本漁り
道行く人に聞くと図書館は城の向こう側にあるそうで、噂の方についても尋ねつつゆっくりと進む。みな取り合ってはくれるのだが、俺たちが知ってること以上の情報は得られなかった。
「ただの殺人鬼だろうよ、そんなの」
何人かにはそう言われた。
「危ない所へは行かない方がいいわよ。デリティリ国から出るなんてとんでもない」
そう忠告してくれた婦人もいた。
だが俺はただこう答えた。
「行ってみなきゃ分かりませんから」
端からみたら俺たちは不思議なことをしているとしか映らないだろう。吸血鬼だなんて、信じる方がおかしい。
けれど、俺とロズとの故郷、ベギンス村の事件は人間がやったとはとても思えない。だからといって『仕方無い』の一言では済ませられない。この気持ちだって俺とロズしか分からないのだ。――ロズは記憶喪失になってしまっているけれど。
だからこそ、この目で確かめるまで可能性を捨てられない。いつかルビーの如く煌めく瞳の"あいつ"を倒すまで、俺たちは――せめて俺だけでも探し続ける。
俺の雰囲気の変化に気付いてか、ロズもシュログも着くまで何も話しかけてこなかった。
本をモチーフにした飾りの付いた建物が図書館だと聞いていたのですぐ見付けられた。入ると背丈の軽く倍はある本棚が所狭しと並べてある。
「こんなかから目的の本棚探すだけでも一日終わりそうや」
「そんなことはないよ。ほら、本棚の上に分類が書いてある。ここは歴史の本が置いてあるようだね」
「そ、そうやな。そうやそうや、歴史って書いてあるわな」
「ここじゃないね」
どうも二人の反応は理解したとは思えない。少し声のトーンを落として聞いてみる。
「もしかして、歴史って単語知らなかった?」
二人とも浮かない顔だ。俺だって単語は学校で習った訳じゃない。女将さんだ。普段使わないものは忘れても仕方無い。……待てよ、もしや。
「コースくん? 図書館行くって言ってたときに言えばよかったんだけどね、私字は読めないの」
「そうだったのか。ごめん。じゃあシュログも?」
シュログは申し訳なさそうな顔で頷く。俺の方が申し訳無いわ。
「わいも読めへんのや。探すの手伝えへんけど、堪忍してなぁ」
「いや、気が付けなかった俺こそごめん。二人とも休んでてくれ」
「キーワードの綴りを教えてくれたら私達も探せる。だからみんなで探しましょ」
みんなで散って探しにいって、いつの間にやら机に本が十数冊積まれていた。ちょうど二人ともまた見繕いに行く所だったので慌てて止める。このままじゃ日が暮れてしまう。
「俺も難しい単語は読めないから遅いんだ。待っててくれよな」
チェクマにいた頃、休憩に読んだのとは違い、待っている人がいる。途中で辞書を持ってきてもらい、出来る限り速く読む。本一冊丸ごと吸血鬼の事なんて書いてないから全部読まなくて済むのは有り難かった。
関連してそうなものは読めた範囲の内、前にも読んだ、剣を二本携えた若者が村を救う『突き刺さった十字剣』の話、村中の鼠が一人の男によって一夜にして消えた事件、血を抜かれた猪の話などがあった。全て日の落ちた夜に起こっているようで、犯人はいずれの事件も不明のようだ。同じ本ではなく、時代も場所もバラバラなのにここまで共通点があるのなら、どれもきっと吸血鬼という種族の仕業なのだろう。
ただ、どこだかよく分からないが引っ掛かる事がある。ひとまずここまでの話を二人に教えた。
「どれも人間の出来る事とは思えへんな」
「許せない……」
「俺もそう思う。でもどこか引っ掛かるんだよな、バーニング・ダウンだっけか? あれだってみな血を吸われてたんだ。そこは同じだよな」
「……私? 記憶が無いから覚えてないけど、コース君が言うのを聞く限りは他と同じみたいね」
「せやなぁ。そうや、確かあの日は夕焼けが見えたって言ってへんかったか?」
「そうだ、それだ! 俺が吸血鬼を見た時は夜じゃなかったんだよ」
「ってことは吸血鬼じゃないってことなんか?」
「違うとは思えないんだよな……」
もやもやしたまま、また本の山に取り掛かる。ちょっと単語が出てくるものはあったが、詳しく載っているものと言えば三冊しか無かった。その中には姿について言及してる本が一冊だけあった。目撃者の証言のようだ。
『遠目は普通の人間と変わらなかった。しかし暗闇の中でも目だけが異様に紅く光っていた。猫の目も光ると言うがそんなものでは無い。射殺すような鋭い眼光で、寿命が縮んだようだ』
俺も母を襲ったやつの目ははっきりと覚えている。今でも夢に現れるほどだ。あの真っ紅な目はやはり吸血鬼特有の物なんだろうか。
一通り読み終えた頃には外はすっかり暗かった。係りの人は、俺達が図書館を出るまで閉館するのを待ってくれたそうで、三人して平謝りした。
「いいんですよ、若い人が熱心に調べ物するなんて珍しいですから。私も応援したくなったんです」
そうにこやかに声をかけてもらえると、味方はいるんだという気持ちになる。復讐のためなんて言ったら追い出されそうだけどな。
暗い中どうやって帰ろうか困っていたが、外に出れば解決した。城の周りの大通りには、火が灯されていたのだ。
「流石城下町やな。灯りをこんなに使えるなんて贅沢や」
「お陰で安心して宿に戻れるんだからいいじゃない。それはそうと、セルバの人っていい人ばかりね」
「ロズちゃん、その言い方やと、ベルタンの人が性格悪う聞こえるんやけど」
シュログが露骨に嫌な顔をした。ロズは即座に首を振って否定する。
「違うのよ。お国柄っていうのかな、セルバだけじゃなくて、チェクマだってツェベンだって、似たような雰囲気なの。うーんと、ゆったりしてるって言った方が良いのかも。でもベルタンの人はみんな急いでる風だった。どっちが良いって言いたいんじゃなくて、私が生まれ育った地域に似ている方が安心できるの」
確かにそうなのか? あまり意識していなかったけれど、言われてみればヴィレタレアン国とデリティリ国では文化から何から違うのだろう。
そういえばいつかのシュログの講義で、ネミゴーチェって国もあるって聞いたっけ。行くのかどうかは分からないけれど、そこはどんな"お国柄"が出てるのか、とちょっと気になった。




