駆け引き
人ひとり住める程の小屋だから収納が追い付かないのか、外にまで様々な箱が山積みになっている。きっと中はもっと色々詰まってるんだろう。
「ここや、入るで。でもわいが良いと言うまで彼と話しちゃあかんで」
俺達が頷いたのを確認すると、シュログはドアを三度ノックした。
「立ち退きはせんぞ」
一瞬ドアが空いて、顔を出してそう言ったと思ったらすぐ引っ込んでいた。ドアも閉めようとしたらしいが、すかさずシュログが足を挟んでいた。シュログは強引にこじ開けると、小屋に入っていく。ひと部屋しか無い中は薄暗く、中央にジェルドと思わしき人は見えるが顔はよく分からない。
「上のやつらや無いようやが、何の用や」
険のある低い声が飛んできた。
「情報が欲しいんや」
合わせてか、シュログもいつもより低い、感情の入っていないような声で応じている。
「ほう、街じゃ知らん顔ぶれやが、この早耳を知って来とんのか。じゃがなまず対価を……」
「それも情報や。この子達のな」
俺達が対価? そんな大層な情報など無いと思うが……。
「内容次第やな、先に話せ」
ジェルドは俺達二人を見て言ってきた。だがシュログの考えが分からないから何を求められているのかさっぱりだ。俺はつい待ってくれ、と声に出して言いかけたが、すかさずシュログが遮ってくれた。ロズもシッと声を出してくれた。しまった、喋るなと言われていたんだった。
「わいらが聞きたいのはただの噂や。吸血鬼とか言うやつ。噂聞くだけやったら減るもんや無いやろ」
「そんなことで早耳を頼ってきたんか。面白い奴らやのぅ」
面白い、と言っておきながら声は全く笑ってなさそうだ。ジェルドはこちらに近付いてきて、俺達三人は暫し観察された。なんとも気まずい時間が流れる。
「武器も持ってへんそうやし、まあ、ええやろう。話したるわ。数日前のことやけど、デリティリのカナビラで連続殺人があったんやと。その犯人が吸血鬼やないかと騒がれとるっちゅう話や」
「ありがとうございます。それ以上は分かりませんよね」
「詳しいこと知りたいんやったら直接行くしか無いやろう。こちらからは以上やわな。それよりおまさん話してええんかい?」
吸血鬼と聞いてつい尋ねてしまったものだから、シュログに肘でどつかれた。ジェルドに真っ直ぐ指をさされ凝視される。耐えられないと思う前にシュログが視線の間に入って、庇ってくれた。
「わいが言うたんや。先に情報取られてお仕舞いなんて事になりとうは無かったから。これからはこっちが話す番やからもう話してええで。"あの事件"のこと教えるんや」
「なんや、事件って」
ジェルドは身を乗り出してきた。してやったりとばかりにシュログはにやにやしている。
「バーニング・ダウンの真相に決まっとるわなぁ」
なるほど、俺とロズしか知らないことだし価値はありそうだ。
「ただし落ち着いて話すんやで? ロズちゃん居るし」
口を隠しながら、シュログは俺の耳元で囁く。俺は頷いて、ロズと顔を見合わせる。無言だったが、お互い同じタイミングで頷いた。
ジェルドと部屋の隅に行って、俺が見たものをなるべく落ち着いて話した。
両親が襲われていたこと、襲ったのが恐らく吸血鬼らしいということ、村の外にも吸血鬼が沢山いたこと、そして気を失う直前まで火事に気付かなかったこと。
それらを相づちを打ちつつ静かに聞いていたジェルドは、話終わると俺の肩を叩いた。
「今すぐ信じろと言われてもちっと厳しいけど、おまさんが嘘言うてるようには思えへん。でも良い情報話してくれてありがとさんなぁ」
にこやかに言うと、俺の背中をぐいぐい押しながらシュログ達の方に向かって歩いていく。
「そこのベルタン訛りの兄ちゃん。何があったんだか知らへんが、おまさんらぁの精一杯の報酬、確かに受け取らさしてもらいました。わいまで話聞きに来たってことは、きっとカナビラまで行くんやろ? 悪いことは言わへんさかいさっさと行きな。最近この国、いつ何が起こるかわからへんねん。昔にな、金貸しの保証人になっとった人に夜逃げされたことあるねんから、用心深くなってなぁ。泊めてあげることは出来ひん。他の所も同じやろうから、夜にならん内に出発しなや」
質問をする間も与えられず、流水のようにさらりと言われる。親切で言ったのか、それとも追い出されたのか判別できないかったが、一際強く背中を押し出されたものだから、出ざるを得なかった。出てから振り返ると閉めかかったドアから手を振ってくれた所を見ると、悪い意味じゃないのかもしれないな。
「シュログ、ジェルドっていつもあんな感じなの?」
「わいもようは知らんかったんや。変人ってみんな言うとったけど、ああ言うことやったんやなぁ。ありゃ誰がみても変人やで」
「感心してる場合じゃないぞ。暗くなる前に先行くなり泊まるとこ探すなりしなきゃ」
「そうよね……。あ、工場から人が出てくるね」
「今日の分の仕事終わったんやろなぁ。わいたちも流れに紛れて移動するか、ここで突っ立ってても変やろうし」
移動しながら泊まれそうな場所を探していたが、途中で諦めた。住宅街は思っていたより広範囲をさすようで、どこもかしこも家、家、家。いくつか食堂があったけれど、仕事帰りの人で埋まっている。子供三人で入れる雰囲気ではないな。そこまで考えてから思い出したが、温かいものを食べていられるほど懐が温かくなかった。
「なあシュログ、ここからカナビラって遠いのか?」
「遠く無かったとちゃうかな。陸続きやし。セルバの隣の街や」
「もう船には乗らないのね」
「そうそう。それにセルバは前に教えた通り王様のお膝元やから、宿でもなんでも沢山あるらしいで、なんでもや。そうと決めれば早よ行こか」




