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塩対応の公子様と二度と会わないつもりでした  作者: 奏多


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29/42

29 告白

 レジェスは令嬢達が向かったエントランスとは逆方向へ、リシーラを案内した。

 公爵家の広大な館は、廊下もとても長い。

 歩いているうちに落ち着いてきたところで、レジェスは一室にリシーラを案内した。


「ダンス室ですか」


 オレンジ系の色で装飾された壁と、木目の美しい床。出窓のように部屋が六角形の形になっていて、壁の半分は大きな窓になっていた。

 明るく、そして数人が躍るには適した広さ。


 部屋の隅にはピアノ。

 他にもバイオリンなどの楽器が、棚に並べられている。


「会話内容を聞かれたくないかと思いまして」


 レジェスの返答に、リシーラは配慮を感じた。

 ダンス室は音が外に漏れにくいように造られている。

 完全な防音にはできないが、大きなピアノの音がうっすら漏れ聞こえる程度で収まるのだ。小さな声での会話なら、まず聞き取ることはできない。


「ご配慮ありがとうございます。助かりましたわ」


 一礼するリシーラに、レジェスは微笑む。


「私はミゼル嬢に迷惑をかけたいわけではないので……。ただ改めてお礼などを言いたかったのです」


「そのことならお気になさらないでください。とっさのことで……」


 曖昧に動機を濁して言うと、レジェスが口元に笑みを浮かべた。


「きっと私を助ける時も、とっさのことだったのですね」


 言われて、リシーラはうなずく。

 事実、それぐらいの単純な行動だったから。


「その通りです。あれが公爵家の見知らぬ騎士の方だったとしても、沢山の敵を引き付けて他の人を助けようとしていたなら……、私は同じようにしたのだと思います」


 死ぬかもしれないとわかっていて、見過ごすのは嫌だとリシーラは思うから。

 助けてほしいと泣いても、誰も助けてくれなかった幼少期の辛さの中、手を差し伸べてくれたウォルターとアンナの記憶があるからかもしれない。


「やはり、私が思った通りの方だ」


 レジェスはそんなことを言い出す。


「思ったとおり、ですか?」


 リシーラは警戒してしまう。

 それは、以前、一か月間近くを一緒に地下で過ごした経験の結果なのか。

 先日助け合った時の印象なのか。


 緊張していると、レジェスが続きを口にした。


「普通の貴族令嬢は、騎士や兵士を助けようとは思いませんから」


 それもそうだとリシーラは納得した。


「ですね。私が変わり者なのだと思います」


「だとしても、助けていただいたことには変わりありませんので、改めてお礼をしたいのですが……」


「いえ。私も助けていただきましたから。お互いにそれで十分ではないでしょうか?」


 リシーラが返す必要はないと言えば、レジェスはあからさまにがっかりした表情になった。


「え、なんでそんなに?」


 慌てるリシーラに、レジェスが謝る。


「すみません、表情に出過ぎましたか。実は今日までの間に、一体何をお贈りしたら良いかと思いまして。色々と考えた末に、一番良いのはご本人に欲しい物を尋ねることだと思ってそうしたんです。どんなものを頼まれても、あらゆる手を尽くしてみせると意気込んでいたのと、実はそうしたことを考えるのが楽しかったものですから、寂しい気持ちになりまして」


「楽しかったのですか?」


 思わず聞いてしまってから、リシーラはあっと思う。

 プレゼントするのが好きな人もいるだろう。

 レジェスはその中でも、プレゼントに対してあれこれと考えたり全力を尽くすのが好きな人だったのかもしれない。


「ええ、あなたに贈るプレゼントは、考えるだけでも楽しいとわかったのです」


「…………」


 どうしよう。

 そんな言葉が胸の奥で渦巻く。

 この先の言葉が想像できるけれど、自分の中で嬉しいという気持ちが湧くのだ。

 思わず逃げたくなるが、それをも見通してかレジェスはリシーラを逃すまいと告白した。


「私は、自分の隣にいる人としてあなたを選びたい」


 ああ、逃げられなかった。

 リシーラは追い詰められたと同時に、嫌ではない自分に戸惑う。

 レジェスの側にいるのは悪くはない気分だった。

 一か月一緒に暮らしたからなのか、側にいても落ち着く気がするし、彼が嫌なことをする人ではないというのもわかっている。


 だけどリシーラは、ずっと妖精界へ行くために努力してきたのだ。

 あの努力の日々を無駄にしたくないなら、断るべきだ。

 でも、誰かにこうして選ばれる喜びもある。

 混乱した末に、リシーラは側にあったピアノに目を止めた。


「私はピアノも弾けません」


 チェンジリングから戻って来た後、わずかに触ったことがあるぐらいだ。

 その後、母親の疑念が大きくなってからは、華やかな物、令嬢らしい物からは遠ざけられていった。


「そんな私が選ばれても、レジェス様を支えることなどできないと思います」


 公爵夫人だからといって、誰もが領地運営ができたり、社交に明るいわけではない。

 側に立って微笑んでいればいい、と言われる人もいるだろうけど、レジェスは助けを必要としている立場だ。

 そのために公爵夫人候補として集められた人の中で、レジェスに選ばれたい令嬢は、みんな家が力を持っていたり、本人に何らかの美質がある人だった。


 でもリシーラは彼の家が、他家から攻撃されないように仲間を作ったり、才能で圧倒して憧れを集めたりなんてできない。

 なにせ教育だってウォルターが気にかけてくれるまで半端な状態だったのだ。

 それも後から急いで覚えたので、基本的なダンスを覚えることはできたけれど、長く続けて習熟していくピアノなど音が出て目立つ物は無理だった。


『偽物が人間の真似なんかして!』


 そう言って頬を叩かれた時のことを思い出し、目をぎゅっと閉じた。

 だからリシーラの特技は、ただ辛抱強いことだけ。

 一つの目標のために耐え続けられることだけが、リシーラの特技だ。

 それは公爵夫人に向いているとは思えない。

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