閑話 天竜の住処①
今回はゲーム内のお話しです。
寄り道なしで本編を進めるつもりでしたが、少しプロットを見直したいと思い、閑話を入れさせていただきました。
今回と次回の2話構成ですのでよろしくお願いします。
それは、ある日曜日の午後のことだった。
いつものように兄の幸生から呼び出しを受けた翔と夢愛は、秘書を務める亜衣に連れられゲーム開発課の執務室に来ていた。
「それで、今日は何をするんだ?」
兄からの急な呼び出しである。きっと楽しいことだろう。そう思い、翔は期待の眼差しを兄に向ける。例えそれが採取依頼であったとしても、わざわざ呼び出すくらいなのだから珍しいものに違いない。
そんなことを考えているのだが、勿論それは、妹の夢愛も同様で「どこいくの~」と、瞳をキラキラ輝かせていた。
しかし、彼らを呼び出した当の本人である幸生の挙動が、どこかおかしい。
「あ、それなんだが……。まあ、アレだ。えっと、行ってからのお楽しみって、ところかな……」
なんとも歯切れの悪い物言いで、何かを隠しているのが丸わかりだ。
とはいえ、そこは兄を慕う弟妹たち。全く疑う素振りもみせず「「いいぜ(よ)!」」と元気よく返事をしていた。
自身の予想に反し、あっけなく許可を得られ、ホッとした様子の幸生。勿論、彼には隠していることがあり、心苦しく思っているのも事実だ。
それでもこれは必要なことであり、そのためには尊い犠牲が出ることもやむ得ない。
(すまん、翔)
幸生は心の中でそう呟いた。可愛い弟ではあるが、彼が最も適任なのだ。
(お前の死は無駄にしないよ)
久々の冒険を楽しみに待つ弟に視線を向けながら、幸生はそんなことを考えていた。
「亜衣さんお願いします」
「かしこまりました。では皆様、準備はよろしいですか?」
幸生からの指示を受け、秘書の亜衣が行動に移る。
すでに執務室から移動した幸生たちはダイブサポートマシンが置かれた部屋に来て、それぞれに与えられた専用のマシンで待機していた。
仮想空間に入るためには、最終段階を外部から手動で行う必要がある。これは誤作動を起こ
させないための措置で、その権限を有しているのは幹部だけだ。
『目的地 天竜の住処 映像送信有』
亜衣により行き先を入力されたマシンは作業開始の赤点滅を開始し、次第に青へと変わる。
それを三台繰り返した彼女は、「皆様、いってらっしゃいませ」と頭を下げた。
深いお辞儀で幸生たちを見送った彼女であるが、顔をあげるとその視線は別のダイブサポートマシンへ注がれる。
彼ら以外に起動しているマシン。勿論、従業員の多くが仮想空間で働いているため、ほとんどのマシンは起動しているが、その中に一つ、彼女のよく知る人物が含まれていた。
「はあ……、ほどほどに頼むわね」
マシンの中で眠る女性から視線を外し、大きなため息をつく彼女。
今回の目的を知っているだけに、この後起きる悲劇を想像し、何とか関らずに済む方法はないものかと思考を巡らせる。
だが、全くいい考えが浮かばず、「……無理そうね」と落胆した様子で部屋を後にするのだった。
☆☆☆
ラルドネルト王国西部。
そこには、王国を二分するかのように聳える巨大な山々、竜麗山脈があった。
オオエ男爵領タワイの竜尾山から始まるその山脈は、竜足山、竜胴山、竜腕山、竜翼山、竜首山と竜を冠する3千メートル級の山々が続き、最後に竜頭山へと辿り着く。標高5千メートルを超えるその山は、一年を通して雪の溶けることのない万年雪に覆われた未開の大地。勿論、木々などは一切生えておらず、自然の恵みなども存在しない。
そんな土地に住まう人などいるはずもないため、ここは魔物たちの楽園と化していた。
真っ白な毛並みが特徴的なスノーラビットやスノーウルフ、青白い冷気を漂わせたアイスウルフやアイスタラテクト、そして希少種ではあるがホワイトタイガーやホワイトベアといった危険度Bに相当する凶悪な魔物たち。
わざわざこんな地まで出向き討伐しようなどという冒険者はおらず、自然発生し続けた魔物たちは、すでに上限まで到達していた。
「マンネリ化が進むこの地にテコ入れをしたい」
そう考えたのが、今回の作戦なのである。
竜嶺山脈の最奥の地、竜頭山の山頂付近には古代ギリシャのパルテノン神殿を模した巨大な建築物が存在した。
高さ30メートルに及ぶ巨大な円錐形の石柱を何本も使い建てられたその建築物は、人の身には分不相応な建物であり、またその大きさからそこに住まう者たちを容易に連想することができた。
天竜の住処、それがこの地の呼び名である。
そして、今まさに神殿に設置された転移魔方陣が黄色く輝きだした。
そこに現れたのは3人の人影。
幸生、翔、夢愛。Cランク冒険者パーティ、時の絆であった。
「なあ、兄貴。ここはどこなんだ?」
辺りを軽く見まわした翔が、幸生にそう尋ねた。もう長くテストプレイをしているが、ここは一度も見たことのない場所である。物珍しいというより、その大きさに驚いた様子だ。
「えっと、ここ、私も知らないや」
2番目の兄同様、その場をざっと確認した夢愛が、納得したように頷いた。彼女もまたこの場所に来た事は無く、興味深そうに辺りを観察している。
「ああ、お前たちは初めてだったな。ここは天竜の住処といって、竜族たちが住んでいる場所さ」
「「……竜族?」」
「そうだよ。ファンタジー世界では最強と言われる竜族さ。まあ、ここにいるのは4頭だけだけどね」
幸生はなんてことなさそうに話しているが、初めて聞く弟妹たちにとっては大問題である。なんせ、完全武装で連れてこられた場所に竜がいるのだ。やるべきことなど容易に想像できた。
「「まさか、ドラゴンと戦うわけじゃないよな(ね)」」
竜との戦い、考えただけでゾッとする案件ではあるが、戦闘狂でもある翔はちょっと期待しているようだ。薄っすらと笑みを浮かべた様子から、許可さえあれば戦うつもりだろう。
それに比べ、夢愛は余り乗り気ではないらしい。どちらかというと召喚契約したい。そんな感じである。
とはいえ、そのためには己の実力を示す必要があり、結局は戦わざるを得ないのだが……。
戦う可能性、そんなことも視野に入れながら2人は兄の言葉を待っていた。
優しい兄が無理難題を吹っ掛けることなど考えられないため、あまり深く考えていなかったのだ。
しかし、その期待は裏切られることとなる。
というのも、ある場合において優先順位が逆転することがあるのだ。それが、今日だった。
幸生の案内で神殿の奥へと連れてこられた2人。そこにはひと際大きな門があるのだが、その隣に人族サイズの小さな扉がついていた。
3人は扉をくぐり先を進む。さすが天竜の住処と呼ばれるだけあり、中は広い。竜が楽に歩けるほどの巨大な通路を早歩きで進み、またしても大きな門が進路を塞いでいる。
とはいえ、この門、先ほどとは少し違う。そこには竜人――硬い鱗に尻尾と翼が生えているが顔の見た目は人間――が2人、門を守っていた。
「「お待ちしておりました、幸生様」」
どうやら2人はNPCではなく、ゲーム開発課のスタッフのようだ。
「ご苦労様。中の様子はどうだい」
「はい、すでに稽古は始まっておりまして……」
そこまで話したところで「ギヤアアアアアアア」と、何やら門の奥から奇妙な叫び声が聞こえてきた。甲高く、人のものではないその声は、耳障りで不快に感じさせる。
「ははは、派手にやってるみたいだね……」
「はい、相変わらずですね、あの方は……」
事情をよく知る幸生とスタッフは中で起きてることを想像し、ウンザリした様子だ。
「へえ~、誰か戦ってんだ。それで、次が俺たちってわけか」
彼らの話からなんとなく意味が分かった翔は気持ちを集中させる。相手が何であっても負けるわけにはいかない。そんなことを師匠に知られたら、また激しい猛特訓が待っている。それだけは絶対に避けねば……と、自分を奮い立たせていたのだが、それはただの勘違いに過ぎない。
「いや、違うぞ。お前の出番はまだ後だ」
「……後って、他にもまだ戦うやつがいるのか? ……ああ、そこのオッサンたちか!」
自分たちの出番ではない。そう聞いた翔は竜人たちも相当強いんだろうなと、期待を寄せる。
だが、勿論そんなはずはない。彼らは戦闘など未経験者で、ただ単にこの場所に配置されたスタッフなのである。
「いえ、滅相もない。私たちは仕事でこの場にいるだけです。戦闘なんて、とんでもないですよ」
「ん、そうなのか、なら……」
彼らが戦わないのなら誰が、そう思っていた時だった。大きな門の隣にある小さな扉が開き、中から人が1人が出てきた。
「よう、幸生! やっと来たのか、遅いじゃねえか。ん、どうした翔。お前、なに固まってんだ?」
「し、ししょう! なんでここに師匠が……」
翔が驚くのも無理はない。今日の稽古は午前中だけで午後は用があると聞いていただけに、大喜びしていたのだが、こんなところでまさかの遭遇だ。みるみる顔色を悪くする翔。今の彼は犬耳人族という獣人のアバターであるのだが、その顔面は真っ青だ。
「ほう、そんな機能もあるのか」
可愛い弟子のコロコロ変わる表情に、彼女は興味を持ったようだ。ニヤリと悪い笑みを浮かべると、弟子を引きずり扉の奥へと消えていった。
あまりの出来事に呆気に取られていた幸生たち。
だが、すぐ我に返ると、2人を追う。翔の師匠、理恵が暴走する前に止めなければ、計画が狂ってしまう。それでは来た意味がなくなると、大急ぎで駆けて行った。




