべていたレーニャは段々と頬を赤く染めていった。
不満を訴えかけるように周囲を睨み威圧したところで誰にも意味はなく、低く呻いて、顔を隠すように郵便帽を深く被り俯いた。
視線を泳がせた先、ディストと目が合って、ジトリと不満と期待に満ちた眼差しを向けた。
真剣に答え、リーダーとしての威厳を保たせて欲しいのだろう。
ディストはすぐに意図を理解したが、鼻で笑って一蹴した。
「……銀雲急便としてじゃなくてレーニャにお願いされたい」
「なっ……!!」
「えーずるい! 私も――」
割り込んで来たルサールカがルーディオに取り押さえられる。
「…………ディスト」
レーニャは紅潮した頬を引き攣らせ、恥辱を噛み締めた。
言葉にならなかった息を喉奥で押し殺し、深く息を吸い直して、睨み見上げた。
「…………そういうのは二人きりのときに頼め。じゃないとやだ」
見えないところで、レーニャの手が制服の裾をぎゅっと握りしめていた。
「っーーー……。お前、ずるいな」
〚あの、たかが数分待ったところでワタシには大きな誤差もありませんが。そろそろ入ってくれますか? 見ているのも恥ずかしくなってきました〛
二人して顔を真っ赤にしていたが【黒機】に急かされ我に返った。
急ぐように開けられた空間の穴へと入っていく。
〚心配する必要はありません。もう取って食う気もありませんので〛
「前はあったんだな……」
〚否定はしませんよ〛
ディストは冷静になって辺りを見渡した。
真っ白なタイルの天井、壁、床。ぽつんと置かれたソファ、ガラスのテーブル。都市を管理する大企業にしては簡素な応接室だった。
〚では、レーニャ・アルフィンテルン様、取引の話を致しましょう。書類などは用意できていないでしょうから、内容は口頭で構いません。記録媒体はこちらで管理します〛
レーニャは恐れることなく【黒機】の前に座ると、《分針》を刻んだ目が蛍光を帯びた。
「……単刀直入に言えば助けてほしい。【銀炎】は時計の針を揃えるためにワタシ達を追ってきている」
〚ワタシ達が介入する利点は?〛
「介入がなければ勝ち目は薄いだろう。そうなれば時計の針が揃う。揃ったときに何が起きるかは完全にはわかりかねるが、時計機関のカルト共が【銀炎】に関わっている以上、まともなことは起こらないと推測はできる。……あなたの【正義】の発言からもな」
(時計の針は不幸しかもたらしません!)
(嗚呼、これで時計の針が揃わずに済みますよ……! 世界は守られました!)
血みどろにされた記憶が蘇る。
……彼女は知らされていたのだろう。そもそも、オルトロスに所属する連中は異界道具や異世界を憎んでいる。
士気をあげるには充分過ぎる口実だ。
〚……やる気があるのは良かったですが、部下の減らず口は教育すべきでしたかね。ええ、その通りです。貴方達は直接観測したかと思いますが、あれは大きく時を戻す力を持っています。今はその権限が三等分されている状態だと言えるでしょう。ですから――〛
黒い機体が翼を広げた。頭部に浮かぶ紫の光輪。腕から出力される光の刃が、レーニャの髪を掠めた。
〚あなた達のような脆弱な者に力を貸すのではなく、ワタシが《秒針》と《分針》を行使し、火の手を沈めれば良いと思いませんか?〛
「……それをするならこんな話し合いは不要だった。できないのだろう?」
レーニャは動じなかった。身を引くことも目を瞑るさえもせず、ただ凛とした眼差しを向け続けた。
〚ええ、ワタシには時計をつける目がありませんし、……いまとなっては【正義】達より貴方がたがもったほうが有意義でしょうね。それで、何を望みます。対価に何を支払いますか〛
「……フェンリル社の軍事提供だ。アールヴレヴの執行騎士、オルトロス十三区の兵力提供及び、我々にフェンリル社の施術を行ってほしい。依頼金は……この程度では対等ではないことは重々承知しているが、それでもこれが出せる限りだ」
レーニャが提示した額を見て、スラム上がりのディストは息を呑んだ。こんなことにさえならなければ、働かなくても一生を過ごせるほどの大金だった。
〚裏切り者でありながらよく集めましたね〛
「……リーダーが、こうなる前に可能な限り口座から金を移してくれていた」
無力さを思い返すようにレーニャは握り拳を震わせた。俯きかけたが、堪え前を向き続ける。
〚ですが足りません。終わったあとで構いません。その目をください。《秒針》と《分針》、両方です。それと銀の炎に関する点火技術を提供してくだい〛
《秒針》は、アメリアから継いだ瞳に刻まれている。レーニャは理解してか、ディストの顔を覗き込んで青ざめた。
「ディスト――」
「俺の眼なら構わない。代わりに仕事が終わったらいい義眼か培養眼のプランをくれ。ローンを組むから」
迷うことなどできなかった。
レーニャが苦渋して頼むより先に言葉を被せ、即決した。
――リーダーも、アメリアも、褒めてくれるに違いない。……いや、アメリアは拗ねるな。
〚軍事提供は可能ですが時計機関との交戦に限ります。ワタシ達が、色を得た者同士が真っ向から衝突すれば企業として看過できる被害ではなくなるでしょう〛
都市を維持する軍事力を失えば、他企業との戦争になりかねない。
拒否されるには正当な理由だった。
〚ワタシが貴方がたの依頼とやらを聞き入れた理由もこの一点に尽きます。フェンリル社としては時計の針がカルト共の手に渡ることは避けなければなりませんが、色つきと戦争はしたくありません。施術等は致しますので、あなた達で対処してください。貴方がたが失敗したならば他に手はありませんので、我々が貴方達の仇討ちをすることになるでしょう。ぜひ弱らせてください〛
「それでも構わない」
捨て石になれと言わんばかりの内容だったが、これが最善だった。レーニャは迷うことなく【黒機】と握手を交わした。
〚でしたら、フェンリル人体工房として最大限に助力致しましょう。レーニャ・アルフィンテルン、ディスト・クラークス様は奥へ向かってください。刺青、インプラント、幾つか身体強化の方法がありますので詳細と施術については医療チームが説明致します。他の方は……一つだけお話があるのでお待ちください〛
意味深な言葉にレーニャは足を止めたが、ルサールカに力強く背を叩かれた。
「大丈夫~。心配しないで。ほら、劇的ビフォーアフターを見せてね? コーポの最新施術なんて受けられる人、そうそういないんだから、さ! でもちょっとさみしいな。レーニャもリード協会の施術、絶対似合うと思ってたからね~」
「……まだそれを言うか。わかった。終わったらルサールカが買ったコスプレセットつけるから――」
「そのときはルサールカお姉ちゃんって呼んで甘えてね~」
ルサールカは二人に向けてふりふりと赤い尾と手を振った。勢いで押すみたいにそのままレーニャ達を奥の部屋へ押し込んでいく。
笑顔は絶やさなかった。だが、ディストとレーニャが扉の縁を越え、完全に視界から消えたその瞬間――
くるり、と身を返す。 冗談めかした笑みは仮面を外すみたいになくなった。赤い尾が静かに揺れる。踏みしめた踵が金属床に硬質な音を立てた。
「――さて、と」
そしてルーディオ、ミルシャと共に【黒機】を見据えた。
「……【銀炎】が、近づいてきてるんだよね」
〚ええ。止めてください。そのまま終らせてくれれば最善ですが――、そう上手くもいかないでしょう。どなたが行くかは一任します。次元門は繋いでありますので〛
淡々とした機械音声。【黒機】は要件を言い終えると、その場から消えた。
真っ白な部屋のなか、三人の銀灯が静かに揺れ燃えていく。




