閑話 天竜の住処②
理恵に連れ去られた翔を追いかけ扉を潜った幸生と夢愛は、その先で目を疑うような光景と出くわした。
そこは東京ドーム5個分ほどの広さはある空洞で、照明となるのは等間隔に置かれた松明の光のみ。奥まで見通すには光量が足りず、視界に映るのはほんの数十メートル程度だ。
当然ながら追いかけるべき理恵の姿は全く見えず、本来なら先を急ぐべきであった。
しかし、二人はどうしてもそれを見過ごすことができず、つい立ち止まってしまった。
「あれって、ドラゴン?」
不思議そうに首を傾げた夢愛の向ける視線の先には、赤い竜らしき巨大な生き物が蹲り、ブルブルと震えている。その怯えた姿に威厳は感じられず、むしろ憐れみさえ覚えるレベルだ。
「……そうだよ。あの子は赤竜。天竜が育てている子供のうちの1頭だね」
幸生はそう説明をするが、明らかに動揺が見てとれる。
(……マジか。いったいあの人、何したんだよ)
ファンタジーの世界においてピラミッドの頂点に君臨するはずの竜。それが、端っこで縮こまって震えてるのだから、無理もない。
「なんか、弱そうだね……」
「ハハハ……、まあ、そうなんだけどね」
的を得た妹の呟きに、幸生は乾いた笑みを浮かべた。
実のところ、この竜はまだ子供であり、その中身も元子供将棋倶楽部3期生の子である。この先の成長を期待しての配置であるため、実力は伴っていなかった。
「先を急ごうか」
弟妹たちを驚かそうと思って連れてきたが、すでに計画は破綻した状態だ。このままでは本来の目的までも失われる危険性がある。それだけは避けたいと、幸生は夢愛に先を促した。
一方、翔を無理やり連れてきた理恵は、洞窟の最奥にある祭壇へ到着していた。
「あら、ずいぶんかわいい子をお連れじゃないか。それは私への生贄かい」
祭壇の最上部、そこにどっしりと構えるのは真っ白な竜だ。その正体は天竜と呼ばれる存在であり、設定上の大きさは全長30メートルと『Sラン』では最大の生き物である。
絶対的な強者ではあるが、その傲慢な物言いに理恵は苛立った様子だ。
「笑えない冗談だ! 私の可愛い弟子をお前なんかに食わせるはずないだろう」
彼女にしては穏やかな物言いだが、その目は全く笑っていない。いつでもいいぞと威圧を放ち、天竜を挑発する。
それに対し、天竜は王者の構えだ。お前など相手になるかと言いたげな鋭い目で、理恵を威嚇する。
ピリピリと漂う張り詰めた空気。その場にいれば誰もが恐怖に慄くだろう。
そんな、いつ暴発してもおかしくないこの状況に、翔はブルブルと震えているだけだった。
マジ切れモードの師匠と絶対的な強者。場違い感は半端なく、彼の思考が停止するまでに、そう時間はかからなかった。
「えっと、なぜ俺はここに……」
恐怖心からか、翔は現実逃避する。まだ兄たちと一緒にいた楽しい時間を思い出し、壊れかけた心を修復しようとしたのだ。
(兄貴たちと一緒にここにきて、あ、竜族のオッサンたちがいたな。えっと、確か変な叫び声が聞こえて、それから師匠が現れて、赤いドラゴンを見たような……)
せっかく忘れようとした嫌な記憶。それをわざわざ呼び起こすような作業をしてしまっては意味がない。
「…………」
ギギギと聞こえてきそうな程ぎこちない動きで左右に視線を送った翔の顔が、みるみる青く染まっていく。
彼が思い出した記憶。それは、両サイドに控える青と緑の竜のことだ。祭壇に座る天竜よりは小さいが、それでも10メールほどあり、その2頭からは鋭い視線が彼に注がれていた。
「ぎゃあああああああああ!!」
途端に大きな叫び声をあげる翔。もはや限界であったらしく、そのまま意識を失ってしまった。
「チッ、相変わらず根性ねえなあ、こいつは」
そんな呟きが彼女の口から洩れた。
「あらあら、この子にしては頑張った方じゃないかしら。あなたもあまり苛めちゃダメよ」
先ほどまでの険悪なムードから一変し、優しい口調で理恵を諭す。
どうやらこれまでは芝居であったらしく、一転して和やかな雰囲気だ。
「この根性なしは甘やかすと、すぐ手を抜くからな。これぐらいやらんと反省しないんだ」
初めからこうであったなら翔も気絶することはなかったのだろうが、いかんせん相手が悪かった。
「でも、いい顔してたわね」
「そうだろ」
そう言って悪い笑みを浮かべる二人の強者に、2頭の若竜は呆れるばかりであった。
「遅かったか……」
翔が気絶すること数分、遅れてやってきた幸生はそう呟いた。ここで何があったか分からないが、その犯人がこの2人であることは疑いようがない。
ジト目で見つめる幸生の視線に、彼女たちは居心地が悪そうだ。
「目的は説明しましたよね」
そう問い詰める幸生に、天竜は視線を逸らす。彼女には悪ふざけが過ぎた自覚はあるようで「申し訳ありません……」と、頭を下げた。
悪友に乗せられうっかり手伝ってしまったが、それが間違いであったと気づいたのである。
それに比べ、あまり気にしていないのが理恵だ。
やりすぎた自覚はあるが、これから行うことに比べれば可愛いものである。彼女はそれを知っているだけに、少し反発したに過ぎない。
「心配するな。亜衣姉にはログアウトさせるなと伝えてある。もし逃げ出そうとしても、強制的に戻されるよう手配済みだ」
映像カメラのある場所を正確に把握し、そこに向けて指をパチンと鳴らす。すると、祭壇の目の前に大きな魔方陣が浮かび上がった。それは復活魔方陣と呼ばれるもので、ゲーム内で死んでしまったプレイヤーを復活させるためのものだが、それがここにできたということは、そういうことであった。
「ほら、これでいいだろ」
悪戯はしたが、事前の準備も怠らない。ここが彼女の有能な所だが、その努力は他に向けて欲しい、そう思う幸生であった。
「まあ、済んでしまったものは仕方がない。問題がないのなら、すぐに始めようか」
要は翔さえ逃げ出さなければ、それでいいのである。むしろ、今のうちに準備を終わらせた方がいいのではないか。そう判断した幸生は、すぐに指示を出す。
「理恵さんは引き続き竜たちに稽古をつけてくれ。今度は青竜を頼む。
夢愛は緑竜に地属性魔法を教えてあげて。まだ、全くわかってないから基礎から頼む」
「了解!」
「うん、わかった」
幸生からの指示を受け、2人はすぐに動いた。
夢愛は理恵たちの戦闘に巻き込まれないよう、少し離れた場所へ向かう。祭壇から百メートルほど離れた辺りで止まり、緑竜への指導を始めた。
「緑竜ちゃんは魔力ってわかる?」
「うん、最初に教えてもらったから大丈夫」
「そう、それじゃあMPってどれくらいあるの?」
「えっと、658かな」
「そんなに? まだ魔法使ったことないんだよね」
現在の夢愛はレベル30を超えているものの、MPは135であった。最大値999という設定になっているが、人族では到底届かない数値である。
緑竜のMPの高さに驚いた夢愛は、これなら問題ないと判断し、どんどん教えていくことにした。
「じゃあ、まずは【石礫】からやってみようか。地面に落ちてる小石をイメージして、それを的に向かって飛ばすんだよ。こんな感じでやってみて!」
夢愛は手本を見せるため魔法で土の壁を作り、そこに向かって魔法を放つ。
「小石ちゃんお願いね【石礫】」
詠唱からの発動句を受け、空中に現れた小さな石が土壁に向けて飛んでいき、ボスボスと命中する。
「わあすごい。私にもできるかなぁ。やってみるね、夢愛ちゃん、見てて。
小石ちゃんお願いしますね【石礫】」
初めてみた夢愛の魔法に興奮し、真似して放った石礫は、お手本同様の軌跡を描き、すべて的にぶつかった。
「ね、簡単でしょう」
「うん!」
満足そうに頷く緑竜に、教えた夢愛も得意顔だ。
ここはゲームの中であり、実際にはイメージや詠唱など無くても魔法名だけで発動できるが、緑竜の正体が元子供将棋倶楽部の女の子だと聞いた夢愛は、見た方が分かりやすいと思い、実践してみせたのである。
こんな感じで始まった魔法指導だったが、さすがはMP658。緑竜は夢愛が教えた魔法を一回見るだけで成功させた。
こうなってくると、やるべきことは決まっている。今できる魔法すべてを教え込むだけだ。
「じゃあ、次はちょっと難しいよ。地震ってわかるかな。地面を大きく揺らすやつ。アースクエイクって言うんだけどね」
今の彼女が使える魔法の中でも最強クラスで、その攻撃範囲はかなり広い。雑魚処理特化であることは否めないが、大量に発生するゴブリン程度なら一撃で仕留められるため、重宝する魔法だ。
「やってみるね。危ないから気を付けてよ」
地面を揺らす魔法であるため、緑竜は空中へと飛翔した。地震だけあって、この魔法は飛行系には効果がないのである。
「ナマズさんお願いね。【大地震】」
発動句を唱えると、「ゴゴゴ」という短い地鳴りの後、地面が大きく揺れる。
「あれ……」
思ったより広範囲で起きた激しい揺れは、この場に限らず、このフィールド全体にまで及んでいるようだ。
「夢愛ちゃん、これって大丈夫なの?」
そう尋ねる緑竜だが、祭壇方面まで影響が出ていると確信していた。
「逃げよっか!」
やりすぎた。それに気づいた夢愛は、一旦この場を離れようと提案するのだった。
一方、理恵と模擬戦を始めた青竜は、全く攻撃が当たらないことに苛立っていた。
「なんで、当たらないんだよ! クッソー、避けるな!」
自分の技量が足りないことを棚に上げ、相手に『避けるな!』は無理がある。
「お前、私をなめてるのか。その程度の攻撃、当たるわけがないだろう」
青竜から放たれる攻撃は尻尾を振り回したり、ブレスを吐いたりする程度。魔法も使えるはずだが、そのことは失念しているようだ。
「当たりさえすれば、お前なんて!」
そんなことを言い出す始末だが、その戦いを見守っていた幸生と天竜は苦笑する。
「まだまだ先は長そうだ……」
「重ね重ね、申し訳ありません」
自分自身の失態だけでなく、我儘な息子の姿に天竜は肝を冷やしていた。
息子の戦っている相手は自分と対等の戦士であり、全く相手になっていないことが丸わかりであった。
「理恵さん、模擬戦は中止だ。もっと攻撃の選択肢を増やさないと、どうにもならない」
一旦、戦いを中断し、戦闘指導を始める幸生。
空を飛んでの攻撃を中心に、魔法の適切な使用方など、丁寧に教えていく。
精神的に幼い面はあるが、この子も優等生の1人である。幸生から直接受ける指導に、神妙な面持ちで耳を傾けていた。
この様子では、青竜の教育に時間がかかりそうということで、その間に理恵は赤竜の様子を見に行く。
彼女のある攻撃を受けてすっかり怯えてしまった赤竜は、いつまでたっても戻ってこなかったのだ。
閑話を2話で終わらせる予定でしたが、せっかくなのでと色々書き足していたら文字数が大変なことになりそうで、諦めました。
すみませんが、もう1話追加させていただきます。
次は短めですので、月曜日辺りに投稿できたらと、考えておりますのでよろしくお願いします。




