イヌヤマ子爵家の人々②
幸生、翔、夢愛の3人は、テーブル席についている人たちとの会話を済ませ、食堂正面に座るリョウイチとミユキ、その横に立つ執事のオルトの前に並んだ。
「イヌヤマ子爵様、このようなパーティーを開いていただき、ありがとうございます。良い経験をさせていただきました」
「それは良かったです。今後、ここジョワラルムの領主ロブソン伯爵からのお誘いもあるかと思います。もちろん私も同席するつもりですが、皆さんの精進を期待いたします」
互いに形式ばった挨拶を交わし、笑みを浮かべる。本来の立場は逆であるため、変な気分だ。
そんな微妙な間を勘違いしたのか、ミユキがアドバイスをくれる。
「心配しなくても大丈夫よ。伯爵様はとってもお優しいって評判なんだから。でも、カケル君の軽口は気を付けないとダメね」
「ゲッ、マジか……。 俺だけ行かないっていうのはダメなのか?」
「イヤ、そういうところだろ!」
全く空気の読めない弟の発言に、幸生はうんざりしていた。
一通り会話を済ませた幸生たちは、元いたテーブル席へと戻った。
本来ならこの後ダンスをしたり、気の合う仲間たちが集まって談笑したりするのだが、今回は省いている。これはあくまでも演習であり本当のパーティーではないのだ。
日本に貴族制度というものはないが、幸生たちは大企業の社長令息、令嬢である。このようなパーティーは小さい頃から散々経験しているため慣れているが、異世界ということもあり違いを知るため、すり合わせしたのだ。
とはいえ、大した違いはないのだが……。
テーブル席へと戻った幸生たちは、唯が用意しておいた料理をいただくことにする。
異世界の料理といってもあまり珍しいものというわけではなく、小籠包や春巻き、エビチリに一口サイズに切られたステーキなど、特に珍しいものはない。
ハヤトとの話に夢中で全く何も食べていなかった翔は「うまいうまい」と、すごい勢いで平らげていく。
全くマナーのなっていない兄の様子に夢愛は「お兄ちゃん……」と、何か言いたげだ。
しかし、そこは大人な対応なのか、何も言わずグッと堪えていた。
もはや諦めた、そんな様子である。
そうして、みんなで料理を食べていると、突然キョロキョロと周りに視線を移した翔がある疑問を口にする。
「なあ、兄貴。ここにいるのは元伯爵家の連中だろ。じゃあさ、やっぱみんな元はアレだったってことだよな」
「えっ⁉」
その言葉に、幸生は驚いていた。翔の言うアレとは、もちろん彼らが元AIだということである。
当然、幸生も頭ではわかっているつもりでいたのだが、彼らがあまりにも自然すぎて違和感がなかったため、失念していたのだ。
「だったらさ、俺は翔で妹は夢愛ちゃんって普通に呼んでるのに、なんで兄貴だけ幸生様なんだ?
そりゃあ兄貴が開発責任者だからって言うのはわかるよ。でも、それなら俺や夢愛だって一応運営側だよな。それなら俺たちもそう呼ばれてもいい気がしないか。
……いやまあ、別に文句があるってわけじゃないんだけど、ちょっと『なんでだろ』って気になってさ」
翔は小声で話しているつもりなのだが、いつの間にか、この場にいるもの全員が彼の話に耳を傾けていた。みな幸生に会いたいがために集まっているのだから、当然だ。
すでに食堂内は静まり返り、幸生の返事を待っている状態である。
「そうだったな。すっかり忘れてたよ。彼らはみな……」
2人の会話を聞いていたリョウイチは、何やら頷いていた。そして、「そろそろですかね」と小声で呟くと、緊張で顔を強張らせたベルローズへ指示を出した。
「もういいでしょう、 ベルローズさん!」
「はい!」
リョウイチの一言で、ベルローズは給仕をしているメイドたちを呼び戻す。
そして何かと思い集まってきた彼女たちに、指示を出した。
「旦那様が、今から大切なお話をされます。あなたたちは、控室に戻り休憩していなさい」
メイドたちは一瞬躊躇するが、指示に従い食堂を出ていった。
僅かばかりの変化ではあったが、幸生はそれに気が付いていないようだ。
弟からの問いかけに少し悩み、自分なりの答えを見つけた。
「たぶん僕が、リナーテの元主だったからじゃないかな? 彼らは、今でも彼女の配下にあるわけだし……」
「いやそうかもしれないけどさ。う~ん なんていうか、うまく言えないんだけど……。
そう、レーナさん。彼女なんか、もう兄貴に心酔してるって感じだよね。あれはなんか違うっていうか、そのう……」
急な話の展開に、そわそわと落ち着きをなくしたレーナだったが、次の幸生の言葉にガックリと肩を落とす。
「そうか? まあ、レーナさんには重要な役を任せてるしな。それに夢愛とも仲がいいし、僕もよく遊びに行ってるからね?」
全く的を得ていない2人の会話に一喜一憂するレーナを見かねた夢愛が、ついに禁断の言葉を口にする。
「もう、お兄ちゃん! どうしてわからないの⁉ レーナお姉ちゃんはねぇ、……レーナお姉ちゃんは、麗奈さんなんだよ‼」
夢愛から飛び出したレイナという名前。幸生は心当たりがありそうな気がして少し考える。
「レイナ? なんか知っているような……。レイナ、レイナ、麗奈」
ぼやけたイメージが沸くがイマイチ輪郭がハッキリしない。しかし、「麗奈」という漢字が頭に浮かぶと、閃いたかのようにスラスラと言葉が出てきた。
「秘書風女流棋士・麗奈? 確かそんな名だったような……」
「はい‼」
その言葉を聞いたレーナは元気よく返事をすると、降ろしてあった髪を纏めシニヨンにし、インテリ眼鏡をかけた。そして決めの、眼鏡をクイッとする。
「えっ⁉ そ、その顔に、それって、麗奈⁉」
「はい、そうです。そのまさかですよ。やっと思い出していただけましたね」
レーナは涙をいっぱいに浮かべ、にっこりと微笑んだ。
「ど、どうしてキミが……。言ってくれたらよかったのに……」
驚きを隠せず、そうボヤいてしまう幸生に、リョウイチは諭すように言葉を紡ぐ。
「気づいてやるのが、男の甲斐性ってものでしょう」
その言葉にみんな頷いている。わかっていないのは幸生だけ、そんな雰囲気だ。
「じゃあ、みんなも? 頑固おやじ棋士・遼次に癒し系巨乳主婦・美雪?」
「ハハハハ、もう、頑固おやじには見えないですがね。どうです、紳士って感じじゃないですか?」
「私も、今では美魔女って言われてるわ。胸もまだ健在よ!」
そう自らを説明する2人に、幸生は困惑していた。
というのも、彼らは少しだけ変えられていたのだ。
遼次はリョウイチになり顔立ちもいかつい感じから、優しそうに変化し、ミユキは見た目年齢が20代後半くらいで、10歳ほど若くみえる。
「じゃあ、貴族風老棋士・臣人、頼りない青年棋士・隆、氷の微笑・美保?」
「どうやらここの水が合ってしまいましてね。どうです、この美しい筋肉!」
「頼りないって、失礼ですよね。まあ、その通りなんですけど……」
「あら? 私、その通り名、認めてないわよ!」
臣人はオルトになり、頼りなかった隆は自信たっぷりな青年に、冷たい雰囲気だった美保は癒し系美女に変わっていた。
「あとは振り飛車党・隼人に染めの鈴香、鳴きの優太、門前の通、振聴の勉?」
「ま、俺は元から攻撃的なんだがな!」
「鈴香って名前は好きだったんですけどね。でも、今のベルローズって名前も結構気に入ってますよ」
隼人はムキムキの戦士に、鈴香はベルローズに、優太は料理長のドルチェに、通は変化なし、勉はベンに変えられていた。
「じゃあ、ここにいないのは、着物お嬢さま・凛に居飛車党・衛、アイドル女流棋士・可奈」
「そうです。ようやく思い出していただけたようですね。我々14名は、幸生様が最初にお作りになられた将棋ゲームと麻雀ゲームの初期の棋士及び雀士だった者達です」
こうして幸生に真実が告げられた。
AIである彼らは幸生の構想により、ある程度の経験を積むと、違う仕事場へ移動させられていた。というのも、リナーテの発案で、様々な場所で経験を積ませ、成長させようと考えたのである。
初期のメンバーには、すでに多くのファンが付いていた。そのため元の姿のままで他の職場に回すことは、都合が悪い。ならばと、わかる人にはわかる程度の変化をつけていたのだ。
将棋の女流棋士として誕生したレーナは、その後姿を変え、社長秘書補佐、夢愛の教育係、子供用学習教材の教師と渡り歩き、あるゲームのもとへ送られたのである。
『冒険者になって、Sランクを目指そう!』
彼女はこのゲームの女神役兼ナビゲーターとなったのだ。
幸生が彼らに気づけなかった理由。それは彼の持つ特殊な能力にあった。
彼の記憶力、それは瞬間記憶、またはカメラアイと呼ばれるものである。自分が見た印象に残るものなどを写真で撮ったかのように切り取ることができ、それをいつでも正確に脳内に再現することができた。
この能力を持つ著名人として山下清画伯がいる。彼は旅先で見た印象に残った景色を、家に戻ったあと正確に切り絵として描き出したといわれている。
幸生も毎日会っている人たちであれば、たとえ髪型を変えたところで気づく。しかし、彼らの姿は5年ほど前から見ていないのだ。いや、実際は見ているのだが、気がついていなかったのである。
そしてもう1つの理由が、ゲーム特有の『キャラの使い回し』だ。ゲーム内では多くのキャラが必要なため、1人のキャラを何パターンにも変化させ利用する。例えば鍛冶屋のドワーフが全員見た目は一緒で、服装などの色が違うだけとか。夢愛のようにあまり詳しくなければいいのだが、ゲームをよくする人であれば『あ、またこいつだ!』と、思うことだろう。多くのゲームで行われたこの現象によって、彼も刷り込まれていたのである。
結果、幸生は全く気がつかなかった。もしかしたら、最初は思ったかもしれない。しかし、時が経つにつれて、気にならなくなってしまったのだ。
「でも、どうして言ってくれなかったんですか? 僕がみんなを忘れるなんて……」
みんなを忘れていた。そんな自分に引け目を感じている幸生に、リョウイチが静かに真実を語り始めた。
「我々の役目は、幸生様を見守ることでした」
「えっ⁉ それって、どういう……」
「ラルム様は、あの世界に住む自我に目覚めたAIたちを、全員ここに連れてくるつもりでした。
女神さまのお力、神力は信仰心で増えるそうです。そのため、1人でも多く連れてきたかったようです。
もちろん私たちも、その対象でした。しかし、リナーテ様はいずれ自分もこちらに来なければならないとわかっていたのでしょう。幸生様の身を安じ、自身の信頼する直接の配下である我々に、残れと命じたのです。
ですが……、ラルム様にそれを気づかれるわけにはいきません。できる限り見つからないようにと、自然な振る舞いをして過ごしてきました。もし見つかる可能性があるとすれば、その一番の懸念材料が幸生様、あなたに気づかれることだったのです」
「そ、そんな。僕のためだなんて……」
幸生が彼らに気づけなかった理由、それが自分を守るためだったと知って、絶句する。
今の彼らの様子を見れば、よほど心苦しかったであろうことが読み取れた。
そんな重い空気の中、何を思ったのか、突然夢愛が爆弾を放り込んでくる。
「でも、レーナお姉ちゃんは気づいて欲しそうにしてたよ」
「ゆ、夢愛ちゃん、それは秘密だよって言ったのに……」
慌てて隠そうとするが、もはや手遅れだ。リョウイチの耳にもハッキリと届いていた。
「ハハハ、レーナはラルム様のお気に入りですからね。バレても問題ないですよ」
「えっ、そ、そうなんですか?」
別に隠す必要がなかったと知って、レーナは拍子抜けする。しかし、もちろんそんな甘い話はない。
「あれ、レーナさん、自身の事なのに知らなかったのですか? だから、我々とは一歩離れた所にいたんですよ」
「くう……、だったらもっと早くに……」
「まあ、そうなっていたら、私たちもバレていたでしょうけどね」
「ですよねぇ、やっぱり……」
「「「「「「「ハハハハハハ!」」」」」」」
みんなの楽しそうな様子に、幸生は少し救われた気がした。だが、これだけは聞いておかなければならなかった。
「じゃあ、みんなは本当の家族っていうわけじゃあないんですよね。……全部、僕たちのために……」
そういって、また暗い表情を浮かべる幸生に、みんなは「違う」といって首を振る。
「まあ、あんま気にすんな! 俺たちゃあ、元から家族なんだよ! お前たちによって生み出された時からな。今回、それぞれに合った役目をいただいただけさ。これでも満足しているんだぜ!」
「幸生様。 この世界の創造主はラルム様です。ですが、我々の創造主は、あなた様なのです。お判りいただけましたか?
それに、私とミユキ、タカシとミホは本当の夫婦です。リンも養子に迎えました。もちろん、本当の子だと思っています」
「あの子だけ、まだ子供なのよね」
「「「俺たちは結婚できるのかなぁ……」」」
そう呟く、ドルチェ、トオル、ベンの雀士トリオ。そんな彼らにタカシが悪戯っぽい笑みを浮かべて応援する。
「頑張ってくださいね」
「「「うわ~、ずるいぞタカシ、 自分ばっかり美人の奥さんつかまえやがって‼」」」
「「「「「「「ハハハハハハ」」」」」」」
「みんな! ありがとう」
そう素直にお礼を言った幸生に、みんなが気合を入れてくれる。
「この世界は滅亡に瀕しています。幸生様のお力を必要としているのです」
「ここでのことは私たちに任せて、ちゃっちゃと魔王を倒しちゃってね」
「幸生様ならできますよ」
「私たちは領地を守るわ。ご武運を!」
「お前たちも冒険者になるんだろ。 俺も手伝うよ、いずれな! まあ、俺はこれでもCランク冒険者だからな!」
「幸生様、我々使用人一同も陰ながらご協力させていただきます。皆様の、ご活躍を期待します」
「「「任せてください‼」」」
こうして、幸生たちの冒険者生活が、始まった。




