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ドラキュラな夜 注:このお話は時系列を無視しています








ここのところ、帰宅すると増えている物がある。

最初に見つけた日は、門のところに。次の日は玄関にある姿見の前に。また別の日には庭の木の下。さらには廊下や階段の踊り場。そして差し入れや夜食に持ってくるカップケーキの味が、カボチャ続きなという不思議……。



何日か温めた疑問をぶつけたのは、ついにその物が暖炉の横に鎮座しているのを見てしまった時のことだった。


「つばき?

 気になってはいたんですが。屋敷中に置いてあるこれは……」


夫の脱いだ上着をハンガーにかけていた妻が、くるりと身を翻して顔を輝かせる。彼女は軽やかに近づくと、手をぱちんと叩いて笑みを浮かべた。


「んふふ。雰囲気出てるでしょ~」

「……雰囲気、ですか」


さて困った。話がまったく見えない。

けれど“何の”とは聞かないところが彼らしい。こんな時はいつも、もしかしたら日常会話の中で答えを聞いていたかも知れない、と思うのだ。

というのも、妻つばきが渡り人だから。つまり、生まれ育った世界そのものが違う。彼女が喋っている時に当たり前に思い浮かべているものが、この世界になかったりするわけで。


面妖で意地の悪そうな顔をしたカボチャを見つめて、ジェイドは考え込んでしまった。

カボチャで雰囲気を作るような行事や記念日が、これまであっただろうか。従姉であるミナが同じことをしていた記憶はないのだが。


「ジェイドさん? ……あっ」


彼が脳内であれこれ思い出して首を捻っていると、つばきが不思議そうな視線を寄こしてきた。……かと思えば、すぐに何かに気づいたらしい。その唇が慌てたように開く。


「ごめんなさい、部屋に置かない方が良かったよね。

 ちょっと待ってて、廊下に置いて来る、からっ」

「あ、ああ……違うんです」


カボチャを見つめる顔が不機嫌そうに見えたのだろうか。そう思ったら、自然と笑みを浮かべて首を振っていた。そして、今まさにカボチャを持ち上げようとしている妻に近づいてその両手を取る。どっしりしたカボチャの風貌から、妻が腰を痛めることなど容易に想像出来た。


「思い返していたんですけど、どうにも思い当たらなくて。

 これも含めて、屋敷に飾ってあるカボチャの置き物は一体……?」


すると、つばきは楽しそうに目を輝かせた。ぎゅっ、とジェイドの両手を握り返し、勢い余って上下に振って。


「だって、もうすぐハロウィンだもん」





「由来とか、いろいろあるんだけど……手っ取り早く説明するね。

 子ども達が仮装をして、お菓子をもらうっていう行事なんだ。

 地域ぐるみで楽しむ日で、ご近所さん家をまわったりするの」


つばきが、運んできたカップケーキと紅茶をジェイドの仕事机に置く。彼は何度か瞬きをしたあと、そっと口を開いた。うっすらオレンジ色に膨らんだそれを見つめ、またしてもカボチャ味ですか……などと思ってしまったことを悟られないように。


「仮装……ですか。

 普段の生活では滅多に聞かない言葉なので、いまいち想像が……」

「あー……そっか。そうだよねぇ。

 昔から伝わるモンスターの類……こっちには、いないよね」


夫のパッとしない反応に、つばきは何やら難しい顔をして頷いた。

なんとかしてハロウィンとは、仮装とは何たるかを理解させないといけない。じゃなければ、練りに練った衣装が無駄になってしまう。

つばきは、なんとか言葉を繋ごうと必死に口を開いた。


「例えばだけど、絵本の中にいわゆる“悪い奴”が出てくるよね?

 そういうのを真似するの。同じ服を着て、お化粧もして。

 ……で、大人を驚かせてお菓子をもらう、っていう日なんだけど」

「なるほど……。

 それで、そこのカボチャも意地の悪そうな顔を?」

「んー……そんなとこ、かな?」


なんとなく納得した様子のジェイドを前に、つばきは曖昧に頷いた。

カボチャのランタンの由来まで説明するとなると、ちょっと話が長くなるのだ。とりあえず今は仮装のことだけ理解してもらえれば……というか、なんとなく納得して仮装して目の保養になってもらえれば。


「あなたの世界は、なかなか興味深い。

 何かと行事が盛りだくさんで1年があっという間なんでしょうね」


つばきが邪な動機を隠すべく微笑んでいると、諸々の説明から察したらしいジェイドが口を開いた。カップケーキに手を伸ばして。


「でもね、つばき。

 せっかくのカボチャの置き物ですが、この屋敷に子どもはいませんよ?」


カップの部分を丁寧に剥がしながら器用に小首を傾げたジェイドに、つばきが満面の笑みを浮かべて手を振った。絶対に言われると思っていたことだから、頭の中で予習済みなのだ。


「大丈夫! ハロウィンの仮装は大人も楽しめるから!

 ……あ、お菓子をもらいに行くのはナシだけどね」


明らかに何か企んでいると思われる笑顔を前に、ジェイドは頬がひくひく強張るのを抑えることが出来なかった。






ふいにノックの音が聴こえて、シュバリエルガはおもむろに顔を上げた。

誰だろうか。来客があるという話は聞いていないし、仮に客だとしても自分のところへ来る前に誰かが用件を聞いているはず。

返事をする前に窺ってみても、ドアの向こうから漂ってくる気配は部下のそれではない。仮に部下であったなら、まず声をかけてくるだろう。彼らは常日頃から威勢が良い。育ちの良い白の騎士達からすると“うるさい”らしいが。

かといって、害を為そうとしているわけでもないようだ。もしそうなら、ノックなどせずに奇襲してくるだろう。このご時世、そんな馬鹿げたことをする輩など絶滅しているだろうが。


刹那の間に考えを巡らせた彼は、小さく溜息をついて立ち上がった。




「――――ああ、良かった。中で倒れているかと思いましたよ」


嫌味たっぷりな台詞と共に顔を覗かせたのは補佐官殿……幼馴染のジェイドだった。彼は滑り込むように部屋の中に足を踏み入れると、ずかずかと中へ入って応接用のソファに腰を下ろした。


「まったく……来るなら来ると……」


シュバリエルガが、肩を竦める間もなく入って来たジェイドに言いながらドアを閉める。その寸前で、少し離れた場所で申し訳なさそうに頭を下げている部下の姿に気づいて、彼は片方の手を上げた。おそらく、補佐官殿が押し切るかたちで執務室のドアの前に立ったのだろう。まったくもって、気の毒なことである。


ほんの少し部下に同情したものの、ドアを閉めたシュバリエルガはジェイドの向かいに腰を下ろした。すでに眉間のしわが、くっきり刻まれている。


「それで、何の用だ。

 執務中に訪ねてくるくらいだから……」


大事な書類に目を通していたところだった。それを妨げられ、思わず喧嘩腰になる。

ところが彼は、ふと気がついた。


「ああ、“また”リアが家出したのか。

 じゃあ帰ったら説得するから、月が昇り切る頃に迎えに――――」

「ち が い ま す」


鼻で笑うかのような口調と表情を前に、ジェイドが口元を引き攣らせる。

それを見たシュバリエルガは、楽しそうに目を細めた。なんだかんだ言っても、結局は妻の従妹と幼馴染が仲良く暮らしていることが嬉しいのだ。大事な人達が自分のそばにいる今の暮らしが続くことを、心から望んでいたりする。

けれど、そんなことは恥ずかしくて顔にも出せない。気がついたら、照れ隠しのように言葉が飛び出していた。


「なんだ、違うのか。

 ジェイドの束縛が嫌になったら、いつでも来いと……」

「勝手に兄貴面しないで下さいねー」

「実際、ほぼ兄だろうが」

「違います。つばきとミナは従姉妹です。

 ということは、あなたは兄じゃないでしょう」

「じゃあ従兄面だな」

「ああもう……」


しょうもない応酬を繰り返して、ジェイドが溜息をついた。どうしてこうも、つばきに関することとなると言葉が滑り出てしまうのだろうか。

こんなふうに調子を狂わされている自分が恥ずかしくて、彼は憮然とするしかなかった。こうなってくると、お年頃の少年と何が違うんだか。いや、大人になった今だからこそ、幼馴染の間柄でしか叩けない軽口というものなのか。


ジェイドは補佐官らしい冷静さを掻き集めると、こほん、と咳払いをした。


「――――とにかく、です。

 今夜、あなた方の家にお邪魔したいんですよ。

 いえ、違います。私でなく、つばきがどうしても、と」







月が昇り、街灯が夜道をほのかに照らす頃。1台の車が月明かりを避けるようにして緩やかな坂道を走っていく。人通りはまばらだ。


「んふふ」

「……ごきげんですねぇ」


少しばかり渋い顔をしているのは、ハンドルを握るジェイドだ。彼は伸ばしかけの金髪を後ろで結わいて、その耳にドクロの耳飾りが光っている。普段の彼ならば絶対に、天地がひっくり返っても身に付けないものだ。

一方、鼻歌混じりで助手席に座っている妻のつばきの頭には、猫の耳が付いている。ご丁寧に、その鼻先は墨のようなもので黒く塗られているし、頬にはヒゲが描かれている。


「だって、嬉しくって。

 ジェイドさん、やっぱり似合ってる。思った通り!」

「そう言われましても……。

 ドラキュラとやらは、生き血を啜る化け物なのでしょう?

 似合ってるだなんて、私がまるで悪徳補佐官みたいな言い方……」

「えっ、と……そ、そうかなぁ?」


当たらずとも遠からず、と思っていることを顔に出すまいと、つばきが渇いた笑いを返す。仕事の顔になった時の夫の鬼っぷりを知っているのだ。事務官に悲鳴を上げさせている場面に遭遇したのは一度や二度じゃなかったりする。

……決して、誓って、悪徳だなんて思ってはいないけれど。


「ああもう! 現実とごっちゃにしちゃダメ!

 今日は仮装して、なりきって、楽しむ日なんだってば~!」

「はいはい……」


猫の格好をして必死に言い募る様子のつばきに目を遣って、ジェイドは苦笑してしまった。結局、つばきには弱いのだ。仮装なんて子どもっぽいことに付き合える自分が、恥ずかしくて可笑しい。

ジェイドは、わざとらしく咳払いをしてハンドルを握り直した。


「――――ほら、もうすぐ着きますよ」



車は人気のない緩やかな坂道を走ると、ほどなくして大きな家の前で停まった。つばきが、しーっ、と口元で人差し指を立て、ジェイドがそれに頷く。

ふたりは外に出た。音を立てないように、地面に足を下ろすのもドアを閉めるのも、いつもの何倍も気を遣って。





「……びっくりした」


来客を告げるベルの音が響いて、ミナが顔を上げた。慌てて火を止める。夫のシュウが帰って来るなり「今夜、ジェイド達が来るそうだ」と教えてくれたので、お茶の用意をしていたのだ。その隣では、シュウが夕飯の洗い物をする手を止めている。


「来たか」

「私が出るね」


夫が泡のついた手を洗おうとしているのを、ミナが制する。するとシュウは、眉間にしわを寄せて言った。


「ジェイド達じゃなかったら、すぐに呼べ」

「ん、そうする」


どこまでも心配性な夫の言葉に小さく頷いて、ミナはぱたぱたと玄関に急いだ。

その後ろ姿を目で追いかけていたシュウは、なんとなく外の様子が気になって、やっぱり手を洗うことにしたのだった。


その時だ。玄関から、ミナの悲鳴じみた声が漏れ聞こえてきた。





口から覗いている牙は血に濡れ、黒いマントがバサバサと風に揺れている。

頭から生えている黒い猫耳、そして頬に描かれたヒゲ。手にはカボチャのランタンを持っていて、それが下から顔を照らしていて、ほのかに気味が悪い。

ミナが玄関のドアを開けて目にしたのは、明らかに人ではない何かだった。それも、ふたり。



「――――ひゃぁあっ?!」


視界に飛び込んできたものに驚いて、ミナは思わず悲鳴ともつかない変な声を上げてしまった。心臓がバクバクして、口から零れ出てしまいそうだ。慌てて手で口を押さえる。

すると、してやったり顔の黒猫がにっこり笑って抱きついてきた。


「やっほーお姉ちゃん! Trick or treat!」

「……は……はっぴー、はろうぃん……?」


声と感触で、勢いよく抱きついてきたのが従妹のつばきだと分かって、ミナが苦しいながらもなんとか声を絞り出す。

そして彼女は酸素が行き渡らない頭の隅で、そうかハロウィンだからか、などと妙に納得した。あちらの世界にいた頃から馴染みの薄い行事だったけれど、つばきにとっては日常だったのだ、と。


「……ふふ。なるほど、こういう行事なのですね」

「ジェイドさん……ですか?」


感慨深げに頷いているドラキュラを見て、ミナは半ば呆然と呟いた。反応に困るくらい、仮装が似合っているのだ。金髪碧眼の外人さんが真似ると、こうも迫力があるものか。


「す、すごい再現率ですね」

「そこまで言われると、ぜひ本人にお会いしたいです」


血濡れの牙を光らせて笑みを浮かべられると、どこか恍惚としているようにすら見えてしまう。ミナは無意識のうちに、ニンニクと銀で出来た十字架を用意しようかと考えてしまった。


その時だ。それまでミナに抱きついて楽しげにしていた黒猫が、ぎょっとしたように肩を強張らせた。


「ひっ……」


小さく息を飲む気配にミナが振り返ると、そこには護身用の短刀をぶら下げ、ただならぬ空気を纏ったシュウが立っていたのだった。

ミナを驚かせた仮装夫婦が、このあと小言をたくさんもらったのは言うまでもない。


さらに付け加えると、このあと仮装夫婦がシュウとミナの分の衣装を置いて行ったことだとか、それを試しに着てみたら意外とツボにはまって素敵な夜になってしまったことなんて。

シュウの衣装がもふもふな狼耳と尻尾だったことや、ミナがこの世界では斬新なニーハイソックスを履いてミニスカ魔女っ子をさせられたことなんて。



そしてミナはまだ知らない。

シュウが路地裏のちょっとだけ怪しい店に出入りして、ちょっと変わった服を作らせていることを。そしてそれが、ひと月もすれば完成するらしいことを……。







********** **********






いつもありがとうございます。

拍手小話を2つ用意しました。今回はガラケーの方用のページがないのです……すみません。後日になりますが、拍手小話2つをまとめたものを【しまう場所】に更新しようかと思います。もしくは活動報告で……。


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