第七十七章 雨中からの贈りもの 2.Thinkin' in the Rain
~Side ネモ~
今や俺たち家族の主食となりつつある米だが、元々は――どういう経緯なのかは知らんが――とある小さな湿地にひっそりと生えていたもんだ。まさかと思って【眼力】で【鑑定】してみたら大当たり、前世のジャポニカ米とほとんど同じ種類だと判って雀躍りしたのは良い思い出だ。
その後、俺の熱いプッシュによって、家族ぐるみで秘密裡な栽培に着手したわけなんだが、栽培の事実を秘匿するためにも、元々生えていた湿地で粗放的な栽培をする以上の事はできなかった。田圃の造成なんかやってりゃ目立つもんな。
で――その問題の湿地なんだが、これが塩川――岩塩地帯を貫流しているせいで塩水が流れている川――に注ぐ小支流の水源になっていた。水源は湧水だから当然真水なわけで、だからこそジャポニカ種のイネが生育できたんだが……問題は、この小支流が塩川に注いでいるってところにある。
塩川との合流部は湿地からそれなりに離れているんで、普通なら塩水の逆流なんかは起きない筈なんだが……
「何しろ嫌な感じに降りが続いたでのぉ。この辺りは上がっとっても、上手の方でどうなっとるかは判らんのがのぉ……」
……確かに、この辺りで雨が上がったからと言って、上流の方で降ってりゃ水量は増える。況して俺たちの湿地から流れ出てんのは、川って言うのも烏滸がましいほどの小さな水路だ。ほんの少しの増水でもあっさり逆流して、湿地が塩水を引っ被るかもしれん。小規模河川の氾濫は、前世でも都市型水害として問題になってたしな。
もしもそんな事になったら、塩害でイネの生育に悪影響が出るのは不可避……いや、それどころか、下手すりゃイネ自体の存続の危機だ。……機密保持を優先して、株分けとかをやってこなかったのが裏目に出たか。
悪い事に湿地から塩川までの間は、ほとんど傾斜の無い平坦地だ。逆流する塩水は、苦も無く湿地に到達するだろう。
「取り越し苦労かもしれんが……何やら不吉な胸騒ぎがしよるでの」
「祖父ちゃんの胸騒ぎなら、軽く扱わない方が良さげだな」
父さん母さんに祖母ちゃんとも話して、明日にでも様子を見に行こうという話になった。あぁ、家族全員の総意ってやつだ。今や湿地の「米」は、俺たち一家の生命線にも等しいからな。
「さぁさぁ、そうと決まれば明日に備えて、今日の晩ご飯は奮発しましょう。ネモが買って来てくれたスプーンタートル、あれのお鍋にしましょうか」
「「やったー♪」」
お、買って来て以来、俺の【収納】の中で出番を待ち侘びていたスプーンタートル、愈々お披露目ってわけか。母さんと祖母ちゃんの鍋料理なら、美味いもんに仕上がるって太鼓判を押せるしな。晩飯を楽しみにしてろよヴィク。
『たのしみー♪』
うんうん、ヴィクも弟妹たちも育ち盛りだからな。一杯食って大きくなるんだぞ。
・・・・・・・・
晩飯のスプーンタートル鍋に舌鼓を打ちながら、俺は実家の食糧事情について考えていた。いや、普通に食ってくだけなら何の問題も無いんだが、弟妹たちの魔力を育てるには、やっぱり魔素をたっぷり含んだ食材――具体的に言や魔獣の肉が一番だからな。この帰省中に少しでも確保できればと思ってたんだが、なけなしの帰省期間のうち二日までもが、雨のせいで潰された事になる。
残りの日数で魔獣の肉を確保できるかっていうと、残念だが難しい気がしている。春先は魔獣の動きも活溌じゃないし、第一栄養状態が良くないから、食材としての価値も今一だからな。
俺の【収納】に入ってんのは……スノーギガスの食いかけがあるな。当座はこれで間に合わせるか。
あとは……そう言えば、去年駄目元で試作した、缶詰ならぬ瓶詰めがあったっけ。【眼力】で見た限りじゃ、腐敗とかはしてないみたいだが……あれも確かめといた方が良さそうだな。




