28 帰り際に
(意外と、実はレジェス様に憧れている令嬢も多いのかもしれないわ)
これだけの美丈夫で、格式と権力ある貴族の跡取りなのだ。
その人に選ばれて隣に立ちたいと思う令嬢は、けっこう沢山いるのかもしれない。
想像をすると、少し息苦しい感じがした。
リシーラは部屋の空気がこもっているのかもしれないと、思うことにした。
その後は和やかにお茶会は進んだ。
ひととおりの令嬢と会話をしたレジェスは、さらにテーブルをもう一周した。
レジェスがいないテーブルでお茶を飲んでいても、暇だとは感じないようになっている。
なにせ話題を提供するために隅にいた楽団によって音楽が奏でられている。
他にも美しい宝石のようなゼリーや、砂糖で絵を描いたクッキーなどが追加されたりもして、リシーラも珍しい物が見られて楽しく過ごせた。
お昼直後から始めたお茶会は、そうしているうちに時間が過ぎ、午後のお茶の時間を過ぎた頃に終わりが告げられた。
レジェスが先に退室し、公爵夫人が令嬢達に挨拶する。
「皆様、何度も当家のお招きに応じていただきありがとうございました。様々な問題も起きましたが、皆様のご厚意で今回は滞りなくお茶会を終えられたことを、感謝申し上げます。そして、今回で我が甥の結婚相手の選定を三名まで絞ることができました」
公爵夫人の言葉に、令嬢達が少しざわつく。
襲撃なんてものがあったから、早めに終わるとは思っていたものの、まさか今回でとは思わなかったのだ。
(でも……考えてみれば、これぐらいの人数から一気に絞った方がいいのかもしれない)
じわじわと、一人一人令嬢が落とされると、『残念でしたわ』となぐさめ合うこともできず孤立感が深まって、公爵家への負の感情を抱えることになるだろう。
本当に公爵夫人は、レジェスのことを考えているのだなとリシーラは思う。
襲撃のように直接的な殺意は怖いけれど、こうした負の感情が殺意を見逃そうという悪意に変わったりするし、危機的状況を作りかねないと考えたのだろうから。
公爵夫人の話は続く。
「三名の方には、本日中にお家へ直接ご連絡を申し上げます。また、皆さんに二週間後に開催するパーティーへの招待状をお送りいたします。その場でレジェスが選び、ダンスを踊った女性を婚約者としたいと思っております」
これまた上手い手だ。
三名まで絞った後、選ばれた令嬢が誰なのか他の人にはわからない。
だから最後に誰かが選ばれても、本人たちが公言しなければ選に漏れてもわからず、落とされたという不名誉な話が広まることもない。
令嬢達の名誉に、とことん配慮していると思う。
一方、もう一つ理由がある。
「これって、襲撃を防ぐためかしら?」
同じテーブルの令嬢が、こそこそとささやき合っていた。
誰が選ばれたのかわからなければ、襲撃者が結婚を阻止したい場合には、令嬢を保護することにも役立つ。
しかも招待状は全員に送られるので、誰に決まったのか、手紙の送り先だけを追跡してもわからないのだ。
「そうね。選ばれて、喜びのあまりドレスや高価な宝飾品を用意しなければ、他の人にバレることもないでしょう」
応じた令嬢は、リシーラと同じことを推測したようだ。
これで、公爵家に好意的な家の令嬢達を守ることもでき、この公爵夫人の選考で公爵家を嫌がる人を作るらずに済むだろう。
他人事ながら、リシーラは安心する。
「それでは二週間後、また皆様とお会いできると嬉しいですわ」
公爵夫人のこの言葉で、お茶会は終わった。
令嬢達はしずしずと帰宅の途につく。
その中に混じっていたリシーラだったが、途中でメイドに呼び止められた。
「申し訳ございませんお嬢様。お忘れ物があったようですが、お嬢様の物かご確認いただきたいのです」
「何かしら?」
尋ねたリシーラに、若いメイドは困った表情で言う。
「すみません、慌ててこちらへお持ちするのを忘れてしまいまして、先ほどのお部屋へいらっしゃっていただけますか?」
「わかったわ」
リシーラは素直にうなずく。
そうして先ほどの広間に戻ると――。
「お久しぶりです。先ほども挨拶しましたが、改めてお詫びを申し上げたいと思いまして」
レジェスがそこで待っていた。
メイドはささっと部屋から退出してしまう。
なるほど、忘れ物などはなくて、リシーラをレジェスとこっそり会わせるための方便だったようだ。
でも、何の話があるのだろうか。
「まだここは片付けが終わってないようです。少し外に出てお話しませんか?」
緊張していたリシーラは、レジェスに誘われてうなずく。
なぜなら、リシーラは片付けの大変さを知っているからだ。
(母が存命だった頃は、メイドみたいなこともさせられてたっけ)
リシーラを実の娘だと認めたくない母親は、チェンジリングならばこき使えばいいと、虫の居所が悪くなるとメイドのような仕事もさせていた。
仕置きの一環だと言われて、一緒に作業をさせられたメイド達も戸惑っていたが、何度もおなじことが続くうちにリシーラを同僚のように扱うようになり……。
(そのうちに、メイドの彼女達が少し私をなじったり、こづいても母が何も言わないからと、下に見るようになったのよね)
リシーラにだけ作業をさせたことだってあったし、それをわざわざ眺めていることすらあった。
銀のスプーンをくすねて、リシーラのせいにした事件もあったなと思い出す。
今はウォルターとアンナが追い出してくれたので、リシーラをいじめたメイド達はみんないなくなったけれど。
思い出したら、この場にいるともっと他の記憶も浮上してきそうだったから、リシーラはレジェスと一緒にさっさと部屋を出る。




