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きみが産んだ  作者: やなぎ怜


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前編

 もう名前も思い出せないかつての私へ。


 前世結婚するどころかお付き合いすらしたことない喪女だったのに気がついたら転生していて妊娠している件について話をしてもいいですか?



 ……お腹が大きい。トイレが近い。腰やら膝やらが超痛い。


 そんな私は今、妊婦である。どこからどう見ても妊婦である。


 基本的な居所はベッドの上だが、安定期を迎えたころからは毎日室内で軽い運動をしている。


 しかし外には出られない。


 なぜなら今の私は、神々が受肉するための「門にして母」と呼ばれる存在だからだ。



 この世界は邪神と神々が争い合い、血で血を洗う殺伐世界である。


 そして人間もまた、地上で大きくふたつに分かれて相争っていた。


 そんな中、神々に味方する陣営では「機関」が暗躍し、神々に人間の肉体を与え――受肉させ――地上で邪神の陣営と戦ってもらうという計画が始動。


 それによって人間の肉体を持ちながら、神の力を行使することのできる「神兵」を生み出すことに成功する。


 「神兵」たちは超常的な力を持ちながらも、人間の器を持つことで、悩み、苦しみながらも戦い続ける――。


 ……というのが、前世の私が遊んでいたスマートフォンゲームの基本的な世界観である。


 私はそのスマートフォンゲームの世界に転生した……らしい。


 らしいというのは未だに原作にいたキャラクターたちのうち、だれひとりとして会ったことがないためである。


 スマートフォンゲームの世界に転生! となれば、普通はプレイヤーの分身であるキャラクター――そのゲームでは通称を「指揮官」と言った――に転生してました~という展開が待っていてもいいものだが、私の場合は違った。


 先の通り、私は神々が受肉し「神兵」となるための「門にして母」に転生した。


 ちなみに名前はミュー。ミューは、ギリシア文字の一二番目。どうやら(ミュー)より前に一一人くらいは「門にして母」がいたことになるらしい。


 しかしミューの中に私の意識が生まれた……というか思い出された? ときには()()している「門にして母」は私ひとりだけの様子。


 そういうわけで、「門にして母」たる私は「機関」の施設の奥深くで今日もぼんやり時間を浪費し、貴重な寿命を無駄に使っているわけである。


 寿命と言えば、今は私の意識しかないミューは、私が「思い出される」前に心停止を経験しているらしい。


 恐らくは、本来であればそこで寿命は尽きていたのだろうと思われる。


 しかしなんらかの……本当に「なんらか」としか言えない出来事が起こり、私の意識がミューの中に入った。あるいは思い出された……。そういうことだろうと、私は勝手に解釈している。


 そもそも、私が遊んでいたスマートフォンゲームにミューなんてキャラクターはいなかった。


 「門にして母」という用語は存在していたが、肝心の「門にして母」と呼ばれていたネームドキャラクターは登場していなかった。設定面では存在していたのかもしれないが、ゲームやメディアミックス先でも固有名を持つキャラクターとしては登場していなかった。


 だから私はミューは早々に死亡退場するはずのキャラクターだった……かもしれないと考えたのだ。



 さすがに妊婦に転生? 憑依? 成り代わり? する人生が私にもあったのはびっくりだが、なってしまったものは仕方がない。


 かのスマートフォンゲームの世界はバリバリのディストピア社会。私個人で太刀打ちできるような世界観ではない。


 そもそも身重なのだ。仮に施設からエスエープして自由を手に入れるぜ! などということを志向したとしても、このお腹がどうにかなってからにしようと思うのは自然な流れだ。



 ――っていうか、私産むのか。「神兵」を産むということは、キャラたちの母になるということなのか?


 ……と考えたが、「門にして母」はいわゆる代理母である。「神兵」たちに(ミュー)の遺伝子が入るということではないらしい。


 でもまあ「生みの親」と考えれば、母親になるのか、一応。


 ミューの肉体に入っているからなのか、あるいは私が前世でオタクだったからなのか、キャラクターたちの母親になれるかもしれないという可能性については、ちょっと興奮した。


 けれども恐らく、というか確実に、私は母親としてキャラクターたちとは対面できないだろう。


 たぶん、「機関」によって「神兵」を産めるだけ産ませられて、その果てに死ぬというのがミューに待ち受けている運命なのだろう。


 それはちょっと怖いし、嫌だったが、そこから容易に逃げ出せるような場所でも、世界観でもないのも確かだ。


 いきなり別人の肉体になった上に、妊婦になっていたことについて、正直恐怖心はある。


 だがミューという存在の肉体へ私の魂が入ったとしか思えないような状況。そこから導き出される可能性が、本来の私の肉体は既に死を迎えているのではないかということである。


 もしそうならば、ミューの肉体を借りて生を送っている今現在の状況は、いわば延長戦。


 これは楽しんだもん勝ちではないかと思ったのだ。


 ……いや、これは現実逃避だということもわかっている。


 しかし繰り返しになるが、今私が置かれている状況を、私は変えたくとも変えられない。無力なのだ。


 となればもう、あとはやけっぱちになるか、気持ちを切り替えて受け入れるかのどちらかである。


 そして私は開き直って気持ちを切り替え、ゲームの世界をエンジョイすることにした。


 だが燃料なしで燃え上がれるほど私は強いオタクではなかったため、私に同情的な態度を取る「機関」の研究員さん? 職員さん? に、キャラクターたちのナマの情報をねだることにした。



 手始めに、「今私のお腹にいる神様について教えて欲しい」と言った。


 不思議なことに私の意識が蘇ったか宿ったかした瞬間に、ミュー本来が蓄えた知識にもアクセス出来るようになったのだが、そこにはお腹の子に関する情報はほぼないに等しかった。


 ミューはなにもわからないままに妊娠させられ、出産することを繰り返していたのだろう。うーん、ディストピア。


 そしてミューの肉体を通して発した言葉はたどたどしかった。


 普段、しゃべる必要性のある生活を送っていないからだろう。声もカッスカスで恥ずかしかったが、職員さんの同情を引くことには成功したようだ。


 今、私のお腹に宿っているのは、二体一柱の双子の神の片割れ、アメシスであるという。


 であれば生まれてくるのは名の通りにアメシストのような美しい瞳を持つ、武神のはずだ。


 クールで他者を寄せ付けず、双子の片割れであるクリスタに対しても辛辣な言葉が目立つ――が、実はそれは心を許している証である……というような、ちょっと扱いづらい感じのイケメンである。


 プレイヤーの分身である「指揮官」に対しても冷淡な態度を取るが、ストーリーが進むと飾り気のなさすぎる言葉を投げかけ、それがアメシスが心を許した証なのだとわかる展開が待っている。


 職員さんによると、アメシスはつい先月に戦死したため、私が「産み直す」ことになったらしい。


 私は思った。


 ――よっしゃ、頑張って産んだるか!


 アメシスは先に言ったようにクリスタと対の神様なのだ。クリスタはアメシスと違い、人懐こい態度で人類の文明が好きだったりと対照的な双子なのだが、なんだかんだと仲は良い。


 そもそもが、二体一柱と言われている神様なのだ。クリスタは今、アメシスがいないことで寂しい思いをしているに違いない。


 そう考えた私は、元気なアメシスを産み、クリスタの元に早く返してあげようと思ったのだ。



 私が前向きになったこともあってか、職員さんは色々と神々の話をしてくれるようになった。


 もともとのミューは、無気力無感情無表情だったのだ。が、それは無理もないことだろう。まさに「産む機械」のような扱いを受けてきたのだから、仕方のないことだ。


 そこへ心停止が起きるような出来事があり、本来のミューの魂はどこかへ行ったか、先に精神が死んでしまったのかもしれない。


 真相は恐らく永遠にわからないだろうし、私が元の肉体に戻れる可能性も低そうだし、やはり割り切って今の生をエンジョイするしかなさそうだ。


 というか、この世界ディストピアすぎて正気でいたら病みそう。いや、普通は病む。


 だから私には「ゲームの世界だぜイエーイ」の精神で、このディストピアすぎる世界を乗り切るしか道はない。



 私は職員さんからこの世界を生きるキャラクターたちのナマの情報を得ることで、脳を興奮させた。


 ついこのあいだは、(ケイ)(アキラ)の従兄弟同士で親友な神様が報道映像で食べてたお菓子がバズったとか――そんな風に、ディストピアすぎる世界でも微笑ましい出来事はあるようだ。


 残念ながら私はそのお菓子を口にすることは出来ないのだが、ゲームでよく知っている二柱の、ゲームでは描写されていなかった話に口の端がゆるむのを止められなかった。


 そして私はこの世界のSNSにアクセス出来ない身であることを悔やんだ。


 きっとSNSには神々に対し、私みたいにメロついているオタクがいるだろうに。今の私はそれを見られない。


 だが私の中に生まれた想いは、ぐるぐると渦を巻いて熱を持っていた。


 そこで私はダメもとで、職員さんに紙とペンを頼んだ。ペンは自傷の道具にされる危険性もあるわけで、難色を示されるかなと思いきや、以外にもあっさりと許可は下りた。近ごろ、私の精神面が安定しているので実験的な意味合いもあり、支給が許可されたらしい。


 私は大喜びで、神々への想いを紙に書き綴った。


 書き綴ったというか、ほぼ殴り書きだった。


 なにせそもそもは、スマホやパソコンで思いの丈を書き綴っていたのだから、手書きの文字は著しく汚かった。


 だが別にだれかに見せるつもりもないものだ。


 己の中に渦巻く想いを、思いの丈を、叫ぶように書き殴った、ただそれだけの紙……。


 しかし職員さんに見られるのは恥ずかしかったので、素っ気ないベッドサイドに置かれた、プラスチックの収納棚にそれらを仕舞い込むことにした。


 ……その事実を忘れたわけではない。木の実を埋めた場所を忘れるリスではないのだから、さすがに覚えている。


 ただ、引き出しの中にある紙が今何枚あるかだとか、正確にそれを数えたりはしなかった。


 書くだけ書いて、満足していたからだ。


 そのうちに私は臨月を迎え、出産の準備でドタバタしているあいだに、(ミュー)に同情的だった職員さんも異動してしまった。


 そのあとで気づいたのだ。


 私が神々への思いの丈を書き殴った紙の何枚かがなくなっていることに。

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