第14話 分裂
魔獣は元人間である可能性が高い。ジェノはロザリアの発言を思い出し、暗黒闘技場に向かう道中で再び思考を巡らせていた。聞いた時に驚きはしたけど、冷静に思い返してみれば、心当たりがあった。
『ターニングポイントは冥戯黙示録。参加したジェノさんなら分かると思うっすけど、うちはバトルフラッグのルールにより殺されたっす。その影響で人間界からおさらばして、悪魔界に直行。そこで魔神蓮妃と面会し、人間界に戻るために賭けを申し出たっす。結果として、うちは敗北し、悪魔として悪魔界に残留。そこである条件を満たし、魔獣となって煉獄界に行き、覚醒都市民に倒され、食糧に。それを食べたソーニャが細胞と適合し、今に至るってわけっす』
それは、ソーニャに宿る魔獣『メリッサ』の発言だった。彼女は元人間であり、適性試験や王位継承戦や冥戯黙示録などで苦楽を共にした付き合いの長い仲間と言える。所属する陣営の違いや、ゲームのルールの名目上で敵同士になったことはあるけど、一対一の肉弾戦や頭脳戦が行われたことは一度もなかったはずだ。
そんな彼女が発した言葉には、一定の信頼を置ける。何らかの事情があって謀られた可能性もなくはないけど、99%は真実だと思っていい。
当時は不運なメリッサだけに適用された呪いのようなものだと考えていたけど、ロザリアの発言を踏まえると対象は全人類だ。人間界→悪魔界→煉獄界という死の循環によって魂が移動し、人間→悪魔→魔獣という進化を辿ったと判断するのが最も自然だし、魔獣=元人間説にも辻褄が合う。
ただややこしいのが、簡単な一本道じゃないという点だ。
メリッサ曰く、人間界から地獄、煉獄、天国などの三界に移動する選択肢が発生した場合、人間界に残ったメリッサAと地獄に行ったメリッサBのように二人に分裂するらしい。それは決して他人事というわけでもなく、『煉獄の門』などを開いた時点で誰しもに起きてしまう現象なら、スサノオを除いた四名が人間界に残ったAと煉獄界に行ったBに分裂し、Bに該当するジェノたちが魔獣として生きている可能性もある。
時系列の問題や魔獣の転生条件などまだまだ謎は多いけど、サイ型の魔獣がセルゲイ大尉かもしれないという疑惑も、『AとBに分裂したから』という理屈をあてはめれば解消できることになる。
ようするに、大尉が生きているか死んでいるかの二択で片付けられる問題じゃなく、生きている上で二人に分裂したという第三の選択肢も考えられ、それを否定する材料は今のところなかった。
「浮かない顔してるね。何か嫌な事でもあった?」
そこに声をかけてきたのは、ソーニャだった。頭の中で考えていたことも恐らく全て共有されており、一から十まで説明しなくとも『魔獣とメリッサの因果関係について考えてる』と伝えれば一発で分かってもらえるだろう。
なんせ、ソーニャの中には魔獣となったメリッサBがいる。場合によっては人格交代も可能かもしれないし、今までに出揃った情報とメリッサBが知り得る情報とすり合わせて説を深掘りすることだってできる気がした。
ただ、真実を追及することが必ずしも正しいとは限らない。
「ちょうど君のことを考えていたんだ」
「……? それって新手のナンパ?」
「いや、どうやって外に出たのかなって。小難しい理屈を並べてはいたけど、実際に独創世界を維持したまま遠征できた理由は謎だったからさ」
嘘は苦手だけど、嘘はついてないはずだ。君というのはソーニャとも取れるし、メリッサBとも取れる。頭の中で考えていた説と最終的に紐づくだろうし、中身をつつかれても今なら誤魔化せる気がした。
「あーそういうこと。学術的な説明をしても分かんないだろうから簡潔に説明するけど、時間で変化する自分と時間で変化しない自分を切り離した。今、行動を共にしているのがソーニャXで独創世界を維持しているのがソーニャYって感じ」
「自分と全く同じ個体を分裂させたってこと?」
「ううん。厳密に言えば分身かな。私の意思能力『夢見る前衛』は、本体が睡眠状態の時、本体に限りなく近い分身を一体だけ発生させることができる」
「つまり君は、独創世界にいる本物のソーニャの分身体?」
「いや、私が本物。独創世界にいるのが分身」
「それ、どういう理屈? 君が眠っているなら分かるけど、起きてるよね」
「私は起きてるけど、中にいる子は寝てる」
「あぁ……メリッサを使えば、そんな離れ業も可能なのか」
不意に口走った言葉に、ソーニャは口を閉ざした。視線を地面に落とし、アレコレと考えているように見える。なんというか、交際相手に浮気がバレたような気まずさがあった。特別変なことは言ってないはずなんだけどな。メリッサBはお互いにとって共通の知人であることは露呈している。どこまでメリッサBがソーニャに情報開示をしているか分からないってところが肝なんだろうけど、彼女が今、何を考えているのかまでは想像もつかなかった。
「彼女とどういう関係? 元カノ……とか?」
ソーニャは下から覗き込むような視線を寄越し、尋ねている。発言から察するに、ジェノ・アンダーソンに関する情報は全て伏せられているらしい。異世界をまたぐ際に発生する『AとBに分裂する件』に関してはどこまで知っているか不明だけど、メリッサBが隠しているなら理由があるんだろうし、触れない方がいいかもな。
「うーん、どちらかというと保護者、かな?」
「うぇ……。飼い主とペットみたいな関係ってこと?」
「違う違う。なんていうか、親子みたいな関係って言えばいいのかな。今でも実力では敵わないんだろうけど、メリッサは精神面で未熟だったし、至らない点を俺がサポートしてた感じ。主に喧嘩の仲裁とかね。助けてもらってばっかりのような気もするけど、まぁ、個人的にはトントンぐらいの印象」
「ふーん。どうりで……」
「彼女から聞いてた印象と違った?」
「いや、解釈一致かな。今ので頭がスッキリした」
ソーニャは晴れやかな表情で三歩先を行っている。今ので何が分かったんだろうか。余計なことを言ってしまったんだろうか。色々と考えられるけど、聞いたところで答えてくれないだろう。それよか、『煉獄の門』と『分裂』について考察を深めた方が……。
「あ……忘れてた」
「うん? 何が?」
「煉獄の門が開きっぱなしなんだ! 今すぐ王国に知らせないと、まずい!」
「なんというか……覚醒都市民を舐めてんねぇ」
「ん? どういうこと?」
「門が開いて魔獣が襲ってくるなんて日常茶飯事。一世紀以上、ナロト体内で生き残ってきた知恵と経験ってのは伊達じゃないよ」
◇◇◇
独創世界『永遠王国』、覚醒都市バイカルヴェイ。約25万人もの住民がビル群の中で生活しており、文明レベルは先進国に劣るものの、水道電気ガスや高層ビルを成立させる建築技術などのインフラが整っており、発展途上国に後れを取ることはない。ロシア内戦時代に赤軍から敗走した歴史を踏まえれば、奇跡的な復活を遂げたと言える。
『『『『――――――』』』』
ただ、その平穏を脅かす四匹の魔獣がいた。暗がりから現れたことで、シルエットしか明らかになっていないものの、王国とナロト体内を隔てる外壁として機能する黒い膜を破り、王国内に侵入を果たそうとしていた。
それに対し、真っ先に駆けつけたのは、白軍の軍服を着る二人。標準装備で小銃を背にかけており、片方は短い金髪が特徴的で、もう片方は長い銀髪だった。
「まんまとおいでなすったか、害獣共」
「そこより先は進めぬと思え。贅沢品になりたいなら話は別だがな」
ジーナ&アレクセイは小銃を構え、言い放つ。その一部始終はあらかじめ予期されていたかのように、メリッサBが王国内の至るところに設置する監視カメラ……翳瞳を通し、生中継されていた。




