14 早く着いてしまったら
もう一回だけお茶会に出席したら、きっとお役御免になるだろう。
家に戻った後、リシーラからお茶会の様子などを聞いたアンナも、その推測に同意してくれた。
「初回は、顔を見て第一印象を確認するだけだったのかもしれないわ。二度目で、もう少しお話をして、それで令嬢達の餞別をするのではないかしら? ほら、一度だけでふるい落としてしまったら、ご令嬢の名前に傷がつくかもしれないもの」
もし本気でレジェスと結婚したがっている令嬢がいたら、初回だけでお断りされたら傷つくに違いない。
公爵家と関係の良い家の娘だからこそ、上手く言い訳が立つ状況を作りたかったのだろうとアンナは考えたようだ。
二度も招かれた、けれどお互いに条件が折り合わず……と言えるから。
リシーラも納得する。
「だが、無理はしなくていいんだぞ? きちんと一度は出席したんだし、二度目は具合が悪いとか、断る理由は作れるからな?」
求めに応じる態度は示せたのだから、一度で公爵家への義理は果たしたも同然だ、と言うウォルターに、リシーラは微笑む。
「大丈夫ですよ。お茶を飲んで帰るだけですから」
レジェスが自分のことを思い出した様子はなかったので、リシーラは一度目より気楽にしていた。
そうしていると、二度目のお茶会の招待状がやって来る。
時間を何度も確認し、馬車に乗って出発。
そうしてお茶会にやって来たのだが。
「……え、早すぎたのですか?」
到着して聞かされたのは、お茶会開始よりも一時間早く来てしまった、ということだった。
応対したのは、公爵家の家令だ。
「予定の変更があったのですが、ご連絡に行き違いがあったようです。申し訳ございません、お嬢様」
昔は歴戦の兵士だったようながっしりとした体格の家令が、しおしおとうなだれて申し訳なさそうに伝えて来る。
通常、公爵家の家令ともなれば当主の代弁者としてなかなかの発言力を持ち、それなりに威厳もある。
場合によっては貴族でも堂々とあしらう立場だ。
そんな人が、全身で「すみません……」と謝罪しているのを見て、怒れるはずもない。
「わかりましたわ。どちらかで、待たせていただいてもよろしいですか?」
一度帰って出直すのも面倒だと思って言えば、家令はぱっと表情を明るくして、庭を案内してくれた。
「こちらの東の庭は、今は日差しもやわらかくて過ごしやすいかと。お茶もご用意させていただきますので、ゆっくりとお寛ぎください」
家令は東側の庭にある東屋へとリシーラを連れていき、メイドを呼び、お茶の準備をさせる。
お茶はあらかじめ用意していたかのように、素早く出された。
たちまち庭で一人お茶をする状態になったリシーラは、ふっと息をついて庭を眺める。
手入れをされた公爵家の庭は、こちらは白の薔薇を中心にしているようだ。
囲むように黄色の花や水色の淡い色の花が咲いていた。
近くにいる庭師が、この花々を維持するため如雨露で水を注いでいる。
(あの庭師は妖精に好かれているのね)
如雨露の側にトンボのような翅を持つ、蝶ほどの小ささの妖精が二人飛び周り、楽しそうにしていた。
その様子が微笑ましくて見ていると、近くにいたメイドが庭師に声を掛けに行き、庭師が何本かの花を切って渡す。
淡いピンクのフリルのような花だ。
メイドには妖精が見えないのだから、花を見てにこにこしていると思われて、近くで見られるようにしようと思ったのかもしれない。
ちょっと申し訳ないことをしたなと思っていたら、こちらへ足を向けかけたメイドが立ち止まる。
そして庭の生垣から現れたのは――。
「え、レジェス様?」
なぜここに。
彼はメイドの方へ向かっていくが、何か用事があったのだろうか。
(はっ、まさかあのメイドに気があるとか? 実はレジェス様って、貴族令嬢っぽくない人が好きだから、前回のお茶会ではあんなに塩対応だったとか?)
好みの問題だったら仕方ないかもしれないな、とリシーラは納得する。
しかもそういう理由なら、リシーラがあの時地下で一緒にいた時に求婚した理由もわかる。
今はもう、相手の好みから外れただろうことは、少々さみしいものも感じるけれど……。
観察しつつ、リシーラは見つからないように何も言わずに静かにしていたのだが、レジェスがメイドから花を受け取ると、くるりとこちらを振り返った。
「!?」
つかつかとリシーラのいる四阿に来たレジェスが、申し訳なさそうに謝罪した。
「我が家の者が時間を誤ってお伝えしたために、お待たせしてしまい申し訳ない」
「いえ、あの、くつろがせていただいておりますので……」
慌てたリシーラは、半端な返答をしてしまう。
お気遣いなく、とか。
大変すばらしい庭を拝見させていただけたので、むしろ得をした気分ですわ、とか言いようは色々あったのに、上手く言葉にできない。
小声でおどおどと応じるくらいしかできなかった。
「お許しいただきありがとうございます。よろしければ、お詫びにおもてなしをさせていただければと思います。失礼させていただいても?」
「え、あの、はい」
断る理由がすぐには思いつかないのでうなずくと、さっとレジェスが向かい側に座る。
(やっぱり女性が嫌いってわけではないのね? あと、責任感が強い人なのかもしれないわ……)
だから謝罪のために、公子である自分がリシーラの相手をしようと思ったのだろう。
メイドがお茶と花瓶を持って来た。
ピンクの花は花瓶に飾られてテーブルに置かれる。
そしてレジェスの前にもお茶が給仕されて、メイドは四阿から離れて行ってしまう。
 




