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イヌヤマ子爵家の人々

 イヌヤマ子爵邸の食堂に、子爵家の人たちとその使用人が集まり幸生たちを迎える準備をしていた。

 この場にいるのは、リョウイチ・イヌヤマ子爵の息子タカシとその妻ミホ、メイド長のベルローズ、警備担当のハヤト、料理長のドルチェ、庭師のトオル、そして御者のベンだ。

 彼らの様子から、食堂の飾りつけは済んでいるようだが、その様子は少々おかしなことになっていた。


 食堂の正面にある暖炉の左側に飾られたリナーテの肖像画。その周りをティッシュで作られた赤と白の花が交互に飾られ、天井からは折り紙で作られた輪飾りが吊るされている。

 威厳のあるはずの騎士の鎧兜の首にはレイがかけられ、部屋に置かれた四卓の丸テーブルには可愛らしい動物のぬいぐるみが置かれていた。


 これでは幼稚園、もしくは小学校低学年レベルの歓迎会のようにしか見えず、この世界の基準で成人年齢を過ぎている幸生の歓迎会としては微妙だ。

 しかし、この場にいる者たちがそれを気にした素振りはなく、むしろ、みな満足そうな様子だ。


「上出来だな」


「ええ、これなら幸生様たちも喜んでいただけるでしょう」


 そう上機嫌で話すハヤトとタカシの会話に、使用人たちも「うんうん」と頷くのだった。 




 食堂の飾りつけが済み、今度はメイドたちが料理を運んできた。

 どうやらビュッフェスタイルで行われるらしく、料理は部屋の隅にある大きなテーブルへ運ばれていく。


 そうして準備を終えると、今度は執事のオルトが入ってきて、いよいよ本番が始まるようだ。


「みなさん、ご苦労様です。レーナさんが幸生様を呼びに行かれましたので、そろそろ所定の位置について待機していてください」


 その言葉を聞いた使用人たちは食堂から出ていくのではなく、それぞれが割り当てられたテーブルにつき、幸生たちの登場を待った。

 メイド達は給仕(キュウシ)をするため、料理が置かれたテーブルの横に並ぶようだ。

 そして、その列には唯の姿もあった。


 リョウイチとその夫人ミユキが入場し上座に置かれた椅子の前に立つと、食堂内は一瞬にして静寂する。

 一通り辺りを見渡したリョウイチは満足そうに頷くと、みなに声をかけた。

 

「今日は私の甥、幸生、翔、夢愛の歓迎会です。立食形式ですので、それぞれ自由に挨拶を交わしてください。彼らにはパーティーでの作法を教えたいと思いますので、皆さんよろしくお願いします」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」


 テーブル席に着く者たちが声を揃えて返事をし、すべての準備が整った。

 あとは、主役である幸生を待つばかりだ。


 この会の目的が国王陛下から伯爵位を賜る予定の幸生たち――正確にはヤマノ伯爵家の子息――に、貴族社会における礼儀作法を教えることであるため、みな緊張した面持ちで待っているのである。


 


 レーナに案内された幸生たちが食堂に現れると、イヌヤマ家の人々の様子が一変する。


「「「「「「「おおおおおっ‼」」」」」」」


 という、どよめきとともに騒ぎ始めたのだ。しかし……。


「はい、はい、みんな落ち着いて。いつものようにね!」


 と、現場監督であるらしきミユキがそう制し、再び静寂が戻る。


 事前に説明を受けた幸生と翔は、リョウイチの前まで来て軽くお辞儀をした。


「イヌヤマ様、本日はご招待いただき、ありがとうございます」


 そんな形式ばった挨拶をする兄たちに対し、夢愛はスカートの裾をつまみ、ちょこんと軽く持ち上げカーテシーでご挨拶だ。


「おじ様、招待してくれて、ありがとう」


(((((((かわいい‼)))))))


 貴族であれば一般的な作法であるが、この場にいる者たちはまだ慣れていないらしい。


(うっわ! 夢愛のヤツやりやがった)


(夢愛ちゃん……。まさか、あなた……)


 と、彼女の可愛らしい挨拶に、イヌヤマ家の人々はデレっとして、翔とレーナは複雑な表情を浮かべている。

 そして幸生はというと、この中でも最もヤバい顔をしていた。放送禁止、そう言ってもいいくらいだ。


 とはいえ、もちろんこれは夢愛の計画的犯行である。というのも、昔から彼女が西洋風の挨拶をすると、周りの大人たちがとっても喜んでくれたのだ。

 それに夢愛の服装は、赤地にピンクと白の刺繍が施された、ちょっと背伸びした感じのパーティードレスだったため、よけいに可愛く見えたのである。

 そういったことを世間では『あざとい』というのだが、彼女はまだ知らないらしかった。


 夢愛の大人びた衣装に比べれば大分おとなしいが、幸生や翔もスーツを着ている。

 しかし、煌びやかな貴族服と比べるとやはり地味だったのか、チラチラと横目で見ているレーナ以外には、需要がないようだ。


 夢愛の『おじ様』攻撃がモロに直撃したリョウイチは、大ダメージを負っていた。幸生に負けず劣らずの緩みきった顔をミユキに指摘され、慌てて平静を装うが、時すでに遅し。

 参加者たちにはジト目で見られ、メイドたちにも不評のようだった。


 そんな微妙な空気の中、改めて仕切り直しと威厳を保ち、開会の挨拶をする。


「幸生、翔、夢愛、よく来てくれた。ここを我が家だと思って気楽に過ごしてほしい。

 皆さんにも紹介しよう。甥の幸生、翔、夢愛だ。暫くこの家で過ごしてもらうつもりだから、よろしく頼む。

 では、みんな楽しんでくれ!」


 リョウイチの挨拶をきっかけに、幸生たちの歓迎会と称したパーティーが始まった。




 幸生たちは空いているテーブルに移動し、そこで皆の挨拶を待つ。

 しかし、そこにあったぬいぐるみや周りの装飾を見た翔が、微妙そうな表情を浮かべた。


「それにしても、なんだこのかわい、うぐっ‼」


 そんな余計なことを言いかけたところで、幸生から肘鉄をくらい変な呻き声をあげる。

 そして夢愛も「もう、翔お兄ちゃん‼」と、呆れた様子だ。


 この装飾が誰の仕業なのか、2人はとっくに気づいていた。この世界にあるはずのないティッシュに折り紙や輪ゴム、そしてぬいぐるみ。すべて夢愛の部屋にあったものだ。

 彼女はたった1人でこの世界に連れてこられ、既に10日も過ごしている。夢愛やみんなに会えない寂しさと、やっと会えると聞いたその喜びから、こうなってしまったとしても不思議ではない。


 翔は妹からの非難めいた声に、チラッとメイドの列に並ぶ唯の姿を見た。そして自分の発言が彼女を傷つける行為だったと気づき「すまん」と、頭を下げる。

 余計な軽口を言ってしまうのは悪い癖だが、素直に謝ることができるのも彼の美点なのだ。

 


 幸生たちがテーブルにつくのを確認したレーナは、タブレットから音楽を流す。曲は、バッハのG線上のアリア。優雅な落ち着いたメロディーが流れる中、メイド達が一斉に動き出した。

 子爵家の主リョイチやミユキ、タカシ、ミホへと飲み物を運び、そのあとは使用人扮するなんちゃって貴族たちへも配っている。

 そして唯もトレイにグラスを乗せ、幸生たちのもとへ運んできた。


「みな様、お飲み物をお持ちいたしました。幸生様は紅茶、翔様と夢愛様はオレンジジュースです」


「「「ありがとう」」」


 3人が受け取ると、唯は嬉しそうにニコリと笑う。

 彼女にとって幸せな瞬間、それがようやく訪れたのだ。


「では、何か食べるものを見繕ってきますね」


 自分自身の果たす役割を(まっと)うできる喜び、それを胸に抱き、唯は幸生たち好みの料理を取りに向かった。



 

 彼女がその場を離れると、入れ替わりに2人の人物が幸生たちに近づいてくる。

 リョウイチの息子タカシと、その妻ミホだ。


「お久しぶりです、幸生様」


「翔君に夢愛ちゃんもお元気そうで何よりですわ」


「タカシさんにミホさん! お変わりないようで、何よりです。でも僕たちには数日前のことなのに……、なんか変な感じですね」


「ハハハ、時間の流れ、ですよね……。でもね、本当に僕たちが幸生様と最後に会ったのは、10か月も前のことなんですよ」


 そう言って苦笑するタカシの様子は、本当に久しぶりの再会を喜んでいるようだ。


 実際、幸生たちがイヌヤマ家の人々と最後に会ったのは、数日程前のことだろう。少なくともその時は、そんな素振りを見せていなかったはずで、その間に転移したのだと思われる。


「ハァ……。まだ僕には、イマイチ理解できないんですよね」


「ハハハ、そうかもしれないですね。でも、あまり考えなくてもいいのではないですか? 

 この世界には僕たちのように幸生様を覚えている方が、まだ何人もいるはずです。いずれ会えるだろうし、すぐに慣れますよ」


「そうですね。僕の知っている人たちなら会ってみたいかな」


 そうして2人の会話は進んでいく。

 最初は手持ち無沙汰にしていた翔も、今は馴染んで楽しそうに会話に交じり、この世界について話を聞いている。

 

 そして夢愛は、ずっと気になっていたことをミホに尋ねていた。


「ねえ、ミホさん。リンちゃんはどこにいるの?」


 そう、本来いるはずのリンがこの場に来ていなかったのだ。リョウイチの娘であるリンと夢愛は仲が良く、普段から一緒に遊ぶ間柄なのである。


「ごめんなさいね。領地でちょっと問題があって、リンには残って貰ったの」


「ええっ⁉ 問題って、リンちゃん一人で大丈夫なの?」


「うん、大丈夫よ。もしもの時はリナーテ様が守ってくれるわ。

 それでね、リンから夢愛ちゃんへ言伝を頼まれてるの。『私の誕生会には来てね』って、言ってたわ。

 あとひと月後だからよろしくね」


「うわ~、いく~!」


 会うことはできなったが、次の楽しみができた。誕生日だったら、何かプレゼントを考えなきゃと、それはもう嬉しそうに返事をしていた。

 

 



 幸生たちと暫く談笑していたタカシとミホは「そろそろ時間ね」っと、次に待っていたハヤトと代わる。


「よう、幸生に翔、それに嬢ちゃんも元気だったか?」


「やっぱりハヤトさんですよね? でも、どうしてここに?」


 もともとハヤトはギルドマスターだったはず。なのに、どうしてこの場にいるのかが不思議だった。


「おお、そうか……。 なんていうか……、俺も後発組でな。ジョワラルムのギルドマスターは他の奴がやってるよ。それで、俺の仕事はこの屋敷の警備ってわけだ。まあ、何かあったら言ってくれ」


 彼のわかりやすい説明に、幸生は納得する。

 実際、ギルドマスターのハヤトとは翔が昨日会っており、その時はまだ流暢に話すと言っていたのだ。そう考えれば、彼とレーナは一緒に転移したのだと想像がつく。


「そうなんですね。ハヤトさんがいてくれて、心強いです」


 ギルドマスターの職に就ける者は、Aランクと認められたものだけだ。そんな実力者のハヤトがそばにいてくれるとあって、幸生は安心した様子である。


 そして翔も、ハヤトに会えて嬉しそうだ。

 2人はよく手合わせをしていたこともあり、翔にとっては良きライバルなのである。


「レーナさんを鍛えたのってハヤトさんだよね。 もしかしてって思ってたんだよ」


「まあ、お前さんたちに付いていこうってんだ、がっつり鍛えてやらんとな」


「じゃあ、また相手してくれよ。今度は負けないから!」


「おっ! いうじゃねえか。だがな、俺はここに来て更に強くなったぜ! まあ、お前には100回戦っても負けねえな」


 と、翔とハヤトがが脳筋な話を始めてしまった。

 こうなると、幸生と夢愛はついていけない。

 しかし、ちょうど唯がいくつかの料理を運んできたため、そちらをいただくことにした。


 まず2人が手にしたのは唐揚げだ。衣はサクッと中はジューシーな逸品である。


「美味しい!」


「あ、ほんとに美味しい。日本と大して変わらないな」


 そして次がミニハンバーグ。牛肉100%と高級品だ。


「え~、もっと欲しい~」


「うん、これは合挽じゃないね。ほんと、美味しいなあ」


 と、どれも合格点のようだ。


 そのあと、フワフワのパンやウインナー、ベーコンと馴染の味を堪能し気分良くしていると、メイドたちが近づいてきた。

 その先頭にいるのは幸生たちの良く知る顔だ。


「幸生様に夢愛様、お久しぶりでございます。お会いできて、ほんとに嬉しく思いますよ」


「「こんにちは、ベルローズさん」」


「お元気そうで何よりです。それで、そちらのメイドさんたちは、たぶん初めましてですよね?」


 メイド長のベルローズと挨拶を交わし、視線を後ろにいるメイドたちへと移す。どうやらリョウイチの執務室であった者たちとは、別のグループのようだ。


「あっ、は、初めまして、ルチアナと言います。何でも仰せつけくださいませ」


「私はイベリスと言いますわ。幸生様にお会いできるのが、ほんと楽しみでしたわ」


「はい! はい! わたしはフローラよ! 唯ちゃんから聞いて、夢愛様に会いたかったの! もう、ほんと最高です!」


 元気いっぱいの彼女たちだが、敬語はあまり得意ではないらしい。接客業としてはどうかというレベルだが、ここはあまり厳しくないのだろう。

 とはいえ、あまり仰々しくても居心地が悪いため、彼らにとっては有難かった。


 彼女たちはメイドのため、挨拶を終えると仕事に戻っていく。しかし、どういうわけか1人だけそのまま残っている。


「ゆあさま~、もうすこしお話を~」


「フローラいい加減にしなさい‼」


 何とか夢愛に近づきたい思いで粘っていたフローラだったが、ベルローズに叱られ引きずられていった。




 最後は料理長のドルチェから幸生が料理の話を聞き、庭師のトオルからは夢愛が庭に咲いている花について話し込んでいる。

 そして御者のベンには翔が馬の乗り方を教えて欲しいと、頼み込んでいた。


 結局、彼らは元イヌヤマ伯爵家に仕えていた使用人たちなのだ。現地採用のメイドたち以外は、みな顔見知りなのである。

 だがそれは、このイヌヤマ子爵家そのものが偽装家族ということになるのだが、幸生たちはまだそれに気が付いていなかった。

 





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