第72話 絶対闘劇象
いくらソーニャといえど、100万人の軍勢を同時に相手取ることはできない。統率が取れていないとはいえ、音を聞きつければ囲まれるだろうし、四方八方から襲われて終わりだ。意思能力の有無や、ナロト体内に充満したガスに関係なく、物量でゴリ押される。『七聖獣』であろうとも真正面から対処するのは難しく、二万人ほどいる白軍を総動員させ、適切な作戦を立てて、ようやく五分といったところ。まぁ、普通は勝てない。白軍元帥が何か隠し玉を持っているなら可能かもしれないけど、他の面々だと一人で対処するのは不可能だと言い切れる。
ただ、1対1を100万回繰り返したらどうか。
ソーニャの発想は実にシンプルだった。独創世界『永遠王国』を運用しながら、別の独創世界を展開できるのか? センスの総量が足りるのか? 100万の軍勢を動員できるのか? などの様々な現実的問題が浮かび上がる。内的要因よりも外的要因に左右されるところが多く、たった一人の人間の脳内メモリで処理できるのかがボトルネックとなっていた。
可能か不可能かの鍵を握るのは、省エネ化。
いかに効率よく独創世界を展開、維持できるかにかかっている。二つを同時展開できるのかという疑問に関しては、ソーニャの精神で共生する魔獣メリッサが主体となることで可能だと解釈している。そもそも、『永遠王国』は最初から彼女のものだったし、力を貸しているだけに過ぎない。だからこそ、自分の特性と趣味嗜好に合った『絶対闘劇象』こそが真のオリジナルになり得ると信じていた。
「お集まりの皆々様方、ご注目! 私こと、ソーニャ・カラシニコフ……もとい、ソーニャ・エヴゲーニエヴナ・カラシニコワがお相手させていただく。一列になって、番が回ってくるまでお待ちくだされ!!」
石畳の武舞台上でソーニャは正式な名乗りを上げ、先頭に立っていた白軍の亡霊を殴りつける。ここは、『絶対象』で慣れ親しんだ世界の延長線上。三次元世界から一次元引くことで脳の処理を軽くし、奥行きをなくすことで後ろに回り込まれる心配もなく、一対一を実現できるという神環境が形成されていた。
「「「―――!!!」」」
センスを纏った殴る蹴るを繰り返し、ソーニャの快進撃は続く。ナロト体内とは一線を画した空間であり、センスによる起爆は発生しない。自身のパフォーマンスを最大限発揮し、列の終わりがくるまで一対一の戦闘を続けるつもりだった。
とはいえ、相手も一筋縄ではいかない。中には骨のある使い手も混じっており、正気を保った亡霊もいた。当然ながら意思能力を扱えており、敵の手札が分からない不確実な状況をものにする必要があった。
なんにしても、負けたら終わりの勝ち抜き試合。トーナメント方式というわけでもなく、100万回勝ったら優勝という、なんとも馬鹿みたいなルールが採用されていた。ロザリア対リーザの影響で頭数は減ってるから、厳密には99万人とかそこらだろうけど、ここまできたら1万人や2万人程度は誤差に思える。そもそもとして、1人で100万人に勝つのが現実的なのかという問題が常につきまとう。体力にもセンスにも限りがあり、どこかで頭打ちするのが目に見えていた。どこまで意思能力者としての腕を磨いても、物理法則の影響を受ける以上、限界が存在する。
ただそれは、現実世界でのお話。
「レベルアーップ!!」
『絶対闘劇象』では倒した相手に応じて経験値が発生し、一定の数値を超えるとレベルが上がる。その瞬間、体力とセンスは完全回復する仕様となっており、負けずにレベルアップし続ける限りは半永久的に戦うことが可能だった。頭部に表示されるレベルは1から2になっており、上限は設けていない。さらには獲得したポイントから意思能力のスキルツリーを強化することが可能となり、ビルドは自分の思うがまま。戦闘が終わればレベル1に戻る設定のため、次に『絶対闘劇象』を展開した場合は経験値が初期化された状態で学び直す形になる。よくも悪くも毎回違った戦法と成長方針を試せるのが最大の売りだった。
「おもんないけど、今回ばかりは負けるわけにはいかないのよね」
ソーニャは背後で横たわる下着姿のロザリアを見つめ、与えられたポイントをビルドに割り振る。今回、選んだのは『肉体系』。得意系統ではないから、隠し倍率は弱めに設定されているけど、背に腹は代えられない。一対一の状況で勝ち続けるには、フィジカルの強化が最優先だった。
「――!!!」
体術にキレが増したソーニャの右拳は、白軍の腹部を容易く貫き、身体を霧散させる。意思あるもののセンスには、多かれ少なかれ霊を払う効果が付与されており、彼らが再び起き上がってくることは恐らくない。少なくとも、『絶対闘劇象』のルール上では、敗北すれば死ぬ設定が適用されており、相手がどのような超常的存在だろうと消滅させることが可能だった。
とはいえそれは、諸刃の剣。
負ければ消えるのはこちらであり、一瞬たりとも気は抜けない。途中で力尽きることがあろうものなら、残った白軍の亡霊は解放され、先生の命を奪うどころか、『永遠王国』の滅亡に繋がりかねない。だからこそ、タイマン最強の『肉体系』のスキルツリーを強化しており、レベルは10に差し掛かろうとしていた頃、目の前に立ちはだかったのは一人の男性。
「…………」
両手に手錠をかけられており、ボサボサの黒い髪が特徴的で、口髭をボーボーに生やし、白黒の囚人服を着ている。見るからに異様な雰囲気を漂わせており、センスを抜きにしても手強いと直感が囁いていた。
「やっと歯応えのありそうなのがきたか。最初から全力でおいでよ。相当できるんでしょ?」
「……」
「だんまりか。じゃあ、こっちから――」
「――」
気付けば男の右足の踵が懐に食い込んでいた。見えなかったというか、攻撃の動作が存在しなかった感覚。恐らく、相手に打撃が当たった状態を強制する能力。発生するまではワープに近い距離詰めを行い、前もって狙われる部位を予測するのは不可能に近い。満遍なく体表面にセンスを覆えば防御可能だけど、山を張って防げるわけじゃないから、いくら『肉体系』のスキルツリーを強化したといっても、相手の攻撃力の方が上回っていた。
「やるね。でも――」
放たれた右足を左手でガシリと掴み込み、拘束。男の顔面目掛け、紫色のセンスを纏った右拳を振るう。思った通りというべきか、この手の能力は攻撃発生時に実体となるのが鉄板。その例に漏れず、致命的な隙をさらしていた。
問題は……。
「――――」
ソーニャの拳は空を切る。目で追えないほどの瞬間移動をもってして、躱されてしまう。攻めは最大の防御というけれど、これは反則技に近いな。予備動作なく打撃をヒットさせることができ、回避に使うことも可能。まぁ、手品の種が割れただけ上々か。一発はくれてやったわけだし、これで条件は五分。
「「――――!!!!」」
ソーニャは後頭部を後方に突き出し、男の右拳と衝突した感触があった。威力は完全に拮抗しており、相殺されたことが肌感覚で分かる。
「その技、二度目以降は通用しないよ。『白金の道』を舐めないでもらえる?」
思ったことを自信満々に言い放ち、返事の代わりに攻防は激化した。




