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第二十四章 国境の郵便屋 その1

 王都を発ったコウジ達は鉄道を乗り継ぎ、野を越え、いくもの山を越えた。


 大陸東岸のアレス帝国へと陸路で抜けるには山脈の国セレネー王国をどうしても突き抜けねばならない。


「ここがセレネー国の王都です。もう明日にはアレス帝国領に入りますが、ここで燃料と水を補給しますので、今日は列車を降りてこの街で休みましょう」


 車窓を眺めるコウジ達にゼフィラは告げた。ニケ王国ともヘスティ王国とも違う、不思議な街並みが外には広がっていた。


 高山に囲まれた広大な盆地を、レンガ造りの小さな家々がびっしりと埋め尽くしている。丘の斜面だろうとお構いなしで、地面の色が見える場所は全く無い。


 そんな家々の隙間からは乾燥地特有の硬葉樹が顔をのぞかせている。かなり標高の高いこの場所に、これほどの大都市が発達していることにコウジは驚いた。


 駅に到着した一行は列車を降りた。


「なんだか……頭が痛いです」


 コウジの隣でナコマが顔色を悪くしていると、バレンティナのお付きの別の使用人が肩を貸した。


 空気が薄い。さすが山脈の国、慣れていないと頭痛を起こしそうだ。だが窮屈な寝台列車でずっと過ごしてきたコウジは、久々の開放感に大人げなくも走り出したい気分だった。


 駅前の大通りには大量の荷物を載せたラマや色彩豊かな民族衣装を着た女性、巨大な麦わら帽子をかぶった人々が行き交っている。


 既にゼフィラが駅近くの高級ホテルを手配していたのはありがたかった。ゼフィラがあれこれとホテルのスタッフと話している間、コウジたちニケ王国の一行はロビーで革製の椅子に座りコーヒーを飲んでいた。この国の北部は降水も多く、コーヒー栽培に適しているそうだ。


「おもしろい国だな、まるで違った文化だ」


 デイリー公子も子供のように明るい表情を見せる。ずっと領地経営を学んでいたので、あまり国を離れた経験が無いようだ。


「本当に、食べ物もニケ王国とは全然違います」


 ナコマもコウジの隣でサボテンの果実を搾ったジュースを飲んでいる。頭痛はまだ収まっていないそうだが、さっぱりと甘いこれならいくらでも飲めるようだ。


「この盆地はかつて巨大な湖だったと言われています。1000年以上前、高山地帯で家畜を放牧していた人々が湖のほとりで定住を始め、やがて干拓を重ねて今の大都市が出来上がったと、歴史学者が話しておりましたわ」


 バレンティナも濃厚なコーヒーを味わいながらも博識ぶりを披露する。久しぶりにアレクサンドルに会えるとあって、彼女も内心は楽しみで仕方が無いのだろう。


 そこへ用事を終えたゼフィラが戻る。


「みなさん、お荷物は列車から運ぶよう手配しておきました。夕食にホテルの料理もよろしいですが、庶民ならではの素朴な味もこの街の魅力です。今夜は良いお店をご紹介しましょう」




 ホテルの目と鼻の先だが庶民の経営する小さな店。そこがゼフィラのお気に入りのようだ。


「ゼフィラちゃんじゃないかい、久しぶりだね!」


 レンガ造りの狭い店内に、既に酒を飲んで出来上がっている親父たち。そんな魔窟の奥のカウンターで、にこやかな笑顔のロバの獣人が野菜を切っていた。


「おじさん、久しぶり! 今日はニケ王国の方々も連れてきたのよ」


「そりゃあ遠くからわざわざご苦労様なこったい。ほれ、座りなよ」


 ロバの店主の差し出す手に従い、空いたカウンター席にコウジら一行は座った。


「随分と仲が良いのですね」


「隣国なので仕事でよく訪れるのですよ。ここの店主は本当、ご親切にしてくださいます」


 バレンティナが尋ねるとゼフィラはまるで実家を案内するように答えた。


「お隣失礼しますね」


「あ、どうぞお気遣い無く」


 席に着く際、コウジは隣に座る男たちに声をかけた。ぶすっと不機嫌な様子の中年の人間の男はこちらをちらっと見ただけだが、いっしょにいた若い男はぺこぺこと頭を下げた。


 ゼフィラが「いつもの」と頼むと店主はすぐに料理を作り、次々とカウンターに並べる。 


 トウモロコシを練り固めたトルティーヤに肉や野菜をはさみ、たっぷりとソースをかける。さらに強烈なテキーラも出され、異国情緒あふれる味覚をコウジたちは堪能した。


「うっ、うまぁーい、ピリ辛のソースが美味しすぎるよ!」


 コウジは薄い生地に挟んだ野菜にかぶりつく。舌の上をピリピリと刺すようなこの感覚は久しぶりだ。


「この果物も美味しいです! 酸っぱさがたまらないです」


 あまり食欲の無いナコマはほおずきのような果物を食べていた。見た目からは食べられるのか疑問だったが、一口もらうと突き抜けるような酸っぱさがクセになる。


「この国は大陸を縦断する山脈に位置しているため、各地の交易品が行き交います。熱帯の国オケアーノから運ばれた香辛料がこの国の食材と合わさって、見事な風味を創り上げたのです」


 ゼフィラも油で揚げたトルティーヤを浮かべたスープをすすっていた。この国ではトルティーヤとトウモロコシが主食のようだ。


「そうかぁ、ニケ王国にも香辛料はくるけど、ここまで色んな種類は運ばれてこないなぁ」


「そのためには国交がもっと盛んになりませんとね」


 一行は和気あいあいと食事を楽しんでいた。


 だがその時、ずっと黙って酒を飲んでいた隣の男がゲンコツで机を叩いた。


「バカバカしい、国交など今すぐにでも断ち切りたいわ!」


 静まり返る店内。コウジ達もぽかんと硬直してしまった。


「親方、落ち着いて!」


 隣に座った若者が服を引っ張る。だが男は立ち上がるとその若者を突き飛ばした。


 これはまずい。コウジはナコマに目配せすると、彼女はこくりと頷く。そしてすぐに席を立ってバレンティナのすぐ傍に移動する。


「黙っとれぃ! だいたいなんだ、外国のお偉いさんはホテルの高級料理でもお召しになってたらいいじゃないか、何でこんな店にいる! ここは俺たちの店だ、あんたらのブルジョワジーな会話など聞きたくもないわ!」


「おいあんた、他の客もいるんだ、これ以上騒ぐなら出ていってもらうぞ!」


 店主が声を荒げ、日々の労働で鍛えた太い腕を見せつけた。


「出ていけ、だぁ? 俺よりも先にこいつらを出かせていけばどうなんだい!」


 すっかり酔いが回っている上に怒りで話も通じない。


 そんな険悪な店内に、ひとりの男が入ってきて、陽気な声を響かせるのだった。


「ちわーす、マスター、アレス帝国から手紙が届いてる……よ?」


「あああああ、帝国帝国って、貴様も帝国か! こん畜生!」


 酔った男は入り口で立っていた男に飛びかかり、殴りつけた。


「ぎゃあ、何すんのさ旦那!」


 すぐさまコウジとデイリー公子含む店中の客が男を押さえつけ、騒ぎはようやく収まったのだった。




「いてててて」


「申し訳ありません、無関係のあなたまで巻き込んでしまって」


 酔った男は衛兵に連行され、すっかりいつもの調子を取り戻した店内。


 殴られた男の額の傷に、ゼフィラは薬を塗り込みながら謝っていた。


「いやいいんだ、トラブルは慣れっこさ」


 あまり悲痛さを感じさせない朗らかな口調で、男は笑って答えた。


 男は鬼族だった。無駄な肉の無い細い体つきで、短パンと肩出しのシャツという珍しいまでの軽装だ。だが背中に背負う大きな籠には水筒や果物など様々な物が括りつけられ、まるでプロ登山家のような周到さだった。


「ところでお姉さん、その服装からしてアレス帝国の人かい?」


 男が訊くと、ゼフィラはこくんと頷いた。


「本当、すまなかったね。この王都は帝国に反感を持つ連中も多いから、国境をまたぐ仕事をしている俺も肩身が狭いよ」


「郵便屋さんですか?」


 興味本位でコウジが尋ねる。聞いて男は胸を張って答えた。


「そうさ、俺はラウル、この国の郵便屋さ。このセレネー王国は山だらけで馬車では行けない村もたくさんある。そんな時には人の足だけが頼りさ。俺たち郵便屋は日夜この高山地帯を走り回っているんだよ」

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