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34 パーティーのその前に

 あれからリシーラは何度も何度も考えた。

 ウォルターに迷惑をかけるけれど、断るべきか。

 どうせすぐに妖精界へ行けないのだから、結婚をしてみたらいいのか。

 夕食後、部屋のソファに座って冷たくなったお茶を口にしつつ、まだ決めきれずにいた。


 二度も求婚してくれたのだ。


 リシーラの顔を覚えていなかったはずなのに、声で見分けていたことも、本当に好きだと思ってくれていたのかもしれない、と思える。

 そんな相手なら、一緒にいても嫌じゃないかもしれない。


 自分の心に言い訳しつつ、リシーラ自身も少しずつ自分の気持ちが変わって行っていることに気づいてはいた。

 たぶん、すぐには妖精界へ戻れないとわかったからだろう。


「結婚しないまま、ずっと人間界で生きて行くなら、お義兄様にもチャーリーにも迷惑ががかるから、結婚した方がいいのはわかっているのよ」


「人間は、結婚した方がいいの?」


 横でいつものお気に入りソファーに寝そべっていたメギーが尋ねてくる。

 隣にいたリシーラはうなずいた。


「結婚してないと、いずれ兄妹やその子供に養ってもらわなくてはならなくなるわ。女性貴族は仕事を持つのはあまり良いと思われないのよ。でも結婚せずに家族に養われていると、家族が貴族からお荷物を抱えている家だと言われるし……。何より私が結婚できないのはチェンジリングのせいだって噂がたって、家族が後ろ指さされたら申し訳ないわ」


 公爵家ぐらいの裕福な貴族の家ならば、何も問題ないし優雅に隠居もできるだろう。でもそれ以外の貴族や平民の商家では、あまり歓迎されない。

 そして女性貴族は自分で事業を起こそうとすると、奇異の目で見られる。


 なにより、リシーラが恐れているのは、チェンジリングの噂が広まることだ。


 ウォルターやアンナ。そして今後他家の人達と新たに交流したり、結婚をすることになる二人の子供チャーリーに迷惑をかけるのではないかと思っているのだ。

 大切な人が、自分のせいで悪口を言われるのは嫌だった。


 もう一つ一歩踏みきれない理由は、チェンジリングのことを知ったレジェスの反応が怖いことだ。

 いつか、あの時側にいたのは妖精だったとわかったら?

 特にチェンジリングのことなんて、公爵夫人がこちらに縁がある人達を探っていけば、いつかは知ることになる。


 リシーラを嫌っていて、アンナに追い出された使用人達は、リシーラの悪口を言うだろうし、チェンジリングのことも全部教えてしまうはずだ。

 そしてチェンジリングの娘だとわかったら、レジェスが受け入れてくれたとして、公爵夫人が黙っているわけがない。


 爵位を甥のために取り戻そうとした公爵夫人が、風聞の悪い娘が大事な甥の結婚相手になったら……さすがに嫌がるだろうし、追い出そうとするのではないかと思うのだ。

 予想を話すと、メギーが渋い表情をした。


「ふーん。人間は面倒ね」


 そこでリシーラの前の机に座り、お菓子のクッキーを食べていたイータが顔を上げる。


「そうだ。だったら確かめてあげるよ」


「え?」


 一体何を? とリシーラは首をかしげる。


「今度、パーティーへ行くんでしょ? その時、先にレジェスを別の場所に呼び出してさ、その時に妖精が現れたらどうするか、様子を見てみなよ」


 それはリシーラにとってもすごく良い提案に思えた。


「大丈夫? そんなことできるかしら?」


「ぱっと僕らが姿を見せて、叫んだりしたら逃げればいいよ。それだけでしょ」


 イータが軽く答える。


「そうだね、確かめてみた方がいいよ」


 ルファも賛同した。


「だって、返事をする前に知りたいんじゃないか?」


「それはそう」


 リシーラはうなずく。

 パーティーの後では、婚約者として選んだと公表されてしまう。


「そうしたら……。パーティーの前に話があると伝えて……庭を散策させてもらう?」


「うんうん。リシーラには隠れてもらってさ、僕らがレジェスに接触するよ。その様子を、隠れて見たらどう? だめそうだったら、手紙だけ残してパーティーに出るのを辞めたらいい」


 ルファの言葉に、リシーラはうなずく。


「うん、そうする」


 信じられるのかどうか、確かめてみたい。

 リシーラと妖精の存在は切っても切れない物なんだから。



 それからしばらくして、パーティーの日がやってきた。

 夕方のパーティーに向けて、リシーラは昼が過ぎてすぐに用意していたドレスに着替えた。

 選んだのは、黄色のさらりとした質感の絹を使ったドレスだ。


 個人的には、イータのような茶色のドレスを着たい。クー・シー達は茶色い毛皮の子が多いので、リシーラはお揃いにして家族っぽい気分を味わいたかったから。

 でもさすがに主役になるかもしれないパーティーで、格式ある公爵家が開催するものなのだからと、アンナに説得されて華やかなドレスになった。


「黄色もそんなに目立つわけじゃないのだけど……。オレンジ色も入れたし、造花も本物の花のように綺麗なオレンジ色の薔薇にしてもらったんだし。なかなか良くなったわ」


 力を入れてドレスを作ったアンナは、着用したリシーラを見ながら満足げだ。


「でもね、婚約が嫌ならそう伝えたらいいわ。もしそれがパーティーの後だったとしても、私達は全面的にあなたの希望に沿うようにするから、安心してね」


 アンナはそう言って微笑んでくれる。

 早々に決めなくていいと言ったアンナは、パーティーの日まで悩み続けたリシーラのために、そう言ってくれるのだ。


 うつむいてしまうリシーラだったが、準備を整えて黒のジャケットの下にベージュのベストを着て、ふくよかなお腹を包み込んだウォルターが言う。


「リシーラがこんなに悩むのは初めてだからな。なぁに、一応先方には、『何分格が違うこともあり、もしかすると遠慮させていただくかもしれません』と連絡してあるから。それでもいいと返事が来てるので、安心してくれ」


 ウォルターの言葉に、リシーラはびっくりする。


「え、そんなお手紙のやりとりをしていたのですか? ウォルターお兄様」


「あら初耳」


 アンナも知らなかったようだ。


「そこまでお伝えしているのなら、お断りしていても問題なさそうですわね。良かったわねリシーラ」


 にこにこと笑うアンナに、リシーラもうなずく。

 断ることを思うと、ウォルター達に迷惑をかけるのが心苦しすぎて辛かったが、これなら冷静に判断できそうだ。


「ありがとうございます、ウォルターお兄様。こんなに配慮していただいて……」


「感謝してくれていいぞ! やった甲斐があるというものだからな」


 あっはっはと笑ってくれるウォルターのおどけたような言葉に、リシーラも心が軽くなる。

「じゃあ、行ってらっしゃい。私達は後から行くわ」

 アンナに送り出され、リシーラは二人より先に出発することにした。

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