第二話 奇跡の手、目覚める
「マリー、タオルと香油、あと熱いお湯もお願いできる?」
お嬢様の言葉に、マリーはきょとんと目を瞬かせた。
「え、ええと……タオルと香油と、熱いお湯、ですか?」
「ええ。わたくし、少し試してみたいの」
十歳の公爵令嬢が、貴族式の美容術を“自分で施術したい”というなど聞いたことがない。
けれどミレーユの瞳は真剣そのもの。
マリーは慌てて支度を整えた。
ミレーユは香油を手に取り、そっと掌で温める。
ゆっくりとマリーの頬へと滑らせた。
「ひゃっ……! あの、お嬢様、これは一体――」
「動かないで。深呼吸して」
優しい手のひらが肌を包み、呼吸に合わせて圧が変わる。
温もりが心まで伝わってくるようだった。
痛くない。
それどころか、心地よい。
「どう……気持ちいい?」
「は、はいっ……! お嬢様、こんなの初めてです! 魔法みたい……!」
マリーの声が嬉しそうに弾む。
ミレーユは小さく笑って、そっと指を唇に当てた。
「マリー、これ……今のところは内緒にしておいてね」
「えっ? な、内緒に……ですか?」
「ええ。まだ上手く説明できないから。落ち着いたら話すわ」
ミレーユは微笑む。
「魔法じゃないの。――“癒し”よ。」
彼女の手のひらから、ほのかに光がにじむ。
香油の香りとともに、肌の赤みがすっと引いていく。
「な、何ですかこれ!? 本当に治っていく……!」
マリーは頬を押さえ、驚きと興奮で目を丸くした。
ミレーユ自身もまた、胸の奥が震えていた。
自分の手が――異世界でも、美を生み出す力を持っている。
「この世界の美は、もっと優しくなれるはず。」
ミレーユの瞳に、決意の光が宿る。
痛みの美容から、癒しの美へ。
それは、後に“美神令嬢”と呼ばれる少女の、最初の一歩だった。




