第七十七章 雨中からの贈りもの 3.After the Rain
~Side ネモ~
一夜明けた雨上がりの朝、俺はヴィクと祖父ちゃんと一緒に、米の粗放栽培を行なっている湿地へとやって来ていた……弟妹たち二人を引き連れて。
俺と母さんは一応難色って奴を示したんだが、肝心の祖父ちゃんが、
〝この程度の降りなら、人死にが出るような大水にゃならんわい〟
――と、長年の経験ってやつで、俺や母さんの懸念を一蹴してくれたからだ。
祖父ちゃんとしてはそれよりも、塩水の逆流による塩害の方が心配みたいで、
〝曲がりなりにも水と土の魔法が使えるんじゃろ? だったら、魔法の使い手は多いに越した事は無かろうて〟
――そう判断したせいだ。俺としてもその判断は解らないでもない。
それに俺とヴィクがいりゃあ、多少の増水ぐらいはどうとでもなるしな。『一人城壁』の称号は伊達じゃないぜ。
『まかせてー』
とまぁ、そんな感じで俺たちゃ現場へやって来たわけだ。
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俺たちの「湿地」はいわゆる湧水湿地ってやつなんだが、湧水量がそこまで多くないせいで、池とか沼とか言うほどの深さは無い。所謂〝広く浅く〟ってやつだ。
あまり手を加えずに自然に近い状態にしてあるから、イネ以外の植物も普通に生えてる。前世の水田じゃ雑草とか害草扱いされてたような、コナギやクワイに似たやつなんかもな。米の生産だけを考えるなら邪魔者なのかもしれんが、こいつらはこいつらで食えるんだ。それを捨てるなんてとんでもない――ってな。
世話にしても、ちまちま草抜きなんかやってられんし、除草の魔法は扱いが難しい。イネにピンポイントで木魔法――プラントヒールとかプラントグロウとか――をかけるってのはできそうだが、今の弟妹たちにゃ荷が重い。そもそも均一に魔法をかけるのが難しいだろうしな。かと言って、肥料を撒いたらイネ以外の草も茂っちまいそうだし、それはそれで面倒そうな気もする。
結局、過密に生えてるやつを引き抜いて、生えてない場所に移植するぐらいの事しかやってなかったんだが……
ともあれ――ヴィクレム祖父ちゃんは湿地に着くと、まず溜まっている水を舐めていた。塩水が混じり込んだかどうかを確認しているんだろう。俺の方は【眼力】の能力で、塩水の混入がない事を確認していたが。
現時点で塩水の混入は無いし、来る途中で見た塩川の様子も落ち着いてたしで、珍しく祖父ちゃんの取り越し苦労で終わったのかと思ったんだが……祖父ちゃんの顔は依然として晴れない。
「……どうにも嫌な感じが収まらん。ネモ、ちと本流の方へ出てみるぞ」
勿論俺にも否やは無い。何しろ祖父ちゃんの勘働きときたら、俺なんかの及ぶところじゃないからな。
「塩害の懸念は前からあったし、水門でも作るべきかっちゅう話も出とったんじゃが……」
悔やむような口調で祖父ちゃんがぼやいてるが、それをやれない事情もあったわけだ。
「他人に見られて不審を持たれるのは拙いんだろ? コメの事は一応秘密なわけだし」
「そうなんじゃがのぉ……」
祖父ちゃんの苦悩も解らないわけじゃない。
他人に見られたら色々面倒なのは確かだが、それを恐れて塩害に遭って、肝心のイネが全滅したんじゃ元も子も無い。せめて系統保存のために、他の場所に株分けぐらいはしとくべきだったか。
ふむ……水路の途中に遊水地でも造っときゃ、気休め程度になるかもな。




