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老人からの依頼

 老人に跪かれた夢愛は、どうしていいかわからず困った様子だ。助けを求めて兄へ視線を送るも、同じように幸生も戸惑いの表情を見せていた。

 そもそも彼らはこの老人と会ったこともないし、ましてや勇者でもない。老人が何をもってそう判断したのか全く分からず、どう対処すべきかと悩んでいるのだ。


 そんな中、老人と一緒にいた少年が、怒りを露わにする。


「あ~くそっ! やっぱボケてんじゃねえか! だいたい、そっちの兄さんたちならわかるが、そんな小さな子が勇者なわけねえだろ!」


 どう見ても自分より下にしか見えない幼い少女。そんな小さな女の子を勇者と崇め跪く老人がまともであるはずがない。

 そうハッキリ理解した少年は、先ほどまでと打って変わり、老人を激しく罵倒したのだ。


「兄さん方、すみません。どうもこのジジイ、ボケてるみたいで、ご迷惑をおかけしました。


 なんとも残念な物言いであるが、二人の様子から知り合いというわけではなさそうだ。それにも拘わらず、丁寧に頭を下げる少年の姿には好感が持てる。


 しかし……、老人は彼のそんな言葉など聞こえていないらしく、両手で夢愛の手をしっかりと握りしめ、深く頭を垂れた。


「勇者様、お願いですじゃ。どうか、わしの話を聞いてくだされ」


 見知らぬ老人から手を握られ、驚いた様子の夢愛。ところが、何かに気づいたらしく、訴えかけてくる老人の顔をジッと見つめていた。


 その様子に何やら胸騒ぎを覚えるのは幸生だ。大概、妹がこういった態度を示すときは、禄でもないことが起きるのである。

 

「ねえ、お爺さん」


 そう話しかけ、老人の相手を自分に切り替えようと画策するも、どうやら手遅れな様子。ニンマリと笑みを見せる妹の顔に、幸生は諦めの表情を浮かべていた。


「はぁ……」


「うわっ、ヤベエ、あれ絶対ダメな奴じゃん」


 兄と同じように妹の変化を読み取った翔。普段から妹に遊ばれている彼は、背筋に悪寒を覚え、身を震わせたのだ。


 そんな動揺を見せる二人の兄の事など気にもせず、夢愛はいつものように可愛らしい少女を演じ始める。


「おはなし? どんな?」


 ちょこんと首を傾げ、本人曰く、魅惑のポーズ。

 その姿に専属メイドの唯も「あらあら」と、楽しげな様子。

 最初はどうなることかとハラハラしていたが、普段通りの主の姿に安心したようだ。すでに静観する構えを見せており、温かい目で見守っていた。


 そんな、身内で起こる葛藤など知らないレーナは、「夢愛ちゃんが勇者、そんなはずは……」と、意味ありげな言葉を口走る。幸い、それどころでない幸生たちには聞こえていなかったようだが、「ハッ」としたレーナはすぐさま口を押さえていた。


 勇者が誰であるか知っている、そんな発言にも捉えられるが、事実そうなのだろう。しかし、まだ公表すべき段階ではないのか、誰にも聞こえていないことを知り、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 そうしている間にも話は進む。


 妹が老人を受け入れると決めたのなら、二人の兄にはどうすることもできないようだ。

 とはいえ、謎は残る。というのも、この老人、ここが魔物の出るような場所であるにも拘わらず、武器はもちろん、道具類も持たず、まるで町中を歩くかのような軽装でいるのだ。明らかに不自然であり、その行動には疑念が残る。そこへ勇者騒ぎだ。


「おまえ、本当に勇者なのかよ!」


 思わずというか、そう尋ねた少年は、そんな馬鹿なと首を振る。だが、目の前の少女の態度が普通でないことは確かで、なぜだか信じ始めていた。




 老人から話を聞くこととなり、一旦落ち着こうと幸生は皆に休憩を促した。

 先程同様、採掘場跡地に腰を落ち着けると、唯が手早く飲み物を用意し、コップに入った温かい紅茶を皆に配る。


「まさか、このようなところで温かい飲み物が飲めるとは、ありがたいことですじゃ」


 受け取ったコップを両手で掴み、そう感謝の言葉を述べる老人。驚いた風ではあるが、それが珍しいものであるという認識は無いようだ。

 しかし、そんな老人とは対照的に、少年の手は震えていた。


「いや、なんで温かい飲み物が……」


 収納魔法持ちはチラホラいるが、保温できるなど聞いたことがない。そう認識する彼であったが、目の前の現実がそうではないと告げていた。


「どうなってんだよ、これ」


 無意識に漏れた呟きだったが、それに応えるものは誰もいなかった。

 

 というのも、幸生たちは少年への対応に困っていたのだ。

 幸いレーナが彼を知っていて、ロイという名の冒険者だとわかってはいる。もしや老人の護衛かとも考えたが、彼女の話では四人組のパーティなので一人でいるのはおかしいとのことだ。

 そのため、他のメンバーも近くにいて、一人で徘徊する老人を見つけた彼が、先走ったのだろうと結論付けた。

 

 となれば、老人のことは引き受けるとしても、少年には仲間たちのところへ戻ってもらうのが最善だ。幸生たちの能力は特殊であり、見知らぬ者に知られることは避けるべき。だが、時間が無いのも事実。

 このままでは日が暮れてしまうと判断した幸生は、悩んだ末、そのまま老人の話を聞くことにした。


「わしは孫娘と一緒に、この山の麓にある山小屋に住んでおったのじゃが、二週間ほど前だったか、カボチャを頭に被った魔物に襲われての……。抵抗したのじゃが、大事な孫娘を連れ去られてしまったのじゃよ。奴はこの辺りの方角へ戻っていったから、廃坑が怪しいとにらんで探し歩いておったんじゃ。そしたら偶然にも勇者さまをおみかけしての。それで、孫娘を助けていただこうと、お願いしに来たのじゃよ」


 そこまで話すと、老人は夢愛へ視線を移す。間違いなく彼女が勇者であると確信している顔だ。


 とはいえ、実際のところ幸生たちにも自分たちがどういう扱いなのか分かっていなかった。

 魔王を倒すために女神様に召喚された。となれば勇者であってもおかしくはないのだが、もちろん勇者の称号など持っていないのだ。


 幸生は老人の話を聞きながら、ある一つの仮説を立てていた。


「カボチャを頭に被った魔物? それって、パンプキンヘッドとは違うのかい?」


「「「パンプキンヘッド⁉」」」


 Sランでは聞いたことのない魔物の名前に、翔とレーナは首を傾げる。だが、単純にものを考える夢愛には心当たりがあるようだ。


「それって、ハロウィンの?」


 老人の話から連想される魔物といえば、ハロウィンで有名なジャックオランタンの姿。

 当然、翔もその名は知っているが、ゲームへの意識が強すぎて、すぐに出てはこなかった。


「ああ、仮装するやつね」


「そう、正解。Sランではパンプキンヘッドを『子供好きなカボチャの精霊』として登場させているんだ」


「それじゃあ兄貴は、そのパンプキンヘッドが怪しいと考えてるんだな」


「いや、それはないよ。あの子は子供好きだけど、一緒に遊ぶだけで連れ去るようなことはしないはずだよ」


 そう説明する幸生であるが、疑惑が更に広がっただけである。

 カボチャを頭に被った魔物という時点で、それはパンプキンヘッドとみて間違いなさそうだ。

 となれば、この世界が現実となった今、その生態に狂いが出ていたとしても不思議ではないが、意外にも老人がそれを否定した。


「ふん、あんな魔物とパンプキンちゃんを一緒にするでないわ」


 少し不貞腐れたように怒る老人に、翔が疑問を抱く。


「ん、なんだ? 爺さんはパンプキンヘッドってやつを知っているのか?」


 そう問われ、ハッとした表情を浮かべた老人であるが、すぐに素知らぬ顔で「はて? なんじゃったかのう……」と、とぼけた態度を見せる。

 

 すると、あからさまに不自然な態度をとる老人に翔は「チッ、なんかムカつく……」と、苛立った様子だ。


 しかし、このような態度の老人には、何を言っても無駄。それをよく知る幸生は、時間が勿体無いと翔を無視し、話を先に進めた。


「それで、お爺さんは孫娘の連れ去られた場所に心当たりがあるんだね」


 勇者に助けを求めている以上、場所の特定は済んでいる。そう見ていたのだが、正しかった。


「ああ、場所はすでに見当がついておる。じゃが、そこにはラフレシアが3体もおっての。わしではどうすることもできんのじゃよ」


 ラフレシアが三体。それをどこかで聞いたような、と幸生が考えていると、突然、ロイがガタガタと震えだした。


「まさか、そんな……」


「なんだ、どうかしたのか?」


 急な変化をみせるロイに翔が近寄り言葉をかけると、彼は少し落ち着いた様子で、理由を話し始めた。


「俺は二週間前、仲間と一緒にそのラフレシアと戦ったんだ。でも、いくら攻撃しても仲間の魔法が途中で霧散して、危険を感じた俺たちは早々に退却したんだよ」


 悔しそうに語るロイは肩を震わすが、それだけでないことは明白だ。しかし、そこに気づかぬ翔は、彼の肩に軽く手を当て「そうか……」と同情した様子を見せる。

 

 そして幸生は、彼の語った内容を、正しく分析していた。


「霧散か……、たぶんそれは、魔力阻害フィールドだな」


「「「「「魔力阻害フィールド?」」」」」


 初めて聞く単語に仲間たちも含め、戸惑った様子だ。

 

 魔力阻害フィールドとは、一定の範囲内を魔力無効にする特殊地場で、ゲームではよくある設定であるものの、現実として起こりうるとは考えにくかった。


 そして勿論、幸生も同じ考えだ。


「特殊な装置で魔力を消してしまうんだけど、まさかこの世界に持ち込まれているとは思わなかったよ」


「いや、でもそれだと、魔力だまりから発生する魔物の方が危ないんじゃないか?」


 そう判断する翔の反応は正しい。基本、人型の魔物は魔力だまりから発生し、魔獣は魔力だまりの影響を受けた動物たちと考えられているからだ。


 とはいえ、だからこそ他にも方法はあると、幸生は考える。


「だからね、たぶんだけど、違う供給源があるんじゃないかな? 例えば、根っこからとか……」


違う供給源といっても、それが何なのか幸生もわかっていないが、製作者側として考えれば面白いんじゃないかと思った次第だ。


「ふ~ん。じゃあ、とりあえず俺がその装置ってやつをぶっ壊せばいいんだな」


「そうだね、途中で霧散するってことは、たぶん近くにあるはずだ。ただ、魔力を阻害するってことは、スキルも使えないだろうから気を付けろよ」


「ああ、任せとけって! スキルなんてなくたって、俺には関係ねえ。爺さん、目的地はここから近いんだろ!」


「そうじゃ、すぐそこじゃよ」


「よっしゃ! じゃあ、行ってみっか!」


 何の躊躇もなくラフレシア討伐が決定したため、それを聞いたロイが慌てて止めに入る。


「無理だよ! あんなの勝てっこないって。Cランクの冒険者だって、全滅したんだぞ!」


「「「「「Cランク冒険者?」」」」」


 二週間前に戦ったと語る彼が、なぜこの場にいるのか、それが問題だった。






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