第七十七章 雨中からの贈りもの 1.Workin' in the Rain
~Side ネモ~
蟹籠荒らしのワンコロどもを水産ギルドに引き渡した明くる日は、朝から天気は下り坂になってきて、昼ぐらいには雨が降り出した。が、だからって仕事が無くなるわけじゃない。家事はいつものとおりだし、漁期に備えて漁具の手入れや補修なんかもやっとく必要がある。長男の俺も大忙しだった。
何しろ、俺はこれでも魔導学園の生徒。授業には魔道具絡みのカリキュラムもあるわけだ。その関係で、簡単な工具の扱い方や手入れの方法も教わるし、何なら冶金の授業で鍛冶の真似事もさせられる。本職には遠く及ばないにしても、簡単な焼き入れや研ぎくらいならできる。さすがに打ち直しとかは無理だけどな。冶金担当のモルダーフ教官からは、こっそり携帯用の小型炉の中古も貰ったから、帰省中でも簡単な作業は出来るわけだ。
……あぁ、これ幸いと家中の刃物の手入れをやらされたとも。
刃物・金物の手入れと補修が終わっても、俺の仕事が無くなったわけじゃない。今度は衣服の染み抜きをやらされた。王都のスカイラー商会で、染み抜きのバイトをやってる事を、うっかり話しちまったせいでな。
……あぁ、これ幸いと家中の汚れ物を任されたとも。
まぁ、これについちゃ【生活魔法】の【浄化】頼みの部分が大きいんで、弟妹たちの修行も兼ねたけどな。それでも俺ほどには汚れを落とせなかった。俺の場合は前世の記憶で、汚れとその洗浄の化学ってやつを知ってたからだろうな。それを理解しているかいないかが、【浄化】の使い方にも響いてるんだろう、多分。ま、それでもスカイラー商会仕込みのテクニックってやつを教えられたんで、弟妹たちの染み抜きの腕も大分上がったが。……母さんと祖母ちゃんがニンマリと笑ってたのが印象深かったな。頑張るんだぞ二人とも。
汚れを分解するってんなら、超臨界水なんてものもあるんだが……魔法を使えるって前提でも、ありゃ個人でどうこうできるようなもんじゃない。勿論黙っておいたともさ。
そういう家事手伝いの合間々々に、弟妹たちの魔法指導やら、約束した楽譜の準備やら、とにかくやるべき事は山積みだった。晴耕雨読なんて小洒落た真似は出来なかった。ありゃブルジョアの道楽だな。
ともかく、そんな感じで二日間ほど過ごしてたんだが……二日目の夕方、ヴィクレム祖父ちゃんが物思わしげに空を眺めてこう呟いた。
「……どうも嫌な空模様じゃ」
「嫌って……何がだ?」
長雨とも言えない高々二日の雨降りで、〝嫌な空模様〟もないだろうと思えるが……実家じゃヴィクレム祖父ちゃんの「予感」ってやつを軽んじる者はいない。生来の才能なのか長年の年季ってやつなのか、好くない事が起きるのを見事に予測するんだよな、これが。
俺もその才能の一端、いや端くれでも構わねぇから受け継いでりゃ、面倒に巻き込まれる事も減ってただろうに……不肖のこの身が恨めしいぜ。
ま、俺の愚痴はともかくとしてだ、何か祖父ちゃんの気懸かりがあるってんなら、早めに対処しておいた方が良いわけだ。
そう考えた俺は、祖父ちゃんに予感の仔細ってやつを訊ねてみた。俺の見立てじゃこの雨は、明日にも上がりそうなんだが、それでも〝嫌な空模様〟なのか?
「それがのぉ……ネモが帰ってくる前にも、ちょくちょくこういう降りが続いてのぉ」
あぁ、積算降水量とか土壌雨量指数とかってやつか? 長雨で地盤が緩んで土砂崩れ……ってのは前世でも能くあったが……それを心配してんのか? けど、家の近くにゃヤバそうな崖は無かっただろ?
「気にしとるのは川の増水なんじゃ。村が押し流されるような氾濫にはならんでも、長雨で塩川の水嵩が増したら……ほれ、例の湿地に塩水が逆流したりはせんかとな」
「あ……」
――それがあったか!




