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第二十三章 緊迫の五国会議 その5

 翌日の会議も平行線のまま終わってしまった。例のセレネー王国の代表がごね続けて結局話がまとまらず、五国間競技会の開催は結局流れてしまったのだった。


「はあー、結局議決まで持っていけなかったか」


 誰もいなくなった会議室でしょんぼりと肩を落とすコウジの背中に、デイリー公子はポンと手を添えた。


「まあ仕方がない。なあに、4年後の会議までに根回しをすれば必ず開催できるさ」


 そんな時、会議室に衛兵がやって来てコウジ達に伝えたのだった。


「コウジ様、デイリー様、国王陛下からの言付けです」


 項垂れていたコウジは顔を上げた。


「国王陛下から? 一体どうして?」


「内容までは聞き及んでおりません。ただ私室に来てくれと」


 デイリー公子が尋ねても、衛兵はそう返すだけだった。


 貴族の身分を得た今でも、ビキラ国王と直接会話を交わす機会というのは滅多に無い。そんな国王陛下がわざわざ自分たちを呼びつけるなど、きっと大事な用件に違いない。


「わかりました」 


 コウジは立ち上がり、急ぎ足で会議室を出た。デイリー公子も追いかける。


「国王陛下の私室に通されるなんて初めてだ。手足が震えて止まらないよ」


 異世界の王と言えど今の自分の主であることに変わりない。さらに現世で言うと社長、いや、総理大臣よりも偉い人だ。緊張するなと言う方が無理がある。


「な、情けないな、コ、コウジ。そんな、ななのでは貴族としてやってていけないぞ」


「デイリー、君は全身震えまくりなんだけど……」


 チリひとつ落ちていない長い長い廊下を抜けて、何人もの衛兵が見張っている部屋を横切る。ここは王家の親族の居住区だ。


 その中でも一際荘厳な装飾の施された扉の前に立つ衛兵に用件を伝えると、兵士はそっと扉に手をかけてゆっくりと開けたのだった。


「どうぞこちらへ」


 衛兵の案内で中へと通される。


 鏡のように磨かれた大理石の床、壁を埋め尽くす歴代の王の肖像画。


 そんな部屋の真ん中に、小ぢんまりとしたテーブルで酒を飲み交わす二人の人物。


「よくぞ来られましたなぁ」 


 その内のひとりはコウジもよく知るビキラ国王陛下だ。高齢で身体もだいぶ衰えてしまったが、愛する酒は自制できないようだ。


 そしてもうひとりは若々しく、気品と勇猛さも感じさせる浅黒い肌の人間の男性。


「タクティ皇帝!」


 砂漠の国アレス帝国の若き皇帝その人だった。先日パレードを率いてこの王都にやって来たあの人だ。


「そなたがニケ王国のスポーツ振興官、コウジ殿とデイリー殿か」


 ブランデーグラスを片手に皇帝陛下はコウジたちの姿をじっと見た。


「はい、皇帝陛下」


 慌ててコウジは跪いた。皇帝陛下よりも頭が高い位置にあることが失礼に思えたからだ。


「何もかしこまる必要は無い、私はそなたたちと話をしたいのだ」


「そうじゃよ、ほれ、ふたりともそこの椅子に座るがよい」


 何をしているのだとデイリーに目だけで注意されながら、コウジは顔を真っ赤にして席に着いた。


 小さなテーブルに四人の男が肩を並べる。だが内ふたりは一国の主、ひとりは王家の遠戚でもある公爵家ときて、ただの異邦人であるコウジは自分だけが随分と場違いな存在に思えた。


「今宵は何故私たちを?」


 注がれたブランデーを口に流し込み、デイリー公子は尋ねた。


「そうじゃな、夜も遅いし端的に話そう。そなたたちにはアレス帝国へ向かって欲しい」


 ビキラ国王の言葉にコウジとデイリー公子は顔を見合わせる。唐突な命令に、思考が追いついていない。


 そこでタクティ皇帝が酒を飲み干すと、加わって補足する。


「私から説明しよう。クベル大陸五国は互いに同等の立場で均衡を保たねばならない。それこそが真の平和、大陸の安定というものだ。ゆえに我が帝国はいつまでも周辺国の圧力に屈しているわけにはいかない。だが軍事力の増強だけでそれはできぬ。そもそも戦後の取り決めで我が国はこれ以上の軍事力は持てないのだ」


 敗戦国なりの苦労だな。コウジは妙に同情した。


「そこでスポーツの力だ。まずは山脈の国セレネー王国とアレス帝国がフェアなスポーツを通じて分かり合えることを両国民に理解してもらいたいのだ」


 なるほどなとコウジは頷く。つまり皇帝はスポーツ外交を利用するつもりなのだ。


「ゼフィラからも聞いている、今この世界で最もスポーツに詳しいのはコウジ殿だ。コウジ殿の力を是非お借りしたい、頼む、この通りだ」


 皇帝が頭を下げた。


 一大帝国の皇帝が頭を下げるなんて、取り乱すなと言われる方が無茶だ。慌ててコウジは即答した。


「どうかお顔を上げてください、お断りする理由がどこにありましょう。お任せください」




「まさかこんなことになるなんてな。アレス帝国は私も初めてだ」


 国王の部屋を出て緊張から解き放たれたふたりは全身から力が抜けてへなへなと廊下を歩いていた。


「僕もだよ。今回の会議での五国間競技会の開催は無理だったけれど、これで次回への望みはつなげたわけだ」


 コウジは疲れた体を引きずりながらも興奮で昂っていた。


 夢にまで見た国際大会が自分の手で実現できるのだ。しかもニケ王国とアレス帝国という二国家のバックアップも得ている。


「ええ、コウジ殿には何とお礼を言うべきか」


 突如後ろから女性の声がする。昨日からずっと耳にしていたアレス帝国代表、鳥人のゼフィラの声だ。


「ゼフィラさん! 皇帝陛下に取り入ってくださりありが……」


 そう言いながらコウジは振り返る。だがそこにいたゼフィラの隣には、すっと姿勢を正したバレンティナも立っていたのだった。


「バレンティナ様!?」


「お久しぶりですね、コウジ殿」


 突然の再会に間抜けな声を上げるコウジに、バレンティナはそっと近づいた。20歳になって大人の色気が磨かれた彼女は、お世辞抜きにさらに美しくなっていた。


「何故? とでも言いたげですね。実は私はアレス帝国のご一行様の世話役を務めておりました」


「実はバレンティナ様の弟君がアレス帝国へ武術の修行に来られているそうで、そこから話しが盛り上がったのです。コウジ殿ならばスポーツの力で国家間の緊張をほぐしてくださるのではないかと」


 ゼフィラとバレンティナが揃って悪戯っぽく笑う。彼女こそ外交官として相応しい人間なのではないか?


「コウジ殿、アレス帝国に向かわれるのでしょう? 私も同行しますわ。久しぶりにアレクサンドルの顔も見たいと思いまして」


 懐かしい名にコウジも心が弾む。


「アレクサンドル様も? それは絶対にお会いしないと。どれほど逞しくなっているか、トレーナー直々に確認しませんとな」


 初めてこの異世界に迷い込んだ時のことを思い出す。


 幼いアレクサンドルにタックルのコツを教えたことがきっかけで、今の自分があるのだ。


 あの小柄だった少年も随分と強くなったと聞いている。久しぶりの再会がコウジは楽しみだった。


「良かったなコウジ、お前の名を世界に広めるチャンスだぞ」


 公子もコウジの肩に手を回し、豪快に笑い飛ばした。

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