待機
退屈を紛らわせようとコウモリ君を呼んだら、意外な人物の動向が聞けた。何年前だったか、パーティーの時に逃がした人間がいたと、その男の特徴をコウモリ君に話した事はあったが、まさか見付けているとは思わなかったよ。なんでも人間の家の中は冬でも暖かいらしく、住み着いてる仲間がいるらしい。そのコウモリ君が、件の人間がずっと留まっていた居住区を出ていくところを見たようで、僕まで知らせてくれたのだそうで。ネットワークって便利だね。惜しむらくは最大の功労者に直接お礼を言えないことかな。
人間の男の子、珍しく僕の睨みにも怯まず、逃げた子供。いや、怯みはしてたか。やはり僕を恨んで生きてきたのだろうか。どんな成長を遂げたのか、また会って確認してみたいな。
そんな事を考えていると、コールがいつの間にか来ていた。
「デュラ様、また人間からこのようなものが」
手に持っていたのは白い封筒。そうか、もうあれから七年も経ったのか。本当に七年間も音沙汰が無いなんて、人間って律儀なものだね。ところで、ひとつ疑問が。
「ありがとう。でもさ、どうしてまたコールが人間からの手紙を持ってきてくれたんだい? そもそも何で開けてもいないのに人間からだと分かったんだい?」
僕が疑っても、心外だというような顔はせず。
「簡単なことでございますよ。これはドアの外に落ちていましたが、デュラ様は退屈だとおっしゃいながら、この住まいを食事以外で滅多に離れないではありませんか」
「ごもっとも」
「ですから、毎夜見回りをする私が最初に見つけて当然なのです。加えまして、木々を紙と言いましたか、このように加工する技術は最早人間しか持ち合わせておりません」
「……反論できないね、疑って悪かった」
ここでようやくコールは笑みをみせた。普段の自然なものとは違う、含みのあるぎこちない笑みだ。なぜだか背筋がゾクッとする。
「年の功とでも言うのでしょうか。万が一デュラ様と戦うことがありましても老いぼれは戦力にはなりませんが、頭脳戦であれば勝機はあるのかもしれませんね」
「コール、突然何を言い出すんだい?」
「退屈そうでしたので、ひとつ冗談を申したまでですよ」
冷や汗が出てきた。いつか寝込みでも襲われる可能性が出てきたぞ。
「一度顔を見られているし、僕が行くしか無いけどさ、留守の間が気が気でないよ」
「冗談でございますから。安心して行ってらっしゃいませ」
本気にしろ冗談にしろ、人間のところは安心出来ないのだけれど。一応王の正装だという襟の付いた服に腰までの丈のマントを羽織り、引きこもりは旅立つ。
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帰路を辿りながら、王に言われた言葉を思い出していた。
『一月後にネミゴーチェ国のカランという名の街? だかを襲え、手段は問わない。以上』か。呼んでおいて余りにも酷くないかい? 城に入ってから出るまでに半刻はかからなかっただろう。あいつは、僕がどれだけの時間と労力を使ってここまで来たかなんて考えないんだろうな。次から連絡は手紙で寄越せとだけは言ってきたから、もう行くことも無いのだろうけれど。どうせついでだからヴランザに伝えてから帰りますか。
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「お疲れ様です。どうでしたか、人間の王との対話は」
深々とお辞儀をして出迎えてくれたコール。
「対話なんてもんじゃないね、一方的にある居住区を襲えと命令されて、終わったらサヨナラすらないのさ」
「それは散々でしたね。私がデュラ様の代理をしていたら今頃その城は全滅でしたかもわかりませんね」
「コールでも怒ることがあるんだ」
意外だった。父が王の時代――つまり僕が子供だった頃に散々悪戯を仕掛けた時も、怒られた記憶は微塵もなかったから。
「ありますとも。"激情のリマコール"と呼ばれた時期もありましたから」
「……もしかして僕と戦っても勝てるんじゃないの?」
二つ名があるってそういうことだろう?
「当代最強の証、王と名乗れるデュラ様が何を仰いますか」
行く前のように笑ってかわすコール。こんな人が僕のサポートしかしなくていいのだろうか、いや、だからこそサポートをしてくれているのか。「代々王の執務の補助を担当させていただいているのです」と言っていたけれど、不可解だ。
「話を戻しますけれど、いつ人間を襲う許可が出たのでしょうか?」
「一月後だよ。次の満月の晩だと言っていたからね」
「分かりました。そのように各吸血鬼にお伝えしておきましょう。吸血鬼の中には、王就任の宴に参加しなかったのを悔いている者もおりますから、皆さん喜んで従うのではないでしょうか。今回は私もご相判にあずかることにします。昔の事を話しておりましたら、身体を動かしたくなりまして」
「あれ、もう人間の血は禁忌だとか騒がないんだ」
「一度犯してしまったものは、何度やっても同じかと思いましてね」
「それこそ過去の吸血鬼が聞いたら嘆きそうだけど」
「デュラ様こそ、人間と取り決めをしてしまったではないですか」
駄目だ、言い負かせると思ったのに。
「コールは王に向かって口答えするんだ。へぇ~」
「珍しく御自分を王と呼称されるのですね。ともかく、失礼致しました」
格好だけは一流のものだけど、明らかに感情が入ってないじゃないか。
僕の威厳というものは、七年でここまで地に落ちてしまったのか。




