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30 その時がきてしまった

 リシーラの心配をよそに、レジェスは言う。


「私は支えられなくても大丈夫です」


 彼は堂々とした態度で、リシーラに一歩近づく。


「家の問題は、私が自分で片付けられます。協力者である叔母も同じ志を持った同士ですから、そちらについては問題ありません。なんとなれば、王家にも個人的に融通を利かせられますので、他の家の協力はそれほど必要としていないのです」


 さらに一歩近づき、続けた。


「必要なのは、裏切らない相手であることです」


「裏切らない……?」


 意外な言葉に戸惑う。

 信じられる人なら、ということだろうか。


「そ、それなら。あなたの幼馴染のパトリア様とか、他にも恋い慕う方がいます。その方達の方が裏切らないのではないでしょうか」


「いいえ。信じられませんね」


 レジェスがばっさりと斬り捨てた。


「恋している間は盲目になるだけです。私の言うことも信じてはくれるでしょう。けれど彼女達は、その熱を失った後でもまだ同じように私を裏切らずにいられるかわかりません。それを確かめるのは至難の業です」


「まぁ、そうですけれど……」


 裏切らない人かどうかなんて、極限状態にならなければわからない。


「それに、何かあった時に錯乱したり、私のせいにするなど、折り合いをつけてやっていけない人でも困ります。他責思考で動かれてしまうと、無意識に私を裏切る行動をすることにもなります」


 そしてレジェスは意外なことを言った。


「でも一応、試しはしていますよ」


「え、いつですか?」


「先日の、地下室でじっとしてもらった時ですね」


 あれが!? とリシーラは驚く。

 一体どのあたりで判断ができるんだろうと悩んでいると、レジェスが答えてくれた。


「私の代理でもある公爵夫人の頼みを、完遂してくれるかどうかですね」


「そういうことでしたか」


 単に、地下での生活を再体験してもらい、怖がらない人を選別するのかと思ったら、違ったようだ。

 おかしなお願いをしても、それを実行してくれるのなら……裏切りにくいかもしれない。

 自分の感情より、頼みごとを優先してくれるという証明にはなるから。

 その後の対応にしても、他責思考なら抗議の内容でわかるだろう。


「どなたもこれはクリアできませんでしたね」


「でしたら、私も選ばれてはいけないのでは?」


 するとレジェスが小さく笑う。


「いいえ。あなたは全部合格していますよ」


「そんなはずは……」


 先日のことだって、リシーラも他の令嬢と一緒に地下室から出て行ったのだ。とてもクリアしているとは思えない。


「いいえ。そもそもあなたは最初から、全てクリアできているんです」


 わけがわからずにいると、レジェスが突然の宣告をした。


「あなたこそ、私が以前求婚した人だからです」


 リシーラは時が止まったように感じた。


(え……忘れていたと思ったのに)


 普通に話していても、今までは決してあの一か月のことをレジェスは言ったりしなかった。

 だからあの一か月間、レジェスの視力が悪かったのと同じように、怪我のせいで耳も少し悪くて、リシーラの声もはっきり覚えていなかったのだろうと安心していたのに。

 不意を打たれてぼうぜんとしてしまうリシーラに、レジェスは続けた。


「間違いなかったようですね」


 言われて、始めてリシーラは自分がかまをかけられたことに気づく。


「なっ、えっ、違っ」


「人違いでしたら、すぐに違うと言えるでしょうし。もしくは困惑した顔をするでしょう。顔に書いてありますよ。バレたって」


「ちが、違います!」


 今更だとは思ったけれど、リシーラは抵抗を試みた。

 なんとか訂正できるかもしれないではないか。

 だけどレジェスはリシーラが本人だという前提で話し続ける。


「あの時は、はっきりと顔が見えなかったから、こんなに表情が豊かな人だとわかってよかったです」


「……ふ、普通ですし、人違いです」


 リシーラはなおも抵抗する。

 否定するため手を横に振ったら、レジェスはその手を掴んだ。


「あの時はほとんど見えなかった私ですが、ずっとこの手の感触を覚えていました。温かな温度も、指の細さも全て同じです。間違えたりしませんよ、何日も何日も、この手に救われ、助けられたのですから」


 指先を包み込まれるようにぎゅっと両手で握り締められて、リシーラは思った。


(終わった)


 妖精界へ行く道が、すぐ近くにあったのに閉ざされてしまった。

 それを思い浮かべて悲しくなるのと同時に、それを少しだけ期待してしまっていた自分に気づいて混乱する。


 どうして。

 自分はそれを望んだことはなかったのに。

 ちょっとだけ、誰かに選ばれるのは嬉しいだろうなと思ったことはあっても、そうなって欲しいと言ったことはなかったのに。

 妖精界へ行きたかったのは嘘じゃなかったのに……。


「あの、すみません、帰ります」


 混乱したリシーラは、レジェスの手を振り払ってダンス室から飛び出した。

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