どこで目覚めた?
「わぁ、コース君の目が開いた! 気づいてくれるかな?」
うっすらと目を開けたら、心底嬉しそうな声が聞こえてきた。あまりの明るさでぼやける視界に目を擦りながら上半身を起こそうとしたけど、激痛が走り動けなかった。
「あんだけボロボロになっとったんだから、まだ寝といたほうがええと思うで?」
訛りのある男の声――シュログだ。二人とも、寝ている俺を覗き込んで話していたみたいだ。シュログは頭に包帯を巻いていた。そうだよな……俺達は吸血鬼と戦ってきたんだからな。あれ、俺達負けたんだよな。なんでこんな立派な造りのベッドの上で寝ていられるんだろう?
「本当に良かったね、たまたまヴィレタレアンの人が通りがかって助けてくれて」
「誰かが助けてくれたのか」
「せやで。そうや、コースはこの二日間寝とったもんな、なあんも知らないのも当然や」
「あら、賑やかになったと思ったらお寝坊君のお目覚めかしら」
ドアが開いて、初めて聞く女性の声がした。なんだか猫みたいな声だ。
俺がキョトンとした顔をしていたからだろう、ロズが教えてくれた。
「この人が助けてくれたメフェスさんよ」
さっと寄ってきてくれて、ようやく顔がわかった。
「メフェスって言うのよ、初めまして、コース君。まだ若いのに大変な旅をしてきたそうね。二人から聞いてお姉さん感動しちゃった。快復するまで私の家に居ていいからね」
「あ……ありがとうございます」
顔より視界に入るモノのために、必死にメフェスさんと目を合わせる。
「あら照れちゃって。可愛いわね」
可愛いと言われて、なおさら目のやり場に困った。メフェスさんは、何と言えばいいか……その……とても大きかった…………胸が。俺は今寝ているわけで、覗き込む形で見られると、その、胸……が余計強調されて……。
「め、メフェスさんはどうして俺達を助けてくれたんです?」
「ギルドからの依頼が丁度タスカの辺りだったのよ。早足で歩いていたらあなた達三人が苦しそうに倒れていたから、すぐに助けたの。放っておくなんて出来ないに決まってるじゃない」
幸いお金はあるし、と付け足しながら笑顔で答えてくれた。
「そうだ、コース君お腹空いてないかしら? ずっと何も食べて無かったから、もし食べられそうならお昼作ってこようかと思ってたのよ」
二日も寝込んでいた割りには空いて――ギュルルルル――間の抜けた音が鳴った。これには思わず四人とも大笑いしてしまった。
「意識すると空いちゃうね。とびきり美味しいの作ってくるからもうちょっと我慢してて」
まだ少し笑いながら、メフェスさんは部屋を出ていった。
「コースおもろいな。あー、久し振りに笑うたわ」
「し、仕方ないだろ、意識無かったんだから」
和やかな中、ふと二人の容態が気になってきた。
「俺は今まで寝込んでたけど、二人は大丈夫だったのか? ほら、シュログは包帯巻いてるし」
「これな……吸血鬼に飛ばされた時に酷く打ったみたいで、たんこぶできとうねん。出血は無いから平気やで」
ロズは見た目に傷を負ってそうな所はない。視線に気付いて話してくれた。
「私は怪我とかは無いんだけどね、また気絶しちゃったみたい。二人が吸血鬼と戦ってる所も覚えが無いの」
吸血鬼と戦闘した時のロズの様子を思い返す。あの時もまた人が変わったように銃を乱射していた。言わない方が良いだろう。
「そうなのか。でも怪我無くて良かったね。女の子に傷跡が残ったら折角のお顔が台無しだから」
「いいの、コース君と旅するって決めた時から気にしてないから」
「ロズちゃん? お姉さん聞き捨てならないこと聞いちゃったわよ」
トレー一杯にお皿を乗せてやってきたメフェスさんだ。テーブルに一旦置くと、ロズを全身ぐるりと見渡し、ズボンを指差した。
「ロズちゃん素敵なお顔してるんだから、男子用の作業ズボンしか履かないなんてダメよ。フリルの付いたスカートとか持ってないの?」
そう言うメフェスさんは派手な色使いのロングスカートを履いている。黄色の、その、胸、のところが大きく空いた大胆なトップスといい、地味な俺達とは大違いだ。
「ズボンの方が動きやすくていいんです」
「もちろんわたしだって馬に乗るときは履くわよ。休みの日くらいお洒落しましょう」
「持ってないんです」
「あら、じゃあ街に買いに行きましょ! そろそろ退屈して来たでしょ」
「いいです、お金も無いですし」
「うーんつれないわね……そしたら私の買い物に付き合ってくれる?」
勢いに押されて遠慮がちに首を縦に振ったと思ったら、ロズは引っ張られて連れていかれた。
「わいもロズちゃんにはスカート似合うと思っとったで。たまには女性同士で居れると落ち着くんやろなぁ」
「ぐったりして帰ってきそうな勢いだったけどな」
「そやね。今はコースが早よ治るのを祈りつつ、一旦旅も休んどこな。そや、ご飯食べてへんかったな。自分で食べられそうか?」
亀のようなスピードで起き上がると、なんとか壁を背に寄りかかることはできた。メフェスさんがおそらく俺のために食べやすいリゾットを作ってくれていたので、シュログに食べさせてもらわずにすんだ。
「よー食べるな」
「そう言うシュログの方が食べてる量多いだろ」
「バレたか」
こんな和気あいあいとした雰囲気の中、二人が帰ってくるのを待っていた。帰ってきたのはすっかり外は暗くなり、シュログが探しに行こうとそわそわしだしたころだった。
「おかえり、遅いから心配しとったで」
女子の声を聞いてシュログがドアを開けた先には、両手に持てるだけの荷物を抱えたメフェスさんと、立っているのもやっとといった表情の疲れきったロズがいた。メフェスさんが選んだであろう、明るい橙色の糊の効いたスカートとはまるで正反対だ。
「女の子の買い物に文句言ったらモテないわよ。ねえ?」
「私は女の子じゃなくていいです……」
「でもロズちゃん表情固いながらに楽しそうにしてたじゃない」
「はい……初めは……」
完全に押されている。終始この調子だったなら、そりゃあ疲れるな。
「この服も凄く似合ってるんだから。二人にも着て見せてあげない?」
「また着替えるんですか……明日着ますから」
ロズの嫌そうな顔なんて、初めて見たかもしれない。
「そうね、服はまだまだいっぱいあるし、一着ずつお披露目していきましょう」
「もしかしてその袋の山、全部ロズちゃんの服なん?」
「二袋だけ私の分だけど、あとはロズちゃんのよ。何かいけないことでもあるかしら?」
きっとシュログは俺と同じことを懸念している、そう感じた。
「いけへんとは言うてないけど。高かったんとちゃうかな~と思うただけや」
俺も思わず頷いてしまったら、メフェスさんと目が合った。
「もう、三人とも心配しなくていいのよ。出かけるときに言ったじゃない、私の買い物って。可愛い女の子をもっと可愛くしてあげるのって楽しいのよ。言ってみれば趣味みたいなもの。あなた達に請求なんてしないわ」
メフェスさんは、戸惑う俺達を楽しむような笑顔だ。
「それにね、ネミゴーチェにいたあなた達は知らないのかもしれないけれど、私ヴィレタレアンではそこそこ有名な富豪なのよ? あまり自慢することじゃないけれど」
「失礼ですが、メフェスさんの職業って何です? 隣の国に足を運ぶとなると商人かなとは思うのですが……」
「商人には見えないって言いたいんでしょ、頭の良いコース君。いいのよ、本当のことだから」
メフェスさんは一度、僕達三人の顔をぐるりと見てから続きを言った。
「お姉さんの職業はね、賞金稼ぎよ」




