後編
そんなこんなであっという間に4か月目。
団員や団長との生活も順調で、エードルフから前借天引きのない、満額のお給料を貰った。
服一式に下着にコルセットにブーツ。
こっちはびっくりするほど高かった。
実は足りなくて、エードルフが塔の予算から制服代として少し援助してくれた。
さよなら借金、ようこそ金貨。
「はいこれ。今月分。いつもありがとう、ハルナ」
団長はいつもの革袋に入れて私に手渡してくれる。
小銭ばっかりだった今までと、今日は音がちょっぴり違う。
チリンチリンと金貨がこすれ合う音って最高のサウンドよっ。
「ありがとうございます、団長」
私はこっそりと妄想で皮袋に頬擦りする。
「ハルナは明日お休み申請してたね。どこか行くの?」
「ちょっと町へ出てお散歩がてら、部屋を探そうと思って」
その下見ですと私は言ったら、団長は一瞬固まって、ものすごく焦っていた。
「ちょっ、えっ? まっ、待って! 何? ハルナはここ辞めるつもりなの?」
お給料が足りなかったのか、お休みがもっと欲しいのかとか、もうちょっと家事手伝おうか、とか言ってくれたけど、本当の理由は別のところにある。
これ以上、そばにいるのが苦しかったから。
団長、口ではモテないと言ってるけど、憧れてる子はいるし、町の人もすごく信頼してるのがよく分かる。
そんな人をどこの誰とも知らない、何にも持たない、本当の事を言う勇気もない、四十路女が好きになっても困らせるだけだもの。
若返りのおこぼれに預かってるだけでも幸運な事と思わないと。
せめて30代で出会いたかったなと思い、若けりゃなんでもクリアできると考える自分を脳内でぶん殴る。
「いいえ、辞めませんが通いにしようと思って。前借りも終わったから家賃も払えるようになったし、私がここに住み続けるのは、団長の結婚にも差し障りがありますよ」
もっともらしく、私は表向きの理由を言う。
団長は養子で末席とはいえ貴族で、貴族はそういったことを嫌うという。
特に女性関係にだらしがないと思われれば、破談になりかねないし、私だってそんな男は嫌だ。
「そんな輩はほおっておけばいいさ。別に後ろ暗いことはしてないし。ハルナはここの……その、立派な使用人だよ。堂々とここに居ればいい」
「ダメですよ。私のせいで団長が結婚できないのは困ります。今日のお夕飯は団長の好きな塩豚焼きですから、早く帰ってきてくださいね」
じゃっと言って私は強引に部屋を出た。
今ならまだ傷が浅い。エードルフから少し離れよう。
通いの距離に慣れたら、町で仕事場を見つけて、ここも辞める。
少しずつ団長と距離を置けば、それほど辛くない。
選ばれないのは、いつものこと。
私はキッチンで玉ねぎを切るまで泣かなかった自分をほめた。
※ ※ ※
結論から言うと、私の部屋探しは失敗した。
この世界に不動産屋はないから人づての紹介が頼りなのだが、先週の買い出しで相談したときは、八百屋のおばさんも酒屋のおじさんも歓迎してくれて、仕事も空いてる部屋も紹介してくれるって話だったのに。
昨日訪ねたら、みんながみんな、部屋は埋まったとか、借り手がついたとか、貸すのをやめたとか。
(もしかして、私、嫌われてるの!?)
物欲しそうな顔に見えて、おまけもらってるから?
それともちょっと強引な値引き強要?
衝撃的な事実に凹みそう。
そしてさらに追い打ちをかける話を町で聞いた。
「あの団長にとうとう結婚話だって! ハルナは聞いた?」
ルドヴィルさんは私の人参剥きを手伝いながら、楽しそうに町の噂話をする。
「ええ、聞きましたよ。隣国のお姫様のお婿さんとか。どうして団長が元王族の方だと誰も教えてくれなかったんです。私、思いっ切り失礼千万だったじゃないですか!!」
ジャガイモを剥きながら、私は答える。
実はエードルフ、貴族どころか、王家の末席で先代国王の第何夫人かの子、現国王はお兄さんなんだそう。
エードルフが生まれた時には既に何人も男の子がいて、王位継承権も下の方だからと割と早くに貴族へ養子に出た。
今日はこの結婚話のために王都へ呼び出されて、朝早くに転移陣で出立した。
「ルドヴィルさん。あの……。町で聞いた噂は本当なんですか?」
街にはもう一つのとても気になる噂があった。
お婿さんなんて聞こえはいいけど、実質和平のための人質だという噂。
王族の中ですぐ結婚できそうな独身男性は団長一人、国のためと言われれば、たとえ人質と分かっていても騎士の誇りに賭けて団長はこの話を受けるだろう。
おいたわしい事だ、と町のみんなが揃って同情していた。
「ねぇ、ハルナちゃんはどうするの。団長の事、諦めちゃうの?」
ルドヴィルさんは剥いた人参の皮を野菜出汁用の鍋に入れて、いつになく真剣に尋ねた。
「前もお話ししましたが、私、団長の事は別に……」
ルドヴィルさんは、言い淀む私をぴしゃりと遮った。
「嘘ばっかり。本当は団長の事好きなんでしょ? あの人は好かれ慣れてないから、ちゃんと好きだって言わないと一生伝わらないよ」
「でも……」
「二人とも焦れったくて、側から見てるとイライラするんですよ。お互い好き同士のくせに、何悩んでるんです?」
は? 好き同士??
私は気持ちダダ漏れだったかもしれないけど、あの人からはそんなのぜんっぜんなかったのに。
…。
……。
なかった、よね?
「ねぇ、ハルナちゃん。団長って町の人の評判良いでしょ?」
「そうですね。こーんな小さな子供でも団長に感謝してました。だからこんな風に心配してくれるんですよね?」
私は手を腰より下に下げて3〜4歳サイズを示す。
「あれねぇ、噂の半分は町の人の嘘だよ。団長の婿入り結婚話は本当だけど、お相手の国とウチの国は良好な同盟関係で人質なんてありえないんだよ」
もう随分前に王女様が王太子の元に嫁いだそうだ。
勿論人質どころか将来の王妃様として厚遇されている。
全然全く知らなかった。
「ほら、ちょっと前。ハルナちゃん、部屋探ししたでしょ?」
ルドヴィルさんはこの前の休日の事を言った。
「ええ。誰も貸してくれませんでしたが」
「あれね、実は団長が先回りして、『ハルナに部屋を貸さないでくれ』って一軒一軒頼んだの」
あの時の団長の姿で、僕は一生美味しく葡萄酒が飲めそうですと、ルドヴィルさん、思い出し笑いをしていた。
「その件で町の人の一部は団長がハルナちゃんを手元に置きたいって事を察しちゃった。ここは小さな町だからね。噂はあっという間に広がって、じゃあハルナちゃんと団長をくっつけようと嘘の人質話を君の耳に入れたんじゃないかな?」
そっか。町の人は私が違う世界から来たから、そんな風に言えば人質話も信じて、私が引き止めるかもって思ったのね。
町の人も私が40歳って知らないから。
「で、どうする。ハルナちゃん?」
頬杖ついてニヤニヤと楽しそうな顔をして、ルドヴィルさんは私の答えを期待している。
「……わかんない」
「は?」
ルドヴィルさん、目ってこんなにまん丸になるのかってくらい驚いてた。
「わかんないから、パン生地捏ねて考える」
ぐるぐるした頭で私は席を立ち、仕込んであったパン生地の元へ向かう。
生地は大きなボウルいっぱいに膨れていた。
(団長が私を好き?)
小麦粉を指につけてフィンガーテスト。
パン生地には指の跡がくっきりついて戻らない。
発酵はもう十分だ。
(諦めるつもりだったのに……)
生地に拳を当ててガス抜きをする。
ぷしゅんと小さくなる私の気持ちみたいだ。
多いから4回分に分けておく。
(そりゃあ、一緒にいて楽しいし、美味しいって言ってくれたら嬉しいし……)
取り出して、バターを混ぜ込んで、少しべとついた生地を、ばんっと生地を叩きつけて生地を引き延ばす。
表面がつるりとして、引っ張ってもちぎれず、薄く引き延ばせるようになるまでこねる。
何度も何度も繰り返すと生地のグルテンが強くなり、発酵した気泡をグルテンが抱き込んでふんわりとしたパンに仕上がる。
無心でこねてるうちに、あの言葉がまた沸いて出てくる。
―――俺、結婚するなら子供は絶対欲しいんだ。
男のひとは、みんな自分の子供を欲しがる。
きっとエードルフだって欲しがるだろうし、その時の私はタイムリミットで産んであげられないかもしれない。
ああもう! せっかく一人で生きようと決めたのに。
40歳ってもう迷わないんじゃなかったの。
「私にどうしろっていうのよ! バカぁっ!!」
元カレの顔めがけて、ひときわ強く生地をたたきつけ、悶々と考えても答えは出なかった。
本人を目の前にしたら違うのかもと、いったん保留にし、今日のお夕飯の支度をする。
遅くなっても絶対帰って食べるからとの宣言通り、団長の分は取り分けておいた。
だけど、私達が食べ終えても、ポテトがしなしなになっても、塩豚も冷めて脂がカチカチになっても団長は帰って来ず、うとうとしながらリビング代わりの談話室で夜を明かした。
※ ※ ※
団長は結局帰って来ず、しなしなポテトも固くなった塩豚もまとめて今朝のオムレツの具にした。
私はお洗濯を干し終えて、資料室で書類整理をしていた。
あまり寝てなくての書類整理は、非常に眠い。
半分うとうとしながら片付けていたら、シルヴァン君が呼びに来た。
「ハルナ、ルドヴィルがちょっと来てって!」
ありゃ、何だろ?
私は椅子から立って、シルヴァン君の後をついて行ったら、ルドヴィルさんは団長の執務室にいた。
「ああ、ハルナちゃん。ちょっとここに立って」
ルドヴィルさんはデスクの前を指差して、私を立たせる。
足元には魔法陣ぽい模様の入った風呂敷サイズの布地があった。
これが転移陣とかいうやつかな。
「ねぇ、ルドヴィルさん。これって……」
「そ、王宮行き、お一人様限定。ああこれ、団長と一緒に読んで」
はい、とルドヴィルさんは私に封筒を握らせ、しゃがみこんだ。
「えっ? ちょっ!! ルドヴィルさん!?」
ルドヴィルさんは膝をつき、布の端っこを掴んで魔力を流すと、私の体がふわりと少し浮いて、真っ白な光に包まれた。
「じゃ、いってらっしゃい! 団長の事、よろしくねーー!」
光の中でルドヴィルさんの声しか聞こえないまま見えない手で、私はどこかに運ばれて行った。
※ ※ ※
「あわわわっ!!」
数センチしか浮いてなかったくせに、放り出されると足をつき損ねてよろめく。
そんな私の手をとり、背中を支えてくれる手があった。
「ハルナ、来てくれたか」
私には何が何やらさっぱりだけど、エードルフは何やらほっとした表情を浮かべた。
「エードルフ。ルドヴィルさんがこれを二人で読めって……」
手紙をエードルフに渡し、やたらと視線を感じるので周りを見回した。
10何人かが私をじっと見つめてる。
足元には真っ赤で高そうな絨毯。
「あのー、エードルフサン? ここはもしや?」
これは何だかすごーく嫌な予感。
「王宮内の謁見の間」
エードルフは封筒から手紙を出して読み出す。
ひえっ!
え、謁見って……。王様とか陛下とか、ロイヤルなファミリーが何とかってアレ。
「じ、じゃあ……、あの一段高くて、ご立派な椅子に座ってるのが?」
私、ひくつきながら、一応確認する。
ドッキリの可能性があるかもしれない!!
いっそドッキリと言って、お願い誰か!!
「国王陛下だね。ねぇ、ハルナはこれ読んだ?」
イエ、今は状況把握で精一杯deathよ。
これは死んだ。
アポも招待状もなく、しかも普段着のワンピースでこんな所に乱入なんて……。
「わ、わたっ、私、不敬罪で打首の上、圧倒的獄門ッッ!!」
私、燃え尽きたよ、真っ白にな……。
「ちょっ、何でエードルフはマント取っちゃう……」
こんな所で外しちゃまずいでしょ、と言おうとしたら、エードルフは私にマントを着せかけ、跪き、私の手を取った。
周りのおじ様方は一斉にざわついた。
「ハルナ、俺のマントを受け取ってくれるか?」
これってプロポーズだよね。
脳みそに達するまで、たっぷり10秒は黙ってしまった。
きっと今言えってことね。
もうどうにでもなれという気分で、正体を話すことにした。
「あ、あのね、エードルフ。私、返事をする前に聞いて欲しい事があるの……」
こんな時に限って鮮明にフラれた時のセリフを思い出すけど、バッテン印をつけて頭から追っ払い、エードルフを立たせた。
「私、本当は40歳なのよ。もうあなたの子供だって産めないかも知れない。本当にそれでもいい?」
今度はエードルフが黙り込んだ。
だよねぇ。やっぱりそうなるよね。
「断った方がいいなら……」
先に断り方を教えて欲しいと言おうとしたら、目の前のエードルフ、一気に白髪混じりの茶髪になった。
目玉が落ちそうなほどびっくりし、私は慌てて手の甲と髪の毛を見た。
ぎゃっ! 毛先のあちこちに白髪が!! 手の皺がっ!!
でもちょっと懐かしい、これが本当の私だ。
「俺、実は45歳。ハルナよりずっと年上だよ? それでもいい?」
エードルフは笑って私に言った。
年を取って目尻にしわができ、首だってちょっとしわがあってたるんでるけど、それは私だって一緒。
年をとっても変わらないのは、25歳の時の笑顔と目。
いつか騎士を辞めて、農家レストランをやりたいと夢を語ってくれた時の目だ。
これを信じなくて、何を信じるというのよ!
私はコクコクと頷いた。
「はい! こちらこそよろしくお願いします!!」
おじ様方のどよめきの中、エードルフはまた跪いて、私の手を取ると甲に額を当て、王様の方へ向きなおり、言った。
「国王陛下、そして宰相閣下。これでご納得頂けましたか?」
「うむ。マントの誓いは私でも覆すことはできんからな。そなたの願いは叶えよう。ああ、結婚祝いにあの塔はお前にやろう。グリューネヴァルト、そのように計らえ」
「畏まりまして。陛下」
「感謝致します。陛下、彼女を送りたいので一時退出の許可をいただけませんか?」
陛下は鷹揚にうなずくと、エードルフは私の左手を取り、そっと耳打ちする。
「陛下の方向いて、右膝つけたらすぐ立って。あとは扉までエスコートするからそのまま歩いて」
私は言われた通り右足を一歩引いて右膝を床につけ、立ち上がると、エードルフに手を引かれて大きな扉まで足を動かした。
右手と右足が一緒だったけど、ツッコまないで!!
※ ※ ※
扉が閉められると私は大きな安堵の息をついた。
正直聞きたい事が山ほどある。
まぁ、それより。
「ルドヴィルさん、絶対にあとでとっちめて、1週間おかず抜きの刑にしてやるんだから!!」
怒りに震え、私は拳を握って片手にたたきつける。
「そこは俺に免じて3日間くらいに減らしてほしいな。ごめん、ハルナ。もう少しだけ兄上と話があるから、先に部屋行って待ってて。全部終わったらちゃんと話すから」
「わかった」
エードルフは近くにいた衛兵を呼んで、私を部屋へ案内するよう頼むと、また謁見の間に戻っていった。
程なく衛兵に呼ばれた女性に案内され、私はエードルフが使っているという客間の応接室に座らされ、高そうなティーセットで侍女にかしずかれてお茶をするという、非常に落ち着かない体験をすることになった。
(やっぱルドヴィルさん、1週間のおかず抜き刑が相応しいと思うよ)
この1週間は絶対にルドヴィルさんの好きなものばっかり出してやるんだと心に刻んで。
※ ※ ※
お茶の止め時がわからず、わんこお茶になりそうで一口だけカップに残して紙とペンをもらい、聞きたいことを書き出していく。
PCがあればPCにずらっと書き出したいところだが、ここにはないので、紙とペンをもらって書いて整理していると、エードルフが丁度戻ってきた。
「さて、何から話そうか」
お茶を一杯入れてもらって、手慣れた様子で侍女を下がらせてくれた。
塔で見せる姿とは違い、やっぱりこの人って王族なんだなぁと再認識する。
「暇だから紙もらって、議題まとめておいたわよ。さあ、洗いざらい吐いてちょうだい!!」
私はびしっとエードルフに突き付けた。
顧客打ち合わせや、進捗会議にアジェンダは必須。
同じ要領で聞きたいことを書き出しておいた。
そのまま議事録にしてやるわよ。
・私が謁見の間に飛ばされた理由
→ブローチと契約済みの私はエードルフの魔力に引き寄せられ、謁見の間に出てきた。
1日たっても戻らなかったら、私を送れと一応ルドヴィルさんに頼んでおいたらしい。
その辺が減刑嘆願の所以。
仕方ないので、エードルフの言う通りルドヴィルさんには3日間のおかず抜き刑を言い渡すことにした。
だけど告白のきっかけにもなったので、事情を鑑み、執行猶予1週間をつけて様子見とする。
・年をとった理由
→騎士のブローチ、普段は勝手に持ち主の魔力を吸い上げてマントの効力を発揮する。
持ち主が意識して魔力供給を一時的に遮断すると、マントの効果を一時的に消すことができる。
それで本来の姿に戻った。
ちなみに効いてる間は肉体も25歳、気にしていた妊娠出産も問題ないとのこと。
公衆の面前で年を取らせて申し訳なかったが、年齢を気にして返事を保留にした私には、あの場でエードルフも本当の姿を見せた方が、納得すると思ったからそうしたとのこと。
ま、まぁ……しゃあなし。
・不敬罪について
→エードルフ、元々結婚する気が起きないまま、この年まで来てしまった。
そんなエードルフが結婚する気になっただけでもありがたい、私の不敬罪なんてチャラでOKだと陛下は言ったそうだ。
やっぱり本来は手順を踏んで謁見するものだって。
デスヨネー。
・隣国のお姫様との結婚の件
→全然、全く結婚の素振りを見せないエードルフにお兄さん、つまり現国王陛下は『アイツ一生独身を通す気かも知れん』と、とても焦り、宰相様に相談して、娘である王女様が嫁いだ国にちょうど未亡人で婿を探している人がいるからと、王女様経由でその人を紹介してもらった。
もちろん、お相手の国とは同盟関係で人質なんて話はない。
非公式だけど、ずいぶん前にお兄さんに直接、断っていたそうだ。
・呼び出し後、すぐに帰って来られなかった理由。
→この結婚話に一番乗り気だったのは宰相様で今回の黒幕。
うっかり嵌められて、本当に結婚させられそうになってしまって時間がかかった。
宰相様は結婚もせず、王宮にいて兄の政務を助けるわけでもなく、地方に引きこもって魔物退治ばかりのエードルフをよく思っていなかった。
これを機会に表舞台に引っ張り出して、国のために働かそうと画策したらしい。
エードルフは兄に直接断ったはずだと言って、さくっと帰るつもりだったけど、足止めを食らい、気づけばいつの間にやら宰相様に丸め込まれてしまっていて、次に打つ手がなくなり大ピンチ。
私が送り込まれて来たのはまさにそんなタイミングだったらしい。
エードルフ、『ルドヴィルには一生頭が上がらない』と血涙を流す勢いで語った。
「これで全部答えたよ。じゃあ次は俺の話ね」
「ぅえっ、まだ何かあるの?」
「……その前にさ、絶対怒らないって約束して」
ちらりと上目遣いで私をみる。
少しばかり涙目で同情心をあおるやつだ。
くっ、負けてなるものか。
「はいそれ、聞いたら絶対怒るやつ。聞いてから判断します」
エードルフ、ため息をついて話し始める。
「俺、ハルナにいくつか嘘をついていたんだ」
4.ブローチの契約は1回限りではなく、実は契約を消すことが可能、しかも何度でもOK。
→エードルフ曰く「離婚して別な人と再婚する夫婦だっているでしょ? そういうこと」だそう。
リセットは満月の日に、私が初めてエードルフと出会ったあの魔の森の泉の水に一晩沈めればいいだけ。
もちろん事前汲み置きの水で、自室でも可能。
わぁお、簡単!
とりあえず前借りで縛ったけれど、リセットのことを言えば出ていきそうだから、捕まえたければもうしばらく黙っておきなさいとルドヴィルさんに入れ知恵されたから、だそう。
くっ、悪魔めっ。
5.このブローチシステム、本来は私と同じように異世界から紛れ込む人を契約で縛って、元の世界に返さないために作られたもの、なんだそう。
→事の起こりは約1000年前、この国に天変地異が起こり、魔物が跋扈して、国自体が存亡の危機を迎えていた。
時の国王は災厄が鎮まるようにと一心に祈りを捧げると、聞いたこともない異国から女性が突然現れ、天変地異は嘘のように収まり、魔物も激減し、国は平和を取り戻した。
その後、幾度も国の危機が訪れたが、必ず異国の女性が現れ、平和に暮らせるようになった。
だけどある時期に現れた女性は元の世界を恋しがり、帰りたいと毎日泣き暮らす日々。
哀れんだ当時の王様は帰る方法を探し、彼女を元の世界に帰した。
だが、いなくなって数年後、この国は存続の危機に見舞われ、1000年前の再現かと思われたが、文献通り王様が祈りを捧げると、別の女性が現れ、彼女が平和をもたらしたという。
以降、絶対に手放してはならないと、このブローチシステムを作り、夫となる人を定め、マントの魔術で彼女達の一生を縛る事にした。
私は事故だったけど、長い歴史の中で、時にはだまして血を採ったり、魔術で心を操ったりして契約を結んだこともあったとか。
この辺は王族しか知らない黒歴史というものらしい。
「ええっ! 適当にお金でも渡して、平和のため、この国で好きに暮らしてくださいって言えばいいだけじゃない!!」
怖っ!
何そのヤンデレ思想。
ヤンデレは好物だけど、本だけで十分よ。
「だよね。この国を好きになってもらう努力もしないで、結果ばかり求められたら、そりゃあ帰りたいって泣かれるよ」
同情心丸出しでエードルフは言った。
「えっと、じゃあ私って……」
「ハルナはうちの国にとって救国の聖女。事実、あの魔の森で一度も襲われなかったでしょ?」
魔の森を素っ裸でうろついても魔物に襲われないなんて普通有り得ないことだよ、とエードルフはひとしきり思い出し笑いをし、その表情を引っ込めて真剣な顔で私に聞く。
「ハルナは元の世界に帰りたい? 帰りたいなら王宮に文献があるよ」
返事をしたときから、ここにいるって決めたのだもの。
答えは変わらない。
「ううん、帰らない。だって一緒に農家レストラン、やるんでしょ?」
立地は国内一不人気地の魔の森の側で、集客に問題大有りだけど、付加価値つけて流行らせてやるわよ。
「そうだね。ハルナが手伝ってくれるなら、きっと成功するよ。すごく楽しみだ」
エードルフはふふっと笑った。
そういや、存在を忘れていた。
悪魔の手紙。
「ねぇ、ルドヴィルさんの手紙になんて書いてあったの?」
エードルフから手紙を受け取って、便箋を広げた。
たった一言。
『お幸せに、お二人さん』
私とエードルフは顔を見合わせて笑った。
ご感想いただけましたら、スマホに向かってジャンピング土下座で喜びます。