35 レジェスとルファ
公爵家には続々と招待客が到着していた。
そんな中、リシーラは何度か見かけていた公爵家の家令に話を通すことにする。
「すみません、事前にレジェス様と一度お話をさせていただきたいと思っていたのですが。可能でしょうか?」
「おお、ミゼル子爵令嬢でしたか」
家令はレジェスが選んだ相手のことを承知していたようで、すぐに請け負ってくれる。
「承知いたしました。どちらかの部屋をご用意いたしましょうか?」
リシーラはあらかじめ用意していた言葉を告げる。
「それでは、会場から少し離れたお庭でお話させていただければ……。先日も素晴らしいお庭を拝見しまして、ぜひ他のお庭も見てみたかったものですから」
「では……東側の庭などいかがでしょう。パーティー会場からも離れておりますから、準備の騒がしさもなくお寛ぎいただけると思います。レジェス様もすぐにお呼びしますので」
「ありがとうございます」
散策する庭はどこでもいい。
沢山の人がいるところから離れて、レジェスが素の反応を見せる場所であれば。
すでにクー・シー達三人は、姿が人には見えないようにしてついてきていた。
「私ここ来るの初めてだわ」
今までお茶会についてきたことがなかったメギーが、興味深そうに周囲を見回している。
「僕はもう慣れたもんだよ」
先輩風を吹かせているのはイータだ。
「あそこがいいんじゃない?」
さっさと待機する場所を探していたのはルファだった。
ルファが指さした先には、薔薇の蔦が絡むアーチがある。
「いかにも人がいそうだから、リシーラを探しに来たらそこを見に来ると思う。それに僕らがいかにも現れそうだし」
ちょっと待を開けてルファが付け加える。
「期待通りの行動をしなかったら、僕らのことは目の錯覚だとごまかしやすいよ」
例えば、レジェスが『妖精なんて気持ち悪い!』と拒否反応を示した時とか。『悪魔が出た!』と攻撃しようとした時などだ。
あとはルファ達を見たとたん、怯えて逃げる場合。
完全に妖精の存在を受け入れられないのがはっきりするから、ルファ達はさっと消えればいい。
「リシーラはこっちね」
メギーが手を引いて連れて行ったのは、薔薇のアーチが見える、かがめば隠れられる生垣だ。
ぐるりと生垣がアーチを遠くから囲んでいるので、アーチが邪魔して見えない時には、リシーラがこそこそ移動さえすればどこにいてもレジェスの姿が見えるようになる。
「メギーはリシーラと一緒にいなよ。ドレスが汚れてたらこっそり見てたのがバレちゃう」
「それもそうね」
イータの指摘にメギーがうなずき、メギーはリシーラと様子を見ることになった。
そうして全員がさっさと所定の場所につく。
イータが「気配が近づいてくる」と言ったからだ。
間もなく、予想通りにレジェスが姿を現した。
東の庭にいるとだけ聞いたレジェスは、到着してすぐにきょろきょろと見回す。
中央のアーチ以外には視界を遮るものが少ない庭だ。少し離れた生垣の外は、整えられた庭になっていないので、その奥ならば木立などがあるけれど。
「リシーラ嬢?」
呼びかけるが、返答がないのでレジェスはアーチに近づく。
その陰に隠れていると思ったのかもしれない。
驚かさないようにか、そっと横から向こう側を覗こうとしたレジェスは――。
「わっ」
ひょこっと顔を出したルファと至近で顔を合わせてびっくりしていた。
「あれは驚くに決まってるわよ」
メギーが文句を口にする。
同意しつつ、リシーラはその後をかたずをのんでじっと見守る。
「犬か? なんでこんなところに」
最初は姿形から犬だと思ったレジェス。
いつもそうしているのだろう、撫でようとして手を伸ばし――他のところに気づいて手を止めた。
ルファは犬のふりをしていなかった。
二足歩行状態で、妖精らしくベストや半ズボンを着ていた。
じっと見つめた後、レジェスは言った。
「……君は、リシーラ嬢の友人かい?」
リシーラは息を飲んだ。
まさか二足歩行の妖精の姿を見て、すぐにリシーラに関係した存在だと思うなんて。
「最初から、知っていたのかしら?」
メギーのつぶやきを聞きながら、リシーラは彼の続きの言葉を聞いた。
「名前はどの人かわからないな。あの時は色もぼんやりにじんでたから」
レジェスはかけていたメガネの弦に触れて位置を直しつつ、黙っているルファをまじまじと見る。
ルファの方は対応を決めかねているのか、じっと黙ってレジェスを見つめている。
そんなルファに、レジェスは離し続けた。
「確か三人いた。リシーラは山に住む民だと言ってたけど、彼らのことを私は知っているんだ。全身をくまなく毛皮で覆っているわけじゃないし、手触りも違う。たいていが鹿の毛皮を着ているから。それに、犬のような耳なんてないからね」
「…………そうだったのね」
リシーラは初めて獣の民の詳細を知った。
本で読んだり、会ったことがあるという人から話を聞いたという、ウォルターによる伝聞でしか知らなかったのだ。
ちょうどいいから、と思い出して名前を使わせてもらっただけで。
それを不審に思いながらも、レジェスは黙っていた。
なぜ?
「でも、君もリシーラも私を助けてくれた。だからいつか、お礼を言おうと思っていたんだ。ありがとう」
礼を告げられたルファの方は、少々困惑しているようだった。
じっと黙っているルファの代わりに、質問をしたのは、その横からひょっこりと顔を出したイータだ。
「僕らのこと、何だと予想してるの?」
くすくすと笑いながら現れたイータに、またしても驚かされながらも、レジェスは慌てたりしなかった。
「二人目か。その声は……イータ」
「当たり」
イータはあっさりと正解だと答えた。
「最初は人だと思ったが、あまりに状況も行動もおかしかったからね。一週間も考えて、私は思い出していたんだ。こんな妖精が出てくる物語があったって」
「僕らは、妖精だと思うの?」
「そうだろう? さもなければ、出入り口のない地下から、ひょいひょいと出歩いて、物を持ち運んだりできない」
レジェスは、あの地下空洞に出口がないことを知っていたようだ。




