幕 間 レンフォール公爵の困惑 1.届けられた手紙
~No-Side~
冒険者ギルドの使いだという者がその書簡を持って来た時、(当代の)レンフォール公爵が覚えたのは困惑であった。なぜ冒険者ギルドが畑違いの書信を仲介する?
手紙を読み進めていって、発信地のタイダル湖畔では水産ギルドが主な業務を一括代行している事、しかしここ領都レンフォリアには水産ギルドが無い事に思い至り、商業ギルドに託すにはあまりにも内容がデリケートなものであったため、冒険者ギルドを仲介するしか無かったのだと得心した。
その点については得心がいったのだが……
(しかし……これは思ったより面倒な事になったかもしれんな……)
そこに書かれていた内容には、公爵も渋い表情を浮かべるしか無かった。
そう――それは水産ギルドのギルド長から送られて来た、〝ラティメリアの商人に大水蛇の肉を譲渡するに当たっての、関係各位への根回しの要請〟であった。
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そもそも大水蛇の肉については、オルラント王国のセレブたちの間でも、その評価が分かれていた。
下手に捌くと魔素酔いするし、そもそも食べても美味くないというのが定説であったのだが、一方で近頃、アルマンド王太子が食べて(効能に)満足したという風説が漏れ聞こえてくるようになった。
王族を満足させるレベルというのが事実なら、セレブのみならず目端の利く商人も、等しく目の色を変えて当然である。……が、問題は、この話の信憑性なのであった。
肯定的な評価がこれ一件だけで、しかも王家は噂の是非について沈黙を守っている。ならば自分たちで確認を――と言いたくなるのだが、如何なるわけか〝大水蛇の肉〟は手に入れる事が難しかった。……いや単なる「肉」なら手に入らなくもないのだが、〝食用に値する〟という条件が付いた途端、入手難度が跳ね上がるのである。
事実の確認が取れないまま、相反する評価がセレブたちの間で話題になり、それが却って関心を煽っている……というのがオルラント王国の状況なのであった。
無論、魔導学園一年Aクラスの生徒――と、その実家――は、ネモがジュリアンとコンラートに大水蛇の肉を融通した事も、ギルドの手前があるからこれっきりとネモが釘を刺した事も承知している。ついでに言えば、その後ジュリアンがネモに対して非公式に謝意を表した事も。ただ、王家とネモの不興を買うのを恐れて、沈黙を守っているだけである。
余談であるが、大水蛇の肉の効能を熟知している筈のレクター侯爵も、この件に関しては口を拭って知らぬ振りを決め込んでいた。
ともあれ当代のレンフォール公爵も、ドルシラから事情を聞いていた。なので静観を決め込むつもりでいたのだが……とある不幸な勘違いが、大きな面倒となって公爵家に降りかかってきたのである。
――切っ掛けとなったのは、先日のハラディンとの会話であった。
〝こちらで獲れるという大水蛇の素材を狙っていたのですが……〟
〝大水蛇か……あれはウォルティナの町でも出廻っているが、確実な入手を考えるなら、タイダル湖の畔にある水産ギルドを訪ねた方が良いかもしれんな〟
〝えぇ。今年はそれを狙っているのですよ〟
何の毒も裏も無い会話であった筈なのだが……惜しむらくは〝大水蛇の素材〟についての認識に双方で食い違いがあった。
公爵の方は――一般的な常識に従って――ハラディンの欲しているのは皮などの素材だと思い込んでいた。
一方でハラディンの方は、〝皮とかの素材は競争が激しくて手に入りにくそうだし、肉には滋養強壮の効果もありそうだから〟という理由で、肉の入手を目論んでいたのである。
ちなみにハラディンは、アスランは素より甥であるエルからも、大水蛇の肉に関する情勢を知らされておらず、純粋に一商人としての判断から肉の入手に着目していた。
さて――その辺りの事情を知らないネモは単純に、ハラディンが大水蛇の肉を欲しがるのなら、水産ギルドに丸投げするべきだと判断。これは、ネモのギルド交友関係に鑑みて、ネモ本人が肉を融通するのは甚だ拙いという判断からであり、これ自体は正当なものである。
ところが、そういった背後関係の事をまるっと失念していた水産ギルドのギルド長は、それを丸呑みにはできなかった。しかし、ネモの言い分には一理も二理もあるために、立場でごり押しするのは悪手である。
思案に迷ったギルド長が、〝そもそもハラディンを紹介したのはレンフォール公爵家なのだから、公爵家に丸投げするのが最適解〟とばかりに、要請の書簡を送ってきた……というのがここまでの事情なのであった。
「失態だったか……」




