タワーの中身
「貴方、自分で仰っている事を理解してますの?」
「もちろんだとも。ここ100年の間に出会った異性では一番美しい」
「まるでボジョレー・ヌーボーのような評価ですわね」
「とにかく、俺はトワを気に入った。後はキミが受け入れるだけ。さぁ!」
紳士っぽい喋り方なくせに意外と強引ですわね。そもそも未成年に求婚するのが間違いだとは思うのですが。この世界では違うのかしら?
「まずは……ですね。アスタロイ、貴方の期待には添えられませんわ」
「そんな! 俺の感情は暴発寸前な程ときめいてるというのに!」
「わたくしは未成年です、年齢差を考えなさいな」
「愛が有れば乗り越えられる!」キリッ!
「本来の目的を忘れてはいませんか?」
「タワーの事なら心配いらん。アレを倒すのは絶対に無理なのだ。侵入した2人もいずれは諦めるだろう」
「だったら封鎖を解除なさい」
「トワが俺を受け入れさえすれば封鎖はすぐにでも解除しよう」
「職権乱用ですか……」
「職権とは乱用するためにあると、政治家たちが教えてくれた」(←政治家とは罪深い連中よのぅ)
まったく、これでは埒が明きません。
「イナーシュ、貴方からも何か言ってくださいまし」
「い、いえ、アスタロイ様の決定は……絶対でして……」
はい、論外ですわ。
「もう付き合っていられませんわね。中に入りましょう」
「うむ、共に行こうぞ」
「――って、どうして貴方がついてくるのです!?」
「決まっている。親睦を深め、距離を縮めるにはデートが一番だからな」
「デート気分かい!」
おっといけません、口調がメグミのように荒くなってしまいましたわ。以後気をつけなければ。
「付いてくるなと言っても聞かないでしょうし勝手になさって結構ですが、戦闘の邪魔をしたり、わたくしの体に触れる等の変態行為にはそれなりのペナルティを課します。宜しいですね?」
「いいだろう。イナーシュもよいな? 俺とトワの邪魔をする輩は虫ケラだろうと容赦はするな」
「畏まりました。ご武運を」
まさか本当についてくるとは。その根気を別の方向に向けていただくのが有意義ではと愚考いたしますが。
「さ~て、ようやく暴れられるぜ。どっからでもかかってこいやぁ!」
キル子が先陣を切って突入します。が、中のフロアはもぬけの殻で、奥に階段が見えるだけ。
「なんだぁ? だ~れも居ねぇじゃん」
「早まるな。入口が閉ざされてからがスタートだ」
バタァン!
「来るぞ、警戒を怠るな」
まるで逃がさないとでも言いたげに入口が閉まると、フロアのあちこちに見たことのあるシルエットが出現。程なくそれらがゴブリンとなり、わたくしたちへと群がってきました。
「群れたところで所詮はゴブリン。さっさと片付けて進みましょう」
「おぅよ、ここは俺に任せ――」
「血肉を散らせ――ブラッティィィフィクサーーーッ!」
アスタロイが斧を地面に叩きつけるとフロアのゴブリンが一斉に宙を舞い、落下共に肉片となって四散。辺りは地獄絵図のような有り様に。
わたくしが顔をしかめる中、空気を読めていないアスタロイが……
「フッ……なぁに、礼には及ばんさ」
「いえ、頼んでませんが」
しれっと他人から出番を横取りして何をほざいているのやら。
「貴方が余計なことをしたせいで返り血で汚れたではありませんか」
「良いじゃないか。血も滴る良い女と言うだろう?」
「言いませんし良くもありませんわ!」
「よ~し、次の階へ進むのだ!」
「あ、コラ待ちなさい!」
何故かウッキウキで階段を登っていくアスタロイ。次の階でも……
「スケルトンか、今度こそ俺の出番――」
「砕けろぉぉぉぉぉ!」
また次の階……
「オークですか、ここはボクが――」
「滅せよぉぉぉぉぉぉ!」
そのまた次の階……
「ふむ、アシッドワームですぞ」
「ハーーーッハッハッハッ!」
この男、笑いながら戦ってますわね。魔王を拗らせたメグミみたいですわ。(←お前も拗らせてるんだが)
「ここが5階だ。10階に到達すればタワー本人から労いの言葉が――」
「お待ちなさい」
虫の死骸を踏み潰して上の階へと駆け上がろうとするアスタロイ。わたくしが呼び止めますが……
「フッ、礼はいい。但しトワにその気があれば、すぐにでも婚姻届にサインが欲しいところだ」
「だから未成年だと申しておりますわ」
「なんの! 年齢差なんぞ、愛の力で乗り越えられる!」
「はぁ……」
これはもうダメそうですわ。話がまったく通じません。
「貴方ねぇ、愛だの結婚だの敵地で話す内容ではありませんわよ?」
「ハッ!? そういえばこの階の魔物は……」
「我輩たちが排除しましたぞ」
――と言うよりキル子が殆ど倒してましたけれど。
「おお、俺とトワのために忝ない。式には招待させてもらうぞ」
「別に祝福はしておりませんぞ」
「フッ、そういう事にしておこう」
相変わらずのアスタロイに若干の目眩を覚えつつタメ息をつくと、フロア全体に少年の声が響いてきます。
『や~れやれ、今日はゲストが多いなぁ。しかも手慣れな挑戦者ときた。こりゃ骨が折れそうだ』
「まさか……タワーですの?」
『ああ、タワーの1人さ。相方は別の連中を可愛がってるんでな、俺がアンタらの相手をしてるのさ……ん? そこに居るのはアスタロイじゃないか?』
少年声のタワーとアスタロイ。2人は顔見知りのようです。
「覚えていたか……」
『ああ、忘れちゃいねぇぜ? 命の危機に陥って、泣きながら父ちゃんに助けを求めてたよな』
「おい!」
『ククッ、あの泣き虫アスタロイがまたやって来るとはなぁ。そろそろリベンジしようってやつか? ま、せいぜい頑張んな。俺は最上階で待ってるからよ』
言うだけ言って満足したのか、あれから言葉を発しませんね。まぁ喧しいので有難いですが。
「お、おのれタワーめ、トワの前で俺に赤っ恥を……。これでトワに嫌われたら慰謝料を請求するところだ」
「そのくらいで嫌いにはなりませんからご安心を」
「おお、トワ~~~!」
「但し――」
バチーーーーーーン!
「いひゃい……」
「意味もなく抱きつくからですわ。今度やってらグーでいきますわよ?」
「忠告、痛み入る……」
まったく……
「それよりアスタロイ、聞きたい事がありますの」
「俺とトワの仲だ、知っている事なら何でも答えよう」
「ではタワーについて」
「タワー……か」
最上階までたどり着ければどんな願いも叶う。これはあくまでも噂に過ぎません。
「塔が大役職なのは知っているな? この世界を発展させる役割を担っている連中だ。そこだけを切り抜けば勇者と思えなくもない。しかし、同時に人々を篩にかける役割もあるらしく、他の勇者とは違う印象があるな」
「篩にかける……。ですがそれは強者と弱者を見分けるためなのでは?」
「見分けるだけなら命までは取らんだろう? タワーでの敗北は文字通り死を意味する。奴は全力で殺しに来るだろう」
「篩にかけるために?」
「そうだ。100年前に本人から聞いたからな。間違いないだろう」
弱者を消して世界を強者だらけにするのが目的? ますます謎が深まりましたわね。
「ところで先ほどの声の主には相方がいらっしゃるようですけれど、アスタロイはご存知ですの?」
「いや、俺が聞いたのは少年の声だけだ。だが噂の中には少女の声が聴こえてきたというのもあるし、相方とやらが居てもおかしくはないだろう」
タワーが2人……もしくは3人以上存在する? そんな事があり得るのでしょうか。
そういえばアスタロイの言葉。10階に到達すればタワー本人の声が聞けると言いましたがここは5階。なぜ声をかけてきたのでしょう?
「フフッ……」
「どうしたのだトワ? 急に微笑み出して。さては俺の魅力に気付いたか?」
「貴方の魅力はどうでもいいですが、タワーに関しては興味が湧いてきました」
謎があれば解き明かす、メグミはそういう性格です(←いや、時と場合による)。ならばわたくしが解き明かそうではありませんか。
「あ!」
「どうしましたキル子?」
「見てみろトワ。6階への階段の先」
「あれは……扉?」
これまでの階層に扉はなかった。なぜここにきて?
「なぁに、行けば分かるさ」
シュン!
「は? 消えた!?」
アスタロイが扉に触れた瞬間、突如として目の前から消えたのです。
「急ぎましょう!」
わたくしたちも続けて触れると、そこは知らない空間――
――という事はなく……
「あら? 普通の6階ですわね」
罠というわけではないと。ならあの扉はなんだったのでしょう?
「どう思いますかミチオ……」
「ミチオ? ――ハッ!?」
気付けばわたくし以外に誰も居ません。
『キル子、ミチオ、ハント、どこに居るのです?』
『~~~~~~』
『え?』
念話が謎のノイズにより妨害を受けました。しかし次の台詞はハッキリと聴こえました。
『アンタ、随分と厄介な存在ね。これまでの挑戦者とは比較にならないじゃない』
『貴女は?』
『世間で言うタワーよ。特にアンタは厄介そうだから私が相手してやろうと思ってね』
『先ほどの少年では役不足と』
『まぁそんなとこ。じゃあさっそくだけど試練を与えるわ。彼女を倒したら仲間の元へ帰してあげる』
そう一方的に告げられ、念話は切れてしまいました。
「試練ですか。いいでしょう、元よりそのつもりで来たのですからね。例え誰が相手でも負ける気は――」
「――ない……か。それが実現するかどうか、私が見極めてやろうぞ」
「あ……え?」
現れた人物を見て思わず硬直します。何故なら彼女は……
「ここで会ったが100年というやつだ」
「メグミ!?」




