謎の女子高生への対処法を求めよ
都心部にそびえるとある高級マンション。そんなマンションの前に一人の小柄な少女が立っていた。
半袖のセーラー服の上にミスマッチな白衣を着込んだ少女は鋭い目つきでマンションの最上階を睨みつけていた。
「ここで間違いないはず……」
少女は薄い唇を動かしそう零す。頭の高い位置で結んだ赤みがかった黒髪を揺らして歩き出した
「話のわかる人なら良いのだけれど」
———————————
巨大なテレビ。85インチ。
ガラスのテーブル。キズ1つない。
くるくると室内を闊歩するルンバ。便利な時代になったものだ。
そして俺は巨大な黒いソファの上に横たわっていた。
「ふぃ〜〜……暇だ」
時刻は午後3時を回った頃。適当なテレビ番組でも見ようかと俺はテーブルの上にあるテレビのリモコンに手を伸ばす。
……微妙に届かない。
「ふっ」
体を横にしたまま必死に手を伸ばす。
あと少し……あと少し……。
「おおっ!?」
体がソファからずり落ちた。迫る床。ズシンと音を立てて落下する。
「………………………」
ルンバの小さな起動音だけが室内に響く。
「暇だ」
俺はぼそりと言った。
俺の名前は仲村。普通の中村じゃなくて人偏の方だから注意。
26歳独身。好きなものは平和とコーヒー。嫌いなものは退屈。
さて、そんな俺がなぜ平日の昼間からゴロゴロしてるかと言うと無職だからだ。人口に膾炙した言い方をするならニートなのである。2ヶ月前、所用により職を辞めた。
ん? 何の仕事をしていたのかって?
京東大学 応用脳科学科 准教授……まあ、研究者って訳だ。結構その分野じゃ有名なんだぜ。
まあ、とある理由があってやめちまったわけだが。今は金も少し余裕があるし、気楽に生活してるって訳だ。
「どっこらせ」
俺はわざとらしく声を上げて立ち上がる。あくびが出た。生活習慣が乱れている証拠だろう。……もっとも研究者時代も健康な生活習慣とは言いがたいものだったが。コーヒーを入れにキッチンに向かう。
コーヒーメーカーが大きな音を立てて豆を引き出す。芳醇な香りが室内を満たす。
出来上がったコーヒーを手に取り、口をつけようとしたその時。
ピンポーン
「………………?」
不意に聞こえた間抜けな音に動作が止まる。そういえばこの音は玄関のチャイムか。
「人が訪ねてくるなんて何ヶ月振りだ?」
宅配便だろうか?それとも回覧板か?俺はコーヒーをテーブルに置くと玄関に向かった。
「だが、妙だな。ウチはオートロックだから宅配便なら下からチャイムを鳴らすはず……。それに回覧板ならいつもドアの前に置いてあるだけだしな……」
俺は足音を立てずに玄関に向かい、覗き穴から外を見る。
そこにはセーラー服に白衣という何とも奇妙な格好をした少女が立っていた。
「見たことない顔だ……」
少女は少し不安そうな顔で自分の髪を弄っている。
「てか、かわいいな」
男という生き物は悲しいことにいくつになっても若い女に目がくらむ。清楚そうな美少女。おどおどとした様子が保護欲を掻き立てる。
俺は不信感を吹き飛ばし、下心10割でドアを開け放った。
「やあ、お嬢さん。どうされました?」
精一杯の笑顔を作って少女に話しかける。人と話すのは、ましてや若い女と話すのは実に久しぶりだ。少女は俺の登場に一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔になった。
「やっぱり間違いねぇ。おい、おっさん。お前、脳科学者の仲村だろ」
あまりに粗暴な口調。唖然とする俺を尻目に少女は言葉を続ける。
「おっと、まだ名乗ってなかったな。アタシは渡邊。現役JKにして天才生物学者だ。よろしく頼むぜ」
「……………」
ギィィィ バタン。 ガチャリ。
俺は扉を閉めた。
「そういえば、明日はツタヤの返却期限だったな。今日は映画でも見るか」
ピピピピピピピンポーンピンピンポーン
ラップのようなチャイムの音。
どんどんどんどんどんどんどんどん
太鼓の達人のような扉を叩く音。
「おらーーー! あけろーー! 仲村コラテメーーーー!」
猛獣のような少女の声。
これでは近所迷惑だ。開けてやろうか、それとも通報でもしてみようか。5分ほど迷った後俺は前者の選択をした。
ガチャリ
「あ! なかむ………」
ガタン
ただしチェーン付きで。
「すみません。新聞はもう日経を取ってるので……」
「新聞屋じゃねーよ!」
「仏教徒なので」
「宗教勧誘じゃねーよ!!」
「チェンジで」
「デリヘルじゃねーよ!!!ブッコロスぞ!!」
少女は一しきり突っ込んだ後、ドアの隙間から俺の顔を見た。
「おい、アンタ。もう一度言うぜ。アタシは生物学者だ」
「へぇ、若いのに立派ですね。ですが、あいにく俺は学会から追放された身でありまして……」
「アンタの論文読ませてもらったぜ! アタシは賛同者だ! アンタの研究に協力したい」
「ありがとう。だが生物学と脳科学は畑違いだから……」
俺が扉を閉めようとすると、少女の細い指がドアの隙間に滑り込んできた。
「目的は一緒だ!」
思わず少女の目を見る。その瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
「話だけでも聞いてくれ!頼むよぉ」
少女は眉を八の字にして懇願した。うわっかわいいなこいつ。
「話を聞くだけだぞ」
「ありがとう!」
俺がそう言うと少女は満面の笑みを浮かべた。
●○
「おじゃましまーす!」
少女は靴も揃えず俺の家に入り込んできた。親の顔が見たい。子供のしたことだからと苛立ちを飲み込み最低限の応対をする。
「すまん、今コーヒーしかなくてな。コーヒーで良いか?」
どうだ、大人の余裕は。
「えーコーラがいいな。あんな泥水飲みたくないよ」
「つまみ出すぞクソガキ」
「コーヒー最高」
俺たちはダイニングテーブルに向かい合って座った。
「えーっと、生物学者……そんなことを言ってたな」
「ああ、その通りだ」
「嘘つけ」
俺は少女の言葉を一蹴した。
「確か女子高生とか言ってたな。その若さで研究者になった日本人の話なんて聞いたことがない。案外日本の研究業界は狭いんだぞ。俺の耳に届かないわけがないだろう」
「まあ、そりゃそうだわな」
少女は俺の言葉に反論することなく言った。
「なにせアタシは個人で研究を行ってるんだぜ。私のことを知ってるやつなんていなくて当然だっつーの」
俺はため息をついた。
「だったら話は早い。学校の生物部にでも入るんだな。悪いが俺と君とじゃレベルが違いすぎる」
「なにぃっ! アタシはそこんじゃそこらの子供とは違う!大人も顔負けの知識と技術をだな……」
「だったらその証拠でも見せてくれ」
「上等だ!」
少女はポケットからスマホを取り出すと一枚の写真を取り出した。
「これを見ろ!」
「これは……君か」
「そうだ。何か違和感を覚えねぇか?」
俺はまじまじとその写真を見る。最近撮ったものらしく髪型すらほとんど変わっていない。
「あ!」
「くっくっく。気がついたみたいだな」
少女は立ち上がり胸を張った。
「胸が……ない!?」
写真の少女は全くと言っていいほど胸の膨らみがない。
「そうだ! 今あるアタシのワガママボディは紛い物ってわけだ」
「整形手術って訳か?」
「20点だぜ、おっさん。アタシのおっぱいは整形なんかじゃなく、人体改造! アタシは生物学の中でも人体改造学のパイオニアって訳だ!」
「だが……美容外科学とは何が違うんだ?」
「こういうところだよ!」
少女は自身の胸に俺の手を押し付けた。絵に描いたようにパニックになる俺。
「ちょちょちょっ!」
柔らかい感触を感じ、反射的に手を振りほどく。
「アタシの人体改造学は豊胸手術とはわけが違う。ホルモンと脂肪の量を調節して自らの体だけで作られたナチュラルなおっぱいを再現するってわけだ」
ドヤ顔でそう語る少女。
俺に胸触らせる必要あったか?
と、それはさておき。
「その技術を……君一人で編み出したというのか」
「そうだ。手術まで自力でこなしたぜ」
「………………」
俺は思う。
今の話が本当ならこの少女は天才だと。
「写真が偽造の可能性もあるだろう」
「それは違うさ。そんなに信じらんないならアタシの研究内容を特別に教えてやろうか? なーに、門外漢のアンタにもわかりやすくな」
「しかし……」
「なんだ、それともアンタにもおっぱいをつけてやろーか? なあに、カップ数は選ばせてやるぜ」
少女の目は本気だ。脳科学を極めた俺は同類研究の多い心理学や精神医学も納めている。嘘をついている人間はだいたい判別がつくものだ。
「それでおっさん。もう一度頼むぜ。アンタの研究……いや、計画に協力させてくれ。【全人類総善人化計画】に」
「……今後の人生を全て棒にふるかもしれないぞ」
「覚悟の上だ」
俺はため息をついた。
「分かった。そこまで言うのなら……」
「きゃっほー! 愛してるぜ、おっさん!」
少女は俺に抱きついた。正直に言おう、悪い気はしない!
「じゃあ、早速明日からここに住むから」
「は?」