魔人
時間は深夜一二時、冬の夜空は月が隠れ、どんよりと雲に覆われている。
天気予報の予報通り外は雪が降り始め、上空に停滞する寒気の影響で凍てつく冷気が肌を刺す。時折見える歩く人影も、何かに追われるように襟を立て早足で駅に向かっていた。
終電間近の商業区は、まるで廃墟のように閑散とし、たまに遠くで聞こえるクラクションの音が虚しく夜空に吸い込まれる。
ちらほら見える明かりの消えないビルの窓が、企業戦士の意地を主張しているようだ。
旧いわき駅近く、比較的背の低い戦前のビルが未だ居並ぶ界隈の路上に静流達が乗る黒いワゴンは停まっていた。
起動中の携帯投影ディスプレイが三人の顔を薄緑に染める。
車内には、ピッチリと身に貼りつく黒い防弾スーツにプロテクターのようなジャケットを着込んだ静流とアキラ。そして、防弾スーツの上から厚手の白いコートを羽織り、チェックのスカートを履いた御門の三人が作戦前の最終確認をしていた。三人ともインカムをつけている。
「作戦内容自体はシンプルだ」
静流が説明を始める。
アキラは、インカムの音量が予想外に大きかったらしく、ビクっと体を揺らして、音量を調整していた。
「今から、ここから1ブロック先にあるマンションに乗り込み、藤枝を拘束若しくは殺害する」
静流は全てを見せる決意をし、アキラは全てを見る決意をした。だから静流は言い淀むこと無く話を進める。
「公安の監視班からの報告だと、藤枝は昨日の午前中に戻ってから外に出ていない。しかしこの案件に関して公安は信用出来ない。動きが無かったとは言い切れない。つまり、踏み込んでみないとわからない、ということだ」
アキラに目をやると、彼はふんふんと静かに話を聞いていた。
その姿が静流には、やけに落ち着いているように見える。強盗事件後に気絶してしまうような弱々しい少年の面影はもうない。先日、『殺害』という 単語に過剰に反応し、息巻いていた少年とは思えなかった。
彼は何を見つけようとしているのだろう……
と逡巡し、任務に集中しようと頭を切り替える。
「楓の報告によれば、部屋はカーテンが閉まっていて目視不能、そして対サーモカーテンが使用されている。ベランダには赤外線センサーまで設置する念の入れようだ。藤枝は軍事装備を入手できるコネを持ち、その運用も出来る実力者だと思われる。わからないことだらけだが、ヤツがまだ中にいるにしてもいないにしても、確かめるのは必要だ」
そこでアキラが初めて口を開く。
「あの、『楓』って誰ですか?」
「ウチの狙撃手だ、感覚変異のレベル3でもある。腕は信頼していい」
静流は、他に質問が無いか確認してから、投影ディスプレイを操作して、藤枝が借りた部屋の立体図面を投射しながら続ける。
「ワンルームタイプの部屋、玄関から部屋まで短い廊下があるだけでドアも無い。部屋は全て見通せる。マスターキーで解錠次第突入、制圧、非常にシンプルだ。何か質問は?」
そこでアキラは一番聞きたかったであろうことを聞いた。
「僕は、どうしたらいいですか……?」
静流は本日一番真剣な顔を作り、言い放つ。
「何もしなくていい、部屋の外で待っているのが一番いい」
「……」
「もし中に入ってくるとしても絶対私の前に出るな。藤枝がいたら逃げるか、私を射線に捉える位置に移動して動くな」
アキラの顔が緊張に強張っていく。大して暑くない車内にも関わらず、額にはびっしり玉の汗が浮かんでいた。
当然か……
今から殺し合いをしに行きますと言われて緊張しない一般人がいたら連れて来てほしいくらいだ。
アキラを馬鹿にしているわけでも、彼の決心を揺るがしたいわけでもない。それでも今から一線を超えてしまうかもしれないアキラを見て、確認せずにはいられない。
「アキラ、君は今、最後の岐路にいる。ここを超えたらもう戻れないかもしれない。今ならまだ引き返せる。それでも……」
と、静流は目を瞑り、一呼吸おいてから瞼を開けた。
「君は来るのか?」
「はい」
アキラは迷う素振りも見せず断言する。そして決意を湛えた目で真直ぐ静流を見た。
二人は数秒間視線を合わせる。そして静流が「そうか……」と呟いて少し照れたように視線を外した。
「君には武器は渡さない。そもそも銃は扱えないだろうし、持っていたら迷うだろう。君が第一に取るべき選択肢は『逃走』だ。そこは絶対に忘れないでくれ」
と静流は念押ししてから、御門に
「御門はここで待機、回線は開いておいてくれ。そして何か異常があったら報告を頼む」
と言った。
御門がいつもの通り、小さくコクリと頷く。
「それでは行くぞ」
□□□□□□
短期又は中期の滞在者用の賃貸マンション。大抵、基本的な家具は部屋の造作としてついて来る。ホテルの部屋より安く普通の賃貸物件より高い。
その利用の簡易性から、犯罪者や不法滞在者等の利用も多くみられたが、数年前、条例で『TIによる身分証明』又は『TIにより身分証明した者の保証』が賃貸要件として義務化された。
現在では保証要件の穴をくぐって利用する犯罪者が増えていると聞く。結局はイタチごっこだ。住民は隣人の顔など興味も無いし、近隣付き合いなど皆無だろう。
そんなマンションの四階、道路側の角部屋の前で静流とアキラは立ち止まる。
静流が、ホルスターから愛用のライジング二二式を抜き出しスライドを引いた。丸菱重工製で11.43㎜ゼクス弾を使用する、貫通力が弱く殺傷力の高い大口径銃だ。対能力者戦で重宝する。
アキラがハンドシグナルなど分からないので、静流はただ声を出さないようジェスチャーで示す。
そして、静流が全く音を立てず鍵穴に鍵を滑らせると慎重に回してノブを握った。
トラップは……無い
静流の『勘』がそう告げる。
アキラに、行くぞ、と視線で告げてドアを開けると、一息に廊下を駆け、電気の点いていない部屋に踊りこんだ。
いない……
死角になるようなスペースも無い。静流はすぐさまバスルームを確認するが、人影は無い。
そこで静流はやっと息を吐く。勘と状況が教えてくれる。ここに危険は無い。
ベッドや家具の配置も事前に見たデータ通りの室内を軽く見渡すと、この部屋唯一の光源である机の上のノートPCが目についた。電源が入っている。何か映像が流れているようだ。
「何だ、これは……」
静流が画面を睨んで呟くと、おずおずとアキラが覗きこんできた。
「会社、ですかね……?」
PC画面には、おそらく建物の角に位置するであろう広めのフロア、そしてフロア全体を見渡す位置に置かれた机で、コーヒーを飲みながら仕事をする男が映し出されている。管理職に就いていることは間違いないだろう。フロアには他に人はいないようだった。
藤枝には木村以外の目標が多数存在している、という御門の言葉が静流の頭をよぎる。
この男が次のターゲットなのか……
確かに白髪の多い髪を綺麗に撫でつけ、机に向かって仕事する様はある程度の役職に就く者の雰囲気を漂わせている。
しかし、その男はどう見ても、残業する普通の会社員にしか見えなかった。
その時アキラが何気なく口を開く。
「でもこれ、多分この映像どこかに飛ばしてますよね」
「何!? どういうことだ!」
掴みかかる勢いの静流に対し、アキラは少したじろいで話す。
「い、いや…… このUSBに刺さってるスティックなんですけど、これ多分大容量データを、ネットもネットワークも介さず直接受信機に飛ばすツールですよ。量販店で見かけて、こんなもの誰が買うんだろうと思った記憶があります」
アキラの言う通り、PCにメモリースティックのようなものが差さり、その先端部分が何やら青く点滅している。送信中なのだろう。
「四.五世代の移動通信網が張り巡らされている時代に、そんな意味不明なツールがあるのか?」
「確かそもそもの用途はデータリンクケーブルのワイヤレスな感じですよ。無駄に通信範囲が広かったような気がしますけど」
どうする……
カメラの映像はネット上のスペースに自動アップロードされ、そしてこのマンションのサービス回線を使用したPCがダウンロードしている。データの飛ばし先までは判明しない。ネットを介さない以上受信側の位置を特定するのは難しい。
そしておそらく藤枝は偽造TIを信用していない。既にTIを利用したオンライン状態では無いだろう。しかもオンラインだったとしても割り出しには時間がかかる。
このままでは埒があかない。
かといって、データの転送を止めるわけにはいかなかった。もし止めたら、藤枝は侵入に気付き姿をくらますだろう。八年間も地下に潜った男に対して最悪の手だ。
「~~っ!」
静流は焦りで頭を抱えそうになる寸前、ふと気付く。
ネットも、ネットワークも介さないとなると通信範囲は限られてくるはずだ。広くても数百m、五〇〇mは無いはず。
藤枝は近くにいる!
といっても、やみくもに近隣を探しても見つからない。近くまで迫れたとしても気付かれる可能性が高い。
静流は他に手掛かりはないかと部屋を見渡すと、玄関側の壁に、ちょっと見ただけではポスターと見間違えそうな、図面らしきものが貼ってあることに気付く。
静流はハンドライトで照らしながら近付いて、それを確認した。
『第7大森ビジネスビル12F構造仕様書 図面』と題打たれたその紙には、水回りや敷設の幅・間隔が事細かに表示され、さらに何箇所か何やら手書きで新たな数字が書き加えられている。
その中で何より静流の目を引いたのは、手書きで記された、平面図にあるわけがない縦軸の数字だった。
それを見た瞬間、静流の中に閃く一つの仮説。
心臓の鼓動が高鳴り、自身の『勘』が告げる。
――藤枝はそこにいる!
静流は確証を得るためにすぐさまインカムの向こうの御門に告げる。
「御門! すぐ戻る! それまでにこの近辺に『第7大森ビジネスビル』があるか探してくれ、あったらその概要と使用状況、一二階にどこの会社が入っているかの情報を大至急頼む!」
静流は何が何だかわからない様子のアキラに「行くぞ!」とだけ言って部屋を飛び出した。階段を駆け降り外に出る。
早歩きで車に向かう途中、斜め後ろを小走りでついてきたアキラが静流に聞く。
「何かわかったんですか?」
静流は歩みを止めず、前を見たまま答えた。
「藤枝は狙撃をするつもりだ。銃ではなく能力で。奴は何らかの遠距離攻撃手段を持った能力者だ。おそらく狙撃は目標のビルの中から行われる。真上か真下に向けてな」
「そんなことできるんですか!?」
「横軸は転送されてくる動画から判断する、縦軸はもう決まっている。座標指定が出来る能力なら可能だ」
アキラが絶句している。
それはそうだ、床や天井を越えてくる狙撃なんて想像もしたことはないだろう。
だがそれが能力者の戦いだ。
車まで歩くと静流は運転席に、アキラが助手席に乗り込んだ。
すぐさま御門がPC画面を睨みながら口を開く。
「……先ほどのビルはここから直線距離で二〇〇mほどの所に。一階1フロア、一四階建のオフィスビルです。一二階は聞いたことも無い調査会社が入っているようです。詳細データは今TIに送りました。確認してください」
静流は即座にTIを確認し、見取図等を頭に叩き込む。そして車をゆっくり発進させた。
御門が続ける。
「……八階が空いているようです」
「そこに藤枝がいる、間違いない!」
静流の中で推測が確信に変わる。
藤枝はそこに潜んで何かを待っている。
もし事が済んでいたら、おっさん一人がのんびり残業など出来るわけがない。
茂みに潜んで獲物を待つ獣のように、獲物の喉に牙を突き立てる瞬間のために、ただひたすら待っているのだ。
だが自分達にはそれを待つ義理も無ければ道義も無い。自分はその茂みに潜んでいる獣を後ろから撃つだけだ。
「楓、聞いていたな、データは転送する。八階か一二階で戦闘になる。すぐに移動しろ! 『研修生』に当たらなければ撃ちまくっていいぞ、いつもの通り私は気にするな」
「あの、研修生って……」
複雑そうな顔のアキラに、静流はニヤリと笑う。
「もちろん君だ、もう私は君を止めないと決めた。だからついて来い」
「はい!」
そう、もう止めないと決めた。
結果、この優しい少年に嫌悪の目で見られるかもしれない。今更ながらそれはちょっと辛いと思う。
それでも、彼が見届ける所を見届けると決めた。どういう方向かは別として、彼が前に進むのを見届けると決めた。
目を覆いたくなるようなことも全て見せよう。その先はアキラが決めることだ。
だから静流は牙を剥き出しにして嗤う。そして言った。
「狩るぞ」
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藤枝はPCの画面を食い入るように見つめていた。
入り口側、廊下として利用するため透明なプラスチックのパーテーションが並んでいる以外にフロアを仕切る壁は無い。奥行き二十m、入り口から右に四十m程もある横長の無人のフロアは、街灯りと誘導灯の光で、ある程度見通しが利くがやはり薄暗い。PC画面の青白い光がフロア中央に立つ藤枝をぼんやりと浮かび上がらせている。
空物件なのに、ビジネスデスクやチェアーがきちんと設置されているところを見ると、基本設備ごと貸すタイプの居抜き物件らしい。おかげで目立つことなく機を待てた。
藤枝はふと瞼を閉じる。
四日前、その名を見た時は全身に震えが走った。
木村の執務室でチップを入手したあと、襲ってきた刺客を路地裏まで引っ張り込んできっちり殺し、その足で駆けこんだのは馴染の解析屋だった。
個人使用目的だったらしいそのチップには大したガードもかかってなかった代わりに大した情報も入って無かった。
依頼して五分後には見せて貰えたから解析屋の「単価高ぇなオイ!」とのお言葉は厭味ではなくお礼だったのだろう。
チップの中身は『I計画』の情報も無ければ構成員の情報も無く、ただ、木村が覗いた人間についての大量の報告書と、その合間に木村が管轄する範囲での直近の予定等がチラホラ記されているだけの代物だった。
ガセを掴まされたのか、若しくは元々情報共有しないタイプの組織なのか。後者だとしたら厄介だと思った。掴む尻尾が無い。
藤枝にとって、現在誰が何をやっているかなどはどうでもいい。ただ八年前、自分をハメた連中が誰なのかが知りたいのだ。
だから、解析屋に払った無駄金分をどうやって回収しようか考え始めた時、とあるファイルの中、藤枝はその名前を見つけた。
――アカツキ
それは藤枝の全てを奪った男の名だった。
地獄まで追いかけてでも殺すべき男の名であった。
その殺すべき男の名が出てくるファイルの内容は、木村が、とある調査会社に依頼した調査結果をアカツキが直接取りに行くというもの。
藤枝は狂喜した。
神出鬼没の化け物が、特定の場所に特定の時間帯に現れる。その情報は藤枝にとって決定的なものだった。
遠距離から、気付かれない場所から能力による必殺の狙撃、銃器による狙撃の訓練を受けていない藤枝にとって、方法はこれしかない。
もう今更死などは恐れない。しかし、あの化け物に正面から突っ込むというのはただの自殺だ。八年前殺されなかったのだって、普通の警察が乗り込んできたからに過ぎない。
自殺するために生き延びたわけではないのだ。まだまだ復讐は続く。
藤枝はゆっくりと瞼を開けた。
やっと……
とうとうこの日がやってきた。
目の前のPCにはアカツキの姿が映されていた。
八年前から、あまりに変わっていないアカツキに、藤枝は少し驚く。
そしてアカツキは、やはりあの時と全く変わらず寒々しい笑みを貼り付けた顔で、初老の男に何やら話かけていた。
ざわり、と藤枝の内奥が疼く。どす黒い炎が背骨をチラチラ舐めるのがわかる。
殺せ! 殺せ! と渦巻く激情に今にも呑み込まれそうだ。
落ち着け…… 落ち着け……
藤枝は、何とか暗い衝動に抗い、深く息を吐いた。
そうだ、焦ったら当たらない。最初の1発を外したらおそらく次は無い。逃げられるか殺されるかどちらかだ。
冷や汗がシャツに染みを作る。
高さは一六.二mで確定している。あとはフロアを貫く四本の柱を基準に座標を整えるだけだ。『断裂』が大きすぎると察知される。小さいと確実性が落ちる。だからギリギリの所を狙い澄まさなければならない。
藤枝は、何度となく繰り返してきたイメージトレーニングを再度行い、アカツキを切断するイメージが出来たところで、座標の特定を始める。
その時
アカツキが、何やら大仰なジェスチャーをしながらフロアを歩き、窓側の柱に背を預けた。
これなら横軸の推測もいらない、ただその柱の真上に断裂を走らせるだけで確実に仕止められる。
今しかない!
藤枝が狙いを引き絞り『断裂』を放つ、その瞬間
背中に殺気が突き刺さる。
「――っ!」
――ドン ドン ドン ドンッ
火薬の弾ける重低音がフロアに響き渡った。
クソッ! しくじった!
机の影に隠れながら藤枝は毒づく。
殺気を感じた瞬間、背後に『断裂』を展開させたおかげでなんとか負傷はしなかったが狙いが外れたッ! アカツキ当たっていない!
藤枝の心臓が、焦りで早鐘を打ち始める。。
背後からの銃撃、四発目のマズルフラッシュは何とか確認出来た。フロア入り口近くからパーテーション越しに撃たれた。そのあたりから「空間操作能力だと!?」という女の驚愕する声が聞こえる。
俺の能力を、知らない……?
敵勢力でも公安でもない、下請の連中か!?
とにかくそんなことよりも、ここを離れないとマズイ。アカツキはおそらく降りてくる。視認されたらもう逃げられない。
しかし、女の細腕で、おそらく大口径であろう銃を4発速射、しかも一五m程度の距離で全弾命中の精度。相当な手練れ、しかもまず間違いなく能力者だ。簡単に突破できない。
どうする……っ!
考えている暇は無かった。
藤枝は盾として『断裂』を展開すると同時に、机の影から飛び出す。
瞬間、容赦なく弾丸が飛来し『断裂』に吸い込まれた。銃が効かなくて向こうが戸惑っている今しかチャンスは無い。すぐさま藤枝は怒鳴った。
「悪魔が来る! 逃げろ! 殺されるぞ!」
一瞬の沈黙
薄明かりの下、入口側の柱の陰から、真直ぐこちらを向いた銃口が鈍く光っている。
若い女と、その陰に隠れておずおずとこちらを覗う少年、二人とも防弾スーツにプロテクターのようなジャケットを装備していた。
やはり私軍の連中だ
「お前らは『敵』じゃない! 危害は加えない、だから早く退避しろ!」
女は答えない。藤枝が続ける。
「俺の能力はわかるだろう! 新人さんを連れて首突っ込む事――――」
「ファイア」
「――ッ!」
背中にいきなり氷をぶち込まれた様な感覚、恐怖で肌がアワ立つ。
間に合えッ!
――ピシッ
伏せながら反射的に『断裂』を右後頭部に展開。と同時に初弾が飛来し運良く防御に成功する。下げる頭に合わせて次弾が飛来、『断裂』効果範囲ギリギリに飛び込んだ。
藤枝は即座に頭部の移動射線上へ二枚目の『断裂』を展開。直後「ターン」という二発目の発砲音に引き連れられて三発目の弾丸が襲来、飛翔音と共に効果範囲外の頭上をかすめて、「ゴスッ」と机上に捻じりこむ様な穴を穿った。
衝撃波が左の鼓膜を直撃し軽く脳を揺さぶる。そしてすぐに右耳が三発目の発砲音を捉えた。
藤枝が手を床に着けた時には全てが終わっていた。
そしてようやく窓ガラスの細かい破片がパラパラと降ってくる。
狙撃だ
近い! そして速い!
発砲音、着弾音の誤差が〇.五秒も無い。
おそらく三〇〇m離れていない。もしかしたら二〇〇mもないかも知れない。
広範囲に『断裂』を展開する余裕も無かった。それに二発目の発砲音と三発目の着弾がほぼ同時ということは……
一秒強で三発だと! ふざけるなっ! 自動小銃じゃねえんだぞ!
くそっ! 今のは危なかった。一発目から頭を狙ってこなければやられていた。
無意識にまず頭をガードしたが、狙撃の初弾についてセオリー通りにガードすべきはハートブレイクだ。ヘッドショットは二発目以降……といってもまともに二枚貼る余裕すらなった。助かったのは単なる運だ。
冷や汗が噴き出た。
相手の腕と自信に助けられたな……
しかし状況は最悪だった。
背後からは狙撃手、正面には私軍の兵士。上からは最強クラスの化け物。
最悪過ぎて笑ってしまいそうだ。
攻撃するしかないか……
柱の陰にはもう少年しかいない。藤枝は狙撃を意識しながら、背を丸めて机の陰を走り女の位置を確認。即座に『断裂』を叩きこむ。
切り裂かれた机や椅子が音を立てて崩れた。
しかし、今度は藤枝が驚く番だった。
よけられた、だと……?
藤枝は更に数発の『断裂』を奔らせるが、事前にそこに攻撃が来ることを知っていたかのような動きで女は全てを回避する。少年を気遣う様子さえ見て取れる。
目視不能の座標指定攻撃をかわすだと……!
間違いない。あの女は攻撃が来る前に避け始めている。攻撃が来ることを知っている。
藤枝は舌打ちする。
クソッ! このタイミングで遇うのか! 未来予知の能力者に……!
迫撃戦において、訓練された未来予知能力者の力は強烈だ。
特に全方位攻撃手段を持たず、座標を指定して攻撃するタイプの能力者にとっては悪夢でしかない。
自分などはまだマシだ。直接的な防御法を持たない能力者だと、あっという間に接敵されて殲滅される。
といっても、このままではジリ貧だった。弾数に制限がある向こう側より、消耗戦は有利なはずだが、どう考えても時間切れの方が早く来る。
選択肢は二つ、床を切り裂いて逃走するか、全方位に『断裂』を展開維持しながら、出口まで駆けるか。
床を切るのは得策ではない。切断したところで床が抜けるとは限らない、摩擦力を上回る重量の計算など出来ない。なにより、奴に追いかけて下さいとお願いするようなものだ。だとしたら……
『断裂』を全方位展開し、座標を自分の逃走経路・速度に合わせ移動させながら逃走する。
集中力が持つか……
しかし時間がない。やるしかない。藤枝は決断し、即座に『断裂』を展開、立ち上がる。
瞬間、花火のようにマズルフラッシュが明滅し、冗談みたいに窓ガラスにピシピシと穴が空く。大丈夫だ、ガードは出来てる。藤枝は自身に言い聞かせた。
そして出口に走りだそうとしたその時
背筋に強烈な悪寒が走り立ちすくむ。
藤枝の背後、窓際からその声は聞こえた。
「コンバンワ、今夜はにぎやかデスネ」
冷や汗が一筋頬を伝う。いつの間にか銃声は止んでいた。
八年前から少しも上達した様子の無い日本語が藤枝の恐怖を煽る。
オイルの切れた機械のように、ぎこちなく振りかえった先にその男はいた。
あの時と変わらず胡散臭い薄い笑みを顔面に張り付け、相手に不安を与える笑顔でその男は立っていた。
「かわそうデスが時間切れデス」
戦場に魔人が降臨する。




