52話 王女様がやってきた⑥
「まさか・・・、兄さんなの?」
色々な思いが頭の中を巡ったが間違いない!妹のテレサだ!
「もしかして・・・、テレサか?」
俺を兄さんって呼ぶのはテレサしかいないけど、何で涙を流しながら俺を見ているんだ?
そんなに俺に会えた事が嬉しいのか?
それなら嬉しいな。
俺が家を出る1年くらい前からテレサは俺を避けていたし、出る時は大喧嘩をして全く挨拶も無しに出てしまったからなぁ・・・
ずっとテレサから嫌われていると思っていた。
「兄さん!」
テレサが駆け寄って俺に抱きついた。
泣きながら俺に抱きつくなんて・・・
「おいおいテレサ、どうしたんだ?」
俺が家を出てから相当に淋しかったのかもしれない。昔はずっと俺の後ろを付いてきたりと俺にベッタリだったからな。
今でも可愛い妹には間違いないよ。
(・・・)
(何だ?テレサ・・・、何をしている?)
テレサが俺に抱きついてきたけど、俺の胸に顔を埋めて頬をスリスリしている。
小さい頃はよくされていたけど、お互いにもう子供じゃないんだから、傍から見ると誤解されるぞ。
しかも、とっても幸せそうな表情だし、本当にどうした?
(ずっとテレサが抱きついて離れないんだけど・・・、そろそろヤバいかも?)
「ねぇレンヤ、誰なの?いきなり抱きついてきたこの女は?」
ラピスが俺達の姿を見て近づいてくる。
視線がとても痛いのですが・・・
「あぁ・・・」
ヤバイ!ヤバイ!絶対に誤解している!
おい!テレサ!何でラピスを睨んでいるんだ!
ラピスもラピスだ!睨み返しているんじゃない!
いかん!お互いの視線がぶつかって火花が見える!
(テレサ、本当にどうした?)
ゾクッと背中に悪寒が走った。
「レンヤさん、荷物は被害者に返しておいたわ。ところで、この変な引っ付き虫は何?」
アンもとっても冷たい視線でテレサを睨みながら近づいて来たよ!
あぁあああ!アンも誤解しているよ!
テレサァアアアアア!お前!アンにまでガンを飛ばして何を考えている!
俺の周りだけが氷点下の世界になっている気がするが、絶対に気のせいでないと思う。
(テレサよぉぉぉ~~~、本当~~~~~~にどうした?)
「テレサァアアア!」
おや?誰かがテレサを呼んでいるぞ。
ドドドッ!と駆け足で俺達に近づいてくる人影が見えた。
テレサがその声に気付いたのかハッとした表情になり、俺に抱きついている力が緩んだ。
その声の主がテレサの近くまでやって来る。
はい?金髪縦ロールの美少女だぞ。
そんな髪型をしているなんて、もしかして・・・
(かなりの身分の高い貴族かもしれない。テレサとどんな繋がりがあるんだ?)
「テレサ、どうしたのよ?いきなり男の人に抱きつくなんて・・・、勇者様の話をしてからあなた変よ。」
困った顔でテレサに話をしている。
どうやらテレサとはかなり仲の良い間柄みたいだ。
その言葉で冷静になったのか、テレサの抱きつく力が更に弱くなった。
(どうやら落ち着いたのかな?だけどなぁ・・・、今いるこの場所って・・・)
「なぁテレサ・・・、ちょっと・・・、3年ぶりに会えて嬉しいのは分かるけど、場所を考えてくれないか?」
ハッとした表情のテレサが周りをキョロキョロと見ているよ。
突然硬直しプルプルと震えている。
そう、ここは通りのど真ん中だ!
そんな中で美人に抱きつかれているんだぞ。周りがニヤニヤしながら俺達を見ているよ。
あっ! マリーさんも俺達を見てニヤニヤと笑っている!
(恥ずかしさで死にそう・・・)
テレサの顔が真っ赤になっているよ。
そうだろう。大通りのど真ん中で男と抱き合っているんだ。恥ずかしくない訳がない!
そんな事も気にしないってなると、それも問題だけど、テレサはとても恥ずかしそうにしている。どうやら普通の精神の持ち主で間違いないだろう。ちょっと安心した。
だけどなぁ・・・、何でラピスとアンに思いっ切りガンを飛ばしていたんだ?
「はわわわぁぁぁぁぁ・・・」と真っ赤な顔で俺からやっと離れてくれた。
間髪入れず縦ロールの子がテレサの頭を叩いている。
良いタイミングの突っ込みだ。これだけで2人の仲は良好だと思えるよ。
完全に冷静になったみたいだな。
その子にペコペコと頭を下げていた。
何か2人でゴニョゴニョと話をしているな。
時々チラチラと俺を見ているし、どんな話なんだ?
まぁ、いきなり抱きついてきた訳だから、俺が誰かって話をしているのだろうな。
(何だ?)
縦ロールの子が俺を見てニヤッと笑った。
テレサが慌てて俺の前で手を広げて立ったぞ。
「ダ、ダメ!兄さんは渡さないわ!いくらシャルでもダメ!」
お前等~、何を話しているんだ?とっても気になる・・・
またまた縦ロールの子がニヤニヤ笑いながらテレサに話しているよ。
おっ!テレサが真っ赤な顔になって慌てて相手の口を塞いでいるぞ。
それだけ仲良しなんだろうな。
良かったよ。成人になって家を出てもちゃんと友達がいるってな。
「あぁ~、私達って完全に空気ね。それにしても驚きだわ。」
ラピスがつまらなそうに俺に言ってくる。
まあまあ、そんな事は言わないくれ。
「そうですね。レンヤさんに妹さんがいたっていうのは聞いていたけど、いきなりこの町でバッタリ会うとは想像していなかったわ。」
アンはビックリした表情で俺を見ていた。
俺もビックリだよ。
こんな辺境の町で3年ぶりに妹に会うとは思いもしなかったからな。
「ふふふ・・、でも妹さんってレンヤさんに似てとてもキレイね。」
いやぁ~、アンにキレイって言われるなんて名誉だぞ。テレサ、良かったな。
そうやって俺達が話をしていると、テレサがジッと俺を見つめている。
なぜだ?視線が怖いけど・・・
「あぁああああああああああああああああああああ!」
縦ロールの子がラピスを見ながら突然叫んだ。
「あわわわわ・・・」
口をパクパクしながらかなり動揺している感じだよ。
(どうした?)
「ま、ま、ま、ま、ま・・・」
更に一段と動揺している。本当にどうしたのだ?
テレサに視線を移すと、テレサも青い顔をしながらラピスを見ている。
「まさか!あなたは!」
縦ロールの子が再び叫んだ。
「いえ!あなた様は大賢者様では!?」
「違うわ。私はそんな大それた者ではないわ。人違いじゃないの?」
速攻でラピスが否定したよ。どうしてだ?
ズザァアアアアアア~~~~~
あっ!縦ロールの子がずっこけてしまった。
2人の雰囲気が妙だったのでラピスに聞く事にした。
「ラピス、どうした?いきなり否定するなんて、何かあったのか?」
【レンヤ、今からの会話は念話で行うわ。あの2人には聞かれたくないの。特にあの縦ロールの子にはね。】
【どうしてだ?】
【あの子は間違いなく王族の子よ。多分、この国の城に飾られているかつての私達の肖像画を思い出したのね。あの当時から変わっていないのは私だけよ。私の正体に気づいた時点で王族関係に間違いないわ。】
【そうなのか?】
【断言出来るわ。】
【そうなの?】
アンが俺達の念話の中に入ってきた。
【王族が相手だとマズいわね。レンヤさんが勇者って分かると必ず取り込もうとしてくるわ。それにレンヤさんの妹さんも一緒にいるから、更に強く出てくるかもしれない。】
【そうだな。何でテレサが王族と関係あるのかは疑問だけど、ここは一先ず逃げた方が良いかもしれん。面倒事の臭いがプンプンしてきた。】
【【そうね。】】
(ん!)
「兄さん!」
テレサが涙を浮かべながら俺の方へと歩いてくる。
「テレサ・・・」
「兄さん、その2人は一体誰なのよ!私以上に親しくなっているなんて考えられない!一体この3年間で何があったの?聞いたわ、この町に勇者が現われたって!その勇者って銀髪の女の人とエルフの女の人と一緒にいるって・・・、もしかして兄さんがその勇者なの?」
「・・・」
弱った・・・
どうやら、俺が勇者になったと気付いているみたいだ。あの縦ロールの子と一緒にいるって事は、俺に関しての情報を集めていたのかもしれない。
お前は王族と一緒にいられるだけの地位になっているのか?
それにしても、何でアンとラピスに対して敵愾心を持っているのだ?
俺が2人に取られてしまったと考えているのかもしれない。
まぁ、ずっと構ってあげていなかったからヤキモチを焼いているのだろう・・・
これはこれで面倒だよ・・・
本当に弱った・・・
更にテレサが詰め寄ってくる。
「兄さん、何で黙っているの?家を出る時に私達家族に言ったわね?『絶対に勇者になる』って!何で?何で勇者になったのに私には言わないのよ!あの時、私を助けてくれた兄さんはまさしく勇者だったわ!魔法も使えて、しかも聖剣でレッド・ベアーを真っ二つにしたのよ!あの時の兄さんは伝説の勇者様と同じだった!願いが叶って勇者になれたのに何で黙っているの?私に言えない何かがあるっていうの?妹の私よりもその2人の方が大切なの?あの時、『絶対に守る』って言った言葉は嘘なの?兄さん・・・、何か言ってよ・・・」
ちょっと待て!
昔、レッド・ベアーにテレサが襲われていた事は覚えている!
咄嗟に飛び込んでテレサを庇って大怪我をした事までは覚えているが、その後の事は全く覚えていなんだぞ!気が付いたら包帯でグルグル巻きにされてベッドで横になっていた・・・
俺がテレサを助けた?
しかも、勇者のように魔法を使い聖剣でレッド・ベアーを真っ二つにしたって?
何で俺にその時の記憶が無いのだ?
もかして・・・
その時は俺が勇者の力に目覚めなかったら、俺もテレサもレッド・ベアーに殺されていたのか?
そうならないようにフローリア様が手助けをしてくれた?
だけど、俺がかつての記憶を甦らせる訳にいかないと記憶を消されたのか?
フローリア様ならそれも可能だろう・・・
俺が勇者として目覚めるのはまだ早いと・・・
だけど、テレサはその時の事を覚えている。
それでか・・・
あれからテレサはずっと俺にくっつくようになっていた。
いつも「お兄ちゃん」って常に俺の傍にいた。
さすがに大きくなってからはそんなに近寄ることはなかったけど、いつもテレサは俺の近くにいた。
もしかして、テレサの憧れの人は?
何でアンとラピスにヤキモチを焼いていたのか?
テレサはもしかして・・・、俺の事を・・・
「テレサ!黙りなさい!」
いきなり縦ロールの子がテレサへと叫んだ。
「もう茶番は終わりね。」
俺達の前で縦ロールの子が片膝を着き深々と頭を下げてきた。我に返ったテレサも倣って慌てて膝を着いている。
「勇者様に大賢者ラピス様、数々の無礼をお許し下さい。私はこのフォーゼリア王国の王女シャルロットと申します。こうして勇者様だけでなく大賢者様にもお会い出来るとは感激の極みです。」
(やっぱり王族の関係者か。しかも王女様だと!)
「で、殿下・・・、どうして?」
王女様がテレサへ視線を移す。
「テレサ、このお方は間違いなく勇者様よ。それに大賢者様は我が城に飾られている勇者様達の肖像画に描かれているお姿と同じよ。間違いないわ。」
【やはりね。】
ラピスからの念話だ。
テレサが顔を上げ俺をジッと見つめている。
何か言いたそうにしていたが、ゆっくりと口を開いた。
「兄さん、もしかして・・・、兄さんは本当に伝説の勇者様の生まれ変わ・・・」
「それ以上は言わないで!」
ラピスがいきなりテレサの言葉を遮った。
『これ以上は喋るな!』と威圧を込めてなのか、ラピスの全身から魔力が溢れ出す。
ラピスの迫力に2人が冷や汗をかきながら黙っている。
【レンヤ、どうやらあなたの妹さんは生まれ変わりに気付いているみたいね。どうしてなのか知りたいわ。あなたと何があったの?】
【いや・・・、俺も詳しくは分かっていないんだ。心当たりはあるが、肝心の記憶が無い・・・】
【だけどマズイわね。レンヤがかつての勇者の生まれ変わりでこの時代に蘇ったと分かってしまうと、確実に王族が黙っていないわ。何せアレックスの子孫だからね。あなたを絶対に取り込もうとしてくるわ。】
【だよなぁ~】
「テレサ、黙っていなさい。あなたには後で話があります。」
王女様がテレサを睨みつけている。
「は、はい・・・」
ラピスからの威圧がスッと無くなった。
威圧が無くなり少し余裕が出来たのか、王女様がニコッと俺達へ微笑んだ。
「それでは勇者様方、この場所ではさすがによろしくないと思いますので、場所を変えてお話しませんか?我々はこれから辺境伯である叔父様の屋敷に向かいますので、そこでどうでしょうか?今すぐとは言いません。今夜、夕食も兼ねてどうでしょうか?」
(マズイな・・・、早速取り込みに来たよ・・・、やっぱり断る方が良いな。)
「い、いや・・・、遠慮しておく。」
しかし、王女様がニヤッと笑っているよ。
「あら、折角の兄妹水入らずの場所も設けようと思っていたのに・・・、テレサは護衛騎士として私と一緒に同行していますので、町中ではお話しをする機会はありませんよ。」
それでか、テレサが王女様と一緒にいる訳が分かったよ。
「テレサ、そうなのか?」
コクンとテレサが頷いた。
「そうよ兄さん、私は騎士になったの。今は殿下の護衛として一緒にいるの。」
【マズイわね。ある意味、妹さんを人質に取られているみたいなものよ。今の状態だと私達に拒否権は無いわ。まぁ、私とアンも一緒に同行するから、万が一の無いようにするわね。】
【分かった、頼む。】
「分かったよ。王女様、お誘いに付き合うよ。詳しい事はギルドに連絡を入れてくれれば、受付から俺に連絡が取れるようになっている。」
パァ~と花が咲いたような表情で王女様が笑顔になった。
「勇者様、ありがとうございます。それでは今夜は楽しみにしていますね。」
嬉しそうに王女様が立ち上がって、スキップでもするような勢いで回れ右をしたぞ。
「テレサ、さぁ行くわよ!」
「あ、はい!」
いそいそと2人が町の中心部へと歩き始めた。あの方向は領主様の屋敷のある方向だ。
「はぁぁぁ~~~、弱ったな。まさかテレサに会うなんて・・・、しかも王女様の護衛とはな・・・」
思いっ切りため息が出てしまった。




