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決別の火

 ――そして朝が訪れた。


 車体の揺れで目が醒めて、ディストはゆっくりと体を起こした。


 砂吹雪が晴れて純白の地平線が際限なく広がっているのが見える。


 すでに車は走り出していた。これでもう進むしかない。……いや、リーダーに託された時から、否、その前からとっくに後戻りはできない。


 深く息を吸った。澄み冷えた空気だった。


 じっと、決然とした眼差しで外を眺める。……随分と遠くにまで来た気分だった。


 …………だがもう恐れはない。不安は燃やし切った。


 開き直ったような清々しさなのかもしれないが、少なくとも未練も消えた。


 自分が間違っているんじゃないか。今からでもレーニャを引っ張って、いっそ遠くに、皆で逃げ出したほうがいいんじゃないか。


 ……なんて、淡い期待と叶わない希望も焼き捨てた。【銀炎(あれ)】から逃げ切ることはできないだろうから。


 残る想いは消えることのないリーダーの炎への憧憬と。レーニャの夢を、無謀を叶える執念だった。


 そのために何を犠牲にしても、何が起きたとしても、迷うことのない決意の炎が双眸を光輝させていく。


「おはよう。ディスト」


 レーニャと視線が向かい合う。


 彼女も不安を、弱さを、燃やし消していて、憂いの晴れた様子で柔らかに微笑んでいた。


 どうしようもなく愛おしくなって、レーニャを抱きしめる。背を撫でるように腕を回し、その体温を確かめた。


 静かな朝の振動に包まれたまま、互いの鼓動が触れ合う。


「……あったかいな。レーニャの炎」


 ぽつりと呟いたディストの声にレーニャは呆れるように笑った。


「当然だ。……炎が冷たいものか」


 周囲の視線に気づいて顔を赤ながらゆっくりと離れる。互いの目を真っ直ぐに見据えた。


 もう涙は出そうにない。


「ふふん、やめなくたっていいのに。今更でしょ? あと一時間も走れば私達をぶっ殺したがってたオルトロス共の街だからー……なにもなければ一時間と数分はイチャイチャしてていいよ」


 ルサールカがケラケラと笑いながら茶化してくる。


 運転席のほうを覗き込むと、奮い立つように尾がぶんぶんと揺れていた。


「まぁけど……そううまくはいかないよねぇ」


 辟易とするようにぼやいて、片手でハンドルを握ったまま拳銃を抜いた。


 ミルシャは窓から外を覗き込むと、誰もいない地平線を一瞥して舌打ちを響かせた。


「……灯火が、多いです。銀雲急便の他の課の連中……きてる。ミルシャ達を殺すために」


「迷うことはない。迎撃する。我々は仲間だったかもしれないが、チームを害するならばその限りではない」


 レーニャは白い大地を睥睨すると、車内でバイクのエンジンを掛けた。唸るような振動音が響き渡っていく。


 遅れてディストも無数の灯火を感じ取った。突き刺すような、身を焼くような荒々しい銀の灯火を第六感的に理解する。


「ほんじゃ、皆任せたよ。陽光汚染があるから……早めに帰ってきてね。じゃないと死んじゃうから」


 ルサールカの言葉に頷きながらバイクに跨る。瞳は炎をたたえていた。


 ガシャンと激しい物音が響いて後部貨物扉が開いた。加速の勢いと共に流れ込む熱風と砂塵。


 ディストは慌ててゴーグルを身に着けた。爛々と眩い陽光の反射で視界が霞む。


「オレみたいに全部義体にすりゃいいのに」


 吹き込む砂塵の風が防塵コートをはためかせる。鋭くエンジンがうなる。


 ルーディオが先行し、銀色のタイヤ跡を砂の海に刻みながら、車両から飛び出した。


 続くようにレーニャ、ミルシャもアクセルを掛けて白い砂漠へ飛び出していく。


「……ほんと、死なないでね。無茶振りかもしれないけどさ」


 銀の猛火をバイクへ注ぎ加速する瞬間、ぼやくようなルサールカの言葉が背に掛けられた。


 荒々しく車輪が砂を巻き上げて、全身を打つ衝撃。ディストは身を沈めてハンドルを強く握りしめた。


 白い砂塵が波のように迫る。遠方から爆音が届いた。


 敵が来る。同じ銀雲を仰いでいただろう他の課の連中が、眩いしろがねの炎を灯して、銃口を向けた。


 引き金が振り絞られる。


 放たれた弾丸が銀の火種をもとに空気を裂いて加速した。


「ちんけな火遊びだな」


 先陣を切るルーディオは嘲って、風を裂くように銀焔の翼を噴き出した。


 後を続くようにミルシャが砂を斬って蛇行し、迫る弾丸を容易く避けて速度を増していく。波打つたびに点火を繰り返し、際限なく加速していくと空間そのものが軋むような音が響いた。


 銀の炎は、単なる熱でも光でもない。感情を燃料に「速度」を宿した異端の力だ。触れたものも、反射速度をも強制的に増幅させ続けていく。


「雑魚は分散して仕留める。それより銀雲急便以外も目視できた。奴らも、速い。というよりはおかしな感じだ。ディスト、お前の秒針みたいな――」


 銀の炎を帯びた機関銃による掃射音が会話を遮った。車輪の後を追っていくように砂を穿つ弾痕。


 ディストは慣れないバイクによろめきながらも、絶えず炎を注ぎ込んだ。


 車体の側面に設置された噴出口から蒼白い輝きが尾のように流れ、瞬く間に加速していく。


 激しい空気の壁と重力の圧迫に視界が歪みかけるが、歯を食いしばって、異界道具の引き金を唱えた。


「悔いろ。【秒針】」


 超加速の中、時を止める。停滞する時間のなかで一方的に銀雲急便を斬り捨て、撃ち抜いた直後、ルーディオの言っていたおかしな感じの意味を理解した。


 誰も動くことのできないはずの時間のなかで、銀雲急便ではない連中が空間を裂いて眼前に飛び出してくる。


 機械に覆われた双眸。チクタクと響く懐中時計を揺らして、【時計機関】の連中が散弾銃を構えた。


(もっと悲しみ、怒り、感情を燃やしなさい。時計の針が揃い――――)


「嗚呼、そういえば俺を唆したのはてめえら――」


 ダンと。重々しい銃声が苦し紛れのぼやきを塗り潰した。

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