第12話 突入
正面に見えるのは、食道入口。正面左手に見えるのは、中規模の『煉獄の門』。前進すれば後戻りできない場所に直行するわけだけど、こちらとしては先にやらなければならないことが残っている。
「魔獣を煉獄界にリリースしますが、構いませんね?」
4メートル級のサイ型の魔獣を片手で持ち上げるロザリアは、『煉獄の門』の前で立ち止まり、問いかける。魔獣の中身がセルゲイ大尉疑惑があるけど、意思疎通がとれない以上は判別不能とし、煉獄界に帰すことで合意に達した。
仮にセルゲイ大尉だとしたら、殺して食糧にするのは後味が悪いし、人としての道義に反している。じゃあ他の魔獣を食糧にするのはどうなんだって話にもなるけど、この場で結論を出せるような問題じゃない。魔獣が総じて元人間であり、それを食らってきたことで生き長らえた歴史がある以上、安易に否定できず、かといって手放しで肯定もできなかった。
だからこれは、ある意味での逃げなんだろう。
「お願いします。彼の処遇は自然の成り行きに任せましょう」
前もって決めていた通りの答えをジェノは口にする。ロザリアは返事をする代わりに、『煉獄の門』を空いた左手で押し込み、煉獄界と思わしき場所と接点を持たせている。視界の先には毒々しい色の川が流れており、身の毛もよだつような魔獣がうようよと見えた。長く開き続ければ、大群が押し寄せる恐れがあり、一歩でも足を踏み入れてしまえば、一方通行の性質上、帰ってくるのが難しい状態になる。他の人はともかく、ジェノは煉獄界に寄り道をする理由が一切なく、できるだけ早く用を済ませて閉じて欲しかった。
「では、早速――」
特に反論することもなく、ロザリアはサイ型の魔獣を放り投げようとした。
「「「「…………っ!!!?」」」」
そこに襲い来るのは、地震めいた揺れ。肉っぽい地面は波のようにうねっており、ジェノたちを否応なく奥へ奥へと運んでいく。フィジカルがどうとか、意思能力がどうとかの話じゃない。地震や台風といった超常現象に人間が何もできないのと同じで、スケールがデカすぎる。弱点を突けば止まる……なんて都合のいい設定は存在せず、蟻がどんな創意工夫をしても恐竜に敵わないように、兵器を持たない人間が巨大生物に対して抗う術を持っているわけがない。
「くっ……蠕動運動に巻き込まれましたか。こうなっては致し方ありません。各自、衝撃に備えるように!!!」
知見のあるロザリアは解説を交え、サイ型の魔獣と共に食道へと吸い込まれていく。ジェノたちも同様の末路をたどり、強制的な舞台移動を余儀なくされていた。それ自体は覚悟していたことだし、魔獣の件に関しても『煉獄の門』さえ見つけることができれば、リリースするチャンスはいくらでもあるはずだ。……ただ一点、どうしても気掛かりなことがあった。
(まずいな……。煉獄の門が開きっぱなしだぞ……っ)
王国を守るコサック部隊はもういない。その後に起こることなんて考えたくもなかった。
◇◇◇
食道内の作りは極めて単純な設計だった。食道入口となる上部食道括約筋が緩み、ジェノたちは食道内へと移動。時間差で食道出口となる下部食道括約筋が緩み、そのまま蠕動運動によって押し運ばれることになった。
行き着く先は胃のはずであり、ロザリアの言い分が正しければ、食道出口は強固にロックされ、引き返すことはできない。さらに言えば、人類最前線クラスのリーチェが数週間も足止め食らうほどのコンテンツだと予想される。
ネタバレを嫌っていたのか、リーチェはナロトの詳細についてほとんど口にせず、どのような進行状況かも聞かされていなかった。ただ、攻略に参加していた面子は豪華そのもので、名の知れた神や最上級の聖遺物使いや超優秀な移動系意思能力者や、国家転覆を試みた大犯罪者やイギリス王室の王子などが現地に投入されている。それ以外にも仲間や顔見知りや因縁のある相手が攻略に参加しており、恐らくどこかで顔を合わせるだろうから紹介は割愛する。
それよりもだ。まずは目の前の状況から整理しよう。
「これって……。巨大なゴミ捨て場?」
視界に広がるのは無数のゴミの山。フィリピンのマニラ北部にあるスラム街を彷彿とさせる場所で、必要なくなった日用雑貨や産業廃棄物が至る所に転がっている。
「ええ、仰る通りの有様で、覚醒都市の功罪でもあります」
ロザリアは落ち着いた様子で、いつも通りの反応をしている。食道前に起こった出来事を全て受け入れているようだった。その傍らにはサイ型の魔獣が倒れ込んでおり、今は状況整理を含めた話し合うフェイズに移行すると判断したのか、魔獣を持ち運ぼうとはしなかった。
「くっせぇ。鼻がひん曲がりそうだ」
カグラは軽く鼻をつまみ、眉間にしわを寄せながら、素直な感想を述べている。実際のところその通りで、息をするだけでも辛いものがあった。
「いや、それよりも問題は――」
ソーニャは不穏な表情で何かを口にしようとした時、遠くの方から爆発音が響いた。その場の視線は一斉に音がした方に向く。明らかなトラブルの兆しであり、話しておきたいと思っていたことは後回しせざるを得ない状況となっていた。
◇◇◇
ジェノたちは爆発音がした現場へと急行する。言うまでもなくサイ型の魔獣も持ち運んでおり、以前と同じようにロザリアが運搬役を快く申し出ていた。
とにもかくにも、何が起きたかを知る必要がある。ボヤの原因は胃に溜まった『ガス』だろうけど……。
「あいててて。俺様としたことが、つい力んじまったか」
ゴミの山を背に座り込んでいたのは、赤髪リーゼントの鬼。黒スーツ姿で革靴を履き、十代後半程度に見える若々しい様相を呈している。その目の前にはオオカミ型の魔獣が倒れており、内臓が飛び散っていた。恐らく、センスを使った攻防が行われていたんだろう。発言と状況から考えると、胃に充満するガスにセンスが引火したんだろうな。自然現象としての【火】は起きないけど、【爆発】そのものが世界から消えたわけじゃない。意思能力の延長線上で起爆したと思われる。
ボヤの原因は概ね理解したし、いちいち口に出して確認を取るようなことでもない。それよりも問題は、目の前にいる鬼の正体だ。
「あなたは確か、日本神話の神……建速須佐之男命さん、ですよね」
この中で唯一、勝手知ったる仲のジェノは思い当たる名前を口にする。今の会話を自ずと耳にした他三名は目を見開いており、中でもカグラは特に驚いているように感じた。その反応にも無理はなく、言い方的に同姓同名の可能性は排除される。残るのは紛れもない本物か、名を騙った偽物かの二択。
「如何にもだ。正式名称だと長ったるいからタケハヤでも、カムロギでも、スサノオでも好きに呼べや」
「じゃあ、スサノオさんで」
「物怖じしなくていいねぇ。さすがは神憑きってわけか」
「それより、どうしてこんなところに? リーチェさんと同行していたなら、もっと先に進んでいると思っていたのですが」
「お前の師匠は思ったよりも過保護でな。来るタイミングを完璧に読んで、都合のいい助っ人として俺様を寄越したってわけだ。たかが人間の小間使いにされるのは気に障るが、リーチェに一度負けたのは事実。アイツに実力で上回るまでは、懐で草履を温めるような下っ端の仕事だろうと引き受けるつもりだ」
「ようするに……」
「最前線までの水先案内人ってやつだ。後で首を垂れて師に感謝しろよ」




