第10話:夜の理由
その夜も、コンビニはいつも通り明るい。白い光だけが、夜を無理やり押しのけているみたいだった。
僕は缶コーヒーを手に取って、レジへ向かう。それだけのはずだった。でも、外に出たとき、彼女はそこにいた。最初からいたのかもしれないし、今来たのかもしれない。そんなのはもう、どうでもよかった。コンビニの前に立って、氷のカップを持っている。
彼女は僕を見ると、小さく息を吐いた。
「今日は少し静かだね」
そんなことを言った。夜はいつも通りなのに、その言葉が正しい気がした。
僕は何も言わないまま隣に立つ。自動ドアが開いて、閉じる。その音だけが、やけに遠く響いた。彼女は氷を口に入れる。カラン、という音が少しだけ遅れて、耳に届く。
「ねえ」
彼女は言った。
「夜って、どこまで続くと思う?」
僕は答えない。わからないのではなく、答えが必要な気がしなかった。彼女はそれ以上何も言わず、歩き出す。コンビニの前を離れて、道路へ向かう。彼女は少しだけ僕の方を見た。
「一緒に来る?」
そう聞かれた気がした。声に出ていたのかどうかも曖昧だが。
僕は少しだけ迷って、それから歩き出した。どこへ行くのかは、もうわかっていた。並んで歩くが、言葉はなかった。
車の音だけが、遠くを通り過ぎていく。
彼女は何度か氷を噛んだ。そのたびに、少しだけ音が遠くにある気がした。
近くにいるのに、遠い。そんな感覚だけが続いていた。やがて、道の先に海が見えた。最初からそこにあったはずなのに、今、初めて現れたように感じた。
彼女は足を止めない。僕は着いていくので精一杯だった。
彼女は砂浜に降りる。そして海に足が沈む。音が少しずつ変わっていく。彼女は何も言わないまま海へ入っていく。僕はその後ろに立っているだけ。すぐそこにいるはずなのに、どこか遠い。
彼女は氷をひとつ口に入れる。カラン、と音がした。波の音に混ざって、少しだけ遅れて氷の音が届く。そんな感覚。
海を前にして、彼女が少しずつ輪郭を消していく。
僕はその場に立ったままだった。そこから一歩も動けない。動く理由が、どこにも見つからなかった。金縛りにあったようだった。
彼女は一度だけ振り返る。表情は、見えそうで見えない。でも、それでいい気がした。そしてそのまま海に入っていく。波が彼女を飲み込んでいく。
カラン。
最後にその音だけが残った。その音は聴いてきた中で1番綺麗に響いた気がした。
それが本当に氷の音だったのかは、もうわからない。気づいたときには、そこに彼女はいなかった。最初からそこにいなかったみたいに。
ただ波だけが戻ってくる。静かに、何事もなかったように。僕はまだ動けなかった。
呼ぶことも、追いかけることもできなかった。ただ海を見ていることしかできなかった。
やがて夜は、普通の夜に戻っていく。何も起きていない夜に。
それでも僕は、まだそこに立っていた。ずっとあの音が、まだどこかに残っている気がする。
カラン―――




