18 妖精と対策会議をします
家に戻る道すがら、イータから詳細を聞くことにした。
馬車に乗り込むとイータも同乗する。
「詳しく聞かせて?」
「うん。ただこっちから聞いた方が正確かも」
そう言ったイータの白い毛の間から、もふっと顔を出したのはあのとんがった木の姿をした妖精だった。
「自分で説明するってさ。ほら、言いなよ」
イータは木の妖精をうながす。
木の妖精の方は、おどおどとしながらも話し始める。
「はじめまして、お嬢さん。その、ほんとに僕らが見えるんですね」
リシーラが、姿を隠している状態の妖精を見て話ができることにびっくりしているようだ。
「私は特殊なの。それで、パトリア嬢が父親から鞭で打たれているっていう事情について聞かせて? その……しつけでも鞭を使うなんて、貴族令嬢にはしないことなのよ?」
木の妖精は、しょぼんとした表情で目じりを下げる。
「パトリアの父親は、怒りんぼなんだ。公爵家の跡継ぎに嫁がせるつもりだったのに、前は公爵の弟の子のことををパトリアが嫌がってて、正直に言うとぶってたんだ。今度の跡継ぎはパトリアも嫌がらなかったんだけど、跡継ぎがパトリアを好きにならないからって、パトリアをぶつんだ」
「うわ……」
リシーラはうめいてしまう。
パトリアの父伯爵は、本家の公爵家を乗っ取りたくて仕方なかったんだろう。
木の妖精によると、最初は、レジェスの父母が亡くなった後で跡継ぎになろうとした、前公爵の弟の息子を狙っていた。
パトリアがその子息を嫌がったのは……。
(祖父の弟ってことは、その子供もいい年齢よね。よほど高齢でもうけた子じゃない限りは……)
自分の父親と同じ年齢のおじさんだろう。
蝶よ花よと育てられた令嬢なら、嫌がって当然だった。
だからレジェスが跡継ぎになって、パトリアはどんなにか喜んだことだろう。
でも上手くいかないのは当然だ。
パトリアはレジェスの好みの女性とは違うようだし、自分を家から追い出そうとした人物と親しい父親がいるのだから。
(レジェス様が、よほどパトリア嬢を好きじゃない限り、その間柄では結婚はないでしょうね……)
でもそれはパトリア嬢の努力で覆せるものではない。
(努力だけで何もかもうまくいくなら、私だって両親に監禁されたり、捨てられたりしなかったでしょう)
でも努力のせいにする人達は沢山いる。
自分が何かを努力して簡単に得られた経験があったから、他のことも全てそうだと思い込む人は特に。
パトリアの父は、運や相性の問題を、努力で全て改善できると思う単純な人なんだろう。
でもか弱い子供の時から、それを押し付けられたパトリアは辛かっただろう。
そうなると離れることぐらいしか避ける方法がないのだけど、貴族令嬢にその選択肢は厳しすぎる。
パトリアも困った末に、自分が努力したら父親も打たなくなると思い込んでいるのに違いない。
そんなことはないのに。
「パトリアを止められれば、他のご令嬢もひどい目にあわされなくて済むのだけど……」
事情を知ったからといって、レジェスがパトリアを選ぶわけがない。
彼女の父親は悪意から生涯レジェスの動きを阻害して、呪いのようにいつでも無理難題を押し付けてくるだろうし、パトリアに子供ができたらレジェス自身を排除しにかかる。
そんな恐ろしい呪物を、可哀想という同情心だけで受け入れる人はまずいない。
ならばパトリアが可哀想な存在ではなくなれば、レジェスも気にせず他の誰かを選べるようになるだろう。
置き去りにしたり、結婚にうなずいたのに約束を破ったリシーラは、それを後ろめたく思っていたので、何か罪滅ぼしができればと考えていた。
だから、これは好機だと感じたのだ。
(パトリア様を手助けしたら、レジェス様の結婚の手伝いになるかもしれない)
そうしたら清々しい気分で妖精界へ行けるはず。
「とりあえず、鞭を隠すことはできない?」
まずはパトリアが鞭打たれないようにしよう。
そう思ってリシーラは、パトリアを守れないか木の妖精と相談してみたのだった。
木の妖精は、とりあえず対策を実行してみると言って姿を消した。
「ふう……」
息をつく。
パトリアの事情を知っても、リシーラにできることは多くない。
だから鞭を隠すなんて方法を提案したのだ。
怒りを感じても、すぐに発散できずにいる間に探し回るという行動をしているうちに、少しは落ち着くだろう。
それに、パトリアも逃げる隙があるかもしれないと思って。
でも悶々とするのは、自分も虐待されていた過去を思い出してしまったからか。
今は、従兄夫妻のおかげで危害が加えられることはないし、穏やかに生活できているけれど、あの頃の心の傷が癒えたわけじゃない。
妖精界へ行きたいと思ったのは、過去の嫌な記憶が宿る全てを見ずに済むからだ。
「女王様、まだ私を待っていてくれるかしら……」
それだけが心配だ。
なにせ約束をもらえたのは、リシーラが小さい頃だったから。
「大丈夫だよ。妖精の時間の感じ方は、人とは違うからね」
「そうね。そうよね……」
妖精界へ行って二週間くらい経ったかと思ったら、実は半年が過ぎていたと知った時はびっくりした。
そこからの一年ずつが、とても長くて辛くて、妖精だったら時が早く思えたかもしれないのにと、何度も何度も泣いたのだ。
でも女王がリシーラと同じぐらい長い間待っている感覚ではないと聞いて、改めてほっとする。
「後は何年で、もう一度妖精界へ行けるようになるか、よね」
「でも今はいじめられないし、待ちやすくなったんじゃない?」
イータに言われてうなずく。
「うん。ウォルター兄さまやアンナお姉様のおかげで、安心して待てるわ」
地獄みたいな状況を耐えなくちゃいけないわけじゃない。
それだけでもリシーラは、嬉しかった。




