頼りない灯火
「……話が通じるのか?」
ディストの問い掛けに、レーニャは開き直った様子で笑みを浮かべ答えた。
「【銀炎】よりはどうにでもなると思う」
「そう言われたら……試すしかないな」
ディストの言葉に緊張を解いて、レーニャは自然な態度でリーダーの座席に向かい、予備の隊長腕章に腕を通した。
「今日はここで一晩過ごし休息を取る。……取らせて欲しい。もう泣きたくはないし、女々しくいたくはないんだ。……ワタシにもリーダーの炎は継がれたから。……だから、明朝にオルトロス十三区の管轄企業であるフェンリル人体工房管理自地区に向かい、取引を行う」
反対する者はいなかった。彼女がリーダーになることに意義を唱える者もいなかった。ミルシャも、ルーディオも、勿論ルサールカも。
誰もが深く頷いて、より眩いと信じることができる銀の灯火に敬礼を向けた。
「…………後悔はさせない」
レーニャは敬礼に応えるように真剣な眼差しを皆に向けて断言した。
そしてスタスタと毅然な態度で歩いていくと、何も言わないままディストの隣に座った。
こてんと、首を傾け体を預けていく。レーニャは誰よりも人目を気にしていたはずだったから、驚愕するように全員に視線がディストに向いた。
「俺を見るな……。レ、レーニャ……? みんなに見られてるぞ」
恥じらいと困惑に顔を赤く染めながら、説得するみたいに問いかける。だが、レーニャはもはや動じなかった。むしろ見せつけるように身体を寄り添わせる。
「ワタシは信じているだけだ。たかがこんなことでワタシに愛想を尽かす者もいないし、まさか意地悪にからかったりはしないだろう?」
ジッと鋭い睥睨が、ぶんぶんと尻尾を振るルサールカを牽制し、ルーディオを黙らせる。
「明朝までは休憩時間なんだ。各自勝手にしろ。ワタシはそうしている」
そう言って通路側のカーテンを閉じた。布切れ一枚が作り出す二人きり。
それだけでも充分だった。
「…………」
何も言わないまま目だけが何かを訴えかけて、レーニャはそっと手をたぐり寄せてくる。
吸い込まれるみたいにディストはその手を握った。指が混じり合う。弱々しい白銀の炎が揺曳し、不安定に互いを照らしていた。
「…………安心しろ。もう泣いたりはしない」
「そうか。……ちょっと残念だな」
少し茶化すと、握る手にぎゅっと力が込められて痛む。
「ワタシが泣き虫なほうがよかったか?」
「痛っ、違ぇよ……! 頼られるのが好きってだけだ……!」
「それなら――」
レーニャは銀の髪を揺らして向かい合うと、安堵するように穏やかな笑みを浮かべた。鋭い視線が、ジトリと双眸を覗き込む。
「安心しろ。ワタシはいつだってお前を頼っている。ワタシほどお前を頼っている奴はいないぞ……?」
「っーーー……!」
ディストは何も言い返せなくなって、顔を赤くして俯いた。そんな様子をレーニャは少し恥ずかしそうに見つめて、肩の力をゆっくりと抜いていく。
「……約束できるか? 【銀炎】を前にしたあとでも」
ディストは誇らしげに自身の胸を叩いた。
「ここに、リーダーの焔があるんだ。そう簡単に消えやしない。改めて約束するさ。俺は絶対に、お前の傍にいる。お前が銀雲の名を継ぐのを見届ける。そのあとだって一緒にいてやるさ。……なんたって、頼られてるからな」
「ふっ……調子のいいやつだな。最初はそういうとこが嫌いだった」
「今は?」
ディストは冗談めいて尋ね、頬をつねられた。
「……いちいち聞くな」
レーニャは恥ずかしさを噛みしめるように僅かに呻いた。
――沈黙。静けさのなか、外の砂嵐の音だけが轟々と車体を揺らしている。
言葉が途切れると、誤魔化そうとしていた何かが胸のなかを潰すみたいに広がっていく。
レーニャも同じだったらしい。
深く息を吐いて、疲れ切ったようにその場で横になった。
「先を照らすことは難しい。ディストも今は休め。……寝れないならワタシが添い寝してやる」
甘く破滅的な誘惑に思えたし、それこそ、頼られているようにも思えた。
「……そうだな」
力尽きるみたいにレーニャの隣で横になった。手を握り合う。
「…………ワタシは、滅茶苦茶だ。……誰にも、死んで欲しくなんかないのに――」
「……死ぬもんか。色付きだか知んないがブッ飛ばして、あいつの金で皆で遊びに行こう。エーテル電光のネオン街とか、モンターニュ社の遊園都市とかさ……」
暗い天井を見上げ、大げさに手を伸ばす。……なんだか死ぬ前に無謀な夢を語っているみたいで、ディストは自嘲を零した。
「……悪くない。エーテル電光ではホットケーキを必ず四段以上重ねて、バターと蜂蜜を一定以上掛けないといけない法律があるんだ。……行ってみたい」
レーニャも呆れるように笑っていた。
「本当なのか? バカみたいな法律だな」
「本当です。ミルシャは……あっちのほうの出身だから知っています。……レーニャは絶対、好きだと思いますよ。アイスも、乗っかってるんです」
カーテン越しに声が響いた。遮るものは布一枚なんだ。
今までの会話も全部聴こえていただろう。
レーニャは今更気づいて、苦い表情を浮かべて耳まで赤く染めていた。
「……行きたい場所か。オレは歌姫のコンサートだな。リーダーが移動中、曲を流しているときがあっただろう? あれだ」
「これでしょ? まだデータ残ってるし、一曲ぐらい流しておくね」
明るい曲調が、玲瓏とした声がバスのなか響いていく。
――――私は奇跡を信じてるわ。
貴方は信じてるふりをしてるけれど。
――私は貴方の約束を信じてるわ。
貴方が忘れてしまったとしても。いつか思い出すと信じているの。
…………唄が終わると静寂が車内を満たした。
二曲目を流そうとはしなかったし、提案もしなかった。
……誰かの寝息が聴こえる。そうだ、少しでも休まなければならない。
「おやすみ。……ディスト」
そうレーニャが囁いたから、ディストは同じ言葉を返し、ゆっくりと目を閉じた。
――夜が明けるまで。
今日のことを反芻して込み上げてくる不安を燃やして、互いの灯火で誤魔化し続ける。




