騒ぎですわ
本日は月に一度のルーカス様との茶会でございます。
あれからもルーカス様との交流は続いており、茶会と称してルーカス様のお屋敷を訪ねる以外にもレンと3人で馬車で屋敷の外に出てみたり、馬車で外に出る事に慣れると人が少ない場所(景色の良い丘や原っぱ)に出掛けてみたりといたしておりまして、ルーカス様も屋敷の外に出る事に少しずつ慣れてこられましたわ。
でも馬車に乗る際には誰かしら隣に信の置ける者がいないと手の震えが止まらなかったり、人が多い場所や柄の悪い者が現れると身を固くして怯えられるので心の傷はわたくしが考える以上に深いものなのだと胸が苦しくなります。
時として荒療治も必要だと考える方もおられるし、わたくしも必要とあらばそれも致し方ないかとは思いますが、現状ルーカス様にその必要性は感じない為一歩ずつでも良い方へ進んでいく事を願うばかりですわ。
ルーカス様のお屋敷の前まで到着しましたら、何やら門の前で騒ぎが起きている様子。
「少し見て参ります」
護衛として着いてきている王宮騎士団の1人がわたくし達にそう告げると騒ぎが起きているその場へと向かって行った。
暫くして戻ってきた騎士によると門の前で1人の青年が騒いでいるそうだ。
その時その騒いでいる青年の声が届いた。
「母さんがいるはずなんだ!イメルダ!イメルダって言うんだ!」
イメルダの名にレンが反応した。
「あの女の息子なのか?」
「あの女?」
「ルーカスを誘拐した女だ」
8歳の時にルーカス様を誘拐し、実行犯により殺されてしまった乳母がイメルダだった。
わたくしは事件の概要は聞いていたが乳母の名は聞いていなかった為に「イメルダ」と聞いても誰なのか分からなかったのだ。
「わたくし、ちょっと行って参りますわ」
「なっ?!ま、待て!俺も行く!」
レンと共に青年が騒いでいる門へと近付くと、そこには焦げ茶色の髪をした男性が門番に押さえられながらも大声を張り上げていた。
「母さんに会わせて欲しいだけなんだ!ただ一目だけでいい、会わせて欲しいだけなんだよ!何で聞いてくれないんだよ!」
悲痛な顔で叫ぶ青年はイメルダがこの世にもう存在していない事を知らないようだ。
「騒がしいですわね」
わたくしとレンの姿を確認した門番は青年を押さえたままで頭を下げた。
「何を騒いでいらっしゃるのかしら?」
「申し訳ございません」
「母さんに会いたいってのがそんなに悪い事なのか?!貴族だったら親子すらも引き離していいもんなのか?!そんなに貴族ってもんは偉いのかよ!」
「ええ、貴族は偉いですわよ。それだけの力を持っておりますわ。ですけれど、いない者に会わせる事はどんなに偉かろうが出来ない話」
「いない?ここに?...どうして?」
「あなた、本当に何も知らないのね...」
「どういう事だよ?俺が何も知らない?何の事だよ?教えてくれよ!なぁ!」
その時、屋敷の方から息を切らしてルーカス様が駆けて参られました。
「はぁ、はぁ、はぁ...イザ、ヴェル嬢、どうしたの?」
普段運動などなさっておられないからか息が上がっておられますわね。
紅潮したお顔が愛くるしくて「いい子いい子」と頭を撫でてしまいたくなりますわ。
「な、なぁ!あんなこの屋敷の人だよな!俺はトーマっていうんだ!母さんに会いに来たんだ!ここで乳母をやってるイメルダだ!あんたなら知ってるだろ?!」
イメルダの名を聞いてルーカス様の体が大きくビクッと弾んだ。
紅潮していた頬からはサッと血の気が引き、体が小刻みに震え始めた。
門の柵越しにルーカス様の手を握ると、ルーカス様が揺れて潤んだ瞳でわたくしを見た。
『大丈夫ですわ』と言わんばかりに微笑むと、ルーカス様の目から少しだけ怯えの色が薄らいだ。
「イ、イメルダはいない...イメルダは...死んだ...」
「死んだ」の言葉に青年の顔が驚愕に染まった。
「死んだ?母さんが?」
「ああ、死んだ...死んだんだ...もういない」
「...いつ?それはいつの事だ?」
「...7年前...」
「7、年前...」
「ここで騒ぐのも迷惑になるから、中で話そう」
ルーカス様のその言葉で青年は屋敷の中に招かれる事となった。




