黒機を灯す
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白い砂漠を横断して、オルトロス十三区……【正義】が所属する組織があるフェンリル社管轄都市にまで辿り着いた。
街のありようはどこも大差はない。純白の地平線に抗うみたいに数多のビルがそびえ立ち、摩天楼を築いていた。
入管審査所は前の都市よりも厳重だった。
異界道具の行使を封じる技術特異点を傘下組織に配給する程度には、フェンリル社は異界道具や違う世界からくる存在を嫌悪しているからだ。
治療用に大量購入していた《彼方の石》が没収され、ディストとレーニャの二人はそれぞれ目に眼帯を強いられた。
身につけると、身体の部位を喪ったかのような違和感が脳をかき回してくる。……これをつけている限りは時計の針も使えないだろう。
協力できれば、その技術で【銀炎】の《時針》を抑制できる可能性はある。
だが、彼らはそもそも殺そうとしてきた組織だ。
アメリアを殺したのもこいつらだ。
何事もなく入れるはずはなかったし、そんな期待もしていなかった。
「まぁ……そうだよな。時計の針を殺してでも奪い取りたいんだろ」
都市の門が降り閉ざされた。一見するとぶ厚い金属の壁にしか思えなかったがそんなはずもないだろう。
「レーニャ? どーするの? 私達って、協力を依頼しにきたんだよね? 暴れてもいいのかな」
ルサールカは呑気な声で尋ねながらも、答えなんてわかりきっているからか、身の丈ほどの剣をひょいと持ち上げた。
真紅の狼尾が銀の炎を帯びて揺れていく。
「全員、交戦を許可する。迷惑をかける程度に暴れまわれ。……時間が掛かれば何が起きるかは、上も理解しているはずだ」
――――【銀炎】が追いついてくる。
……理不尽なまでの業火が背後に迫っている。だがあいつの途方もない力が、色付きとしての暴力性こそが交渉材料だった。
「んんーーー!? ああ、ああ!! お久しぶりですねぇ。相変わらずあなたは、時計の針さえなければきっと友達になれた気がしますよ!」
幼く、力強く、狂気を孕んだ声色。
眩い紫と金色の影が地面を砕いて目の前に飛び降りてきた。
目が合った。正義感に輝く金色の双眸。白金の長い髪。
低い身長に反して無骨な打突機。巨大な鉄槌。
忘れようがない。【正義】が再び相まみえ、――あの時と同じように打突機の刃先がディストの喉首に向けられた。
「正義とは躊躇わぬこと。正義とは顧みぬこと。仲間だったものさえも殺し、とんだ火の手をこちらに押し付けてくる判断は、貴方の正義に従うがゆえなんでしょうね。けど、火種を消してしまえば楽に解決できると思いませんか?」
【正義】は凶暴な笑みを浮かべると、即座に引き金を振り絞った。
ダン! と炸薬が破裂する轟音。赤熱した金属杭が皮膚を穿つより疾く、銀の業火を噴出し、ディストは頭上を飛んだ。
「同じ方法にやられると思っているんですか!?」
「そう思えるならそんな挨拶は今後しないことだな!! お前も前とやり方が同じなんだよッ!」
闘争心に火が点いた。火蓋は切られ、銀の業火と紫の抑制光が衝突する。
振り上げられた鉄鎚を軍刀の柄で受け止めると、重々しい破壊の衝撃が全身を駆けていく。紫の燐光と銀の火の粉が飛散した。
「時計の針も使わずに対処してきますか……!」
「悪いがあんたに苦戦してる時間はない」
【正義】の振るう鉄鎚よりも疾く、深く懐に潜り込んで斬りかかる。一撃目が避けられたなら二撃目を、受け止められたならば更に加速して刃を横薙ぐ。
前とは違う。息が果てることはない。
前とは違う。何も言わずとも銀の灯火が心身を剡り燃やして身体を衝動的に突き動かしている。炎を帯びた一撃は継がれた意思の分だけ重く、鋭く研ぎ澄まされているから。
突き放った白銀の一閃が【正義】の手から鉄鎚を弾き飛ばした。
「ッ……! たった一ヶ月なのにッーー……!!」
【正義】が歯を軋ませて目を瞠るなか、ディストはさらに剣戟を振るった。
銀色の斬閃が分厚い靴底の蹴り受け止められ、火花を散らすと同時、銀焔を再点火し、反撃が繰り出される前に少女の体躯を吹き飛ばす。
そして業火を広げ、宙へ飛ばした【正義】そのものを加速させた。道を塞いだ障壁に全身を衝突させると、鈍い破裂音と血飛沫が広がる。
「……がひゅ。ッーーーぁ、ぐ」
【正義】は苦悶し、血の混じった唾を吐き捨てながらも立ち上がろうとよろめく。
「……上と話がしたい。オルトロス十三区はフェンリル社の勅令でしか動かないだろ? 責任者を出せ。出せないなら……【銀炎】がここにくるまで暴れ続けるしかないな」
「…………」
【正義】は何も言わなかった。ただジッと、爛々と光輝し続ける双眸でディストを見上げることしかできなかった。
ディストは軍刀の切っ先を彼女に向けていたが。不意に振り返ると斬撃を振るい放った。
刀身が背後から強襲しようとしてきた襲狼社の片腕に食い込む。そのまま断ち斬って彼の腕に残る仕込み銃の動力源を貫いて破砕する。
襲狼社を象徴する狼の頭部。犬の見分けはつかないが、見覚えのある義手だった。……アメリアを殺した腕だ。
「……何か不備がおありでしたか? お客様。生憎、もう閉業していてその腕は修理できないんだ」
ディストは冷静を装った。
「っ……。なんで今のがわかった」
「……術後に熱心なファンが多かったから、俺にしか聴こえない音を仕込んである。ところで、今のお前は質問できる立場か? お前は……お前は姉さんを、殺したんだぞ」
忘れていた憎悪が胸を焼いた。継いだ瞳が酷く痛む。
激情のまま目の前の野郎を斬り殺してしまいたかった。炎で同じように身体を焼き貫いてしまいたかった。
……向ける先を失うみたいに刀を握る手が震える。……深く息を吐いて、納刀した。
今はもう、復讐以上に優先すべきことがあった。
「入管審査員に抵抗をやめさせろ。俺達の目的はあんた達を殺すことでも、痛めつけることでもない。……手段には、なりうるかもしれないが」
マーヴェリックの足の腱を切った。彼は刹那、顔を歪め牙を鳴らしたが、瞬時に痛覚を切ったのか平静を保っていた。
「……【正義】の名の下に命じます。これ以上の、被害を抑え……抵抗を一時放棄してください」
鉄鎚、打突機、細剣、銃器……。彼らは上官の命令に従い、武器を足元に落とした。
「そーそー。いま暴れなくてもじきに大火事と戦うことになるんだからさー。今は休んでるべきだよぉ?」
けらけらとルサールカは冗談にならない冗談を口にして、巨大な剣を腰にかけ直した。
「……時計の針を、狙っていたな。これはなんなんだ? 少なくとも上は知っているんだろう? ……だから話がしたい。銀雲急便特殊運搬一課隊長だったディランの後継として、【銀炎】の娘として協力を依頼したい」
レーニャは【正義】と設備のカメラに向けて、淡々と立場を表明し、取引を持ちかけた。
…………沈黙は、十秒程度だっただろうか。
〚構いませんよ〛
合成声が響くとシャッターが上がっていく。
姿を見せたのは黒くすらりとした人型の機械――――フェンリル社CEOであり、黒の色付きである【黒機】だった。




