切ないですわ
トーマと名乗った青年は通された応接室で身を小さくしていた。
所在なさげなその様子を見ても、着ているものからしても裕福な育ちではないのが伺われる。
「な、なぁ、母さんが死んだって本当なのか?」
「...本当だよ」
「ど、どうして?!病気なのか?!俺の為に無理をして病気にでもなったのか?!教えてくれ!頼む!頼みます!」
「その前に「俺の為」にと仰った意味を教えていただけます?」
気になったので口を挟んだ。
こういう面も悪役令嬢みたいではなくて?ふふふ。
トーマの話によるとトーマは現在20歳で、10歳の頃から原因不明の病を患い国外の空気の良い療養所で治療を行っていたのだそうだ。
7年程前までは定期的に母イメルダからの手紙が届いていたが、「お前は何も心配せずに治療に励むんだよ」という手紙と大金が届いたのを最後にイメルダからの便りは途絶えた。
イメルダは14年前に夫を亡くしており、女手一つでトーマを育てていた為にイメルダからの便りがなくなると誰もトーマを訪ねてくる者もおらずイメルダが現在どうしているのか教えてくれる人もいなかった。
何度となく死にかけ、それでも母に会いたい一心で治療に励む中、その病の特効薬が生み出され、まだ危険性が分からない中トーマはその治験を買って出た。
治験の結果病は治ったものの手足に麻痺が残っており、そのリハビリを行い日常生活を問題なく送れると治療施設を出されたのが1ヶ月前。
施設を出た足で母の行方を掴むべくルーカス様の屋敷を訪ねたのだそうだ。
「でも、本邸ではなくてどうしてここへ?ここは別邸の1つですわよ?」
「ここの事が手紙に書いてあって。お仕えするお坊ちゃんがここの屋敷をとても気に入っているだとか色々と...だからもしかしたらここに来ているかもしれないと思って...療養所から一番近い屋敷もここだったから...」
「...イメルダは、僕の事を、嫌っていたんじゃないの?」
「嫌って?まさか、そんな!当時の俺が嫉妬する位に「お坊ちゃん、お坊ちゃん」ってルーカス様の事ばかり書いていた母がルーカス様を嫌っているはずがないです!」
「じゃあ!だったら何で...僕を誘拐したんだよ...」
「ゆう、かい?え?誘拐?!母が?!ルーカス様を?!」
ルーカス様は俯いたままで首だけを縦に振った。
「まさか...母は、誘拐犯として、処刑、された?」
「...違うよ...本当の犯人に殺されたんだ」
「ああ...母さん...」
トーマは泣き崩れてしまった。
「母が馬鹿な真似をしたのは俺のせいです。俺のせいで母は一番大事にしていたルーカス様を傷付ける愚かな行いをした。俺なんかの為に...」
「一番、大事?」
「いつも手紙で言ってました。私はいつ乳母の任を解かれるか分からない。でも最後のその日までルーカス様がご立派に成長される姿を見届けたいのだと。実の息子よりも可愛いのかよ?!と当時は随分と嫉妬し恨む気持ちもありましたが、母の手紙を読む度に自分に弟がいるかのような不思議な感覚になっていって...何時か元気になったら一度お会いしたいと思ってました...それなのに...本当に申し訳ございません!母が道を踏み外したのは全て俺のせいです!ルーカス様を傷付けた愚かな母を許して欲しいとは言いません!本当に申し訳ございません!罰なら俺が受けます!俺が!」
「...そっか、僕はイメルダに嫌われていたんじゃないんだ...だから僕を害そうと誘拐した訳じゃないんだ...そうか...」
呟くようにそう言葉を紡ぐルーカス様。
顔を上げたその目には少しだけ明るい色が見えた。
「イメルダはね、ナルーシャの丘に眠っているよ...僕を誘拐したんだから本来であれば埋葬する事も許されない者だったんだけど...それではあまりにも可哀想でしょ?きちんとした墓は作ってあげられなかったけど、ナルーシャの丘の一番景色の良い場所に簡素な墓を作ってそこで眠ってもらっている」
「ありがとうございます!母の為に!本当にありがとうございます!」
「僕は何年も外に出ていないから今イメルダの墓がどうなっているのか分からないんだ。随分と荒れているかもしれない」
「埋葬していただけただけで十分です!本当に、本当に申し訳ございません!そして本当にありがとうございます!」
*
トーマがいなくなった応接室は静かだった。
そんな中で口を開いたのはルーカス様だった。
「僕ね、ずっとイメルダに嫌われていたんだと思っていたんだ...僕を誘拐する位嫌われていたんだと思っていた...それまで向けられていた優しさも全部嘘だったんだって...でも違ったんだよね?」
「そうですわね。自分の息子を助けたいが為に道を踏み外した愚か者ですが、ルーカス様へのお気持ちは嘘ではなかったと思いますわ」
「そうだな...」
「イメルダが死ぬ時にね、イメルダの口が「ごめんなさい、ルーカス様、逃げて」って動いたんだ。でも僕はそれを気の所為だと思った...」
「攫っておきながら逃げろとは矛盾しますものね、仕方がございませんわ」
「金の為に誘拐に加担したがルーカスを傷付けさせる気はなかったんだろうな...そもそも攫う行為だけで心に傷を付けるというのに...愚かな...」
「本当に馬鹿だよね、イメルダ...何で僕に相談してくれなかったのかな?まだ僕が小さかったから?何も出来ない子供だったから?話しても無駄だと思った?話してくれたら両親に相談する事だって出来たのに。出来ない事が多い子供にだって、1つ位出来る事もあったのに」
「「...」」
正直に言って当時のイメルダの気持ちは本人ではないので分からないし、わたくしがイメルダだとして同じ事をするかと問われると頷く事は難しい。
だけど、まだ8歳という幼い子供に自分の苦労を語る大人はいないだろう。
わたくしであれば絶対に相談はしないし、相談しよう等と考えもしない。そんな考えが過ぎる事もないだろう。
「お墓を作って差上げたのですね」
「うん...何となくね...」
「とてもご立派ですわ。わたくしなら作ってあげようなんて考えにも至りませんわ」
「イメルダはね、とても優しかったんだ...留守がちな両親だから僕は何時も寂しくて...そんな僕を寂しくないように笑顔にしてくれたのは何時もイメルダだった...大好きだったんだ、お母様以上に...お日様みたいに明るく笑う人でね...抱き締められると温かくて柔らかくて...怒った後は頭を撫でてくれて...僕が悪い夢を見ると眠るまで手を握ってくれて...何時も一緒にいた...本当に大切な人だったんだ...」
ルーカス様の目からはポロポロと涙が零れていた。
その姿が切なかった。