東堂 光
ピピピ! ピピピ!
「ん……あぁ……もうこんな時間か……」
けだるい体を起こし、のろのろと洗面所へ向かう。
俺、飛内関路。今年で24歳になった。
この歳で定職に就かず、アルバイトもしていない。家賃、光熱費、食費、美容サプリから小遣いに至るまで、すべて女に貢いでもらって生きている、いわゆるクズのヒモ男だ。親や地元のツレには、口が裂けても言えない生活を送っている。
「あっ……そろそろ洗顔クリームが切れそうだ。桐奈に言って買っておいてもらうか」
俺のメインのパトロンであり、幼馴染の無口な女の顔を思い浮かべながら、ぬるま湯で顔を洗う。泡立てたクリームを顔全体に馴染ませ、洗い流した後は、化粧水、美容液、乳液の順で丁寧に肌をケアする。電動歯ブラシで歯をしっかり磨き上げたところで、ふと思い出した。
「そういや、先週フロスしてなかったな」
歯の隙間の汚れを取るため、念入りにケアをする。ヒモにとってルックスと清潔感は命だ。これで朝のルーティンは終わり。
「あー……今日は15時から光ちゃんとデートの約束だったな」
髪をヘアバームでさっとセットし、服を着替える。光ちゃんに『今から向かう』と連絡を入れて家を出ようとしたところで、足を止めた
。
「あっ、プレゼント持っていくの忘れてた」
危ない危ない。用意しておいた紙袋を手に取り、俺はバイクで光ちゃんの家へと向かった。
ーーー
「関路さん、遅いですよ!」
「ごめんごめん、信号に捕まりまくってさ」
待ち合わせ場所で頬を膨らませていたのは、東堂光。今年18歳、高校バスケ部でキャプテンを務める現役女子高生だ。
髪型はベリーショート、身長は172cm。バスケットプレイヤーとしては理想的な体格だが、彼女の魅力はそれだけではない。少し幼さの残る顔立ちは、パーツの一つ一つが整ったかなりの美少女。おまけに、ユニフォームの上からでも分かるほどの巨乳。「胸にバスケットボールが二つ付いてるんですか?」とツッコミたくなるようなプロポーションは、間違いなく男を虜にする。
この子とは四年ほど前からの付き合いだ。俺が久々にバスケをしたなーと思い、公園のコートで遊んでいるところ、「ドリブルを教えて下さい」と声をかけてきたのが始まりだった。今ではすっかり、妹のような存在だ。
「お詫びじゃないけど、光ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント? ですか?」
首を傾げる光ちゃんに、持ってきた袋を渡す。中から大きなシューズボックスを取り出した彼女は、目を丸くした。
「えっ……これって、私の欲しかったあのスニーカーですか!?」
「そうだよ〜。前から欲しいって言ってたよね?」
「はい! めっちゃ欲しかったです!! でも、いいんですか……? こんな高い物……」
「いやー、欲しいスニーカーの抽選が当たってさ。気分が上がってついでに買っちゃった」
――もちろん、その支払いは俺のクレジットカードを引き落とし先にしている「別の女」持ちなのだが、そんな野暮なことは言わない。
「わっ! そうなんですね! おめでとうございます!」
「ありがと。せっかくだから、それ履いてデートしようよ」
「わかりました! ちょっとおろすの抵抗ありますけど……」
「わかるわかる。でも、スニーカーは履かなきゃ勿体ないからさ」
「ですね! じゃあ待ってて下さい!」
彼女は元気よく、自室へと駆け込んでいった。
ーー
しばらくすると、足元をピカピカの赤と白に彩った光ちゃんがニコニコしながら出てきた。
「どうですか! 似合ってます?」
「めっちゃ可愛い。すげー似合ってるよ」
「えへへ、ありがとうございます。大切に履きますね!」
彼女の嬉しそうな表情を見ると、俺の承認欲求が心地よく満たされる。俺を無条件で慕ってくれるこの純粋な笑顔が見たくて、俺は他人の金で彼女を甘やかしてしまうのだ。
「じゃー行こっか」
「はい!」
ーーー
「楽しかったね〜」
「はい! また連れて行って下さいね!」
光ちゃんとのデートは気分が良い。俺のやる事なす事に喜んで、素直に感謝してくれるからだ。
「関路さん! お願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
「ん? どうしたの?」
「私、1ヶ月後に大会があるんです」
「え、そうなの? 空いてたら見に行くよ」
「本当ですか! 嬉しいです! ……それでなんですけどね……」
光ちゃんは、上目遣いで申し訳なさそうに口を開いた。
「もし大会で優勝したら……お願いを一つ、聞いてもらえますか?」
「なんだ〜、そんな事か。もちろん大丈夫だよ」
「本当ですか! 絶対……絶対ですよ!」
「おう! プレミア価格のレアスニーカーでもなんでも来い!」
「あはは、違いますよ〜。お金はかからない物です」
「えー、じゃあなんだろー」
「優勝するまで内緒ですっ」
彼女は頬を赤らめながら、少し照れくさそうに笑った。
ーー
その後、光ちゃんのチームは順調に勝ち進み、いよいよ決勝まで辿り着いた。
決勝戦当日。俺は応援席に座り、アップ中の光ちゃんに応援のメッセージを送った。
『絶対勝ちますから、見てて下さい!!』
すぐに返ってきたメッセージは、自信に満ち溢れていた。
「頑張ってね、光ちゃん」
ホイッスルが鳴り、決勝戦が始まった。
ーー
試合は光ちゃんチームの圧勝だった。
チームの皆が一致団結して最高のパフォーマンスを見せてくれたが、中でも光ちゃんの活躍は凄まじかった。32ptを記録し、3Pシュートを5本連続で決めるなど、完璧なエースの働きだった。
表彰式が終わり、エントランスホールに向かうと、光ちゃんが同学年くらいの男の子と話しているのが見えた。邪魔をするのも悪いと思い、話が終わるまでスマホのSNSでも見ていようと視線を落とした瞬間――。
「関路さん!!」
背中から、光ちゃんが大きな声で勢いよく抱きついてきた。汗と制汗剤の混じった、青春の匂いがした。
「光ちゃんおめでとう! 格好良かったよ!」
「ありがとうございます! そんな事より関路さん! 約束覚えてますか?」
「もちろん! 覚えてるよ。俺になにをして欲しいのー?」
「ちょっとここじゃ話しにくいので……こっち来てください」
そう言うと、光ちゃんは俺の手を引っ張り、体育館の裏手の人目のつかない場所へと連れ出した。
「関路さん!」
二人きりになると、光ちゃんは先ほどのコート上での覇気が嘘のようにモジモジとし始め、真っ赤になった顔で俺を見上げた。
「関路さん……私、貴方のことが大好きですっ! 高校を卒業したら、お嫁さんにして下さい!!」




